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快速四号  作者: ヤーツツ・トモミ
第二章 快速四号
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第13話ー② はなむけの壺

部屋には、誰かが入った形跡も、待ち構えている気配もなかった。

 ほっとした一方で、田所たちが何を考えているのか、ますます分からなくなった。


 閉め切った部屋はかび臭く、主人である高橋さえ拒んでいるようだった。


 机の上にあった読みかけの本を手に取る。

 沢木耕太郎の『人の砂漠』。


「俺は俺なりに、敗者たちへのはなむけをやっているんだ」


 そう呟き、自分の出発点を確かめた。

 この気持ちまで失えば、何を頼りに進めばいいのか分からなかった。


 


 外へ出ると、空き地に停めたバイクの周りで、学生たちが談笑していた。

 その中に、斉藤がいた。


 高橋は足を止めた。


「あれ、高橋? 久しぶり。こんな所で何してんの。半年くらい顔見てないよな」


 覚えていてくれたことに安堵した。

 同時に、ひどく煩わしくなった。


 斉藤和樹は、大学で最初に親しくなった友人だった。互いの部屋へ遊びに行き、学食でも一緒に食べた。

 松野に名乗ったのは、この男の名前だった。


「お前、まさか留年してないだろうな」

「まさか……」


 顔が引きつった。それ以上、何も言えなかった。


 気遣ってくれたのかもしれない。

 だが、今は放っておいてほしかった。今まで会わずにいたのだから、あと少し、俺が消えるまで。


 斉藤も黙った。

 高橋は拳を握りしめた。


「じゃあ……」


 バイクの脇に停めた自転車にまたがり、走り出した。

 少しだけ振り返ると、斉藤が寂しそうにこちらを見ている気がした。はっきりとは見えなかった。


 


 新しいアパートへ戻り、携帯を見ると、三十件ほどの着信があった。

 すべて、二人目の相手からだった。


 高橋は息を呑み、電話をかけ直した。

 長い呼び出しの後、切ろうとしたところで声がした。


「……はい」

「芳美さんですか。高橋です」

「ええ……」


 声の後ろで、速いトランスビートが鳴っていた。高橋は黙って待った。


「私……今日、死にたい……。今日、薬を飲みたいんです」


 か細い声に、少しだけ力がこもった。


 急な変更に戸惑った。

 相手は県西部の県境近くにいる。電車で向かえば、着くのは夜だ。知らない土地で、無事に会えるだろうか。


 何より、夜に誰かの最期を見届けるのが怖かった。

 その場で自分まで、カプセルに手を伸ばしてしまいそうだった。


 だが、それでいいのではないか。

 結局は、それが自分の行き着く先なのだから。


 相手あっての、この商売だ。

 最後の望みくらいは、聞いてやろう。


「分かりました。今から向かいます。二十一時に、前に伺った場所でいいですね。他には、誰もいないんですね?」


 確認を済ませ、高橋は駅へ向かった。


 交通費は自腹。報酬も取らない。商売としては赤字だった。

 前回受け取った五十万円も、大半が怪しげな壺に変わっている。


 その壺を、今日は手提げ鞄に入れていた。


 芳美に譲れば、金を受け取った負い目が少し軽くなる気がした。

 四十八万円もした壺だ。彼女の最期に、少しくらい役立つかもしれない。


 高橋は、そう自分に言い聞かせた。

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