縁、十八
百合は車の停めてある駐車場まで、隆之と並んで歩いた。違う方向なら良かったが、お互い、割と近めの場所に車を停めていた。隆之の車は、会社の名前が入ったワゴン車だ。
百合と結婚していた頃もこの車で会社を往復していた。そうだ、買い忘れとかがあると、ラインをして買ってきてもらってたっけ……そんな事を百合は思い出していた。そしてさり気なく、隆之が下げている買い物袋の中をチラチラ見てしまった。何を頼まれたんだろ? でも、中にはお弁当とビール、チーズやカルパスなど、酒のつまみ? まるで一人暮らしの男性の買い物のようだった。
隆之は「じゃあ」と右手を軽く上げた。
「じゃあ……」と百合も隆之の車の四台ほど離れたクラウンに乗ろうとした。
「ちょっと待って!」隆之が何か聞きたそうにしていた。
「何?」
「あのさ……ひょっとして再婚した?」
「は? 何で?」
「車……それって……」
「ああ、これは伯父さんの」
百合が乗らないタイプの車に乗ろうとしていたので、咄嗟に再婚して旦那の車で買い物にやって来た? と思ったのだろう。それなら、この流れで百合も尋ねた。
「そっちこそ。再婚したんだよね」
「えっ? なんで?」
「は? なんでって事ないでしょ? 他の人と結婚したいから私と別れたんでしょ?」
うわっ、また嫌な言い方をしちゃった……とすぐに思ったが、言ってしまった言葉はもう消せない。でも、何とか誤魔化そうと、百合は無理やり笑顔を作った。引き攣っていたのが自分でも分かった。
「ゴメン、もう関係ないのに……じゃね」
逃げる様に車に乗ろうとしたが、隆之が慌てて話し始めた。
「違うんだよ。一方的にこっちが想ってただけで……」
「えっ? つきあってたんでしょ?」
「つきあってないよ。あっちは僕のことなんて好きでもなんでもなくて……君と別れてから、気持ちを伝えたけど……」
その時の隆之の顔は、何年も一緒にいた百合でさえも見た事のない顔だった。心細げでどこかとても哀しそうで、それは歳を重ねた男性の悲壮感なのか? たぶん、そんなんじゃない。百合はなぜか、車の中から貰った煮物を一パック出し、隆之に渡した。
「あげる。たくさん貰ったから。それじゃあね」
と素早く車に乗り込み、隣の車にぶつかりそうになりながら駐車場を出て行った。
隆之は煮物を片手に持ち、百合の車を見送った。
その日の晩御飯は、揚げ物、煮物、サラダと、全て百合が貰って来た総菜ばかりだった。みんなそれぞれ疲れていたからだ。
「助かったわ。今日は何か出前とかにしようかって思ってたもの」
亜季子は安心したように、インスタント味噌汁の具をお椀の中に入れていた。
隣で花は、沸いたお湯をお椀に注ぎ、今日のお見合いの事をあれこれ訊いていた。
「ああ、今日はないわ」
「そうだな。同じ球団のファンのはずなのに……いきなり選手のトレードが気に入らないとか、監督の戦術がどうだの……いきなり言い争って……」
修造はいつもより元気がなかった。でも、それ以上に元気がなかったのが百合だった。百合の頭の中には、数時間前に会った隆之の事でいっぱいだった。
花、修造、亜季子が食事をしながら色々と話しているのが、どこか遠くで話しているようで、ぼんやりとしていた。
「百合ちゃん、今日は疲れた?」
亜季子が気になり尋ねると、慌てた様に我に返った。
「ううん、そんな事ないわよ。あっ、そうそう、花、あんたはさぁ、今日は家で留守番してただけでしょ? 気を利かせてお味噌汁くらい作っておきなさいよ」
「だって、木下紗枝さんと三時間も話してたんだよ」
「えっ? 木下さんって、明日お見合いの?」
「うん。ああ、でもキャンセルになったんだよ」
「そうそう、それで西川貞夫さんを紹介してほしいって事なのよ」
「西川さん? えっ! 紗枝さんの条件からは、かなり外れてない?」
「そうなのよー。でもね、私は何となく分かる気がするの。よく見たら、西川さんっていい顔してるのよ。若い頃の写真を見せてくれた事があるんだけどね、なかなかの好青年って感じでね」
「若い頃の写真をスマホに入れてるおじさんやおばさんいるよね? 昔はイケてたアピール?」
「そういうんじゃないのよ。昔ね、親戚の人がここで成婚したんですって。その時の結婚式に、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが出席して、みんなで撮った写真があるっていうから見せてもらっただけ。確か、三十年位前だったっけ? ねぇ」
「そうそう、基本的に二人とも、会員の方の結婚式は出席しなかったから、出席するなんて珍しいんだよ」
「どうして? 仲人? 媒酌人だっけ? そんな感じで出席するんじゃないの?」
「お祖父ちゃんがそういうの苦手だったんだよ。でも、新婦の親が同じ大工で飲み友達だったから、その式には出席したみたいだけど」
「その写真、私も見てみたいなぁ……」
と、花、修造、亜季子の話が徐々に、蝶子と番助の思い出話に逸れて行くのを、百合は見逃さなかった。
「それで? 西川さんと紗枝さんのお見合いはどうするの?」
「ああ西川さんにはまだ連絡してないの。紗枝さんは年上だし、求めてるものも合わない気がするしね。無理かな……」
「そう? 私ね、今日話してみて、西川さんみたいな人って、意外と紗枝さんのような人と合うと思うんだけど。ほら、長年持ってる価値観みたいなものを、パーッと変えてくれる、みたいな?」
「花、甘いわね。独身五十男はそんなに簡単じゃないわよ」
「そうかなぁ……紗枝さんって不思議な魅力があるのよ。ずっと化粧品の営業をしてただけあって、話も上手だし……恋愛遍歴もちょっと笑えたし!」
花が思い出して笑うと、「どんな?」と亜季子も修造も興味津々だった。
「花、笑うなんて失礼よ。で、どんな?」
そう言いながら百合も興味を示して来た。




