縁、二十
就寝時間になり、花が仏間に入ると、百合はもう布団の中、「もう寝たから話しかけないで」オーラをバンバン出していたが、気になって眠れない花は、遠慮なく話しかけた。
「ねぇ、紗枝さんと西川さん、うまくいくといいね」
百合は無反応だった。
「紗枝さんってさぁ、今まで色々な人と付き合ってみたけど、再婚まで踏み切れなかったんだって。何かね、ときめかなかったんだって。結局誰と付き合っても同じ様な感じだったんだって。でも、この先ひとりで生きていく勇気もないし。それならいっそのこと、ここでなるべくお金持ちの人と一緒になれたらな……なんて思ってたらしいよ……」
やっぱり百合は無反応だった。
「ひょっとしたら、前の旦那さんのこと、ずうーっと、好きだったのかな……だって、嫌いで別れた訳じゃないし……」
「それは違うんじゃない?」
と百合は急に起き上がった。
「起きてたの?」
「あんたがうるさいから目が覚めたの!」
と、ちょっと怒ったみたいに、花を睨んだ。
「いつまでも、別れたダンナの事なんて思ってる女なんていないって! 私だって、今日イライラしたもん!」
「は? 今日って?」
「あっ……きょ、今日ね、ばったり会ったのよ、隆之と。しかもスーパーで」
「まさか、再婚相手と一緒にいたの?」
「ひとり寂しく弁当買ってたわ。再婚してなかったの」
「えっ、どうして?」
「振られたんだって。元々片思いだったとか? そんな風に言ってたわ。でさぁ……何かね……話してて……」
「イライラしたんでしょ?」
「それよりも……ちょっとね、悲しくなったの……何かね、トイレットペーパーとかサラダ油とか買ってさぁ、ちょっと再婚相手の尻に敷かれて……そんな姿を見た方がマシだったな……」
花はそんな百合を見ていて、隆之に対する愛情のようなものを感じた。
いろいろな愛のカタチがあるとしたら、それはとても不格好な愛なのかもしれない。
「あのさぁ……お義兄さん……あっ、隆之さんの好きな人ってどんな人だったの?」
「はっきりとは知らない。でも、昔好きだった人……多分ね」
「元カノ?」
「違うよ。高学年くらいの頃ね、書道教室に通ってたんですって。嫌々だったけど、そこの先生には娘さんがいて、高校生で、凄く可愛くて、その人目当てて行ってたとか……付き合ったばかりの頃、思い出話に登場してた女性……多分その人」
「マジで? お姉ちゃんの勘違いじゃなくて?」
「間違いないわ」
百合と隆之は、元々会話の多い夫婦だった。結婚したばかりの頃は共働きだったので、お互いの会社の話し、たまに行くレストランの新メニューが微妙だとか、駅前のコンビニの店員がびっくりする程よく辞めるとか。そんな様々な会話の中、書道教室の同窓会の話題になった。
久しぶりに会った元生徒たちと、懐かしい教室に集まり、ワイワイ楽しかったらしい。先生も年を取ったが、相変わらず背筋がピンとした凛々しい姿だった。先生は、その頃、ご主人をガンで亡くし、かなり辛い時期だったので、先生を慰める気持ちで同窓会を計画したそうだ。
隆之は、こいつは同級生、この人は友達の妹、この人は、ほら、先生の娘さん! 俺が可愛いって言ってただろ? と、みんなで撮った写真を百合に説明しながら見せた。携帯電話の小さい画面だったが、その女性は楽しそうに微笑んでいた。多分、その頃は隆之の気持ちはその女性にはなかった筈。それがきっかけで、そのメンバーはよく集まるようになった。時には居酒屋で、日帰りでピクニックに行った事もあった。それは百合が不妊治療を始めた頃だった。治療がうまく行かなくなると同時に、隆之はその集まりにもあんまり顔を出さなくなったようだが……。
「付き合ってはいなかったって事?」
「あの感じだとね……」
「で、お姉ちゃんはどうしたいの?」
「どうもこうもないわよ。ただ、今日会っちゃったから……何か気になっただけ」
「幸せそうじゃなかったから、可哀想って思っちゃった?」
「やだ、私そんな優しくないわよ。一時期なんて、その女と地獄へ落ちろ! なんて思ってたし……」
「それ笑える!」
「ごめん、ちょっとモヤモヤして……おやすみ」
と布団に入ったが、きっと百合は朝まで眠れないだろう、と思った花は「今から餃子を作ろう!」と提案した。いつもなら乗って来ないが、百合は「それいいわね」と起き上がった。
台所で、キャベツとニラを、一心不乱に刻み、冷凍してあった大量のひき肉を解凍し、ボールが一つじゃ足りなかったので、三つ使って捏ねた。捏ねたのはいいが、大切な事に気が付いた。餃子の皮が足りなかったのだ。今からコンビニへ買いに行くのも面倒だし、冷蔵庫の中にある、餡を包められそうなものを探した。油揚げ、白菜、大根が使えそうだった。二人で餡を詰める作業をし始めたら、トイレに起きた亜季子が「?」な寝ぼけた顔で百合と花を交互に見た。
「もうそんな時間?」
「ごめんなさい、ちょっと眠れないから……」
「伯母さん、明日は餃子パーティだよ!」
「わぁ、楽しみねー」
とそのまま欠伸をしながら寝室へと戻って行った。
翌日、百合は餃子を持って順子の所へ向かう準備をしていた。さすがに作り過ぎてしまったのだ。珍しく花も付いて来るというので、二人で行く事になった。
修造のクラウンをまた借りて、出発しようとしたら、花がいきなり運転したいと言い出した。花はペーパードライバーだ。百合は拒否して家に向かった。
家に付いたら順子はいなかった。電話をしてから来るべきだったが、いないならいないで、餃子は冷凍庫へ入れて帰ろうと思っていたら、花のスマホが鳴った。
「はい、ああ、お母さん? そう今ね、家にいるの……えっ? 伯母さんとこに?」
順子は相談があり、亜季子の所へ行っていた。入れ違いになったようだ。
百合は、すぐに帰ろうと運転席に乗ろうとしたが、既に花が運転したいと言い、ハンドルを握っていた。怖いけど「落ち着いてね」と助手席に座った。
「ちょっとね、寄りたいとこがあるから付き合ってね」
花はそう言いながらナビを触り始めた。
「は? 今日は夕方にお見合いが一件入ってるから、ゆっくりドライブなんて」
「すぐだよ。いくらなんでも夕方には帰れるし」
「もう! だから付いてきたのね。どうせ、どっかのショッピングセンターに寄るんでしょ? どこ? ああ、やっぱり私が運転するわ!」
そのまま、百合の言葉を遮り出発した。
花の運転が怖くて、最初は隣で指示していた百合だが、花は久しぶりな運転の割にはちゃんとしていた。
「久しぶりだけど、前に夏彦とマドモアゼルの車でドライブしてるし……ちょっと擦っちゃったけど……でも心配しないで……あれ?」
昨日、ほぼ眠っていない百合は助手席でウトウトしていた。
「私も寝てないんですけど? ま、私は若いしー」
そう呟きながら、花は鼻歌交じりに順調に運転した。




