深沢と西君(後編)
「恩人? そんな大それたことをした覚えはないんだけどな…」
「うん、僕が勝手にそう思い込んでいるだけだから」
深沢は項垂れて、照れ隠しに後頭部を掻いた。言葉巧みに丸め込まれているようにも思えるが、嫌味のない、相手を持ち上げる優しい喋り口は当時と変わらない。間違いなく西君だと、却って疑いも消える。
「西君、君が本当に西君だというなら、本当に君はこの世界を作ったという首謀者なのか?」
西少年は少し間を置いてこう口を開いた。
「冷静だね、深沢君。こんな状況にあっても、さすがだよ。その質問に対する返事だけど、それは『YES』だよ。この世界を作ったのは僕だ。そして君らを巻き込んだのも僕だよ」
「どうしてまた… 不思議でならないよ。その能力もそうだし、その子供の体もそうだけど、でもそんなこと以上に、君みたいな頭のいい奴が、他人を巻き込むようなことをするって… どんなメリットがあるっていうのか、いったい何のためにこんなことをしたって言うんだか…」
「そうだね。人からすれば僕がやっていることはなかなか理解できないのも仕方がないかもしれない。それでも一つだけ、これは僕の快楽のためにやっているわけじゃないということだけは理解してほしい。僕は決して人というものを、君たちを弄んでいるわけじゃない」
「何か崇高な理由があるということかい? 君なら凡人が考えつかない領域で物事を見たり考えたりすることもできるだろうね。確かに君らしい。でも、現実に大怪我をした奴もいるんだ。いままさに、強敵を押さえつけている人もいる。この塔だって、いつ崩れるとも知れたものじゃない。どんなスゴイ理屈があっても、少なくともいまの俺たちには聞く耳を持っていられる余裕はないよ。それでも理屈を振りかざすなら、それはやっぱり、独りよがりのエゴイストの考え方と思えてならない」
そう言うと、西少年は寂しそうな表情をして項垂れた。
「エゴイストか。誰に言われるよりも、君にそう言われるのが一番堪えるよ。あの怪我人の同級生、確かにあの怪我は気の毒だったと思う。でもね、彼のような性格の人間のためにこそ、この世界は作られたといっても過言じゃない。彼としても怪我の代償に何かを見つけられたはず」
「それはまた、何か無責任な…」
「そうだね。せめてもの手助けじゃないけれど、みんなが向っているこの塔の最上階の『穴』を抜けると君らの高校のすぐ側に出られるように設定を変えておいたよ。そうすればすぐに救急車で病院にも運んでもらえる。ついでに言うと、君らの学校も元の世界に戻しておいた。強力な助けがあったとはいえ、君たちは確かにこの世界からの脱出に成功したわけだからね。あとは塔を上って『穴』を抜けるだけ。ゲームクリアだよ」
それは一つの敗北宣言と取れるが、真偽のほどを深沢は疑う。胸が撫で下ろされそうで、しかしやはり腑に落ち切るものでもないのである。西少年はといえば、物悲しそうに笑っている。
「西君、君の言うその崇高な理由とはいったい何だい? 何を思って、この世界を作ったんだ? ここに俺たちを引き込んで、何をさせたかったんだ?」
「深沢君、その質問に答える前に一つ聞きたい。深沢君、君はこの数時間、この世界を体験し、この命の掛かったゲームをいままさにクリアするところまで経験して、君は何か感じたかい? 何か得るものはあったかい?」
「何を、と言われても…」
唐突に問われると返事に困る。
「どんなことでもいい。でもその返事が、君が聞く、この世界を作った意味に繋がる」
「西君、それはつまり、遠まわしにこの世界は俺たちのために作ったと、そう言いたいのかい?」
続きます




