第15話ー② 残された血痕
事件現場の周囲には古い住宅が密集し、商店街から続く細い路地に沿って家々が並んでいた。
何台ものパトカーに人々が足を止め、いつしか人だかりができている。
空はすでに赤紫色に染まっていた。
そこへ、もう一台パトカーが停まった。
「やあ、松井さん。遅かったじゃない?」
ずんぐりした体型の男が車から降りてきた。
「前の仕事が立て込んでてね。それより後藤さんこそ、なんでここに? 管轄外だろ」
松井が尋ねた。
「なんか来ちゃったんだよね」
後藤がとぼけるように答える。
「また勘が働いたとか言うんじゃないだろうな」
「そのつもりだったんだけどな。今回は外れたかな」
「また不謹慎な……」
松井は呆れたように言って、現場へ入っていった。
後藤と上広も続いた。
「こりゃまた、むごいねえ……」
鑑識官たちが入り、七畳ほどの部屋はすぐに人でいっぱいになった。
後藤と上広は廊下へ出る。
現場写真を撮るため、何度もフラッシュがたかれた。
その光が遺体を照らすたび、彼女が一瞬だけ笑ったようにも見えた。
「死ぬ前に、ずいぶん暴れたんだな」
遺体を調べ終えた松井が言った。
「精神錯乱状態ってやつかな」
後藤は遺体を見つめたまま答えた。
「死因はまだ特定できてないが、何かの服毒だろう。今のところ、他殺か自殺かはわからんがね」
松井がそう説明すると、後藤はポケットに手を入れたまま遺体を見つめた。
「少女は以前から情緒不安定で、精神科に通っていたらしい。原因は家族にも医師にも話していなかったそうだ。まあ、所轄の刑事さんからの受け売りだけどね」
後藤は少女から視線を外し、松井に寂しげな笑みを向けた。
「その情報が正確なら、県警は自殺と判断するだろうな。他に外傷もないんでしょう?」
後藤が尋ねると、松井はうなずいた。
「ああ。服毒による口からの出血以外には特に。あとは足の裏に傷があるくらいかな」
「足の裏?」
後藤が聞き返した。
「ほら、足元に陶器の破片が散らばっているだろう」
松井が遺体の足元を指した。
黒紫色の破片が散乱している。
後藤はその一つを拾い上げた。
丸みを帯びている。元は壺か何かだったのだろう。
黒紫色の地に黄色や青の線で複雑な模様が描かれ、色の塗られていない裏側にも白い線が走っている。
ほとんどの破片には、赤黒い血痕が付着していた。
「死ぬ直前に錯乱して、これを踏みつぶしたんだろう。足の裏から出血している」
松井が説明した。
「どうして、死ぬ直前だってわかる?」
後藤が聞いた。
松井は一瞬考えてから答えた。
「もしもっと前なら、部屋の外にも血痕が残っているはずだろう。わざわざ足を洗って、途中についた血まで拭き取ってから戻ってきたとは考えにくい」
「血痕なら、廊下についてたよ」
後藤がこともなげに言うと、松井の表情が止まった。
「え?」
「ほら、ここ」
後藤は廊下へ出て、先ほど見つけた染みを指した。
松井がしゃがみ込む。
「確かに血だ。よく見つけたな」
「なあに。たまたまさ」
後藤は少し先へ移動した。
「こっちにもある。これも血痕だろう」
階段の一段目にも、小さな跡があった。
松井がそれを確認する。
「ってことは……彼女は足から出血したあと、部屋の外へ出たのか?」
松井が首をかしげる。
「そう考えると不自然だろ?」
後藤が薄く笑った。
「だったら、自然に考えればいい」
二人の話を聞いていた上広が口を挟んだ。
「この事件、自殺じゃないってことですか?」
後藤が振り返る。
「どうしてそう思う?」
「だって後藤さんが……」
「他人の意見を丸呑みにするなよ」
後藤は苦笑した。
「じゃあ、どういうことだ?」
松井が尋ねた。
「彼女が一人だったと考えるから不自然になる」
後藤は部屋を振り返った。
「もう一人、この部屋にいたとしたら?」
「そいつが殺したのか?」
松井が聞き返す。
「そこまではわからない。ただ、彼女が死ぬとき、ここにいた」
「じゃあ、廊下の血は?」
「そいつに何らかの理由で彼女の血がついて、部屋を出るときにここへ落ちた。本人は気づかなかった」
後藤は血痕を指した。
松井はしばらくそれを見つめた。
「後藤さん。こう言っちゃなんだが、あんた、自殺じゃない方向へ無理に持っていってないか?」
「そうか?」
後藤は立ち上がった。
「俺はただ、この二つの事件に同じ匂いを感じるだけだよ」
「二つって……上村正の事件か?」
松井が確かめる。
「なんだ。わかってるんじゃない」
二人はしばらく黙って顔を見合わせた。
先に口を開いたのは松井だった。
「もし本当に誰かがいたとして……そいつは、死んでいく人間のそばで何をしていたんだ?」
「さあね」
後藤は薄く笑った。
「ただ一つ言えるのは、ちょっと変わった人間だってことだな」




