第15話ー③ 生臭い人間の匂い
「後藤さん。仮に女が自殺するとき、部屋に誰かがいたとして……そいつは何か罪になるんですか?」
車を走らせながら上広が聞いた。
「俺は、そいつが何もしなかったとは言ってないぜ。直接か間接かはわからんが、彼女を死なせた可能性だってある」
「間接的にって、どういうことです?」
「少しは自分で考えろ」
上広はしばらく唸った。
「……わかりません」
「もういい。署に戻るぞ」
二人を乗せた車は国道バイパスの高架を走っていた。
すぐ横では、下り車線用の新しい高架の基礎が出来上がりつつある。
「今回の事件と上村正の事件。共通点は何だと思う?」
後藤が聞いた。
「毒物で死んだことですかね」
「それと、二人とも精神的に追い込まれていた。上村正は会社をリストラされ、家族にも見放された。塚原明子は精神科に通院していた。だから二人とも、自殺と判断されても不思議じゃない」
「じゃあ、やっぱり自殺なんじゃ……」
「まあ聞け。仮に二つの事件につながりがあって、どちらにも死者以外の人間がいたとしたら、そいつは何者だ?」
「友達とか?」
「友達なら普通は止める。救急車だって呼ぶだろう。それじゃ二つの事件もつながらない」
「じゃあ誰なんです?」
「もう一つ共通点がある。二人とも薬物の素人だ」
後藤は続けた。
「上村正が飲んだのは、単純な青酸カリなんかじゃない。何種類かの薬を混ぜたような複雑なものらしい。当然、市販品じゃない。そんなものを、普通の人間がどこで手に入れた?」
「闇サイトとかじゃないですか?」
「そうだ」
後藤の目が大きく開いた。
「二人に薬を渡した人間がいる。そして死ぬとき、その場にいた人間が薬を渡した本人だとしたら?」
「でも、それならどうしてわざわざ手渡しするんです? 郵送すればいいでしょう」
「そこなんだよな」
後藤は顎に手を当てた。
「金なのか、恨みなのか。それとも別の理由なのか……」
後藤の推理は、上広には時折ひどく突拍子もないものに思えた。
署内にも後藤を高く評価する者はいるが、独断で捜査を進める彼を快く思わない者も多い。
署を挙げて暴力団の摘発に力を入れている最中に、一人で痴漢事件を洗い直したことさえある。
その結果、加害者とされていた男性は証拠不十分で不起訴になった。
後藤は、誰も捜査したがらない事件ほど興味を示した。
刑事課に配属されて二年目の上広には、そんな後藤がいまだによくわからなかった。
バイパスの流れが急に悪くなった。
前方には赤いテールランプが数珠つなぎに並んでいる。
「ああ、渋滞ですね」
「見りゃわかるよ」
後藤は煙草に火をつけ、窓の外を眺めた。
高架沿いにはラブホテルが立ち並んでいる。
「後藤さん。さっき言ってた『同じ匂い』って、どういう意味なんです?」
「言葉の通りだよ」
「二つの事件を直接結びつける証拠なんて、まだ何もないでしょう」
「だから匂いなんだよ」
後藤は煙を吐いた。
「俺には感じるんだ。嗅覚みたいなものでさ。事件から、ものすごく生臭い人間の匂いを嗅ぎ取れる。その匂いに病みつきになって、俺は刑事を続けているようなもんだ」
いつの間にか、渋滞の列がゆっくりと動き始めていた。
反対車線では、三分の一ほどまで押し潰された車が、飛び散ったガラス片とともにパトカーのライトに照らされていた。




