縁、二十九
花は玄関で美歩を見送った後、玄関のキコキコと鳴る音が気になった。
玄関の蝶番のネジが緩んでいたのだ。
番助の古い工具箱を持ってきて、緩んだネジを締めて……。
「大丈夫かな?」
その時、修造と亜季子が帰って来た。
「あれ? 花ちゃん、玄関のネジ、閉めてくれたのかい? 伯父さんがやったのに」
「いいよ、これくらいやるよ」
「ありがとうね……でも、そろそろ錆びちゃってるからね、この蝶番、代えた方がいいかしらね……」
「えっ? ちょうつがいって?」
「今、花ちゃんが直してくれた……」
と、修造が蝶番を指差した。
「これって? そういう名前なの?」
花は戸を付ける金具が蝶番と言う名称だと、今知った。
「すっごーい! ずっとなんでこの相談所、そんな名前なんだろって思ってたんだよ」
「花ちゃん……」
「まぁ、若いからそんな事は知らなかったんだね。ハハハッ」
修造と亜季子が笑ったが、花はちょっと感動していた。
「……蝶番がないと扉は付かないもんね……それって、人と人とを繋ぐ? そういう意味の蝶番縁相談所だったんだ……しかもお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの名前だよ……あれ? 伯父さんも伯母さんも今更って思ってる?」
「そんな事ないよ、なぁ……」
「ええ、そうねぇ。そう言われてみれば……あれ? ちょっと、花ちゃんのスマホ鳴ってるんじゃない?」
「あ、キッチンに置いたままだった……美歩ちゃんにお茶入れた時だ……あっ、後で話すけど、美歩ちゃん退会するって……」
などと言いながら、花はスマホが鳴っている台所の方へ走って行った。
「えっ? 美歩ちゃんって藤堂さん?」
「そうそう、前に来た時ね、まだ結婚は先にしようかなって……」
「まぁ、若いから出会いがたくさんあるだろうしな……」
「花ちゃん誘って合コンとか行こうかなって」
「えーっ……合コン? 変な集まりはダメだぞ……」
と修造と亜季子が玄関を上がろうとした時、スマホを耳に充てて花が嬉しそうに出て来た。
「花ちゃん、美歩ちゃんに誘われても合コンは……」
「伯父さん、伯母さん!」
花は頭の上で大きなマルのポーズをした。
それから、ほんの少し時が流れた。
師走の朝、花は玄関で慌てて靴を履き、「いってきまーす」と駆け出した。
「いってらっしゃい! 研修は今日で終わるのよね?」
「うん! でも伯父さんと晩ごはん先に食べてて。最終日だから食事会があるかもしれないから。あっ、ラインするね」
花はブライダルサロンに仕事が決まり、今は研修中だ。
一時期は家に戻ったが、甘ったれの自分が実家で生活をしたら、また仕事が長続きしないのでは……と花なりに考えた。でも部屋を借りての一人暮らしはまだ自信がない。そこで下宿を思い付き、修造と亜季子に相談したら快く受け入れてくれたのだ。
だが、百合ははっきりと花の心を読んでいた。
「ああ、勤務先がさぁ、伯父さんの家からの方が近いもんね。電車で三十分か……それに下宿代? 超甘々な額じゃない。ほんと花は調子がいいわね!」
ほぼ、百合の言う通りだった。
花が下宿してから、百合はよく仕事の帰りに寄るし、順子と敬一までも何かと理由を付けてはやって来るようになった。ちょっと鬱陶しいが、修造と亜季子がとても楽しそうにしているので、まぁいいか、と気にしないで楽しく生活している花だった。
そして……。
就職が決まったのを、いち早く知らせたい人がいた。それは夏彦だ。
気まずい別れ方をしたので、電話はできなかった。夏彦のように手紙を書こうか……迷ったが、やっぱりラインで報告した。
いつものように「しごと決まったよ」と短文で、ふざけたクマのラインスタンプを添えて……。そうしたら割と早めに「おめでとう」と「また会おう」の可愛い猫のラインスタンプで返してくれた。そして修行中のお店の前、パティシエの白衣姿で微笑んでいる夏彦の写真が送られてきた。
「可愛い……ちょっと痩せたかも……」
と花は、スマホの画面を暫く見つめていた。
そろそろクリスマスを迎えようとする頃、花が仕事から戻ると百合がリビングにいた。珍しい事でもないので「来てたんだ」とだけ言って部屋へ着替えに行こうとしたら……。
「ちょっと花、私ね、今日会員の登録に来たの」
「えっ! マジで?」
いきなりそんな事を言うので驚いたが、前からそんな話はしていた。
「花ちゃん、おかえりなさい」と亜季子が慌ただしくリビングへ入って来ると、ペンと申込用紙を百合に渡した。
「まぁ、形式だから用紙に記入してね」
花はカバンを適当に置くと、興味津々に百合の前に座った。
「面白がらないでよ! 別に花に探してもらう訳じゃないけどさ」
「えっ! 私探したい! お姉ちゃんにピッタリの人」
と、いつもの様にワクワクした顔で笑った。
その夜は早速、夕食を食べながら百合の再婚相手について話し始めた。メニューは手巻き寿司だ。修造はマグロとシソを巻きながら、推している会員について語った。
「最近会員になった龍水寺の住職の長男……ほら、性格がおっとりとしていて穏やかで、年齢も百合ちゃんと同じくらいだし……学生時代はお笑いサークルに入っていたらしいよ。家庭が明るくて楽しくなるんじゃないかな?」
「そう? 面白い人には見えなかったけど……それより、塾の講師をしている……あっ、百合ちゃんより少し年齢は下だけど、爽やかで感じがいいと思うのよ……」
「ダメだよ。なんか話していて、どこかチャラチャラした雰囲気がしないか?」
エビとアボカドを巻きながら、花は修造と亜季子の話を退屈そうに聞いていたが、ふと隣を見ると、百合がイカとカイワレ大根を巻きながら「選ぶの私だからー」と楽しそうに微笑んでいる。
その時花は、百合が結婚した日の事を思い出していた。姉が世界で一番美しいと思えたあの日だ。きっとそのうち、またその日がやって来るのだろうと思うと、どこか嬉しく思えた。
「ん? 花、なに見てんのよ」
「別にー」
「そうだ! あんたもついでに会員になりなさいよ」
「ついでって……まだ早いよ」
「何言ってんの。あっという間よ! 年を取るのは!」
「私、恋愛結婚するもん!」
そう言いながら、別にそれも悪くないかな……恋愛結婚にも憧れるけど、ここで誰かに出会って結婚するのも……ありかも? と、ほんの少しだけ思う花だった。
最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。




