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縁、四

 東海林達朗が応接室のソファに座っている。

 三十分程前の電話で、退会の手続きをすると告げ、早速やってきたのだ。

 東海林の向かいのソファには亜季子が座り、「お役に立てず申し訳なかったです」と頭を下げていた。

 どんよりとした空気の中、紅茶とモンブランを運んで来た百合は、そのまま出て行こうとしたが、亜季子が無理やり自分の隣に座らせた。


「あっ、姪っ子の百合です」

 いきなり紹介された百合は「どうも……」と小さく頭を下げた。

 東海林も小さく頭を下げ、「それじゃ……」とすぐに席を立った。

「お急ぎじゃなければ、召し上がって下さい」

 と引き止める亜季子に背を向け、ドアへ向かった東海林だが、すぐに振り返りテーブルの上のモンブランを見た。そして再びソファに座った。

「……このモンブランは……どちらで?」

「瑠璃光町のマドモアゼルっていうお店のです」

 百合が答えると、硬い表情だった東海林の顔が緩やかになり、山型のモンブランを見つめる。

「やっぱり……ここのモンブラン、昔食べた時すごく美味しかったんです……でも僕がたまに仕事であの辺に行った時に立ち寄ったりすると、定休日か品切れで……ああ……まさか、こんな場所で出会えるとは思わなかった!」

「それじゃ、どうぞどうぞ」

 と亜季子が勧めた。

「……でも今ダイエット中でして……」

「ここのはかなり甘さもカロリーも控えめなので大丈夫ですよ」

 と百合がさらに勧めた。

「そうですよね……それなら一口……」

 東海林は嬉しそうに口に運んだ。

「ああ……そうそうこの味……丁度いい甘さだ」

「ここのお店は妹の幼なじみのお父様がやっているお店で、特にこのモンブランは人気があって、店頭に並ぶなりすぐに売り切れるらしいですよ」

「ああ、やっぱり」

「今日は残りの一個だったんです。ラッキーでした」

「昔、会社の事務の女性から貰って……。その日は、とても辛い事があったせいか、やけにこの甘さが優しく感じられて……なんか、癒されたっていうか……甘い物はそんなに食べないのですが、これはもう一度食べたい味でした」

 東海林は噛みしめる様に食べ続けた。

「あっ、最近はカフェコーナーが出来たようです。もしよかったら、今度誰かとデートをすることがあったら、行ってみてください」

「……誰かとデート……そんな時があるんでしょうか」

 東海林は急に暗い顔をした。

「ありますよ! 東海林さん素敵ですもん」

「お世辞はやめて下さい」

「いいえ。お世辞じゃないです。それに、東海林さんはダイエットしなきゃいけない程太っては見えませんよ」

「いや……そうでもないんですよ……そろそろ三十五なんですが、やっぱり前より太りやすくなってきていて……それで今回、相手の方にお断りをされたのは、もしかして体系の問題があったのかもしれないんですよ」

「それはないって言いましたよね?」

 慌てて亜季子が否定したが、東海林は頑なだった。お見合いをし、何度かデートを重ねた女性が断ってきた理由は、自分のスタイルの悪さが原因だと決めつけていた。

「プロフィールのところで、好きな有名人がクリスティアーノ・ロナウドと書かれてあって……多分、スタイルのいい人が好きなんじゃ……」

「だから、それは違いますって。仲のいい従弟が幼い頃からサッカーをやっているそうで、たぶんその方の影響だと思いますよ」

 必死に亜季子が否定し続けた。

「そ、そうですよ。だいたい、日本にクリスティアーノ・ロナウドみたいな人いませんよ。あくまでもファンという意味じゃ?」

 引き続き百合も東海林を宥めた。

「じゃあ、なぜ断られたんですか? お互いに求めている条件はクリアだった筈です。僕はあの方をとても気に入っていたし、あの方も……」

 東海林は頬を赤くし、少しムキになっていた。


「それは多分、何かが違ったんですよ」


 百合がまるで自分の事の様に語り始めた。

「誰かと出会い、同じ時間を過ごして、その方がとても素敵だと感じても……何かが違うって思う時は、前には進めないものです。私も、最近そんな事がありました。何かが違ってたんです……そういう時ってはっきりとした理由なんてないと思うんです……」

「でも、理由がないなんて事はないでしょ?」

「そうかもしれません。その方に尋ねてみないと分かりませんが、でも、東海林さんは何も悪くないし、魅力がないってわけじゃないって事です!」

「……僕は自分で言うのもなんですが……仕事や収入、家族構成なども、条件に関しては問題がなかったと思うんです。でも性格がダメですか? 頑固なところがあるから? 色々悩みました」

 東海林の顔が一段と険しくなった。

「でも、きっと大切な誰かと出会う為に、今があるんだと思うんです! きっとその誰かと出会った時、ああ、あの時あの人じゃなかったんだって、そう思うのかもしれませんよ」

「……そうでしょうか……」

「ベタな言い方ですが、こればかりは縁ですからね」

「……縁……そうですよね……分かってはいるんですけどね……」

「私は相談員ではありませんが、ここでお会いしたのも何かの縁だと思います。だから、退会しても東海林さんが素敵な方と出会えるのを願っています! 頑張ってください!」

 東海林を励ます百合の横顔を、亜季子は感心して見つめていた。


「で、結局退会しないで帰ってったのか?」

 驚く修造の隣で、亜季子が少し落ち込んでいた。

「ああ、あんな風に自分の事のように話せばいいのね? 勉強になったわ」

「ただ私は、どこか他人事じゃないみたいな感じがしたんです。東海林さん、少し私の考え方に似てるっていうか……思い込んだらどんどん悪い方へ考えてしまうところとか」

 百合は入力作業をしている花の横で、雑に置かれている登録者のファイルを片付けていた。

「百合ちゃんって今はどんな仕事してたんだっけ? 営業か何かか?」

 修造が興味津々に尋ねた。

「あっ、事務職です。でも、これは父や母に言うと心配するので内緒なんですが……最近業務縮小で辞めさせられちゃって……今は失業中です」

「じゃあ私と一緒じゃん!」

「ずっと就職した事ないあなたと一緒にしないで!」

「あっ、ひょっとしたら結構前から失業してた? 中途半端に早く帰ってきてたもんね! やたらイライラしてたし……」

「イライラなんてしてないわよ!」

 図星だった。花は変に勘が鋭い時がある。百合は三カ月ほど前に辞めさせられ、週に三回ほど、友達が夫婦で営んでいる弁当屋でバイトをしていた。

「あっ、弁当屋さんってマドモアゼルの近くの? で、今日はそのバイトの帰り?」

「そ、そうよ。でも、そろそろ終わり。新しいバイトが見つかるまでって約束だったし」

「なら、ちょっとの間だけ、東海林さんの結婚相手を探すの手伝ってくれない?」

 百合は冗談だと思った。順子はちょっと笑っていたし、言い方が軽かったからだ。

「そんなぁー」と笑って返したら、亜季子の顔は真剣な表情に変わった。

「今日の東海林さんね、やけに百合ちゃんの言う事に引き込まれてたでしょ? 私なんてどうやって話したらいいのか分からなくてね、あの人には手を焼いてたのよ」

「いいえ、私は経験もないし無理ですよ……」

「いいのよ! 私も経験なんてないわよ! 今日の百合ちゃんみたいにね、相手の方とちゃんと親身になって話せたらいいんだけど……ダメね」

「お前は昔から……そう、人望ってのがないもんな」

「あなただってそうじゃない! 部下に慕われるタイプじゃなかったもんね!」

「それならやっぱり二人とも結婚相談所なんて無理じゃん!」

 と花が笑って言うと、百合が睨んだ。

 そうだった。昨日から、修造と亜季子がこの仕事を続ける事に散々悩んでいるのを知っていた筈なのに……。「冗談冗談!」と花は更に笑って誤魔化し、「この写真、変えた方がよくない?」と東海林のプロフィール写真をみせた。

 写真は、黒いジャケットにジーンズのラフな感じで、白いフレームのメガネは似合っているかは微妙だった。顔色は男らしく見せる為、少し濃い目のファンデーションのようなものをうっすらと塗っている事に花は気付いていた。

 見ようによってはお洒落に見えるかもしれないが、花からみたらこの写真は無理をしているようにしか見えなかった。東海林は黒いジャケットにジーンズよりも、淡い色のシャツに綿のパンツ、黒や茶系の縁の眼鏡をかけた方が、本来持っている清潔感が出て、いいんじゃないかと。

「今日は仕事の帰りだったから、スーツ姿でフチなしの眼鏡をかけてて、ごく普通のサラリーマンの感じだったけど、そうね、花の言う通りかもね」

「でしょ? 髪型も前髪をちょっとカットした方がよくない?」

 花と百合は東海林について真剣に話し出した。どのような女性を紹介したら、東海林は結婚へと向かうことが出来るのか。

 その二人の姿を、修造と亜季子はどこか安心した様に見つめていた。

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