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脱出

 モニターに目をやると屋上にはまだ島田と安川が残っている。どうやら「穴」の目前で足元が裂け、立ち往生している。桐生の運動能力ならその裂け目も問題なく飛び越えてしまえるだろう。おそらく裂け目もそれを計算しての西少年の仕業である。桐生はひとつ舌打ちをした。


「それでも、君は連れて行くぞ!」


「駄目です! 僕は行きません! 力ずくで連れて行こうというなら、僕はこのナイフで心臓を突き刺し自害します! 僕が死ねば、この世界は消滅してしまう。逃げ出せなくなったあなた方も、きっと消滅する!」


「ええぃ、人の都合をよく計る!」


「誠司?!」


「残念だけど、人命救助優先だ。全員、上に行くぞ!」


 桐生は口惜しくてもそう吠えると、踵を返して階段を駆け上っていった。


「あんた、生き残りなさいよ」


 そう言い捨てて、弥生も桐生を追いかけた。滋も後に続いたが、深沢が動かない。


「深沢君!」


 階段の途中より呼ばれてようやく彼も動き出す。納得しきれずその顔も晴れていない。部屋を出ようとする足も重い。


「『人の都合をよく計る』か。僕がこれをできるのも深沢君のおかげだね。深沢君、僕が今やっていることは、僕に『似合っている』かな?」


 西少年が問うのを耳にして、足を止めた深沢の脳裏に、あの学級委員を決めたときの情景が鮮明に甦ってくる。あの日、あの時、西に何を言ったのか全てを思い出して、その頬がみるみる緩んでいく。


「いや、君らしいといえば君らしいけど『似合っていない』よ」


 深沢の顔がようやく晴れた。比べて西少年は寂しそうに笑った。


「はっきり言ってくれるよ。さすがだよ、君は。でも、それはそれで救われた気がする。深沢君、地下一階に屋上直通のエレベーターがあるよ。それを使うといい」


 深沢はニヤリとする。


「この塔が崩れても、君ならいくらでも出られるんだろ? 命ある限り、この世界を君なりにいいことに使ってよ。そのほうが、君に『似合っている』」


 西少年はそれを聞いて項垂れた。


「それじゃ、いつかまたどこかで」と深沢は改めて真面目な顔をして言う。


「うん… ありがとう、深沢君」


 西少年が穏やかに微笑んだのを確かめると、深沢は階段を全速力で駆け上がった。


 階段の途中、滋に追いつき、また弥生を呼び止め、地下一階にエレベーターがあることを教えた。すでにその人間離れした脚力で先に上ってしまっている桐生は省いて、三人で地下一階のエレベーターを発見して使用した。屋上に到達したときには、桐生も丁度上りきったところであった。


「何で、お前ら…」


 説明は後にして、裂け目の前であたふたする島田たちと合流する。彼女たち曰く、「穴」が一度突然消えたり、床が裂けたりと、随分足止めされたらしい。


 桐生の手を貸し一人ずつ跳び越させる。女性優先で島田と弥生、安川と先に越させた。彼女たちは「穴」の前で手を伸ばす。安川が跳んで次というとき、塔がまた激しく揺れた。裂け目がさらに広がっていく。深沢は目つきを変え、助走をとって、自らの脚力で裂け目を跳んだ。火事場の底力か、凄い跳躍力を見せるが、僅かに足りない。それを安川が手を伸ばして、間一髪掴んで引っ張り上げた。


 残るは滋一人のみ。自分で飛ぶ勇気も体力もない彼は、皮肉を言われながら桐生の手を借りて飛び越えた。これによって全員「穴」を抜ける。自分たちの世界へと出て行くと「穴」はすぐに消滅してしまった。


「封鎖しやがったな」


 校舎の周りでは脱出した生徒たちが警察に保護され、案内されている。言うこと聞かず、一つに固まらず、離れて水を飲んだり蹲ったりしている者も中にはいる。それでもようやく全員が脱出できた安堵に、滋は屋根の上で溜息を吐いた。そこにロープと梯子を抱えた田中と鈴木が昇ってきた。


「おお、隊長! お疲れ様です! 救出したんですね!」


「うん、とりあえず全員。それにしても…」


 事後処理と報告書を書かなければならない面倒が残っている桐生の口からも、溜息が漏れた。



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