縁、二
それから割とすぐに、花は伯父の修造と伯母の亜季子のところに行かされた。
まさか番助と蝶子が亡くなった後、伯父夫婦が結婚相談所を引き継いでいるなんて知らなかった……ような気がするが、聞いていたのかもしれない。
その頃の花は、番助と蝶子が続けて亡くなった後のショックが大きく、いつもより増してぼんやりと過ごしていたのだ。
「こんにちは……」
門前に立ち、インターホンを押したが出て来てくれない。
花は自分の胸くらいの高さの門に手を掛け、久しぶりの祖父母の家を眺めた。
祖父母の家は、青い瓦屋根の築五十年以上経つ、昔ながらの和風の建物である。結構大きくて花の記憶では、部屋は六つ程あったような……。
「ごめんね、花ちゃん! 待った?」
花の背後から声がした。振り返ると、エコバッグを肩に掛けて、亜季子が走って来た。
「今日、お客様お得デイだったから、レジ並んでね、すっごい人だったのよ。買い物してる時間よりもレジに並んでる時間のが長かったくらいで……」
門を開けて、花を促しながら話し続ける亜季子は、明るくて健康的な感じで、かなりマイペースな女性だ。六十二歳という年齢よりもかなり若く見える。
そして、門を入って玄関を開けて、家の中に入って花を茶の間に案内するまで、ずっとスーパーの何が安かっただの、高かっただの笑いながら話していた。さすがの花も、黙って聞いているしかなかった。
「そうだ! 前に会ったのっていつだっけ?」
「あ……多分、去年のお盆だったかな……」
「じゃあ一年も経ってないんだよね?」
「あっはい、今って5月だから……9カ月ぶり……かな?」
「そうそう。で、就職できないんだっけ?」
「できないっていうか……しないっていうか……何をしていいのか分からなくて」
「分かる分かる! 私も若い時はそんな感じだったもん……親戚の紹介で適当に事務仕事して、適当に結婚してさぁ……人生なんて適当で丁度いいんだよ! あんまり考えすぎないこと!」
「はぁ……」
花は亜季子とそれ程ちゃんと会話をした事がなかったが、こんな感じだったっけ? と、どこかキャラが変わったように感じられた。明るかったけど、もっと大人しい感じだったような? それに、前よりも茶の間の雰囲気が変わっていた。番助と蝶子が生きていた頃は、八畳程の和室に、座椅子、卓袱台、薄型でないテレビがあった。でも今は、エル型の大きめのソファにローテーブル、薄型テレビ。茶の間というよりリビングといった感じだった。
「卓袱台ってどこ行ったの? 私あれ、昭和っぽくて好きだったのになぁ」
「欲しかった?」
「欲しいって訳じゃないけど」
「そうでしょ?」
「捨てたの?」
「あげたの。ここで昔成婚した人が欲しいっていうからね……あれ? そういえばあの人どこにいるのかしら?」
その時、ダダダッと階段を降りる音と共に修造の声がした。修造は携帯電話で話しながら、茶の間に入って来た。花に気付くとニコッと笑い、ソファに腰かけた。
「あっ、そうですね……それでは、ちょっと妻と代わりますので……」
「ちょっと、花ちゃんが来てたのに何で出てあげなかったの?」
「ごめん、話し中だったから……あっ、ちょっと代わって」
と携帯電話を亜季子に渡した。
「何? だれ?」
「東海林さん。ちょっと納得いかないようだから説明してあげて」
「説明って……」
渋々携帯電話を受け取り、「お電話代わりました」と話しながら亜季子が出て行った。
「花ちゃん、久しぶりだね」
「はい。よろしくお願いしまーす」
「仕事は後で説明するからね。ま、簡単な入力作業だからさ」
「あの……今の電話って……」
「お見合いをして何度かデートを重ねて、うまくいってたらしいんだけど、急に女性の方からお断りされたんだって」
「どうして?」
「分からないよ。そりゃあ、相手の方も本当の事は言えない場合があるだろ……」
「まぁ……そうかも」
「ああ、結婚相談所なんて引き継ぐなんて言わなきゃよかった……」
希望に沿う男女を会わせ、蝶番縁相談所でお見合いをさせ、お互いを気に入り交際を続け、そのまま成婚成立。でも、そんなに簡単にはいかないのが人と人との縁である。花は面倒くさそうだな……と思いながら、小さくため息をついた。
「昨日は……佐野さんだったっけ? 会ってみたら顔が写真と違うとか、散々文句言われたよ」
「でもね、女性は細くみせたいとか、肌をきれいに見せたいとか、まぁ、気持ちは分かるわよ」
「でも実際会う訳だろ? 写真を加工するのは禁止すべきだよ」
「そうね、ハードル上げてもいいことないか」
「後、須藤さん……ほら、バツ2の。あの人は最近、日本人よりも外国人がいいとか言い出してさ……ヨーロッパ系の美人とかハーフとかいないのか、だとさ」
「鏡を見なさいって言えば?」
「そうそう、木本さんにはバレバレのカツラをやめた方がいいってお前から言ってくれよ。俺からはどうも言えない」
修造と亜季子は晩御飯の手巻き寿司を巻きながら、ずっと相談所の会員たちの話をしていた。少々毒を交えながら……。
「ああ、花ちゃん、ごめんごめん、伯父さんたち喋り過ぎだね! ほら、食べて食べて!」
ダイニングテーブルの上には、マグロやイカなど魚介類以外に、納豆、キムチ、唐揚げ、チーズなどが並んでいた。
「何が好きか分からないから、取り敢えず色々買ってきたの。さぁ、巻いて巻いて!」
「いただきます……」
台所は茶の間と同様、少しだが雰囲気が変わっていた。前はザルやボールなど、調理用品が流しの棚に並んでいたが、今はすっきりと物が無くなっていた。
「でね、今日電話で東海林さんが、今回の件でうまくいかなかったから、退会したいって言い出してね」
「ま、仕方ないよな。他の相談所の方がうまくいくかもしれないし……」
とにかく修造はやる気がない。多分、亜季子も同じような気持ちだろうと花は察した。
「あの、伯父さん……どうして相談所やることになったの?」
「どうしてって?」
「さっき後悔してるようなこと言ってたし」
「そうなんだよ! お祖母ちゃんがさ、俺の手を握ってさ、病院のベッドで言ったんだよ」
修造はちょっと大袈裟に説明した。蝶子の口調を真似しながら……。
「聞いて修造……あのね、相談所の人たちをみんな結婚させるのが私の最後に残された使命だと思ってたの……でも……もうおとうさんも天国へ行っちゃったし……私一人では無理よ……亜季子さんと二人で手伝ってくれない?」
そう言った次の日に蝶子は亡くなった。修造は蝶子と約束した手前、せめて残された会員の人たちが結婚できるまでこの相談所を続けようと決めた。でも、なかなか上手く行かず悪戦苦闘の日々である。
「私は反対したのよ。だって面倒じゃない。あなたが定年退職したらさぁ、もっと気楽に生活しようと思ってたのに……」
「お前には悪いと思ってるよ」
花は勝手に、番助と蝶子が残した結婚相談所を、修造と亜季子が快く継いだと思っていた。でも、亜季子は明日にでもやめたい感じだし、修造はとても疲れた顔をしていた。
蝶番縁相談所は、大工の番助と、家で裁縫と着物の着付けなどを教えていた蝶子が、あれこれ世話を焼き、年頃の男女を家に招いて結婚に結び付けた事がきっかけで始めた。
三十年ほどで、数え切れないほどのカップルが誕生し、結婚した後もその縁は続き、蝶子と番助を訪ねて来る人は沢山いた。葬式の時も、かなりの人数が参列した。
「八十を超えた年寄りの葬儀にさ、あんなに人が来てくれるなんてな……だから最初は結婚相談所なんて無理だと思ったけどさ、でも……やってみようかって考え直したんだよ」
食後のヨーグルトを食べながら、修造はしみじみと言った。
「そうなのよね……ああ、あの時は判断力がちょっと鈍ってたのかな……ここに引っ越して来てから……やっぱり結婚相談所なんてやめようって何度も思ったわ……」
食後のアイスクリームを食べながら、亜季子はイライラしながら言った。
「だったら、今からでも遅くないからやめちゃえば?」
まだ手巻きずしを食べ終えていない花は、キムチとチーズを巻いていた。
「そうは行かないの!」
「どうして?」
「だってね、一組も成婚させないで終わるなんてカッコ悪いじゃない。私たち夫婦がさ、ダメな夫婦みたいじゃない?」
「俺は別にダメ夫婦って言われても構わないけど……ただ母さんとの約束を守りたいだけだからさ……」
「何よ、ドラマのセリフみたいな事言っちゃって! くさっ!」
「お前こそいい歳してカッコいいとか悪いとか言ってんじゃないよ!」
ふたりは花の前で軽く夫婦喧嘩を始めた。花はマグロと納豆を巻きながら食事を続けていた。




