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縁、二十四

 それから;百合が怒って帰って行った理由を、亜季子と修造に話さざる負えない花は珍しく亜季子に叱られた。


「花ちゃん、それはダメよ。どこの世界に自分の旦那さまの浮気相手? の結婚相手を探す妻がいる?」

「浮気相手? じゃないよ。つきあってなかったみたいだし」

「……うーん、よく分からないが、その人がここで仮に結婚相手を探して成婚したところで、百合ちゃんが元旦那さんとよりが戻るとは限らないだろ?」

 修造もいつになく深刻な表情だった。

「私がね、やり直してほしいのよ。余計なお世話だって分かってるよ。でもね、お姉ちゃんはこのままだと、適当に好きでもない人と結婚するかもしれない。そしたら幸せにはなれないもん……」

 花は、百合の幸せは隆之が握っていると思っていた。二人が交際し結婚して、とても幸せだったころを知っている花は、百合がどう思おうと隆之とよりを戻して欲しかったのだ。

「まぁ、その方、桃井さん? がいらっしゃったら、悪いけどお断りするわよ。もう相談所をやめるつもりだから、これ以上会員は増やせないって、正直に言うわ。だってこれは嘘じゃないものね?」

「そうだけど……」

 花は諦めるしかなかった。

 順子に電話をしたら、百合は来ていない様だった。どこへ行ったのか? 携帯電話を鳴らしたが、出るはずもない。きっと自分とは話もしたくないんだろうと思ったが、花はずっと電話し続けた。

 

 百合はどこへ行ったのか、一週間も電話には出てくれなかった。

 今日は桃井菊乃が相談所へやってくる日だった。電話で断るつもりだったが、あの書道教室はホームページもなく、検索しても電話番号が分からなかった。

 約束の時間よりも十五分早くやってきた菊乃は、前に会った時よりも若く見えた。化粧をしているせいだろうか。

 そして応接間のソファに座り、一口お茶を飲むとゆっくりと話し始めた。


「このような所は初めてでして、少し緊張して眠れませんでした。自分がお相手を探す訳じゃないのに……」

 向かいのソファに、亜季子と花が並んで座っていた。

「すみません。うちの娘も連れて来るつもりだったんですが……お母さんが気にいる人なら誰でもいいなんて? 投げやりな言い方をするんですよ」

 どのタイミングで、断ったらいいのか? 亜季子はタイミングが掴めなかった。

「あの……すみません、私、今日は謝らなくては……」

「いいのよ、私から話を……」

 すると、応接間のドアが開いた。


「えっ!」

 花と亜季子が同時に声を上げた。


「すみません。お待たせしました」

 百合が軽くお辞儀をして入って来た。

「お姉ちゃん!」


 明らかに、どこかいつもとは違った百合の表情だった。それに、どこにいたのか日に焼けていた。そして鋭い目で「どいて」と合図をすると、花はサッとソファの横に立った。

「まず、入会の申込用紙に記入をお願いします」

 百合はゆっくりと腰かけ、申込用紙とペンを差し出した。

 菊乃はバッグから老眼鏡を出し、用紙の内容を見ながら書き始めた。

 先ず「桃井万智」と記入し、住所、電話番号、生年月日、職業を記入した。

 万智は親と同居していて、職業は介護士だった。でも、菊乃が書道教室で教えられなくなったら、その後は継いでくれると約束をしているそうだ。


「子供が少ないですが、最近は社会人の方も習いに来てくれるんですよ」

「流石、先生だけあってとても綺麗な字ですね? 自分が恥ずかしくなります。よく主人からミミズの這った様な字だと言われるんですよ……」

 どこか緊張した空気を軽くしようと、亜季子は自虐的に笑った。

「もしよかったら習いに来てください……あっ、でもここからじゃ、通うのに遠いですね」

「そ、そうですね……ハハハッ」

 中途半端に笑いながら、亜季子は百合が気になって仕方がなかった。

 申込用紙に目を通している百合を、菊乃が優しい目で見つめていた。そんな菊乃と目が合った花は少し慌てた。


「あっ、えっと……どうして、入会しようと思ったんですか?」

 自分から誘っておいて、まさか入会する筈ないとどこかで思っていた花だった。

「あの日、まさか結婚相談所とかはって思ってたけど、お二人が帰ってから、色々と考えてね。何か不思議とこちらへ気持ちが向かったの。花さんと百合さんの印象が良かったからでしょうね。どこか信用できる感じがして」

 そんな菊乃の言葉に「いえいえ……」と、花は自分の浅はかな行動を恥ずかしく思っていた。

「では、早速娘さんの結婚相手への条件などをお聞かせ願いませんか?」

 百合は淡々と、ファイルを開いて相談員としての仕事をしていた。

「先ほど、うちの娘が、お母さんが気にいる人なら誰でもいい、と言っていると申し上げましたが、娘の本音は、結婚を望んでいないという事なのかもしれません。でも、主人が他界しまして、私もいつどうなるのか分からないじゃないですか。娘は一人っ子ですし。あの子を一人にするのはとても心配でして、出来れば、結婚して幸せになってほしいんです」


 菊乃はとても深刻そうに話していた。万智は話によると、もともと結婚願望が強くはない女性のようだった。介護士になる前はカメラを片手に、国内、海外を旅行し、写真を撮るのを生きがいにしていた。プロのカメラマンになりたいとか、そんなのではなく、ただ、知らない街の風景を撮り続けた。でも、父親が病に倒れたのをきっかけに、アルバイトをして旅行にばかり行っている生活を変えた。残念ながら、父親は亡くなってしまったが、万智は父親の世話を少しでもできた事が嬉しかったという。


「母親の私から見て、あの子はどこか愛想がないんです。辛い時も、割と言えない子で、だからお相手の方は、優しくて、あの子の至らないところも理解してくれる方がいいですね。まぁ年齢も年齢なので、お互いに支え合って生きていってほしいです」

「でも、こちらでどなたか紹介したら、娘さんはこちらに来て頂けるんですか? まさかお母様ひとりでお会いするって事はないですよね?」

「百合ちゃん、それは流石に……」

「そうですね……あの子、私が無理に結婚させようとしてるって思ってるから……」

「そこの所は、親子でちゃんと話し合って下されば……それに無理はよくないです」

 亜季子が遠慮気味に言うと、菊乃が語り始めた。

「実はですね、あの子には、好きな人がいたんです」

 その言葉に、百合が緊張したような顔になった。

「三、四年前ですか、主人が亡くなって間もない頃、奥様がいる人を好きになってた時期がありまして……勘違いかもしれませんが、私も知っている人だったんです」

「どんな方なんですか?」

「うちの生徒だった方です。たぶん」

「なんでそう思ったんですか?」

「その方を見る目が、特別だったように感じたんです」

「特別って?」

「ぶっきらぼうな子が、その方と話す時はちょっと違う様な?」

「それって……」

「百合ちゃん」

 質問攻めの百合を亜季子が止めた。

「その時、私はあの子を叱りました。その方が離婚したと聞きまして……まさか、その後交際するつもりなのかと。でも、もう会う事はないと。それ以来、仕事ばかりで休みの日はずっと家にいますし、このまま年を取って生きて行くんだろうか、と思うと心が痛みます。ちゃんと家庭をもって、幸せになってほしいんです」

 菊乃は最後、しっかりと頭を下げて「よろしくお願いします」と帰っていった。


 玄関で、三人並んで菊乃を見送ったその後、すぐに花は百合に謝った。

「ごめんね! 反省してるよ」

「いいのよ。よく考えたら、花の方が正解なのかもねって、そう思ったから戻ってきたの。ちょっと時間が掛かったけど……」

 「?」と花は拍子抜けした。

「百合ちゃん、どこにいたの? 家にも帰ってないみたいだし」

「山にいたの」

 花と亜季子は首を傾げた。

「バッグひとつで飛び出したからね、でも、家に戻る気にはなれなくて……だから、紗枝さんに電話したの。なぜか」

「で、まさか山って? マジでー」

「農業体験してきた。白菜とネギ、収穫してきたから」

 紗枝が、元夫の住む山へ結婚報告をしに行くと言うので一緒に付いて行ったという。紗枝は一泊して帰ったが、百合はそのまま残った。

「朝、四時に起きて土を触ると、何かスキッとしたんだよね……」

 紗枝の元夫とそのパートナーの女性が住んでいる、横に立つ民家が体験の人の泊まる場所だった。

「楽しかった? 元旦那さんってどんな感じ?」

「よく焼けてたわ。優しく教えてくれると思いきや、結構スパルタなとこもあって、パートナーの女性も何か凄く逞しい感じの人で……一日があっという間で……」

 百合は日に焼けた顔で思い出し笑いをした。一週間で何か変わる筈ないが、百合は決着をつける覚悟で戻ってきたのだ。

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