グランデール再び(6)
グランデールが放った闇の棘が頬をかすめ、後方の壁に突き刺さった。
「パパ、戦いに集中して!」
リリスが僕を叱咤する。
動くたびにリリスの全身から黒い霧が滲み出るように漂う。
グランデールの言うことが本当ならこの霧が尽きた時、リリスは・・・。
「ドウシタ賢者?動キガ鈍イゾ。」
一瞬で僕の近くまで距離を縮めたグランデールが僕の耳元でそう囁き、大きく振りかぶった拳を僕の左頬に打ち込んだ。
床に叩きつけられた僕の体はゴムボールのように跳ね、壁に大きな穴を開けた。
これまでの攻防で壁が脆くなっていたことが幸いし致命傷には至らなかったが、頭に衝撃を受けたことで脳が揺れ、景色が歪む。
「パパ!」
リリスが僕の前に立ち、翼を広げるようにしてグランデールを牽制する。
笑みを浮かべたグランデールが、今度は円盤状の刃物を自らの周囲に作り出して高速に回転させた。
まさか、僕が剣を回転させて軌道を曲げているのを真似ているのか?!
円盤を回転させることで軌道を曲げ、直接僕に攻撃しようとしていることにリリスは気づいていない。
脳が揺れ平衡感覚を失っている僕が、軌道が変わる円盤を避けることは難しいと言わざるを得ないだろう。
しかし、僕の考えがまとまるのを待たずして放たれた円盤は、大きな弧を描いてはいたものの、明後日の方向に飛んでいき壁に一本の爪痕のような傷を付けた。
首を傾げるような仕草をするグランデール。
そうか。回転させることで軌道を曲げられることは気づいたが、どのような軌道を描くかまでは理解していないんだ。
「剣、出ろ!」
リリスがそう言葉を発すると、体中から闇の霧が大量に放出され剣を形づくる。
苦しそうに咳き込むリリス。
明らかに今までの様子とは違い、精彩を欠く動きだ。。
「リリス、下がれ!何を考えている。このままじゃ・・・!」
「パパこそ何を考えているの?!グランデールは手を抜いて倒せる相手じゃないことぐらい分かるでしょ?」
僕の言葉を遮るようにしてリリスが口を開いた。
「今やらなきゃ、2人とも・・・。」
頭を鈍器で叩かれたような衝撃を受けたとはこの事だ。
僕は何を勘違いしていたのか?
今僕がやることはリリスを戦闘から脱する事じゃない。全力でグランデールを退け、リリスの負担を少しでも少なくすることじゃないか!
「分かったよリリス。急いでグランデールを倒して、皆のところへ帰ろう。」
リリスが嬉しそうな表情をして僕を見た。
「炎よ。」
僕の言葉に呼応して渦巻くような炎が出現して、リリスの出した剣に纏わりついた。
「いいね!パパ、最高!」
腕を振るリリスの動きに合わせて、1本、2本と炎を纏った剣が発射される。
体を翻すように避けるグランデールだが、着弾地点で燃え上がる炎に視界が遮られ、これまでのような余裕は無さそうだ。
「イイ気ニ、ナルナァ!」
怒りからか、それとも焦りからか、強引に突進してくるグランデール。しかし、その隙を見逃すようなリリスではない。
「あと全部、行っちゃえ!」
数十本は残っていたであろう闇の剣の全てを叩き込んだリリスは、自らも強く地面を蹴り、無数の剣に串刺しとなったグランデールに突進した。
リリスの体当たりを受け、成すすべも無く壁に激突するグランデール。口からは紫色の体液を吐き、立ち上がるのもままならない様子だ。
「これで、終わりだぁ!」
左手でグランデールを押さえつけたリリスは、とどめの一撃を見舞わせるために右手を大きく振りかぶった。
「良イノカ?人間ヲ守ラナクテモ?」
勝ち誇ったかのように、グランデールの口角が上がった。
次の瞬間、僕の目に飛び込んできたのは、リリスの死角から放たれた4つの回転する闇の円盤が大きな弧を描きながら僕に迫ってくる様であった。
しかも先程とは違い、内側に傾いた円盤は間違いなく僕に命中する軌跡を辿っている。
「学習してやがる!」
この対応力の高さは、さすが中級魔族と言わざるをえないだろう。
左右2つずつ放たれた円盤は、もう次の瞬間にも僕の体を切り刻むところまで迫ってきている。
たとえ右側から来る2つの円盤を叩き落としたとしても、左側から来る円盤が僕の体を容易に分断する未来が待っているだけだろう。
しかし後ろに下がったとしても、4つの円盤すべてを躱すことはできない。
「くそっ、どうにもできないのか?!」
考えがまとまらないまま赤竜棍を振るい、右側から飛来する円盤をかろうじて叩き落とす。
駄目だ!どうやっても間に合わない!
可能な限り素早く動けば振り向きざまに左側から飛来する円盤を叩き落とせるのではないかと、淡い期待を込めてはいたが、とても間に合いそうにない。
このまま背中側から切り刻まれてしまうのかと覚悟を決め、僕は強く目を瞑った。
しかし僕が感じたのは衝撃でも痛みでも、ましては死の恐怖でもなく、つつみ込まれるような安心感。
「良かった。間に合ったよ、パパ。」
僕を安心させるように優しく微笑むリリス。
「助かったよ。ありがとう。」
何という速さで動けるのだろうか。驚いたことに、左側から飛来する円盤はリリスが対処してくれたようだ。
僕はリリスの頬へ手を伸ばした。
そして感じる違和感。
リリスの右側の翼が・・・無い。
いや、翼だけではない。右肩から先すべてが切り取られ、大量の黒い霧が噴出しているのだ。
ずり落ちるように力なく倒れるリリスを、僕はかろうじて抱きとめた。
「ヒャハハハ。モウ少シダッタンダガナ。」
上半身を起こしたグランデールが、不快な笑い声を上げる。
「待ッテイロ。今スグ楽ニシテヤルカラナ。」
フラつきながらグランデールが立ち上がるのが視界の端に見えた。しかし今はそれどころではない。
「リリス、すぐに治してやるからな。」
土の魔法で体力を回復しつつ、闇の魔法でホムンクルスの体を作り上げる。そうすればリリスは元に・・・。
「パパ、グランデールが来る!」
「大丈夫だ。すぐに元通りになるよ。」
炎の精霊の力を極限まで落として、代わりに闇と土の精霊の力を解放。
「パパ、早く攻撃魔法を!」
リリス、違うよ。今やることはリリスの体を治すことだ。
僕が右手に土の魔力を込めたのを見たリリスは、まるで母親のような表情を浮かべて僕の頬に触れた。
「パパ、ありがとう。でも無理なんだ。ホムンクルスは吸収した魔力を使い切ったら消滅しちゃう存在・・・。」
「そんなの、やってみなくちゃ分からないじゃないか?」
「自分の体のことなんだから分かるよ。それよりもお願い、今すぐグングニルを出して。ふたりでグランデールを倒そう。」
穏やかではあるが否定を許さないリリスの口調に、僕は自分の言葉を飲み込んだ。
本当は怖くて仕方がないはずのリリス。娘にこんな表情を作らせて、父親がしっかりしなくてどうするというんだ。
「闇の大槍、グングニルよ。」
リリスの思いは無駄にしない。
覚悟を決めた僕の言葉に呼応して、空中に闇の穴が出現、中から漆黒の大槍が姿を現した。




