縁、二十三
それから数日後、紗枝と西川がある報告をしにやって来た。
「このまま交際して、お互いにいいタイミングで籍を入れられたらと考えています」
応接間で、並んだ二人を見て百合と亜季子は驚いていた。
いつも年齢よりも老けて見えるような、ちょっと地味で野暮ったい西川の雰囲気が変わっていたのだ。どこか爽やかでスッキリとしていた。髪型も天パーでもっさりとしていたが、短くオシャレで顔が普段より一回り小さく見えた。
「なんだか、若々しくなりましたね、素敵だわ」
亜季子が褒めると、西川が恥ずかしそうに笑った。
お茶を運んで来た花は、ニヤニヤしながら西川と紗枝を見た。
「おめでとうございます! 式はいつですか?」
「ああ、私は二度目でしょ? 西川さんの家も私の家も、もう親が他界してるから、お互いの同僚や友達を招いて食事でもして、ね?」
「うん、そうだね」
「でも、記念になるから新婚旅行はどっかに行きたいわね」
「うん、そうだね」
いつもなら、花はもっと色々と質問をする筈だが……。
「それじゃ、失礼します」
と立ち去ろうとしていた。
「花、紗枝さんと話したいでしょ? 座れば?」
いつもなら、余計な事を言う花を追い出すが、今日はあれこれ聞いて欲しかったのだ。
「紗枝さんはまだウエディングドレスとか着れるんじゃないのー?」
「まさか、恥ずかしいわ」
「西川さんも見たいですよね?」
「いやぁ、そうですね。でも、彼女はドレスなんて着なくても綺麗ですから」
「あらあら、惚気ちゃって」
「ホントホント!」
亜季子と花がハハハと笑いながら、和気あいあいとした中、百合は我慢できずに訊いた。
「どうして結婚を決めたんですか?」
「お姉ちゃん、どうしたの急に」
「いや、ちょっと、電撃的だったでしょ? とんとん拍子っていうか……ちょっと参考までにお聞きしたいなって」
紗枝と西川は見つめ合い、思い出し笑いをした。
「あの帰りの電車で、目が合ったんです。私は話し好きだから、同じ相談所に通ってるもの同士、世間話でもしようと隣に座ったんです。話した事は何てことないことです。ねっ」
「うん、そうだね」
「でも、隣にいて、どこか心地よかったんです。それで、私が先に電車を降りたんですけど……その時、ちょっと寂しいような? そんな気持ちになって」
「うん、そうだね。僕も……紗枝さんが降りた後、もっと話したいって思って、寂しいって気持ちよりも、恋しい気持ち、かな?」
「いやだ、そうだったの?」
今が一番盛り上がっている二人を前に、亜季子、百合、花は揃って目を細めた。
「あっ、僕はそろそろ……」
「あら? もうそんな時間? 棚卸の前だから忙しいのよね」
「紗枝さんはまだいたら?」
「じゃあ、そうするわ。気を付けてね」
ホームセンターで店長をしている西川は、亜季子たちに、今度お店に来たらサービスをしますね、なんて言いながら、明るく出て行った。
「ああ、こっちまで幸せな気持ちになるわね」
亜季子は大満足な顔だった。成婚者が一組でも出ると、肩の荷が下りるのだ。
すると、紗枝が急に真顔になった。
「私ね、最初は相談所とか抵抗があったんです。でも、ここを紹介して頂いて本当に良かったです」
「そう言って頂けるととても嬉しいです。私も、先代から受け継いで心細い時期が続いておりましてね」
「蝶子さんも番助さんも喜んでいると思いますよ。是非、続けて下さいね」
会員が全て成婚したら、やめるつもりだなんて言えない亜季子だった。
百合はまだ聞き足りない様子で、紗枝に尋ねた。
「あの……もう少し聞いていいですか? お二人は一緒に話していて、今まで出会った他の人とは違う何かを感じたんですよね? なんて言うんだろ……それって……」
「まぁ……やっぱり縁じゃないの? ビビビってやつじゃ?」
「やだ伯母さん、何それ」
と笑う花だが、紗枝は急に真剣な顔をして話し始めた。
「……さっきは西川さんの前では言えなかったんだけどね」
「なになに?」
花が前のめりになった。
「私、こちらでお見合いを重ねているうちに、色々と思う事があったの……例えば、経済的に余裕がある方と会わせて頂いたり、見た目がタイプの方とお会いした時……皆さん素敵な方で……有難い事に相手の方が結婚を望んでいるのに、踏み切れなかったのは、何でかしらって? ひょっとしたら、元旦那の事が心の中にある? そう考えてしまって」
紗枝は、いつか元旦那と復縁する時が来るんじゃないかと、心のどこかで思っていたような気がすると言う。
昔は自給自足なんて、子供にとっても自分にとっても無理だと思っていたが、年を取って、最終的には一緒に暮らせるんではないか? と考えた時期があったのだ。
「でも、あの人にはパートナーができた。その頃かな? そんな事考えているのは私だけなんだって……」
「ずっと元旦那さまが好きだったって事?」
「たぶん、縛られていただけなんだと思うのよ。だって、一番多感な時期に出会って……すべてが初めてだったから……たとえ他の人とお付き合いしても、あの頃の恋愛は別物だった。だからね、最終的にはあの人と一緒にいるんじゃないかって、思ってたような気がするの。 おかしいでしょ? ずっと会ってなかったのに……届くのは、収穫した野菜と息子への手紙だけ……」
「一方的に別れを告げられたんですもんね……ちょっと勝手過ぎません? 紗枝さんは、立派ですよ! 恨みもしないで、相手を理解しようとしたんですもん。何でそんな事ができたんですか?」
そう百合が尋ねると、紗枝は首を傾げた。
「さぁ……そりゃあ最初は恨んだりする気持ちもあったわよ……でも今思えば、あのまま結婚生活を続けていたら私も幸せじゃなかった……だってあの人は私といるよりも、あの山で過ごしている方が幸せそうだったから……」
そう言って紗枝は思い出したように笑った。亜季子や百合、花から見て、その笑顔はとても素敵に映った。
「私は、西川さんと幸せになります! あの人と出会えてよかったです。ありがとうございました」
席を立ち、綺麗にお辞儀をして応接間を出て行こうとしたが、振り返って、
「あっ、西川さんと電車でお話をした日、西川さん、ちょっとだけ鼻毛が出ていたの! 私、今までそんな人と出会った事がなかったから……男前なのに、ああいうちょっと油断してるとこが可愛いっていうか……決め手はそこかな? それじゃ、籍を入れたら連絡します」
と明るく出て行った。
亜季子、百合、花は一瞬の沈黙の後、大笑いをした。
百合と花がそろそろ家に戻ろうと思っていた。それを亜季子に話そうとしていたら、修造が子機を抑えてリビングに入って来た。
「今、新規会員の申し込みなんだけど、娘さんの結婚相手をさがしてるって……」
「まさか、またお母さんの知り合い?」
「違うよ。ここの若い女性? 多分、花ちゃんだと思うんだけど、前に道に迷っているところを……」
「代わる!」
と花が子機を奪うようにしてリビングを出て行った。
百合は何かピンと来たように花の後に続いた。
「はい、お電話代わりました。はい…………ああ、娘さんが? それなら、こちらへ来て頂いて、先ずお話を……」
花はここの住所を教え、電話を切った。
振り返ると、百合が睨んでいた。
「何? 何を企んでるの?」
「桃井さんが来るの。娘さんの結婚相手を探しに!」
「正気? 一体いつの間に?」
「あの日、お姉ちゃんが車に戻った時、電話番号、ちゃちゃっと書いて渡しといたの。もしよかったら、お力になりますよって」
「断りなさいよ! 私、今日から家に戻るから!」
「だって、あの人が結婚したら、お義兄さんもおねえちゃんも吹っ切れるでしょ? そしたら、また一緒になれるかも……」
「吹っ切れるってなに? 私はそんなこと望んでないって言ってるでしょ?」
百合はすぐに、財布などが入ったバッグだけ持ち、家に帰ると言って出て行った。




