縁、二十八
「伯父さんと伯母さんが、この蝶番縁相談所を辞めないで続けてくれるなんて嬉しい! それでね……」
百合は更に畏まった。
「私、絶対に結婚します! 将来、一緒に相談所をやっていける人と……」
「えーっ」
驚いた花は、同じく驚いている敬一と順子と顔を見合わせた。
「私は、不妊治療を経験した頃から、何もかも思い通りにならない事ばかりが続いたので……どこかで自分に自信がなくて、誰からも必要とされていない様な? そんな気持ちになっていて……でも、ここで働かせてもらって、最近は由香里さんと中岡さんの写真を見て、すっごく感激して……ごめんなさい……うまく言えないけど……でもその時決めました。勿論、伯父さんと伯母さんに、三代目として認めてもらってからですけど……」
「三代目? そんな……こちらからお願いしたいわ。私たち、なるべく長く続けていけるように頑張るけど、でも、今までみたいに、たまには助けてね」
「当たり前です! だって三代目だから!」
「そんじゃ、私が四代目! なーんてね!」
すっかり機嫌が戻った花が、ちょっとふざけて笑った。
その夜は、百合が花と仏間で並んで眠る最後の夜だった。明日は家に戻り、新しい職場で働く準備を始める。
花は、百合が三代目宣言をした事について興奮が冷めやらず、質問攻めにしていた。
「絶対に結婚しますって言ってたけど、ここで探すの? もし結婚相手が見つからなかったら三代目は諦めるの? いつからそんな事を考えてたの? やっぱり……」
「結婚相手をどこで探すかはまだ分かんないし、相手が見つからなくても相談所はやりたいし、いつからって? 言ったでしょ? 中岡さんと由香里さんの幸せな写真を見た時だって……はい! もう眠いから寝るよ!」
百合は疲れたのか、さっさと布団の中に入り、花に背中を向けた。
「もう! 冷たいなぁ……私は嬉しかったのに! お姉ちゃんが伯父さんと伯母さんみたいにここをやっていくの」
「えっ? 伯父さんと伯母さんみたいに?」
と、いきなり百合が起き上がった。
「私はね、ゆるーくやっていく気はないの。やるなら、もっと精力的に? なんて言うんだろ……とことん?」
「やっぱり伯父さんと伯母さんのやり方にイライラしてたんだ……」
「ち、違うわよ。否定してる訳じゃないわよ。それぞれやり方があると思うし……」
百合の性格から、そうなるのは分かっていた花だが、一生懸命やり過ぎてしまうのではないかと心配だった。
「お姉ちゃんはさぁ、どんな人と結婚して相談所やっていくんだろう……お祖父ちゃんは、お祖母ちゃんに任せながらも会員の人たちとはいい関係を築いてたみたいだし……伯父さんは、最近は努めて伯母さんと一緒に頑張ろうって思ってるみたいだし……」
「……うーん……そんなのまだ分かんないわよ。三代目をやりたいっていっても今すぐではないもの。きっとだいぶ先の話だから……」
「あっ、お姉ちゃんの理想の人って……低めな声で、目がきれいで、ギターが弾けて、ハゲてなくて、ホラー映画を観ない人、だっけ?」
「うわっ! やだ、いつの話? もうそんな事はどうでもいいわよ」
そうだ。隆之は理想の人だったんだ……と百合は遠い過去の様に思い出していた。でも、隆之とは一緒にはなったが、添い遂げる事はできなかったのだ。
きっと大切な誰かと出会う為に今がある……きっとその誰かと出会った時、ああ、この人だったんだ……そう思うはず……。いつか東海林にかけた言葉は、どこかありきたりで、何か慰めの言葉を探して適当に出た言葉だった。でも百合は今、その通りなのかな……と強く感じていた。
「まっ、しっかり婚活しないとね。どんな出会いが待っているのか……。じゃ、寝るね。もう、花と一緒だと話が長くなるから!」
と再び布団に入ったと思ったら、すぐに寝息を立てていた。
花はそんな背中を見つめ、思う。百合はもうすっかり吹っ切れたんだろう……きっと誰かを好きになって幸せな再婚ができるに違いないと……。
でも自分はどうなんだろう……結婚は夏彦とするものだと信じて生きて来たが、当然もうそんな事は考えていない。いつか、夏彦以外の誰かを好きになる時が来る。それは誰なんだろ……。そんな事を考えながら布団に入り、いつの間にか花も寝息を立てていた。
秋風が吹くころ、登録者の中で最年少の藤堂美歩が相談所にやって来た。修造と亜季子は外でのお見合いの予定が入っているため出掛けていたが、美歩はお見合い相手の相談に来たわけではない。花に会いに来たのだ。
「花ちゃん、バイトに行くついでに会いに来たよ」
「えーっ、ついでなの?」
美歩は高校から付き合っていた年上の彼氏と結婚するつもりだったが、彼氏が心変わりした為、十代で結婚出産という夢が無くなった。花も夏彦との未来が無くなり、お互い共通点? のようなものや歳が近い事と二人とも就職していないところで話が合い、仲良くなったのだ。最近の美歩は結婚相談よりも花と話すためにやって来ることが多くなった。花はずっと夏彦とばかり遊んでいたので、年齢の近い友達が殆どいない。なので美歩と一緒に過ごせる事が嬉しかった。
応接間で美歩が買ってきたクッキーを食べながら、ファッションの話や流行りのアイドルの話など他愛もない話をしていたが、今日の美歩はちょっと真剣な話を始めたのだ。
「私ね、最近店長のホムパに行ってきたの。ほら、結婚したでしょ?」
美歩は、ここで成婚した西川が店長として働いているホームセンターでアルバイトをしている。西川は結婚後、よくホームパーティを開くようになったという。
「奥さんさぁ、年上みたいだけどそんな感じじゃないし……もうめっちゃ幸せそうなの! 二人でキッチンに立ってね、店長は慣れない手つきで手伝ったりしてるの。前は男が台所に立つのは抵抗を感じる! 令和の時代に何言ってんだって、君たちZ世代は思うかもしれないが……とか言ってたんだよ」
「へぇ……そういえば、家事は完璧にやってほしいとか? やまとなでしこ? なんて希望欄に書いてたなぁ……」
「あんな風に価値観を変えてくれる結婚っていいよね」
「でも紗枝さんはバツイチで、西川さんはあの年まで独身だったわけじゃん。若かったらそんなにうまくは行かなかったんじゃない? 年を重ねたからこその幸せ?」
「やっぱそうだよねぇ……だから最近さぁ、結婚焦らなくてもいいかなって思ってるんだよね。さすがに三十代とか四十代はヤバいけどさぁ……」
「ねぇ、どうしてそんなに早く結婚したかったの? 十代で結婚出産って? ひょっとして美歩ちゃんって元ヤン?」
「やだ、違うよ。あの頃の私は早く家を出たかったんだよね……親が仲悪くて……仮面夫婦ってやつでさぁ……まぁ一人暮らしとか考えたんだけど……なんか面倒くさくなって」
「ふうん……でもさ、親が仲悪いと結婚とかに夢持てなくない? しかも十代で?」
「私は逆にね、親みたいにはなりたくなかったの。超ラブラブな夫婦になって幸せになってやる! って思ってたからね!」
「美歩ちゃん、ポジティブだね」
「でね、今日は相談所退会しに来たんだよ」
「マジで?」
美歩は、インスタでホームセンターの商品を紹介したりしている。それの評判がよく、最近はやる気になり前よりも仕事を頑張ろうと張り切っていた。
「ここで紹介してもらった人たち、悪くなかったんだよ。でもさ、今はしっかりと働こうと思ってね……まだバイトだけど……」
「そっか……」
「あっ! やべっ! そろそろ行かないと……」
「もうそんな時間?」
「ああ……でもなんか……だりぃ……花ちゃんとまだここで話していたいなぁ」
「ダメだよ。今度は私がバイト先に行くよ。帰りにご飯でも行こ」
「そだね……」
「ねぇ……ホントに元ヤンじゃない?」
「どして?」
惚けた様に首を傾げる美歩は、さっさとバイトへ向かった。




