縁、二十六
その日の晩御飯は寄せ鍋だった。
早いもので、花が五月にここへきて、もう鍋を食べる時期になったのだ。修造は早かったなぁと、しみじみと頷いた。
「百合ちゃんが収穫してきた白菜、立派ね。ネギも甘くて美味しいの!」
亜季子が鍋にどんどん野菜を入れた。
「私、八宝菜が食べたいなぁ、白菜たくさんあるし」
「花、食べたいなぁ、じゃなくて、作ろうかなって言いなさい!」
「じゃ、今度クックパッド見ながら作ろっかな」
「で、今日のお見合いはどうだったんだ?」
何も知らない修造が遠慮なく聞いてきた。
「さぁ……あの二人はうまくいくんじゃないのかな?」
百合が他人事のように言った。
本当はどうなんだろう? 百合の気持ちは? 花はさり気なく百合を気にするが、いつもの感じだ。でも、前より表情が柔らかくなったような? 穏やかになったような? 優しくなったような? 気がした。
「ん? ほら、花! ぼんやりしてないで、灰汁を取りなさいよ!」
そう思ったが、気のせいだったか……と花は鍋の中の灰汁を黙って取り始めた。
「そうだ、忘れてた! 今日手紙が届いたんだよ。由香里さんから。あっ、リビングに置いてきた」
修造が箸を置いて、「我慢できなくて封を開けそうだったよ」なんて独り言を呟きながら出て行き、エアメールを片手に戻ってきた。
「あなた! そんな大切な手紙、よく忘れてたわね! 呆れるわ」
「わぁ! 海外からじゃん。もしかして……」
「老眼鏡がないから、百合ちゃん読んでくれないか?」
百合は修造から手紙を受け取ると、大事そうにエアメールの封を開けた。そして綺麗な淡いピンクの便箋を出し「じゃ、読むね」とそっと広げた。
「皆さん、お久しぶりです。元気にお過ごしでしょうか? 私は今、シンガポールにいます。あれから中岡さんと結婚を前提に遠距離交際を始めました。時期を見て、結婚は中岡さんが日本へ戻って来てからするつもりでしたが、二人とも待ちきれませんでした。それで、身内だけで式を挙げさせていただき、そのまま暫くはシンガポールで新婚生活を送る事となりました。このような素晴らしい日を迎える事ができたのは、蝶番縁相談所の皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。帰国した際は、必ずお邪魔させていただきます。
PS 写真を同封しました。中岡家、父・竜壱、母・幸江、長女・礼子、長男・昌平、次男・達樹。京本家、父・正彦、母・美枝、長女・由香里、です。私達は家族になりました。これからもよろしくお願いいたします」
と、百合が同封されていた写真を出すと、花が奪う様にして見た。
「うわーすっごい! 本当に結婚したんだー」
花が興奮気味で、修造と亜季子に写真を見せた。
「まぁ……何か泣けるわね」
「ああ、綺麗だな、由香里さん」
シンガポールの教会の前で、ウエディングドレス姿のとても美しい由香里と、緊張して固い表情の、タキシード姿の中岡を中心に、お互いの両親と中岡の姉弟がとても幸せそうに笑っている。
由香里がシンガポールへ中岡に会いに行った後、交際を始めるとの報告を電話で受け、その後は何の連絡もなかった。でも、慎重な由香里の性格を思うと、そのまま暫く交際して、中岡の帰国を待って結婚するものだと亜季子と百合は思っていた。
「なんかさぁ……二人とも待ちきれませんでした? 凄くない? 超情熱的じゃん」
と、花がずっと写真を眺めていた。
番助と蝶子から受け継いで、結婚まで辿りついた記念すべき第一号だった。
修造も亜季子も百合も花も、とても感極まってしまった。
「今日はお祝いだな。ビールで乾杯だ!」
修造が冷蔵庫からビールを出して来た。花がグラスを持って来て、亜季子がそれぞれに注いだ。
「それでは、中岡さん、由香里さん、ご結婚おめでとうございます! 乾杯!」
百合が乾杯の音頭を取った。
今日あったことが全て消えてしまうくらい、幸せな気持ち……これはなんだろう、と百合の中に大きな変化が起きていた。
それから、就職の面接をいくらか受けては全て落ちていた花は、気分転換にマドモアゼルへ行った。夏彦もいないし、今はケーキを買う以外に行く理由はないと思っていたが、ここには以前、東海林とお見合いをした芽衣がアルバイトをしている。
芽衣は、前にある男性とお見合いをしたのだが、それ程うまくいかず、次のお見合いは暫く遠慮すると言っていた。
花がケースを眺め、修造が好きなティラミス、亜季子が好きなタルトなどを選んでいたら、最近あれほど通い詰めていた東海林が、あまり来なくなったと芽衣が言う。
「どうしたんだろ。朝美さんに振られた?」
「違うの。部署が変わって出張が増えたみたい」
「へぇ……何か大変そう」
「でも、朝美さんがちょっとね、寂しそうなの……」
「えっ! そうなんだぁ」
「それに、今日もずっと新作のケーキを作ってるんだけど、一生懸命モンブラン作ってたんだよ」
「ああ、東海林さんモンブラン好きだもんね……そっか……」
東海林の朝美への猛アタックはうまい方向へと行っているようで花は安心した。
「花ちゃん、時間ある?」
芽衣はもうそろそろバイトが終わり、高校生のバイトと交代するので、一緒にお茶を飲もうと花を誘った。
お客がポツリポツリの店内の、一番端っこのテーブルで、花はココア、芽衣はミルクティーを飲んでいた。
「あのね、前に紹介して頂いた人なんだけど、結婚相手としてはイマイチなのよ」
「そうなんだ……でもさ、ちょっと変わってて、芽衣さんと合いそうな気がしたって伯母さん言ってたのよ」
「私もね、表向きでは合いそうな気がしたの。でも、結婚相手としてはちょっと無理な感じなんだけど、私の童話を読んでくれた時……」
「えっ! 読ませたの?」
「だって、読みたいっていうから……」
今まで芽衣がお付き合いをした男性は、作品を読んでみたいなどと言う人はそれ程いなかったようだ。たとえ読んだとしても、特別感想などは述べず「いいんじゃない。よく分からないけど」などと、関心がない訳ではないが、触れては来なかったのだ。
「でね、私の周りの友達や創作仲間が言う事とは違う視点っていうか……何か、頷けるような事を言うのよ……」
「じゃあ、合わないと思ってるけど、実はそうでもないんじゃないの?」
「それはないの!」
芽衣はこれっぽっちの迷いもなく、言い放った。
「よくよく話してみるとね、学生時代、映画やドラマの脚本を書いて色々なコンクールへ送ってて、入賞したものもあるんだって。でも、プロになるほどじゃなくて、今は書いてないけど、私の作品を読んでるとね、惜しいな、とか思うんだって! で、アドバイスしてもらったとこを自分なりに直してみたの。そしたら、何かね、前とは違う扉が開いたって感じで……」
「それって、ない物を補い合う結婚相手なんじゃないの?」
「違うって。でもね、一緒に何か書いてみようかって話になって、書いてみたの」
「えっ! 書いたって? 童話を?」
「そう。それでね、それを昔からお世話になってる先生に見せたら、よく書けてるから知り合いの編集者の人を紹介してくれるっていうの。で、うまく行ったら本が出せるかもしれないのよ!」
「うわ! 凄い! 何で早く教えてくれなかったの?」
「ちゃんと決まったらって思って! でも花ちゃんが来たら教えたくなった!」
芽衣はとても喜んでいて、また創作に夢中になると結婚が遠のいてしまうのかな? と花は感じたが、人ってこんなに嬉しそうに笑うんだ……それなら結婚とかどうでもいいじゃん! なんて思ってしまう。
「で、花ちゃんの就職活動はどうなの?」
「あんまりうまくいってないよ。まぁ、夏彦の様なパティシエや芽衣さんみたいに、夢を持ってる人にはなれないけどね。でも、頑張ってみたいの。とりあえず、私のようなポンコツでも雇ってくれる会社を探さないとね」
「花ちゃん! ポンコツなんて言わないで! 花ちゃんってさぁ、一緒にいると心地いいのよ! 気が付いたら、自然に心が開くっていうか……」
「そうかな? 普通に話してるだけだよ……」
「でもね、私はこうして知り合えて嬉しいよ。だから、きっと花ちゃんを雇う会社ってラッキーだと思うわ。だから自信を持ってよ!」
人生が良い方向へ向いている人の言葉は、自分も同じ様にうまく行くような気がして、花は元気付けられた。
芽衣の事を亜季子と百合に報告していると、今まで会員の中で、結婚という縁ではなく、仕事のパートナーで結ばれた例もあるという。
染物職人の男性が、しっかりと家事をこなしてくれる女性と結婚したいと言うので、家事手伝い歴七年の、完璧に家事ができる女性を紹介したら、その女性はその染物に夢中になり、お嫁に行くのではなく、弟子入りをしてしまった。最終的には、この二人はそれぞれ違う人と結婚したらしい。
「だからね、前は蝶番結婚相談所だったんだけど、縁相談所に変えたんだって。出会って、結婚する筈だったのに、他で繋がる人もいるのよ」
「へぇ、知らなかった」
亜季子と百合がそんな話をしながら、台所で花が買ってきたケーキを皿に乗せてお茶の準備をしていた。
「あれ、伯父さんは? ティラミス買って来たからお茶にしようって言ったのに……」
「ああ今ね、お坊さんと話してるのよ。もうそろそろ凛の命日だから、お経をあげていただこうと思ってね」
「そうだったわね。今年はみんなで集まれるよね」
「ごめんなさい。私、凛ちゃんの命日だって忘れてた……ていうか、最近まで知らなかったし」
「仕方ないわよ。花ちゃんが生まれる前だし、私たちも転勤が多くて、毎年二人だけでやってたしね」
その時、百合の携帯電話が鳴った。素早く出ると、百合は笑顔で「ありがとうございます。よろしくお願いします」と思わず頭を下げた。
電話を切るのを待ち、亜季子が「お仕事、決まったの?」と訊いた。
「うん。前の会社の人がね、気の毒がって紹介してくれたの。でも、とりあえずパートからなんだけどね」
「でも、よかったじゃない。たまには遊びに来て」
「本当にお世話になりました!」
「何言ってんの! こちらこそよ」
「……あっ、それでね、伯母さん……」
「何? 百合ちゃん」
「いいえ……また話しますね……ほら、花も一緒に帰るよ」
「私帰んないよ」
花は仕事が決まるまで家に戻る気はなかった。




