塔の中に「穴」(前編)
自身で開けた鉄扉から羽田が中へと入ると、途端に部屋の照明が奥から順々に点灯され、たちどころに明るくなる。足を踏み入れた一階は大きなホールで只広く、装飾もなければ家具もない。天井も高い。壁に沿って二階へと続く石造りの階段がある、モンスターやこの世界の管理人が待ち受けている様子もない。羽田に続いて桐生はもちろん、先生方や生徒たちも次々と中へと入ってくる。全員入ったところで滋が素早く結界を張って皆を覆った。彼も随分と結界の出し入れが上手くなったものである。
「お前、この数時間で随分と能力が向上したな。慣れてきて、疲れもあまり感じなくなってきたんじゃないのか?」
「まさか、いっぱいいっぱいだよ。いまだって頑張って広げているんだから。要は必死なだけだよ」
「部下の成長を見れるっていうのは楽しいものだね。弥生より筋がいいかもね」
「でも僕はこれしかできないよ。守るだけ。実際に戦ったりするのはちょっと無理だし」
「戦うってフレーズでついでに言うと、このフロアは戦いやすい場所だよな。テレビゲームなんかだと、必ず敵が出現するっていう展開になるね」
「それは僕も思うけど、でも、敵が待ち構えているわけでもないし、階段だって隠されているわけでもないし。さっさと上っていってしまったほうが…」
言い掛けたところで、羽田がすでに階段へと進んで、いまにも上ろうとしていることに気がついた。結界の中に入れたつもりでいたが、どうやら逃れていたようである。仏頂面の桐生はその跳躍力でいとも簡単に羽田を飛び越え、先に二階へと上がった。羽田は勿論カチンとくるが、桐生は無視して振り返りもしない。
さて二階は、一階と比較して天井が低く、土壁で仕切りをした小部屋が通路に沿って幾つか並んでいる。通路は人が二人並んで通れるくらいでやや狭い。部屋を一つ一つ調べてみるとどれもイスやテーブルのみの小会議室のようで、窓はない。今使った階段は二階までで、奥に進めば三階への階段もある。その上へと続く階段の一つ手前の部屋を覘いてみると、黒く丸い影が中央に浮かんでいるのが見える。
「これは… 『穴』か?」
直径一メートルほどの黒い球体の影の下には起動したままのノートパソコンが一台。桐生が一人その部屋へと入ると、これが罠で、急に天井より鉄格子が降りて、その部屋を牢屋に変えてしまう。
「あら、まあ」などと彼は呑気なことを声にする。そうして、すぐ背後を追い駆けてきた羽田に、
「羽田君、何か押した?」と聞く。
「まさか、俺は何もしてねぇよ」
「だよね」
首謀者もよくやる。と、側の階段から三階よりドタドタと足音を轟かせて人が下りてくる。
「よしよし、作戦どおり」
との声もする。誰か降りて来たようだが、桐生より先にそいつと対面した羽田は、
「誰だ! お前たちは!」
と赤い顔をして吠えて、剣を抜いて中段に構えた。柄を握る手は少し震えている。
「おや、物騒なものを手にしている。子供がそんなもので遊んでいいと誰が教えたんだか」
羽田の目に映るその相手は容姿からして怪物ではない。人である。人に危害を加えてよいものかと、構えながら彼は人知れず自問した。
「だから誰だと聞いているだろう!」
「君、緊張しているな? そんな状態でそんな物騒なものを握っていては、どうなるかわからんぞ。自分も傷つけてしまうかもしれない。とりあえずその武器を床に置きたまえ。我々とて君たちと争いたいわけではないのでね」
続きます




