縁、二十七
凛の命日がやってきた。
お坊さんの長いお経に足を痺れさせ、クネクネしている花を百合、敬一、順子が呆れ顔で見ている。
お経を聞きながら修造と亜季子は、凛の遺影を見ると自然に微笑んでしまう。
最後の家族旅行の写真だった。車で一時間程の空気の良い森のペンションに、病院で外泊許可を貰っての一泊二日、病気であるのが嘘のように凛は燥いでいた。
「お父さん、川のほとりに花が咲いてるよ」
「お母さん、このグラタン美味しいね。退院したら一緒に作ろう」
笑顔の写真をたくさん撮った。
この遺影は散歩した森の中で、前を歩く凛が振り返った時に、修造が撮った写真だ。
二十七年経った今、遺影になるなんて思ってもいなかった家族旅行の写真を、その時の記憶と共に修造と亜季子は見つめていた。
「凛ちゃんと会ったことないけど、みんながいっぱい話すから、私まで凛ちゃんと一緒にいた様な気持ちになっちゃうよ」
と花たちは、お坊さんが帰った後の仏間で、お茶を飲みながら凛の思い出話しをしていた。
「ああ、そうね。たとえここにはいなくても、私たちが凛の話をし続けるうちは、凛は何らかの形で存在してるんだって、そう思うわ……」
「そうだな……そりゃ、凛がいなくて寂しい日が数え切れないくらいあったけど……思い出を集めて、何とか生きてきたよな」
この日ばかりは、修造も亜季子もどこかしんみりとしていた。
「あっ、聞いていい? 凛ちゃんの夢って何だったの?」
「私、知ってるよ。セーラームーン」
「そうそう、好きだったわね」
「それと、学校の先生!」
「そんな事も言ってたな」
「あとね、サーカスで空中ブランコに乗りたいって言ってたし、動物園でシロクマの飼育員さんとか……」
百合はいつも一緒に遊んでいて凛の夢をたくさん聞いていた。
修造と亜季子は、飼育員と空中ブランコについては知らなかった。
「凛の事は全部知ってると思ってたけど……そう、そんな事を?」
「まだまだ言ってたけど、ちょっと忘れちゃったわ……でも、きっと私をからかう為に適当に言ってたのかもしれないな……今思えば」
「きっと凛ちゃんなら、何にでもなれていたような気がするな」
敬一がそう言うと、隣で順子も頷いていた。
「……可哀想だったよな……」
いつもの敬一の言葉が出た。
今までは黙って流していたが、花はやっぱりその言葉に引っ掛かってしまう。
「お父さんさぁ、いつもそう言うよね? それは凛ちゃんに失礼だよ。よく分かんないけど、いつも凛ちゃんの事、可哀想とか言うの、何か私は嫌だな」
「まぁ、そうだよね。それって一生懸命生きた凛ちゃんに対して、失礼な気がする」
珍しく百合も花に同調した。
「百合ちゃん、花ちゃん、こればかりはね、若くして亡くなった凛の事を思うと、そんな言葉が出て来るのよ、それは仕方ないっていうか……」
「そうだな。俺も逆の立場ならそう言ってしまうかもしれないし……」
修造も亜季子も、敬一を気遣ってそう言うが、花はやっぱり噛みついた。
「でも、やっぱり嫌なの! もう言わないでよ!」
「花、お父さんはそんな意味で言ったんじゃないぞ」
「でも嫌なんだもん」
「花! そんなにムキになるんじゃないの」
順子が花を宥めたが、花の気持ちは収まらなかった。
和気あいあいとした雰囲気が一気に険悪モードになった時、亜季子が笑った。
「ああ、何か嬉しいわ……凛が喜んでるわ、きっと」
「亜季子、逆だろ? ケンカなんかして悲しんでるよ」
「だって、凛のことを想ってくれてるからでしょ? なんだか有難いわ……ありがとう」
「何それ。伯母さんは、何でもいいように解釈する人?」
そう言って今度は百合が笑った。続いて修造も敬一も順子も笑った。
でも花だけは、まだ膨れていた。
「花ちゃんのそんな顔、伯母さんは見た事ないから……へぇ……笑った顔だけじゃなくて、不機嫌な顔もよく似てるわ……」
「そうだな。凛もそうやって口を窄めて……知らない! とか言うんだよ……」
と、修造と亜季子が花を優しい眼差しで見つめた。
「順子さんが花ちゃんを授かった時、よく覚えてるの……実はね、ちょっと嫉妬したの。どうして神さまは、凛を失った私に授けてくれなかったのかしらって」
敬一、順子、百合、少し遅れて花が「えっ?」と、亜季子の方を見た。
「おい、亜季子、何でそんな事をここで話すんだ? 順子さん、気を悪くしないで……」
「あ……はい。大丈夫です……」
その時、順子は花を妊娠した時の事を思い出していた。
十五年ぶりの妊娠を知った日、最初は戸惑ったが素直に喜んだ。でもそれと同時に修造と亜季子の事を気遣った。その頃、二人は転勤で北海道にいたので電話で報告したら、亜季子は明るい声ですぐに「おめでとう」と言ってくれた。その時、順子は安心したのを今でも覚えている。
「ごめんね……今頃そんな話をして……でもそれと同時に、凛が亡くなる前に私たちに話してくれた言葉を思い出すのよ……聞いてくれない?」
凛は自分が亡くなる事が分かっていたかのように、ベッド脇の椅子に並んで座っている修造と亜季子に、ちょっと長い話をした。
数日間、高熱が続き、かなり辛い状態だった筈なのに、凛は一生懸命話してくれた。
ベッドに上体だけ起こした状態で、凛は乾いた唇を時々舐めながら、掠れた声で話し始めた。
「ねぇ、生まれる前って、子供がお父さんやお母さんを選んで生まれて来るのかな? それとも、神様が選んでくれるのか、どっちだと思う? ……そんな事は分かんないよね……でも、もし神様が選んでくれたんなら、私はラッキーだったよ。お父さんとお母さんの子供でよかった…………それでね、もし死んじゃって、また生まれ変わる事ができたら…………神様が決めるんだから、私、またお父さんとお母さんの子供に……生まれて来れるか分かんないからね。それに、日本人じゃないかもしれないし、人間じゃないかもしれないし、でもね、前世で大好きだった人には、絶対に会えると思うの……。当然、お父さんもお母さんも私だって気が付かないよね…………だけど、きっとまた会えるんだよ。だから……いろいろな人と会ってね。たくさんお話をしてね。私、絶対にお父さんとお母さんに会いに来るから……絶対に……」
その時の凛はどこか死を覚悟しているように感じた。まだ小学生の娘が、自分の人生が終わるのを感じ、必死で残された両親に伝えようとした……そんな言葉を思うと、少しでも順子に嫉妬した自分の事が恥ずかしく思えた。
「あの頃、凛と闘病生活を送っていて、病院と家の往復で、もう余裕がなくて、人と接するのも少なくなって……きっとそれを見ていて、そんな話をしたんだと思うの。現にあの子が亡くなったあと、私は前より増して人と会わないで生活してたのよ。丁度転勤になって、周りに知らない人ばかりだったのよね。でも、その時の凛の言葉を思い出して、なるべく誰かと接しようって……私は元々社交的じゃないしね……でも徐々にそうしてたら、生活が変わったの……」
「そうだな。たとえ我が子がいなくても、生きていれば色々な人と出会って人生は楽しくも豊かにもなるんだ、そう凛が言ってるみたいでさ……」
修造が噛みしめる様にそう言った後、亜季子が少し畏まったように座り直した。
「という事でね……ここで聞いて欲しいの。敬一さんにも順子さんにも百合ちゃんと花ちゃんにも……」
敬一、順子、百合、花も座り直して、亜季子の方を見た。
「蝶番縁相談所。ずっと、会員の人が全て成婚したらやめるって決めてたけど、私はこのまま出来る限り続けたいと思ってるの……」
驚いた敬一と順子は顔を見合わせた。
「……あなたがよければ……だけど……」
と亜季子が修造を見ると、修造は黙って頷いた。
そして、亜季子と修造はそれを凛に報告するように凛の遺影に視線を向けた。
「あの……伯父さん、伯母さん、私も聞いて欲しい事と……お願いがあります。お父さんとお母さんも……ついでに花も聞いて……」
次は百合が畏まった。




