第15話ー① 二つの自殺
遺体の腐敗は、真夏だったこともあり進行が早かった。
家族が旅行から帰ってきたとき、まず家中に立ち込める異臭に驚いたという。
後藤は、部屋に散らばる家具やガラスの破片を見渡した。遺体にはブルーシートがかけられている。
「死ぬ前によくまあ、ここまで荒らす元気があったもんだね」
上広はハンカチで鼻を押さえながら、顔をあおいでいる。
「いやあ、ひどい臭いですね、後藤さん」
「真夏に密閉した空間に三日置かれた死体だもんな。でもな、まだ臭いがあるってことは、そこに死体が存在している証なんだぜ」
後藤は手を軽く合わせ、ブルーシートをめくった。
生きているときは綺麗だったんだろうにな。
そう思ったのは、遺体を見たからではない。割れたガラスの破片に混じって落ちていた一枚の写真からだった。
写真の中の彼女は、友達と一緒に満面の笑みを浮かべている。
目の前の遺体は、大きく目を見開き、何かに耐えるように歯を食いしばっていた。口元には大量の血がこびりついている。
後藤は写真と遺体を見比べた。
何が彼女をここまで追いやったのか。
同情半分、興味半分。
不謹慎なのはわかっている。
だが後藤は、事件の中にある人間の最も生臭い部分に、どうしようもなく惹かれていた。
この数日の暑さで遺体の腐敗は急速に進み、臭いは凄まじかった。
上広はついに耐えきれなくなり、部屋を出ていった。
後藤も一度外へ出ようと廊下に出たところで、ふと足を止めた。
部屋の前の壁際に、小さな染みがある。
血痕のように見えた。
よく見ると、階段の一段目にも似たような跡がある。
後藤はその先を注意深く探したが、それ以上は肉眼では見つけられなかった。
外に出ると、上広は家の前でしゃがみ込んでいた。
「後藤さん、なんでこんな管轄外の事件現場まで来る必要があるんですか。上村正の事件だって片づいてないのに。あれだって、ただの自殺でしょう」
「まあね。でも変じゃないか。数日の間に、また毒物自殺だ」
「たまたま重なっただけじゃないですか」
「かもしれない。ただ――」
後藤は煙草に火をつけた。
「県警は二つとも自殺でケリをつけるだろう。だが、もし自殺じゃないとしたら?」
いつも眠そうな後藤の目が、はっきりと開いていた。
「自殺じゃないんですか?」
「今回の事件はわからない。だが、上村正の事件は自殺じゃないと俺は思ってる」
「じゃあ、他殺ってことですか?」
後藤は答えず、黙って煙草をふかした。




