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縁、三

 この日の夜から住み込む事になった花の寝室は仏間だった。他の部屋を勧められたが、花はこの部屋を選んだ。

 仏壇の前に敷かれた布団に座り、番助と蝶子と、二十年以上前に亡くなった従妹、凛の遺影を眺めていた。凛は修造と亜季子の娘で、十一歳の頃、小児がんで亡くなった。その後に生まれた花は、当然凛の事は知らない。でも、家で修造と亜季子の話をするとき、凛の話題になり、凛はとても勉強が出来たとか、綺麗な子だったとか、あれこれ話した後、必ず敬一と順子は「凛ちゃんは可哀想な子だったね」と締めくくった。そのたび、花の中にはどこか違和感があった。「可哀想」という言葉が引っ掛かるのだ。そんな事を思いながら、凛の笑っている遺影をじっと見つめていた。


「花ちゃん、もう寝た?」

 亜季子が襖から顔を出した。

「あ、手巻き寿司、美味しかったー食べ過ぎたかも……」

 と花がパジャマのゴムを引っ張った。

「美味しかったならよかった。またやろうね!」

 と部屋に入り、仏壇に胡麻団子を三つ供えた。

「買ってきて供えるの忘れてた。三人ともこの胡麻団子が好きだったからね」

「こんな時間に食べたらヤバくない?」

「そうね。凛は若いから大丈夫だけど、おとうさんとおかあさんは……」

 真剣にそう言うと、花と亜季子は顔を見合わせて笑った。

「花ちゃんは、笑うと凛に少し似てるんだよね……」

「そう? そんなに可愛いかな?」

 一瞬、亜季子は寂しそうな顔をしたが、すぐに笑って「おやすみ」と部屋を出て行った。


 次の日、登録者のプロフィール等を入力す る仕事を花は任せられた。

 今まで会員の写真、プロフィールなどは手書きのものがファイルされていたが、やはり入力してまとめた方が分かりやすくていい。そう判断して自分でやろうとしたが、修造も亜季子のパソコン作業はなかなか進まず……そんな時に、敬一から花の事を相談されたのだ。


「マジで? 今どき高学歴、高収入、高身長? この人いつの時代のひと?」

 と茶の間のローテーブルでノートパソコンを開き、登録者の結婚条件を見て、花は驚いていた。

「ああ、花ちゃんさぁ応接間の隅に机があるから、そこでやってもいいんだよ。今日は応接間でお見合いする人はいないし、椅子に座った方が楽でしょ?」

 修造が花の事を気遣った。

「うーん、どこでもいいけど……」

「地べたに座って事務作業すると腰、痛くなるよ」

「……そうかもしれないけど、もうここで開いちゃったから……」

「そう? 伯父さんはさ、膝が痛いから地べたに座るのがきついんだよ」

 などと話しながら、修造はソファに座り新聞を広げた。

 花は入力作業をしながら、ふと考えた。入力作業はそんなに時間が掛からないで終わる。でもその後は……家に帰ってもいいのかな? 就職が決まらないと、家には帰れない感じなのかな……そう考えていると、修造が話し始めた。

「入力作業が終わったら、適当にここで過ごしてから帰るといいよ」

「えっ……でもお茶汲みとか掃除とかは?」

「そんなのは二人で出来るからいいよ。それに、敬一がもし治療とかしなきゃいけなかったら、色々と家の事を手伝ったりしなくちゃいけないだろ?」

「うん……そうだけど……」


 花は敬一の再検査の事を、考えないでおこうとしていた。楽観主義の花だが、父親の生死が関わっていると思うと、どこか怖かったのだ。

「じゃあ、今日お姉ちゃんに電話しようかな……お父さんの事聞きたいし」

そう言ったと同時に、玄関ベルの音がした。


「あら! いらっしゃい」

「どうですか? ちゃんとやってます?」


 玄関ベルを鳴らしたのは百合だったようだ。大きな声で亜季子と話しているのが聞こえた。そして、廊下を歩く音がしたと思ったら、茶の間に入って来た。


「こんにちは、お久しぶりです伯父さん。この辺に用事で来たので、ちょっと寄っちゃいました」

「ああ百合ちゃん! 今、花ちゃんと敬一の事を話していたんだよ。どうなったんだ?」

「はい、検査入院するようです」

「そうか、大事に至らないといいんだが……」

 花は、百合が「洋菓子・マドモアゼル」の袋を持っているのを見逃さなかった。


 台所のダイニングテーブルに、フルーツタルトやモンブラン、ティラミス、イチゴショートなどをそれぞれ皿にのせて、百合は修造の前にはティラミス、亜季子の前にはフルーツタルトを置いた。

「ここのケーキ、美味しいんですよ」

「まぁ百合ちゃん、私がタルト好きなの覚えててくれたのね」

「俺がティラミスを好きって事も……何か、嬉しいもんだな……」

 亜季子と修造は感激していた。

「私、ミルフィーユが好きなんだけど……」

 花はショートケーキを目の前に不満そうな顔をした。

「なかったのよ! 花は甘いもんなら何でも食べるでしょ?」

「何でもって訳じゃ……」

 この「洋菓子・マドモアゼル」のケーキを買ってからこちらに来るには、かなり遠回りをしなくてはいけない。きっとついでに寄ったなんて嘘で、自分の働きぶりをチェックしに来たのだと、花は察した。


「この辺に用事ってどんな?」

「どんなって……別に……あっ、伯父さん伯母さん、花を甘やかさないでビシビシやってくださいね!」

「やっぱり、それ言いに来たんだー」

「夏彦がよろしくって言ってたよ。今度ミルフィーユ買いに来てねーって」

「ああ、ミルフィーユ食べたかったな……」

 その時、修造の携帯電話が鳴った。

「うわっ、東海林さんだ!」

 画面を見るなり、修造は亜季子に携帯電話を渡した。

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