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縁、十九

 まず、紗枝の高校時代の話である。

 毎朝、通学する駅のホームで見掛ける男性がいて、紗枝は友達と「あの人かっこいいね」などとキャピキャピといつも盛り上がっていた。

 ある日、その男性の定期券を紗枝が拾ったのをきっかけに二人は急接近。


「実は君の事、ずっと気になっていたんだ……」


 人が行き交うホームで、男性からいきなりの告白。紗枝はキラキラした少女漫画のような恋に落ちたのだ。

 そしてその男性と高校を卒業してすぐに結婚し、ハネムーンベイビーを授かった。

 四つ年上の夫と長男と幸せに暮らしていたが、結婚七年目を迎えた頃、置手紙を残して夫は失踪した。

 手紙には「オレ、結婚には向いてないみたいだ。ごめん」と書かれてあり、封筒に離婚届と三カ月程暮らせる位の現金が入っていた。

 夫の友達や同僚だった人たちの話を手がかりに、紗枝は必死になって夫を探した。ようやく見つけた場所はある田舎の山だった。そこで自給自足の暮らしを目指していると言う。

 安定した公務員の仕事を辞めて家族も捨てて? どうかしてしまったのか? でも夫は本気だった。紗枝もここで親子三人仲良く暮らしましょう、なんて言葉は出て来なかった。自分には出来ないと思ったし、夫もそれを望んではいなかった。


 それから紗枝はシングルマザーとして生きる決意をした。仕事を殆どした事がないのでとても苦労したが、マイホームを購入する為に積み立てていた貯金を崩し、時には実家に泣きつき、友達から仕事を紹介してもらい、必死で働き、なんとか頑張って長男を成人させた。

 そしてその頃から、一生添い遂げる相手を見つける為に、恋愛を解禁させたのだ。


 年齢をかなり誤魔化して合コンに出席したり、習っていた社交ダンスのパートナーとサルサのリズムに酔いしれて不倫しそうになったり、バーでナンパされた外国人と付き合ったがポルトガル語が理解できず適当に接していたら、高額の宝石を売りつけられそうになったり……とにかく様々な男性と付き合ってみた。それは男性を見る目を養いたかったからだ。そしていつかは再婚して幸せになりたかった。その為には、相手が何を思っているのか、何を求めているのか、察してあげられるような女になりたかった。

 結婚した時は、子供も授かって、愛する人とずっと一緒に生活するという夢が叶い、夫も自分と同じ気持ちなんだろうと思っていた。でもいつの間にか、ふたりは全く違う価値観で生活していたのだ。


「察するも何もさぁ、その元旦那さんも言えばいいじゃない。何? 自給自足? 置手紙って?」

 百合がいきなり噛みついてきた。

「だよね? 私もそう思ったよ。あり得ないし無責任じゃん」

「でもさぁ、百合ちゃん、花ちゃん、何でもそうだけど、してみなきゃ分かんないもんだよ。その元旦那さんも紗枝さんと恋に落ちて、子供にも恵まれて、そのまま静かに穏やかに……そんな生活を歩もうとしたんだよ。でも、どこでどうなったのか知らないけど……色々思う事があったんだろうな」

 修造がしみじみそう語ると、亜季子は思い出したように言った。

「そうだ! 結婚したばっかりの頃、仕事サボってどっか行っちゃった事あったわよね?」

「ああ、あの頃は、仕事や将来の事で、あれこれ悩んでいる時期だったなぁ……」

 うんうんと頷きながら、修造と亜季子はその頃に帰ったように一瞬黙った。

「他人同士がさ、出会って一緒に暮らして家族になって、一生添い遂げるなんて、当たり前のようで、なかなか出来ない事かもしれないよな」

「そうね。みんなそうやって生きて行くんだって、理屈では分かってても……まぁ、そこを乗り越えなくちゃいけないんだけど……」

 再び、うんうんと頷き、珍しく修造と亜季子はしんみりとした表情になった。


「ねぇ、自給自足の旦那さんってどうしてんだろうね? 意外と今はタワーマンションとかに住んでたりして」

 百合が話を戻した。

「私もそう思って聞いたの。そしたら、ずっと収穫した野菜が送られて来るって言ってたよ」

「野菜? ってことは、本当に自給自足やってんの?」

「みたいだよ。最初の何年かは厳しかったみたいだけど、今は自分たちが食べるだけじゃなくて、いろんな野菜を作ってるんだって」

「たち? まさか再婚してんの?」

「なんかね、同じような考え方を持った女の人と一緒にいるんだって。その人は、パンやお菓子を焼いて道の駅で売ったりしてるらしよ。今は若い人たちを集めて、自給自足についてのレクチャーとかやってて、その世界では有名なんだって」

「花、結構ズケズケ聞いたね」

「だって気になるじゃん。それに、最近は息子さんも理解を示して、少し前に生まれた孫を見せに、その山に行ったりしてるらしいよ。紗枝さんが行くのを勧めたって言ってた。親に捨てられた、みたいに思ってほしくないからって」

「でも、はっきり言って捨てたようなもんじゃない? 野菜や米で学校は入れないんだよ。紗枝さんが立派に育てたんじゃない!」

 この日の百合はどこかイラついていた。


 その時、電話が鳴ったので、亜季子が席を立った。そして暫くすると、急いで戻って来て、「西川さん! 紗枝さんとデートしたいって!」と興奮気味で言った。

 花、百合、修造がきょとんとした。


 あの日、二人が同じ電車で帰った日。紗枝は西川と目が合った。相談所ですれ違った時、お互い気になっていたのだ。並んで座り、他愛もない話をして、三十分ほどして紗枝が降りた。西川はその後、もう一度紗枝と会って話したいと思い、亜季子に気持ちを伝えに電話をしてきたのだ。

「それじゃ、お互い同じ気持ちだったんだね。でも紗枝さん、西川さんは年下の人がいいんだよね? とか、年の事を気にしてたよ。孫がいるって話したら、めっちゃ驚いてたらしいし……」

「上っていっても二つか三つでしょ? それに、あの人は若く見えるから大丈夫よ」

「……しかし、電車でほんの少し話したくらいで? 一目惚れか?」

 百合はそんな修造、亜季子、花の会話をぼんやりと聞きながら、やっぱり今日の隆之の事を思い出していた。

 花は百合の様子がいつもと違う事に気が付いていた。この感じは、離婚する少し前、実家に戻って来た時の雰囲気に似ていた。

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