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快速四号  作者: ヤーツツ・トモミ
第三章 通過駅に戻るには
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第15話ー④ 松野の駆け引き

松野は高橋にお茶を差し出した。


高橋は手をつけず、黙って座っている。


最初こそ神妙な顔をしていた松野だったが、すぐにいつもの快活すぎる笑顔に戻った。


「今日はどうしたの?」


「本を返しに来たんです」


「そう。それはありがとう。でも心配したのよ。電話しても、いつも留守電だし」


「すいません。いろいろあったものですから……」


「あなたって、喋り始めるとき必ず『すいません』って言うのね」


松野は高橋を一瞥した。


「まあいいわ。まだ正式な入信書も書いてもらってなかったし、今日は書いてくれるわよね」


「いえ……そんなつもりで来たんじゃ……」


松野の表情が険しくなった。


「本を返すためだけに来たの?」


「ええ……」


「入信する気もない人が、どうしてクラウフの壺なんて高価なものを授かったのかしら。他にもあの壺を必要としている人はいるのよ。入信する気がないなら返してちょうだい。もちろん、お金は返すわ」


高橋は黙った。


返すことなどできない。


塚原明子が、あの壺を粉々にしてしまった。


松野は、高橋が壺を手放したくないのだと勘違いしたらしい。


表情を緩めた。


「私も、せっかくあなたが授かった壺を返してなんて言いたくないわ。だから、もう一度考えてくれないかしら。それより今度、支部で『心のつどい』をやるの。今ちょうど準備しているんだけど、少し手伝ってくれない?」


高橋が答える間もなく、松野は彼を二階の大広間へ連れていった。


五十畳以上はありそうな部屋の奥には、阿弥陀如来にも似た巨大な金色の像が鎮座している。


数人の信者が座卓や座布団を並べていた。


「今日は平日だから人手が足りなくて。斉藤くんが来てくれてよかったわ。じゃあ、少しお願いね」


そう言って松野は部屋を出た。


廊下では眼鏡をかけた女が待っていた。


「松野さん、相変わらず強引ですね」


「そう?」


高橋に向けていた声から、感情が消えていた。


「さっきはヒヤヒヤしましたよ。本当に壺を返してもらうのかと思って」


「馬鹿ね。そんなことするわけないじゃない。ちょっとカマかけただけよ。でも本当に、あの子にとってあの壺が大事みたいね」


「あの壺って、そんなに価値があるんですか?」


「まさか。ただのガラクタでしょ」


松野は平然と言った。


「あとは、どうやってあの子を入信させるかよね」


「偽名のことは聞かないんですか?」


「身辺を調べたことがバレるでしょ。それは入信させてから。こっちは、あの子が高橋だろうが斉藤だろうが関係ないんだから」


     *


「明日は何人くらい来るんですか?」


高橋がポニーテールの女に聞いた。


「二百人くらいかしら。季節に一回の支部の集まりだからね。この前の地方大会に来られなかった人たちも来るだろうし」


女はふと、高橋の顔を見つめた。


「あら、あなた、この間の地方大会でクラウフの壺を授かった人じゃない?」


「え……まあ」


「やっぱり。私も授かりたかったんだけど、勇気がなくて。もしよかったら今度持ってきてくれない? 近くで見てみたいの」


高橋は曖昧に返事をした。


本来なら感じる必要のない罪悪感が湧いた。


自分には無価値でも、彼女にとっては確かに価値のあるものだった。


宗教とは、そういうものなのかもしれない。


準備は午後八時頃まで続いた。


帰ろうとする高橋を、松野が呼び止めた。


「明日も、できたら来てほしいんだけど」


「ええ……できたら」


高橋は逃げるように玄関を出た。


「もっと念押ししなくてよかったんですか?」


眼鏡の女が聞いた。


「恋愛と一緒よ。押しすぎると相手が引いちゃうわ」


松野はガラス戸越しに、次第に小さくなっていく高橋の背中を無表情で見つめた。


「それに、こっちは相手の居場所を知ってるしね」

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