グランデール再び(5)
ポケットの中から飛び出した何かは、またたく間に人と同じぐらいの大きさになり、蝙蝠を彷彿させる翼を広げた。
真珠のように白い肌、漆黒の長い髪、その髪から飛び出た尖った耳。
金色に輝く2つの目の下にあるのは、小さめの鼻と妖艶な唇、そして少し開いた口から覗かせる2本の小さな牙。
胸から下は短い体毛で覆われ、踝より下は猛禽類のそれに似た形状をしている。
いつもの愛くるしい姿とはかけ離れ、魔族と見分けのつかない姿を呈しているが、姿を現したのはいつも僕のポケットの中にいるホムンクルス、リリスだ。
僕を庇うように立ったリリスが両手を広げると、グランデールの創造した棘は、またたく間に霧のように消失した。
「リリス、危ないから下がって!」
僕はリリスの肩を掴み、僕の後に下がるように力を込めたが、リリスは一向に動こうとはしない。
「何故、魔族ガ人ニ組スル?」
グランデールがリリスを警戒ながら口を開いた。
「こいつ強い。パパひとりじゃ無理。」
痛いところを突いてくる。確かに僕一人ではグランデールを倒すのは難しいだろう。
「だからといって、他に方法は・・・。」
「ふたりでなら、勝てるよ。」
僕の言葉を遮り、自信に満ちた表情でリリスが微笑んだ。
ずっと確認できずにいた。学園を襲った魔族ジェノブを退けたのは誰なのか?
シャルロット王女が光の魔術で退けたと言われているが、薄れゆく意識の中、僕はジェノブがブレザーのポケットから出る何かに恐れを抱いているのを覚えている。
夢でも見ていたと言われたら、それを否定することは僕にはできない。
親心のようなものもあり、リリスを守ってあげなければならない存在だと、思い込もうとしていた僕のエゴも枷となっていたのだろう。
でも、確かにあの時、僕のポケットのなかにはいたんだ。僕の魔力で成長したホムンクルス、リリスが。
「誰デアロウト関係ナイ。我ラニ仇ナスノナラ、滅スルノミ。」
再び大量の闇の棘を出現させたグランデールが、僕の左側に回り込みながらその一部を発射させた。
「パパ、援護してね。」
リリスが僕に目配せをしてから地面を蹴った。
こうなったら信じるしかない。学園でジェノブを退けたのはリリスであるということを。
グランデールの放った棘が突き刺さる寸前で、羽ばたき、回転するように進行方向を変えるリリス。
不規則かつ素早いリリスの動きにグランデールは反応しきれずにいる。
「剣よ!」
僕はリリスの動きに合わせて直線的に、あるいは弧を描くように剣を発射させ、グランデールの意識を散漫にさせる。
「小僧、鬱陶シイゾ!」
グランデールの意識が僕に向いた。
その一瞬の隙を見落とさず、リリスはグランデールの死角から滑り込むように間合いに入りこむ。
グランデールがリリスの動きに気づいたときはもう遅い。直後、グランデールは左拳を腹に叩き込まれ、続けて顔面に蹴りを食らい天井まで吹っ飛んだ。
その威力は凄まじく、グランデールの頭が上階の床を突き抜けてしまったほどだった。
「やったか?!」
僕の横に戻ったリリスが首を横に振った。
「このくらいじゃ、魔族は倒せない。」
リリスの言葉通り、グランデールは天井を突き抜けた頭を強引に引き抜いて、こちらを睨む。
真っ赤に充血した両目が、グランデールの怒りを物語っているようだ。
「貴様ラ、許サナイゾ!」
逆上したグランデールが叫び声を上げる。
声を上げただけだというのに、空気がビリビリと振動しガラスにヒビが入った。
「怒ってくれてた方が戦いやすいよ。」
リリスの口角が上がった。
「危ないから、パパは下がっててね。」
僕にだけ聞こえるような声でそう言ったリリスが、僕の前に一歩出て全身に力を込める。
リリスの周囲の空気が一瞬歪んだように見え、直後に黒い霧のようなものが出現した。
高濃度の闇の魔力がリリスの全身に纏わりつくように漂っているのだ。
「剣、出ろ!」
リリスの言葉で出現したのは、身の丈程の大きさがある無数の大剣。
グランデールの出した棘の本数にも驚かされたが、リリスの出した大剣の数には遠く及ばないだろう。
「パパのマネ。」
リリスが緊張感の無い声でそう言い、僕に片目を瞑ってみせる。
「いっけー!」
空気を引き裂き、大剣が雨のようにグランデールに振り注いだ。
体を捻り、左右に素早く動き、大きく飛び退き、何とか大剣を躱し続けるグランデール。
しかし、リリスの出した大剣は一度ではなく、二度、三度とグランデールに襲いかかるため、躱しきれなくなるのは時間の問題だろう。
「早く、当たれー!」
大剣すべてがグランデールを方を向いた。
直後、同時に射出される大剣。全方位攻撃であるこの大剣を躱せる者がいるとは思えない。
地響きが鳴り、地面が揺れた。
大剣が刺さった中心には、かつてグランデールであったであろう黒い塊が鎮座している。
シャルロット王女とテレーズ王女でも倒しきれなかった魔族をリリス一人で倒してしまうなんて、目の前で見ていた僕でも信じられない事だ。
「リリス、すごいじゃないか!」
僕が駆け寄るとリリスは力なく笑い、片膝をついた。
「ちょっと魔力を使いすぎちゃったみたい。」
リリスの肩から黒い霧が立ち昇る。
憔悴したリリスの様態といい、嫌な予感がする。
「オマエ、ホムンクルスカ?」
後方から聞こえてきた耳障りな声に耳を疑った。
そんな馬鹿な?!
グランデールは倒したはずじゃななかったのか?!
「黒イ霧ハ、闇ノ魔力。魔族ハ、闇ノ魔力ガアレバ何度デモ蘇ル。」
グランデールの口角が上がり、中から真っ赤な舌が見えた。
「ダガ、ホムンクルスハ・・・。」
リリスの肩から立ち昇る黒い霧が濃くなってきている。
嫌な予感がする。
得てして、こういう時の嫌な予感というのは当たってしまうものだ。
グランデールが勝利を確信したかのように高々と笑った。
「知ラナカッタノカ?ホムンクルスハ、卵ノ時ニ吸収シタ魔力ガ尽キルト、消滅スル。」




