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縁、五

 それから、百合も蝶番縁相談所で少しだけ働くことになった。働くというより、修造と亜季子夫婦の為に一肌脱ぐと言った方がいいのかもしれない。


 東海林は、身長百六十センチ以下の丸顔で可愛い雰囲気の女性がタイプらしい。仕事は、結婚したら続けても続けなくても相手に任せるが、子供が生まれたら手が掛かるうちは家にいてほしい。自分自身も育児休暇制度を利用するつもり。料理は得意に越したことはない。犬アレルギーなので犬はNG。趣味がスポーツ観戦なので、野球やサッカーを一緒に観れたら嬉しい等……そんな感じだ。

 前に東海林に紹介した女性、京本由香里は、ほぼ完璧に東海林の求めるものをクリアしていた。逆に相手の女性が求めるもの、収入、家族構成など、東海林も申し分ないはずである。

 亜季子が二人を会わせた時、とてもいい雰囲気で、何回かデートをして途中経過は良好だった。亜季子も修造も、意外とすぐに成婚成立じゃないかと喜んでいた。でも、そんなに甘くはなかった。


「まさか、この女の人、冷やかしとか?」

「花! そんな訳ないでしょ? ここの相談所は、ネットとかで自由に入会できるとこじゃないのよ。お祖父ちゃんの頃から、成婚した人の知り合いとか親戚の人とか、紹介でしか入会させないって決まってるんだから!」

「知ってるよ、冗談だよ」

「それなら無駄な事は言わない!」

 茶の間であれこれ話していると、亜季子がお茶を運んで来た。

「私も仲間にいれてー」

「あの……伯母さん、ちょっと聞いていい?」

 と百合は東海林が気に入った京本由香里が、なぜ断りの理由をハッキリと言わなかったのか? 言わなかったのなら、他に何か思い当たる事はないか? と尋ねた。

「私には、今回は見送りたいって言っただけで、他には何も言わなかったわよ。ほら、百合ちゃんが言ってた、何か違うってやつじゃないの?」

「そうかもしれないけど……でもやっぱり何か理由があると思うんです。その理由次第では、東海林さんに次、紹介する時に色々アドバイスすることもできるし」

「あっ、ヒントになるかどうかわからないけど、おかあさんが入会者と面談した時、感じた事を綴ったノートがあったけど……でも別に何も……」

 そう言いながら、亜季子は棚の箱の中から、何冊かノートを出して百合に渡した。

 百合はそのノートを真剣な表情で読み始めた。

 蝶子の達筆な文字で、入会者ひとりひとりの特徴や悩み、クセなどが細かく書かれてあった。


(京本由香里さんについて)

とても家庭的。どこか神経質。さりげなく人に気を遣う。

洋服はいつも淡い色を好む。

お化粧も自然な感じで清潔感がある。

学生時代に陸上をしていたという、活発な一面もある。

男性に対してはずっと奥手。

 小学生の頃、露出狂に追いかけられて抱きつかれた事があり、とても怖い思いをしたようだ。それが記憶にあるせいか、男性が怖いと感じて思春期は成長した。

 両親も心配し、一人っ子だということもあり、箱入り娘として育てられた。

 だから理想の男性は頼りがいのある人。守ってくれる人。

 そろそろ三十歳を迎え、結婚を考えるようになった。


「露出狂? キモイ!」

 花はノートを覗き込み、顔を歪ませた。

「で、京本さんは東海林さんとのお付き合いを断った後、他の人を紹介してほしいとか言ってました?」

「流石に断った直後にそんな事は言ってなかったわよ……ただ、聞きたいことがあるとか言ってたから、近いうち来ると思う」

「じゃあ、もし京本さんがいらっしゃったら私も同席していいですか? 東海林さんを断った理由をそれとなく聞きたいし」

「もちろん。それは私も聞こうと思ってるし」

「私も知りたい!」

「面白半分はダメよ!」

「そういう訳じゃないよ。興味があるだけ」

 百合は花の興味が何なのか? 些か不安だった。


 それから暫くして、京本由香里が蝶番縁相談所にやって来た。


 会社帰りの夜、京本由香里は応接間にいた。

「すみません。今日は私の姪の百合を紹介させて下さい」

「百合です。少しの間ですが、お手伝いをさせて頂くことになりました」

「はじめまして」

 由香里はにっこりと微笑んで、ペコリと頭を少し下げた。

「お茶をどうぞ」

 と花がお茶を運んでくると、亜季子は花の事も由香里に紹介した。

由香里は蝶子のノートに書いてある通り、淡い若葉色のカーディガンを着ていた。そのせいか、きめ細かい白い肌が、更に輝いて見えた。

「何か、京本さんって写真よりも綺麗!」

「花、いきなり失礼でしょ! 行きなさい」

 百合がいつものようにスパッと注意をすると「はいはい、分かりました、お姉さま」と 少しおどけた顔をし、花はさっさとドアへ向かった。

「京本さん……残念です」

 亜季子が静かに話し始めた。

「私どもは、東海林さんとうまくいっているとばかり思っておりまして……お電話でも話しましたが、東海林さんも残念がっていました。どこがダメだったのか、尋ねられて……」

「いいえ……ダメなところなんて……」

「今後の事もあるので、できればお断りの理由をお聞かせ願えませんでしょうか?」

「理由は……理由はですね……」

 由香里の口は重そうだった。

 そこへ、出て行こうとした花が引き返し、はっきりと尋ねた。

「ひょっとして、他に好きな人が出来ちゃいました?」

「花!」

「だって、他に理由がある?」

「京本さん、す、すみません……ほら、花……」

「そうです! 好きな人がいます!」

 いきなり由香里が覚悟を決めたようにはっきりと答えた。

「ほら、やっぱり……」

「花!」

「まさか、二股かけてたの?」

「花! そんな訳ないでしょ……」

「いいえ、そうなのかもしれません!」

 迷いのない由香里の言葉に、三人は驚いた。

「東海林さんを紹介して頂いてお会いするようになって、私の気持ちは結婚の方へ向かっていました。東海林さんは理想の人でしたから……」

「それならどうしてですか!」

 思わず口調が強くなる百合。

「実は、東海林さんとお会いしている間に、ある男性と再会したんです」

「元カレ?」

 花は百合の隣に無理やり腰かけた。

「元カレ、ではなく……こちらの紹介所で最初に紹介していただいた男性です」

「えっと……最初?」

 亜季子は手元にあるファイルを開いた。

「中岡さん……という方ですね」

「はい。でも、私の理想としている条件とは一致していなくて……」

「長男で、お仕事で転勤の可能性がある、という所……ですね?」

「はい……それに、どこか頼りない感じがして……」

 由香里は、子供の頃に怖い思いをしているせいか、男性には自分を守ってくれる強さを求めていた。

「それに、その頃は私もこちらの会員になったばかりで、最初のお見合いで決めなくてもいいのではないかと思ってしまって……」

「分かる! そうだよね。他にもっといるんじゃないかって、欲張っちゃいますよね」

「花、失礼でしょ!」

「いいえ。おっしゃる通りです。もっといい人がいるのかもしれないって……色々な方を紹介して頂いて……その中でも、東海林さんとは結婚が見えていました……」

「でも何かが違った?」

 百合の言葉に、由香里ははっきりと頷いた。そして、中岡と再会した日の事を語り始めた。


「あの日は、会社の飲み会で……私にしては少し飲みすぎてしまって……帰りのバスターミナルのベンチに暫く座ってたんです。そしたら酔っ払いの男の人に絡まれて……お姉さん、一緒にもう一軒行きましょう! 僕の家に来てもいいですよって、すごくしつこくて……でも……ある男性が、やめろ! 警察呼ぶぞ! って追い払ってくれたんです」

 その後、由香里がふわりとした表情になった。

「私、その方が中岡さんだって、最初気が付かなくて……中岡さんも私だって気がついた時、驚いていました。その後酔い覚ましにお水を買ってきてくれて、介抱してくれたんです」

「介抱って……まさか、そのまま中岡さんと何か……つまり……」

 亜季子が聞きづらそうに尋ねた。

「いいえ。中岡さんがタクシーを拾ってくれて、そのまま別れました。それ以来会っていません」

「でも、二股かけてたのよね?」

「それは、心の中でです」

「心?」と前屈みになった亜季子を、由香里はしっかりと見つめた。

「はい。心の中で、東海林さんと会っている時も、中岡さんの事を考えてしまって……でも、目の前にいる東海林さんは、私が求めている条件をすべて持っている男性で、二人で将来はどんな家庭を築いて行こうか、積極的に話してくれます」

「で、東海林さんとは、一緒にいて楽しかったですか?」

 百合がはっきりと尋ねた。

「……楽しいというか、一緒にいると安心? 東海林さんはいつもリードしてくれるので、頼れるというか……」

「そういう事は大切ですよね」

「はい……でも、中岡さんと再会してから、東海林さんと会ったりすることが辛くなってしまいました……そんな気持ちでは、もうお会いできないと思ったんです」

「じゃあ、その時に助けくれたというだけで、東海林さんより中岡さんを選んだ、という事なのね?」

 亜季子は納得が行かなかったようだ。

「でも仕方ないよね、恋に落ちちゃったんだもんね」

「花!」

「でも、その通りだと思うんです……」

 由香里は真剣な顔をしてきっぱりと言った。

「だけど、由香里さんが酔っていたという事と、困った時に助けてくれた……というシチュエーションで、それが恋だと勘違いしてる可能性が……ないでしょうか?」

「百合さんのおっしゃる通り、私も考えたんです……でも、あの時の中岡さんの、やめろ、警察呼ぶぞって……その声の感じが、子供の頃に私を変質者から助けてくれた男性の声に凄く似ていて……」

 その時、蝶子のノートに書いてあった、幼い頃に変質者に抱きつかれた事がある、という文章を思い出した。その時に救ってくれた人の声と中岡の声を重ねて、気持ちが動いたというのか? 思わず百合は尋ねた。

「声? それは由香里さんにとってそんなに大切な事、だったんですか?」

「はい!」とはっきりと答えたが、少し自信なさそうに続けた。

「でも、最初にお見合いをした時、中岡さんと言葉を交わして声を聞いている筈なのに……その時は何とも思わなかったんですよ。そうですよね……やっぱり私が言ってる事って変ですよね……」

 真剣な顔をして由香里が迷い始めた。

「いいえ、変だなんて、すみません。そうですよね、本人にしか分からない事ってあると思いますし……」

 百合が気を遣う様に言うと、由香里が少し緊張した様な顔をした。

「でも、それだけではなくって……実は私……」

 と、続けて何かを言おうとしたが、迷ったように唇をぐっと噛みしめた。

 そんな由香里を花が気にしていた。


「あの……それで、前に中岡さんを紹介して頂いた時、早々とお断りしているのに、失礼だという事は百も承知です……でも、やはりもう一度お会いしたいんです。あの夜、ちゃんとお礼も言っていなくて……」

 亜季子はファイルを見ながら答えた。

「中岡さん一年前に退会してますよ」

「じゃあ、どなたかと成婚して退会したんですか?」

 由香里は絶望的な顔をして亜季子を見つめた。

「いいえ。そのような記載はないので……」

蝶子は中岡の退会理由をはっきりとは書いてはおらず、ただ「退会」とだけ記載されていた。

「あの……退会した方に連絡を取ってほしいなんて言うのは図々しいお願いですよね?」

 由香里は縋るような目をした。

「それでは、私が中岡さんに連絡をとって、由香里さんに携帯電話の番号を教えていいのか聞いてみます。それでいいですか?」

「ありがとうございます。勝手な事をお願いして……すみません」

 由香里は申し訳なさそうに、しっかりと頭を下げた。

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