お姉さんたちが羨ましい(前編)
石造りの内壁、牢の鉄格子も太く頑丈と、能力の炎を持ってしても打ち破るとも抜け出すとも不可能。弥生は仏頂面で仁王立ち、もう少し話をしたいと言っていた少年が屋上から降りてくるのを待つ。あれ以上どんな用件があるのか、こんな扱いをされては何を聞かれても聞く耳は持てないと腹に決めて、不満、理不尽、我が儘を尽くして、難詰してやることしか頭にない。こう企てると、怒りも熱り、早く降りてこいと念じている。急く気持ちとは裏腹に、しかし相手はすぐには降りてこない。これではますます苛々が積もる。右足がいつしか拍子を取っている。次第それが早くなる。まだ来ない。とはいえ、彼女がこの牢に落とされて、五分、いや、三分も経ったかどうか。ようやく東側の階段から、人が降りてくる足音が甲高くゆっくり響く。すると同じくして、西側の階段の下のほうからも、こちらは幾分軽快な足音を立てて誰かが上がってくる。それも足音は二人分ある。
「物音がしたが、上で何かをやっているのかもしれない」
話し声も一緒に上がってくる。声の質から男と思われる。現れたそれらの顔を、格子の間から眺めてみれば、はて弥生も見覚えがある。一人はグレーのシングルスーツを着、洋とも和とも言いがたい顔の赤髪の男。もう一人はこれまた西洋人か日本人か判別に難しいが、疲れているのか目尻が垂れ、物申すに窮屈と思える小さな唇をした白髪の男。こげ茶の渋いスーツを着て、赤髪の男が胸を張って歩くのと比べて、こちらは背中を猫のように丸めて歩く。二人、東の階段を目指して牢の前を横切る。そこで牢の中の弥生と目が合う。赤髪や白髪の方もどうやら弥生の顔に見覚えがある。格子の前で足を止め、彼女を凝視する。互いに記憶を掘り起こすのにそれほど時間はかからない。両者揃って、
「あ!」
指さし合えば、お互いに吃驚する。何故にこの場にいるのか。両者共に面倒を被った相手と記憶していれば、甦る苦労、不快、苛々。特に赤髪のほうは露骨に不愉快を顔に出す。弥生も弥生で狂犬じみた威嚇の面をして、
「あんたたち前に面倒を起こして捕まった人たちじゃない! しかも誠司の車を壊して。なんでこんなところにいるのよ! まさか、あんたたちが本当の黒幕っていうんじゃないわよね!」
「おっと、その声、そうじゃないかと思ったが、やはりあのときの女か。こんなところに閉じ込められて、無様だな」
赤髪は格子に顔を近づけ顎に指を添えて苦笑する。大袈裟に笑われるよりも自分のいまの現状の情けなさを語っているようで、弥生には胸に刺さる。その胸の棘も元を辿りに辿って、証拠もないが勝手な偏見を加えてみれば、この赤髪たちに行き着くものだから、萎れた気持ちもすぐに奮い立つ。殴ってやらねば気が済まない衝動がむくむく膨れる。拳を握って、
「あんた! 質問に答えなさいよ! あんたたちがこの世界の黒幕なのね!」
と、再び吠える。ここでようやく少年が階段から降りてくる。そうなると弥生の問いも、もう相手にもされない。
「おお、ここにいたか。少し探したぞ、ニシ君」
「どうも、こんにちは。いつ頃いらしたんですか?」
「いや、今ほどだ。私の経験からかな、何か嫌な予感がしたのでね、我々の世界から少しばかり避難してきたんだよ。とはいっても、なかなかこちらも込み入っているようで忙しそうじゃないか。体のほうは大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。いろんな意味で順調です。僕の病気はいますぐ死んでしまうとか、そういうものじゃないですからね。いまのところは全然平気ですよ」
弥生がいることも関係なく彼らだけで話を始められる。憤怒のやり場を失って唖然とする弥生だが、少年の病気という言葉は聞き漏らさず、よくよく反芻する。何の病気か何ともわからないのに、子供でありながら新たに世界を作れる天才的な能力者といえども、健康が良好ではない不遇を思って、彼女の胸中に人情が顔を出す。
続きます




