意味と感謝(後編)
「俺を? それはどういう意味だい? もしかして、俺たちの高校を狙ったのも、ただの偶然じゃなかったってことかい?」
「うん、君がいたからだよ」
真顔で恥ずかしいことを言うので、深沢は変な気色になる。
「俺は、君に何かしたかな?」
「変な意味じゃない。ただ僕は君に恩を感じているだけだよ」
「ますますわからない。はて、俺は君に何をしたんだか」
「小学五年生の一学期のこと、覚えている?その学級委員長を決めるときに、多数決で僕と君が同票だったことを」
深沢もそれは憶えている。当時より人の上に立つ性分でもないと自分を枠にはめ込んでいた彼だけに、別に学級委員長になりたい気もなかったが、クラスメイトの誰かの推薦によって立候補させられ、どういう周りの気の傾きか同票となって、ジャンケンの末に西が勝った。負けた口惜しさはゼロといえば嘘になったが、仕方がないと思えば憎しみもなく、それよりも目の前で、ジャンケンで勝って学級委員長になれたことにはしゃいで喜んでいた西の姿が印象的で、よほど嬉しいのかと思うとむしろ負けて良かったと思えた。
「俺が負けたことが恩になるのかい?」
「いや、そのとき君が言った台詞にだよ」
何を言ったのか、それは深沢の記憶にない。
「深沢君、君はそのとき先生の指示で副委員長になったのは憶えているかい?」
「憶えているよ」
「『副委員長には副委員長の仕事があるから、それをするよ』。こんなことを言って、自分を負かした相手を持ち上げる小学生というのもなかなかいない」
「…言ったかな?」
「『自ら進んでなろうとした人がなるべき』。君はこうも言った」
「そんなことを言ったのか… 生意気な小学生だな」
「それともう一つ」
大人の真似事をして背伸びした台詞を自分はまだ何か言ったのかと、聞くに怯えながら西少年の口元を拙そうに見つめると、しかしその口から次の言葉が出ない。彼の目を見ると、その視線は自分ではなく、自分の背後に向けられていると深沢は気付いた。すぐに振り返ってみれば、桐生が立っている。
「うん、揃ってる」
続いて弥生もこの地下の部屋へと入ってくる。少し遅れて滋も階段を降りてくる。
「深沢君、平気?」
「はい、自分は平気です」
「彼が例の少年か。本当に小学生だな」
西少年はキーボードに触れて静かに何度か叩いた。そうして、
「初めまして、皆さん。後ろのお姉さんとは何度か話しましたか。ちゃんと出られたんですね。よかった」と穏やかに挨拶をする。
「よかったって、あんたが閉じ込めたんでしょ。で、いままた何か押したみたいだけど、まだ何かする気?」
「お姉さんも厳しいですね。こう囲まれて、僕にできることといったら、そうないですよ」
「逃げるの?」
間髪いれず直球で聞くと、西少年はまた物悲しそうに笑った。
「はい…」
しかし弥生も、
「逃がさないわよ」と、グイッと桐生の前に出る。
「お前、閉じ込められたこと、恨んでるのか?」
「違うわ」
彼女は真っ直ぐ西少年の目を睨み、下手な冗談はまず通じない固い顔をする。そして続けてこう聞く。
「君、逃げるって、どこに逃げるって言うの? 私たちの住む世界? それはできないわよね。なら『あちら側』? もしくはこの世界のどこか? それとも、死んでしまってあの世にでも行っちゃう気?」
西少年は小さく唇を噛んだ。
続きます




