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ああ言えばこう言う、羽田の屁理屈

 弥生に助けられ、弥生に味方する女子生徒の苗字を井村という。弥生の目からするとどうやら羽田に好意がある。この世界に残ったのも、羽田たち無謀で勝手で独断的な男子集団に女子ながらついていったのも、おそらくはそういうことであろう。側にいた男子の一人にこれを小声で確認してみると、こちらも「おそらく」とある。


 体育館に残っていた、学年の中でも可愛らしい顔をした安川と比べると、井村はもう少し垢が抜けている。髪はやや茶色で波がかかり、それを後ろで一つに結っている。川の水で多少流されているが、薄化粧もしている。まだ若い彼女にそれが似合っているかと言えば、少し無理がある。付き添っているもう一人の女子も似たような髪の色、薄い化粧をしている。弥生は川に目を落として、そこに映る自分の、化粧もほとんどしない毎朝目にする見飽きた顔を眺める。彼女たちと見比べて、三、四年前の自分たちの時代を思い出し、つい首を傾げてしまう。


 さて羽田だが、その井村に諭されても、まだまだムカムカとしている。


「それでも俺たちはこの人に助けを求めたわけじゃない。俺たちは俺たちだけでこの生死をかけたゲームをクリアしたいと思っているんだ。仕事、仕事と言うならそれこそ自分たちの仕事をしていればいい。この世界を誰よりも先にクリアしてしまえばいいだろう」


「だから、あんたたちを助けるのが私の仕事だってば」


「いらないね。俺たちでもやれるはずだからゲームとして成り立つんだ。初めから諦めて助けられるばかりなんて、せっかくこの世界に迷い込んだ意味がない」


 井村も羽田の強情に切なくなり、


「命が掛かっているんだよ。下手をすると死んでしまうんだよ。リセットなんかないんだよ。こんなのはゲームじゃないよ」と言う。これには羽田も顔を背けてしまった。


「本当に痛い目にあったことのない子供はよくそういうサバイバルを求めるけど、死んでしまって肉体も精神も何も残らないなんてことになったら、あんた、悲しむ人だって何人も出てくるんだからね。それも、ゲーム感覚で死にましたなんて、そんなつまらない死に方をしたら、悲しんだって悲しみきれないわよ」


 弥生がそう煽ると、羽田は再び歯痒そうな顔を向ける。


「つまらない死に方だって? 想像で勝手に人を殺すな。俺たちは死にはしない。必ず生き延びる。そしてここをクリアする。俺たちは並じゃない。つまらない人間でもない。あんたら大人はそうやって俺たちの可能性をすぐに潰したがる。悲しむ奴がいる? どこの誰だか言ってみろ!」


「親よ!」


「親? そんなものが悲しんでどうするって話だ! 親なら我が子を谷に落として這い上がらせるものだろう!」


 この偏屈に弥生もさすがに溜息をついた。周りを見回して、


「ここにいるあんたたち、男子全員、彼と同じような考えなの?」と問う。


 すると、先ほど小声で話しかけた男子が、


「全部が全部、あいつと一緒ってわけでもないけど、ほとんど同じだね。お姉さんは凄い力があるし、こういう不思議な世界と関わる仕事を、命を掛けてしているって言うなら、まだ俺たちが望んでいることもわかると思うんだけどね。俺たちだって男で生まれた以上、戦いたいもんだよ。そういう機会が俺たちにはなさ過ぎるんだよ」と返事をする。


 歳の差、世代の差、男女の差、それらを差し引いても、この業界に仕事でもなく関わりたがる気持ちは、弥生には理解に苦しい。無い物強請りはただの羨望、その苦しみを知らないから言える寝言である。普通に生きたいと思ったこともある弥生だけに、憧れそのものは否定しないが、それでも彼ら、特に羽田の拘りは異常に思える。


「あなたたち、もしかして退屈… なの?」


 片眉をしかめて、弥生は試しに聞いた。羽田は変わらず邪険な目つきをしている。


「退屈なんて言葉でまとめないでほしいね。退屈なことばかり言っているのは大人のほうだ。俺たちはそんな大人の言うことに縛られずに、何事にも自分たちで道を切り開いてやろうとしているだけだ」


「いい心意気ね。でも、大人のことを馬鹿にしていて、自分たちだけ賢いと思っていると、それはただの勘違いよ」


「勘違いしているのは大人たちのほうだろう!」


 ああいえば、こういう。この不毛な会話に弥生も疲れてくる。子供相手に意地になる自分もまた子供なら、この姿は桐生だけには見られたくないとふと思う。見られていれば馬鹿にされること必至である。


「それじゃ、あんたたちはどうしたいっていうのよ? 私の助けなんていらないって言うんなら…」


「何度も言うように、俺たちは俺たちだけで行く。あんたはあんたの仕事をしていればいいだろう」


「だから、私の仕事は…」


 と、言いかけてひとまず言葉を飲む。まだまだ腸も冷めないが、


「それじゃ、さっさと行きなさいよ。私は私の仕事をするから」と続けた。


「ついてくるんじゃないだろうな? ついてくるなよ」


 でも、そのつもりである。弥生はそっぽを向いてこれ以上返事をしなかった。と、チラリと横目で見た羽田たちの背後で、いつ現れたのか、小学生くらいの男の子が立っている。


「君… 誰…?」


 急に指差す弥生に、皆が振り返る。


「皆さん、熱いですね。立場は違っても、やり方は違っても、この世界に本気で立ち向かっている」


 耳に僅かに掛かるサラリとした黒い髪、色白で細い体、綿の短パンに白の半袖シャツを着たこの子供はそう言って微笑した。背丈、格好、声の質に反し、喋り方に歳不相応の落ち着きがある。


「何だ、こいつは?」


 弥生だけじゃない、羽田たちもこの突然現れた少年が何者なのか知らない。



続きます

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