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サイタマーの守護者  作者: 一光屋KY
無刃の戦争編
36/39

第三十四話 サイタマーの動き出したモノ

~~~~~~~~~「転がる卵」[王国古謡曲集]より引用~~~~~~~~~


 転がる卵は塀の上

 転がる卵は見事に落ちる


 王の馬全て、王の兵全て

 それでも転がる卵を元に戻せない


 転がる卵は自由なこころ

 転がる卵は苔生すことは無く


 四十の男、さらにもう四十

 それでも転がる卵は元に戻せない


 全ては流れのなすがまま

 風の吹くまま賽の目まかせ


 転がる卵は元に戻らない

 転がる卵は元に戻らない


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ……私達は現在、目先と将来とに課題を抱えています。



挿絵(By みてみん)「……主様、言われた通りゆでてみたのだ。なんかツヤツヤなのだ。」


挿絵(By みてみん)「へえ、思った以上に綺麗なものだね。」


挿絵(By みてみん)「確かに、こんなにも透き通るものだとは……」


 言葉の通り、私達の眼前には綺羅と輝く乳白色の玉があった。

 白い湯気を立て、光を透かした大粒はお皿の上で鮮やかに目に映えている。

 これは「宝石のように」という表現すら大袈裟ではないかもしれない。


 その正体は何かと言うと、澱粉質の粉を軽く水でといて指先ほどに丸めて熱湯で手早くゆでたもの――すなわち『団子』という飲食物である。




 現在、我が家の台所はああだこうだという各種試行錯誤の場となっている。

 この『団子』の調製などもその一連の流れに当たるだろうか。

 メイド長のアデーレなどは、


挿絵(By みてみん)「御一家の主ともあろう方が台所に立つなど……」


 と渋い顔をするのだが、ここは譲る訳にはいかない事情があった。

 何故ならば、『これ』はグンマーランドの将来にも関わる重要な問題なのだから。


挿絵(By みてみん)「キット、そっちはどうだい? 上手く出来てるかな。」


挿絵(By みてみん)「え、ええ。何とかなったとは、思いますが……」


 私が肩越しに振り返ると、キットは鍋の前で自信無さげな顔をしていた。


挿絵(By みてみん)「……『赤豆』って、あんまり良い印象無いんですよねー。」


 こちらの鍋で煮立てられているのは、赤茶の色も鮮やかな『赤豆』。

 東方の国から伝わったとされるものだが、渋味が強いとのことでこちらではあまり評判の良い食材ではなかった。

 だが、私に言わせればそれは「なんと途方も無い冤罪」も甚だしいのである。


挿絵(By みてみん)「この『赤豆』こそ庶民の味方だよ。これを軽んじるなんてとんでもない。」


 故郷では、これの存在には大いに助けられたのだった。

 実際、入念に渋みを取ればこれ程美味な豆はそうそう無い。

 貧しい地方の食卓を豊かにしてくれる、この豆は救世主と言っても良いだろう。


挿絵(By みてみん)「でもまあ、確かにゆで汁を二回も捨てたら美味しそうな匂いになって来たような気がしますね……うん、これは期待出来そう。」


 その通りに、先ほどからは匂いも次第に心地好いものへと変化している。

 台所全体に広がる香気が、やや甘みを帯びてゆくように感じられた。


挿絵(By みてみん)「豆が柔らかくなったら半分ぐらいつぶして、そこで砂糖を入れてよく混ぜるんだ、硬かったら水を加えてもいいから。砂糖はケチらないでたっぷり使うんだよ。」


挿絵(By みてみん)「は、はい、ご主人様。」


挿絵(By みてみん)「……師匠、意外と手馴れてますわね。料理はしないんじゃなかったのでは?」


挿絵(By みてみん)「うぇーーー! お豆に『砂糖』を入れるですの?!」


 私が指示を飛ばすと、それぞれ独特の反応が返ってきた。


挿絵(By みてみん)「別に料理そのものが嫌いと云うわけでは無いよ、指示してるだけだから楽なものさ。それとルミナ、ビーンペーストを甘く仕上げたものは別格なんだよ!」


 ごちゃ混ぜの言葉で、私は返事をする。



挿絵(By みてみん)「うーー、でも……」


挿絵(By みてみん)「聖女様、別でウィップクリームも用意してありますので。」


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「援護体制ならば、我等にお任せを!」


 やや所在なげだった、ルミナ付きのメイドさん達が張り切って背筋を伸ばした。



挿絵(By みてみん)「主様、ポンデは何をすればいいのだ?」


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「ひ、姫様! 後はわたくし達がやりますので!」


 その一方、ポンデとその取り巻きについても指示を求める視線がこちらを向く。



挿絵(By みてみん)「さすがにこれだけ人が集まると、ちょっと狭いですわね。」


挿絵(By みてみん)「主様はこちらで、ゆっくりして下さい。」


挿絵(By みてみん)「……ああ、御一家の主が台所になど……」


 台所に立つ人々は何故か皆せわしなく、ひとところに留まることは無い。

 こんなざわついて落ち着かない雰囲気も、私は嫌いではなかった。



      * * *



 騒々しい時間が過ぎると、自然、静寂と落ち着きが戻って来る。

 食堂に勢ぞろいした私達は、ともあれ先ずは試しに一口。

 スープ皿からスプーンで、香り高いそれをすくい上げ、そして


挿絵(By みてみん)「ふわっっ!」

挿絵(By みてみん)「はぅっ!」


 口にした途端に、驚きの声が飛び出した。


挿絵(By みてみん)「へえ……思ってた以上にいい出来だ。」


挿絵(By みてみん)「これは……何という美味!」


挿絵(By みてみん)「豆を甘く煮るなんてどうかと思ってましたけど、これはなかなか……」


挿絵(By みてみん)「師匠、こんな方面にも才能が有ったなんて、スゴいですわ。」


 スープ皿の上の料理――いや甘味だからむしろ菓子と言うのが正解だが、とにかくそれは高評価のようだ。

 赤豆を煮て半分つぶし、砂糖で甘く仕上げた黒茶ソースに白玉の団子を合わせる。

 これは東方から伝わった甘味の一つだ、正式名称は何と言ったか。

 随分昔に文献で目にして、実際に口にしたのはたった一回だけの代物である。


挿絵(By みてみん)「だいぶうろ覚えだったから、何とか形になって良かったよ。」


挿絵(By みてみん)「……『ンニャックー』がこんなに美味しくなるなんて、魔法みたいなのだ!」


 そしてポンデが、ひときわ嬉しそうに笑う。

 彼女の笑顔には、果たして安堵と希望が溢れているのだろう。

 何故ならばそれは、『故郷の産物の有効利用法の確立』でもあったからだ。




 今回私が、渋るアデーレを押し切ってまで厨房に立ったのには訳がある。

 それはンゼルエ王子、つまりグンマーランドの王太子殿下からの相談事に端を発するものであった。


挿絵(By みてみん)「主様、兄様から『ンニャックーを森の外で売り出したい』と言って来たのだ。」


挿絵(By みてみん)「うーーん、それは……」


 王子の目論見はすぐに理解出来たが、果たして上手くいくかどうかは判断が難しい。

 ともあれ、先ずは色々と『試してみる』必要があるだろう。


 さて、『ンニャックー』というのはグンマーランドの特産品の一つである。

 地面に埋まっていたから『芋』の一種なのだろうが、こいつは矢鱈と成長が速い。

 栽培も比較的簡単で、切れ端を地面に埋めておけば勝手に育つそうだ。

 あの雑草だらけの空き地にしか見えない『畑』で生育するのだから、生命力も相当に強いのだろう。

 まさしくグンマーランドの大地に適応した見事な作物と云えるだろうか。

 ただし一つの『欠点』を除いて。


 ………すなわち、『ンニャックーには毒が有る』という点である。



挿絵(By みてみん)「とりあえず、『必ず』毒抜きした粉の状態で出荷してくれって言っておいて。」


挿絵(By みてみん)「……分かったのだ!」


 特産品なので、外に売り出すことが出来ればグンマーランドの利益になる。

 活用にひと手間かかる面倒な作物だが、あの収量はかなり魅力的だろう。

 利用法を確立すれば、案外良い商材になるかも知れなかった。




挿絵(By みてみん)「ふむむ……ふわふわもちもっちーに、ビーンペーストの甘味が引き立つですの。気に入ったですの。」


挿絵(By みてみん)「それは良うございました、聖女様。」


 先程の疑念は何処へやら、ルミナは満面の笑みを浮かべていた。

 味にうるさい聖女様にも、どうやらこれはお気に入り頂けたらしい。


挿絵(By みてみん)「……でも『もう一味』欲しいですの。メアリー! ウィップクリームを持って来るですの!」


挿絵(By みてみん)「は、直ちに!」


 と思っていたら、極甘党のルミナは更なる要求を口にしている。

 屋上屋を重ねるが如く、甘い赤茶の豆ペーストの上に白クリームが追加されて、


挿絵(By みてみん)「はぅーーーっ! これは美味ですのーーっっ!」


挿絵(By みてみん)「むむーーっ、ポンデにも一口食わせろなのだ!」


 私などは胸焼けしそうな光景であったが、少女達には好評であったようだ。


 ともあれ、ンニャックーは以前グンマーランドで食していて、その特徴は大まかに把握していた。

 あの粉は加熱すると粘りが良く出て、しっとりもちもちとした食感となる。

 その昔、王都で食べた『米の粉』と少し似ていると思ったのだ。

 今回、おぼろげな記憶に頼ってこんな『調理法』を提起したのはそういう理由である。 どうやらその目論見は成功裏であったようだった。



 私がそんな様子に満足していると……


挿絵(By みてみん)「……ところでご主人様、私達こんな事してて良いのでしょうか?」


 彼女が真顔で訊ねて来る。


挿絵(By みてみん)「…………」


 ……キット、それは言わない約束だよ。


 すなわち前回、アドルとパウルの『二人組み』から恫喝じみた提案を受けている。

 ライヘンスター側の出方は気掛かりだったが、『打つ手が無い』のも又事実であった。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 古典に曰く、「運命は斯くの如く乱暴に扉を叩く」と謂う。

 卑近な例に当てはめるなら、眼前の状態が正にそれだろうか。


挿絵(By みてみん)「まあ! そちらが噂の聖女様ですわね? お会い出来て光栄ですわ!」


挿絵(By みてみん)「…………」


 両者共、口角は上がっていたが『目が完全にマジ』だった。




 まずは状況を整理しよう。

 石鹸工場経営からはある程度身を引いたとはいえ、自分達が暇になった訳では無い。

 キット商会的にやる事は多々あったし、例の『岩塩鉱山開発』の件があるのだ。

 サイタマー評議会のことも気にはなっていたが、さりとてそちらばかりを注視してもいられなかった。

 日々押し寄せる現実を片付けつつ、ひとまず午後のお茶など嗜んでいると、


挿絵(By みてみん)「……お邪魔しますわアイン様! ご機嫌はいかが?」


 全く何気も無いかのような有様で、レニ女史は不意に訪ねて来たのだ。


挿絵(By みてみん)「こ……これは、どうも……」


挿絵(By みてみん)「あのレニ様……前にも言いましたけどご訪問の際には事前に知らせを……」


挿絵(By みてみん)「うふふ……突然訪ねて驚かして差し上げようかと!」


 こちらの当惑などどこ吹く風、女史は全くの自然な笑顔だった。そして……


挿絵(By みてみん)「……(眉間にシワ)」


 ちょうど其処には、『折悪しく』ルミナも居合わせていたのだ。

 いと光輝なる聖女様のこんな微妙な表情は、中々珍しいかも知れなかった。




挿絵(By みてみん)「……お前がライヘンスターとかいう奴ですの。」


挿絵(By みてみん)「ええ! 聖女様、お初にお目にかかりますわ、よろしくお見知りおきを!」


 ルミナはややあからさまに不機嫌を隠さず、レニは表面上にこやか。

 だがしかし、先程と同様『両者は完全に目が真剣』である。


挿絵(By みてみん)「…………」

挿絵(By みてみん)「…………」

挿絵(By みてみん)「…………」

挿絵(By みてみん)「…………」


 巻き込まれた私達は、緊張状態の中その場から動くことも出来ない。


挿絵(By みてみん)「(……ああ、不幸だ……)」


 私は早くも、こんな場所に居合わせるという『己の運命』を呪わずにはいられなかった。



挿絵(By みてみん)「……それでアイン様、噂では最近は何やら『面白いこと』をなさっているとか。人手がご入用でしたら、私共がいつでもお手伝いしますわ。」


挿絵(By みてみん)「い……いや、それは……」


 一瞬、言葉に詰まった、が、


挿絵(By みてみん)「いえいえレニ様、未だ『そこまで』には至っておりませんので。」


 キットはすました顔で答える。


挿絵(By みてみん)「第一、そちら様こそ『色々と』ご多忙なのでは……?」


 言葉の柔らかさとは別に、彼女の目は鋭く相手を射抜く。


挿絵(By みてみん)「…………(にこり)」


 応えの代わりに、口角だけが上がっていた。


挿絵(By みてみん)「それより何しに来たですの。お前、何だか信用ならないですの。」


 不機嫌さが表に出ているのか、ルミナが放言する。

 レニはそんな彼女を面白そうに一瞥、そして、


挿絵(By みてみん)「……まあ! 哀しいですわ聖女様! 私、あなたとは親しくしたいと思っておりますのに。」


 台詞そのものとは裏腹に、声には何か硬質な違和感が混じった。


挿絵(By みてみん)「……ふん、それならあんな鬱陶しい奴らなんか寄越すなですの。縁起でも無いですの、気分悪いですの。」


 どうやらルミナは完全に『喧嘩体制』のようだ。いつになく言葉が荒い。


挿絵(By みてみん)「……」

挿絵(By みてみん)「……」


 止めたほうが良いのだろうが、私達にも処置無しといった状況である。



挿絵(By みてみん)「とにかく……」

挿絵(By みてみん)「ところでアイン様、こちら『静かに』でいい所ですわね。」


挿絵(By みてみん)「っ!!」


 ……あれ? 今何が起きた?


 ルミナの周りで、僅かに『魔力の気配』を感じたが、次の瞬間に途切れた。

 そしてルミナの目は、大きく見開かれている。


 状況的にレニが何かしたのだろうが、彼女は『私に』話しかけていた筈だ。

 魔法など仕掛けるにしても、相手から意識を逸らしながらなど不可能と思われる。

 いや、待て、しかし……


挿絵(By みてみん)「…………」


 ルミナの目線が厳しいものへと変わる。



挿絵(By みてみん)「あら聖女様、淑女がそんなお顔するものではありませんわ、ああ『恐い』こと。ええ、もっと『笑顔で』『お淑やかに』、そのほうがよろしくて。」


挿絵(By みてみん)「……くっ!」


 ……まただ、また何か『変な気配』があった。


挿絵(By みてみん)「……」


 ここまで来て、魔法使いノノワの目も銀の三日月のように細められる。

 何かを探るように、その視線は両者の間を見詰めていた。


挿絵(By みてみん)「ええとレニさん、今何かを……」


挿絵(By みてみん)「いえ! 大したことはありませんわ、どうかお気になさらず。」


 いぶかしく問う台詞には間髪入れず答えが返った。

 だが未だ不審が残る、そして不安だ。さて、どうしたものか。


挿絵(By みてみん)「…………(ふるふる)」


 横目で見るが、ノノワにも確とした断定は難しいようだ。

 小さく頭を振って、「よく分からない」という意思を伝えてくる。


 ……すっ


 すると感触があって、目の端でとらえるとルミナが袖を掴んでいた。

 何か不安や、口に出せないことがあるのだろうか。

 改めて隠れて手を伸ばすと、


 ぎゅっ


 小さな手が、すがるように躊躇うようにそれをとらえる。

 微かな震え、そして渦巻く怒りのような魔力の昂ぶり。


挿絵(By みてみん)「(……落ち着いて、ルミナ)」


 思いを込めて、自分も手に力を入れる。

 何が起きているのか判断が付かないが、どうにかしたいと思う。

 すると……


挿絵(By みてみん)「…………フ」


 微かな微笑み、そして触れた場所から吸われてゆくおぼろげな感覚。

 それは自分にとっては風のように感じられるもの。

 かつては分からなくて、一度死にかけて、そして感じるようになったもの。

 それは……魔力だ。



挿絵(By みてみん)「ああそれにしてもアイン様、こちら『落ち着いて』よろしいですわね。でもたまには私の家にも来て『欲しい』ですわ、ええ歓迎いたしますとも。あちらは『賑やか』で『騒々しい』かと思われているでしょうけど、我が家の辺りは意外と『静か』でいいところですわ。」


 さらさらと、レニ女史の舌は良く回る、しかし、


挿絵(By みてみん)「……」


 ……ああなるほど、そういうこと、だったのか。


 触れた手から『魔力の気配』が伝わって来て、ようやく理解した。

 向こうの彼女は、やはりこちらの彼女に対して魔法を放っていたのだ。

 種別は恐らく『精神系』、集中を乱し神経に干渉する類のものだろうか。

 それを、外からは全く気付かれないように、見事なまでに対象に狙いすまして。

 これほどの技術、これほどの練達、実に大したものである。


挿絵(By みてみん)「あはは、そうですね。折を見てそうしたいとは思っていますが……」


 相槌を打ちながら、水面下の攻防に巻き込まれたことを意識する。


挿絵(By みてみん)「そのときは、お茶はサイレントヒル産で。お菓子については、甘さ控えめでお願いします。」


挿絵(By みてみん)「まあ……! それはそれは! ご趣味がよろしいことで。」



 眼前の美女はうふふと上品に笑いそれでも隙らしきものは無く手の平に伝わる感触は未だ緊張が解かれることは無い。

 先程とは違い小さな彼女はそれでも毅然として力を留め制し右に左に分け配して不随意に襲いかかる斬撃に対処せんと前を向いているのだ。

 テーブルを挟む静かな攻防は決して目には見えないけれどそれはまるで闇夜に翳の刃を音も無く火花も無いというのに確かに激しく打ち合わされて。


 そこにあるのは奇妙な緊張と、そして形を為さない激闘の模様であった。

 深海魚たちの暗闘を、船の上の人間は識ることは無い。


 ……だがそれは、確かにそこで起こっていたことだったのだ。



挿絵(By みてみん)「……あら」


挿絵(By みてみん)「…………(ニヤ)」


 やがてそれは、突然に幕が降りて、ルミナが口を弦月に歪めた。


 ああこれは私にも『分かった』。

 ようやく彼女が、状況を自分の間合いへと引きずり込めたのだ。

 隙を見ての防御魔法の展開になんとか成功したらしい。


挿絵(By みてみん)「ええと、どうかしましたかレニさん?」


挿絵(By みてみん)「……いえ、何でもありませんわ、お気遣いなく。」


 思わずほっとして、言葉を挟む。


 実際、これには結構冷や冷やさせられた。

 何しろいつルミナが激発して『強力な攻撃魔法』など叩き込んだりしないか気が気でなかったのだ。

 或いは以前の彼女であれば、とっくにそうしていたのかも知れない。

 うん、少女は日に日に成長しているのだね、私は嬉しい気分になる。


挿絵(By みてみん)「……」

挿絵(By みてみん)「……!(いてっ)」


 不埒なことを考えていると手をつねられる。


挿絵(By みてみん)「……そうそう、この話はご存知かしら? この前大通りで……」


 ともあれ、これ以降はようやく平穏に時が過ぎていったのであった。




 牽制の時間さえくぐり抜けてしまえば、レニ女史は社交的な人間だ。

 本来明るくて華やかで、派手好きのきらいはあっても話術は巧みであった。


挿絵(By みてみん)「それにしてもアイン様、気楽に遊びに来て下さいねっていつも言ってますのに、ちっとも来て下さらないのですもの、ええ……」


挿絵(By みてみん)「……は、はあ……それはどうも。」


挿絵(By みてみん)「ですから、とうとうこちらから来てしまいましたの。」


 朗らかにそう言われると、曖昧に言葉を濁すしかない。


挿絵(By みてみん)「それと聖女様、こうしてお会い出来たのですから、次は是非ウチに遊びに来て下さいな。王都のお話など、聞かせて下さいまし。」


挿絵(By みてみん)「……」


挿絵(By みてみん)「お返しに、殿方の気を魅く『あれこれ』を教えてさしあげますわ。」


挿絵(By みてみん)「…………考えておくですの。」


 さしものルミナも、主導を取られがちであった。


 それにしてもよく分からないのは、レニ女史達の対応だ。

 先日の二人組み、アドルとパウルは表面上は大人しかったが、あれはどちらかと言うと『威嚇』『恫喝』に近いだろう。

 力を示し、慇懃だが高圧的なやり方でこちらを牽制しようとしていた。


 にもかかわらず、本日レニは此処に居て、親しげに笑顔を振りまいているのだ。

 この御大将は『敵地』に単身乗り込むほど、大胆な御仁だったのだろうか。


挿絵(By みてみん)「(……まあ、もともと度胸は充分な人ではあるけど……)」


 さすがに商会の代表だけあって、肝は余裕を持って太い。

 その辺は私も見習うべきところがあるだろう。

 これからどうしたものかと考えていると、


挿絵(By みてみん)「……主様! いま帰ったのだ!」

挿絵(By みてみん)「主様、ただいま戻りました!」


 出掛けていた二人が帰って来た。

 参ったな、今ここには特級の問題人物が控えているというのに……。



      * * *



挿絵(By みてみん)「ええそうそう、体の軸を揺らしてはいけませんよ。」


挿絵(By みてみん)「……むむ」

挿絵(By みてみん)「……ふむ」


挿絵(By みてみん)「……はい! そしたらキレイに、たん! たん!」


 掛け声と手拍子、そして少女たちが足を鳴らした。


 さて、これは一体どういうことになっているのであろうか。

 眼前の光景は、少々現実感が乏しく思えるほどだった。




 外への用事で出ていたポンデとアルスラが戻って来た、これはまあ予定通り。

 だが、家には予定外の客人『レニ・ライヘンスター』が待っていたのだ。


挿絵(By みてみん)「……」

挿絵(By みてみん)「……む」


挿絵(By みてみん)「…………あらっ」


 一瞬流れた緊張の空気、だが彼女は其処でぱんと手を叩いて


挿絵(By みてみん)「ひょっとして、あなたが噂の『お姫様』かしら……?!」


 にこやかな表情と弾んだ声は、商人ならではの世馴れたものだった。


 やがて一言二言会話が始まり、その後はあれよという間に二人は打ち解ける。

 そういえば、ポンデとレニ女史はこれが初の顔合わせであっただろうか。


挿絵(By みてみん)「(これって……『ウマが合った』というやつなのかな……?)」


 意外な組み合わせには驚きを禁じ得ない。


挿絵(By みてみん)「……ふむ、踊りか、ならポンデは得意だぞ。」


挿絵(By みてみん)「まあ! でしたら少し見てさしあげますわ。それで……」


 どうやら趣味に共通性があったらしく、会話が弾んでいる。

 そうしてやがて、身振り手振りが始まり、肩が大きく動いて、腰が持ち上がる。

 いつの間にか、即席の舞踊教室が開かれていた、そういう訳だ。


 二人の楽しげな様子に、やがてルミナも多少機嫌を直したのだろうか。


挿絵(By みてみん)「よしルミナ、ルミナも一緒にやるのだ!」


挿絵(By みてみん)「は……はぅ?! こ、こら放すですの、むぅ……」


挿絵(By みてみん)「さあさあ! じゃ、手拍子に合わせて踊って頂戴、さんはい!」


 いやこれはむしろ、引き込まれて、が正しいか。

 いつも朗らかなポンデが居るから、多分拙いことにはならないだろう。

 彼女は不思議と、周りを明るく楽しい雰囲気にしてしまうのだ。



挿絵(By みてみん)「はははっ、まだまだだな! ポンデのほうが上手いぞ!」


挿絵(By みてみん)「……むむ、そんなことないですの! 負けないですの!」


挿絵(By みてみん)「あら二人共、だんだん良くなって来たわ。それじゃもう一度……!」


 いつの間にか、レニ女史も乗り気になっている。

 異国の少女の周りには、こうして輪が出来てゆくのだ。



 たんぐ、たんぐ、足を鳴らして

 かかとにつま先、異なる音の響き

 律動、躍動、息遣い、鼓動、跳ねて弾んで


 しゃらん、しゃらん、手を鳴らして

 てのひら、ゆび先、重なる鳴の響き

 喝采、静寂、調影、写像、重ねて離れて



 その美しい動作に私ははっとした。


 拙かった動きはやがて次第に研ぎ澄まされた刃の光煌かせるにも似て

 いつしかそれは指の先まで張り詰められたような洗練へと変わるのだ。


 その美しい瞬間に私ははっとした。


 ここは或いは現の世にして浮し世に銀月の水に映りしまぼろしのような

 おぼろなイメイジはまるで私を理に非ずのここではない地へと連れてゆく。


 ふとした何気無い刹那に、時として神は宿る。

 少女たちが知らず見せたうつくしいさまに、私は心奪われていた。


 ……ああなるほど、芸術とは本当に怖いものなのだな。





 だが永遠のような瞬間は、突然の『知らせ』に中断される。


挿絵(By みてみん)「大変ですアイン様! 今オーミャ地区でっ!!」


 息せき切って届けられたそれは、私達一同を驚愕させるに相応しいものだった。



挿絵(By みてみん)「……何だって!?」


挿絵(By みてみん)「はい、何かのもめ事?らしいです。ワルティン商会当主、ワルダー氏と家族全員が犠牲となりました。」


挿絵(By みてみん)「ワルティンの当主が、殺された……! 詳しい状況は?」


挿絵(By みてみん)「今調べています、細かい事は続報待ちです。」


 荒い息の下、ミキが手短に報告をしてくれた。それによると……


 ・ワルティン商会を武装した集団が襲撃、当主とその家族全員が殺害された。

 ・襲撃者は全員その場で自害した模様、他の繋がりについては不明。

 ・襲撃者はワルティン商会内部の人間であったらしい。(未確定情報)

 ・詳しい動機、背後関係などについては調査中。


挿絵(By みてみん)「とにかく現場は『血の海』で、悲惨なものでした……。」


挿絵(By みてみん)「…………」


 女史の目が鋭く尖り、眉間には不快げな皺が浮かんだ。

 凄惨な事件を悼んでいるように思えるが、何か別の思考に沈んでいるようでもある。


挿絵(By みてみん)「ええと……うちは直接影響は少ないはずだから……でも関係先の幾つかは……とにかくどうしたらいいか……」


 キットは唸るような声で迷う。商会を預かる彼女としては、判断のミスや遅れが大きな損となりかねないのだ。

 だがここで、


挿絵(By みてみん)「……ここは『待ち』ですわ。アイン様の商会は直接の債務を持っていない筈、ならば焦る必要は無いでしょう。」


 落ち着いた声で、レニ女史は断言した。


挿絵(By みてみん)「こういうときは、どっしりと構えておけば良いのです。」



挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「…………」


 その自信に満ちた声音に、何故か少しほっとした気分になる。


挿絵(By みてみん)「……とはいえ、私の商会のほうはそうも行きませんので。これにて失礼させていただきます。」


 女史が「では、ごきげんよう」の声を残して去っていった。

 残された私達は、ある種虚脱感のようなものを感じている。


挿絵(By みてみん)「あ……! ところでどうして『あの人』がここに居たんです?!」


 ミキが、今更のような疑問を口にしていた。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 やがて時間の経過と共に、次々と続報がもたらされてゆく。


挿絵(By みてみん)「……やはり犯人は、護衛に雇っていた用心棒たちだったようです。ゆえに、内部の情報にも詳しかったようで。」


挿絵(By みてみん)「まあ実に鮮やかな手口と言いますか……見事な早業ですね。」


挿絵(By みてみん)「それでも……一家全員が惨殺ですか。あのワルダーとかいうの、不快な奴だったとはいえ少々哀れに思えますわね……」


挿絵(By みてみん)「……」


 ノノワの意見には、私も内心同意する。

 色々見苦しい手合いではあったが、それでも理不尽に殺されて良いものではなかろう。


挿絵(By みてみん)「さて、となると動機は、何か日頃の恨みとかだろうか……?」


挿絵(By みてみん)「うーーん……確かに『あんな奴』の下で働くのは苦労が多そうですしねぇ。」


挿絵(By みてみん)「うむ。尊敬出来ぬ主に仕えるなど、むしろ恥辱にも近しいものだ。」


挿絵(By みてみん)「うちとは大違いなのだ!」


挿絵(By みてみん)「あいつ金貸しだし、かなり強欲そうでしたから、きっと安い給金でこき使っていたんですわ。」


 とはいえ所詮『他人事』、勝手な論評が後に続く。


挿絵(By みてみん)「そうそう……さっき評議会からも『回状』が届きました。取りあえず、商会については若手の番頭『ドーブル氏』が引き継ぐそうですよ。」


 キットが現在は落ち着いた声で報告する。


挿絵(By みてみん)「ふうん……"故に会員諸氏に於かれては、落ち着いて軽挙妄動は慎まれたし"ですか、如何にもな定型文ですわね。」


挿絵(By みてみん)「まあこれで一安心ってことですかね。」


挿絵(By みてみん)「…………」


 だが私はここでひっかかりを感じる、聴き慣れない単語があったからだ。


挿絵(By みてみん)「……ええとキット、その『ドーブル』って、何者……?」


挿絵(By みてみん)「ドーブル氏ですか? 私も話に聞いたぐらいですが……何でも最近商会に入った期待の若手で、かなりのやり手らしいですよ。」


 彼女はとうとうと説明を始めた。


挿絵(By みてみん)「読み書き計算が出来て知識も豊富、教養も中々だとか。なのに、『貴族のヒモ付きじゃない』平民出身らしくて。」


 キットが「すごいですよね、得難い人材です」と語っているが、私の『ひっかかり』はある不自然さを感じ取る。


挿絵(By みてみん)「…………ええと、何かおかしい? それだけの人物、知識、教養……」


挿絵(By みてみん)「貴族とかのヒモ付き『では無い』。ならば、どうやって『教育』を受けたんだ、誰から、どんな方法で……?」


 口にしてみると、その『不自然さ』が次第にはっきりとしてくる。


挿絵(By みてみん)「……」

挿絵(By みてみん)「……」


 彼女たちも暫し口を閉じ、そして……


挿絵(By みてみん)「あ、あはは……私、変なこと思い出しちゃいましたよ、ご主人様。」


 少しひきつった顔。


挿絵(By みてみん)「そういえばここサイタマーには、平民いや『貧民が通える』学校があったんですよねぇ……私たちも良く知っている……」


挿絵(By みてみん)「わ、私も覚えがありますわね……」


 そうだ『彼女』は、貧民街に暮らす寄る辺無き子等に、生きる力『知識と技術』を与えると云っていた。

 集めた人材には、『須らく高度な教育を施す』とも。

 もし、私の想像が当たっているとしたら……


挿絵(By みてみん)「直ちに調べます! ミキ、悪いけどあなたたちも手伝って頂戴!」


挿絵(By みてみん)「はっはい! 分かりました!」


 もし、この悪い予感が当たっているとしたら……


挿絵(By みてみん)「恐ろしいですわね……そこまで読んで備えていたかも、なんて……」


挿絵(By みてみん)「それだけなら良いが、まさか、『この事件』そのものも……」


 私は敢えてそれ以上のことを言葉にしなかった。

 口にすると、本当の事になってしまいそうだったからだ。

 もし、このよくない予想が当たっているとしたら……


 だが、それでも疑うことは止められない。

 都合良く当該の商会に雇われた、平民出の高い能力の人材。

 唐突な契機で行われた、雇い人が起こした凄惨な事件。

 一見無関係なようで、でも、もし其処に何らかの『共通点』があるとしたら……


 或る商会の出自は口入屋を基としており、人材教育には定評が有る。

 紹介する人手は、読み書き計算、基礎的な礼儀作法まで身に付けていた。

 さらには、最近はもっと『高度な教育』――例えば魔法など――を行っているのだ。

 もし、そんな高級な『人材』を彼女らが用意していたとしたら……


 そして口入屋というのは、本質的に貧民街と関係が深く街の裏事情にも詳しい。

 貧しき者は、往々にして陽の当たらない闇界に足を突っ込んでしまうからだ。

 そんな中には、荒事に長けた、正に『用心棒』向きの人間も居るだろう。

 もし、そんな猛々しい『人材』を彼女らが用意していたとしたら……



 ……そしてそんな人間たちを、自在に『操る』ことが出来るとしたら。



挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「…………」


 不意に不安な気持ちに襲われて、言葉は途切れる。

 口にすると、それが事の真実になってしまいそうだったからだ。

 そして……


挿絵(By みてみん)「……あっ! じゃあ『あの人』が来てた訳はひょっとして……」


挿絵(By みてみん)「もしかしたら……都合良く利用されたのかも知れませんわね。」


挿絵(By みてみん)「不在証明……ってヤツですか……」


 或いは、私達は『してやられた』のかも知れなかった。



      * * *



 さて、その後はどうにも気分が重く、夕食時にも皆口数が少なかった。

 よく考えてみると、直接何か私達の身辺に悪い事があった訳では無い。

 しかし、それでも何故か敗北感のようなものを感じたのだ。


挿絵(By みてみん)「…………」

挿絵(By みてみん)「…………」


 たぶん、二人してむすりとした表情をしていたのだろう。


挿絵(By みてみん)「……むう、主様元気をだすのだ、ルミナもなのだ。」


 ポンデの励ましに、私も微笑を返した。


挿絵(By みてみん)「でも、やっぱり悔しいですの、腹立つですの。」


 声に出すことで、ルミナも気持ちが和らいだのだろうか。

 表情に、少し明るさが戻っていた。


挿絵(By みてみん)「うむ、そういうときは、何か楽しくなるようなことをするのだ!」


 彼女が俄然張り切り出す。


挿絵(By みてみん)「よし、ポンデが踊りを踊るのだ! なにか歌が要るぞ!」


 そして少女は振り向いて


挿絵(By みてみん)「姉様! 姉様なにか歌うのだ、はでなやつが良いのだ!」


挿絵(By みてみん)「むっ……!」

挿絵(By みてみん)「……!」


 これにはちょっと驚かされた。アルスラが歌うところは、多分見たことが無い。


挿絵(By みてみん)「そ……それは……」

挿絵(By みてみん)「……ア、アルスラさんが、歌う……??」


挿絵(By みてみん)「そうだぞ! 姉様は歌が上手いのだ! この間もゼフィと歌ってたのだ、上手だったのだ!!」


 これは私にも初耳かも知れない。


挿絵(By みてみん)「む、むう……待て待て、あれは素面ではちょっと……恥ずかしいぞ。」


 アルスラの紅潮した照れ顔。そして私は、


挿絵(By みてみん)「……いやいや、アルスラはちょっと低くて良い声をしてる。私も聞いてみたいな、君の歌を。」


挿絵(By みてみん)「……!」


 彼女は耳まで真っ赤になっていた。


 アルスラはしばらく逡巡していたが、やがて観念したのか。

 やや低めで、少したどたどしい、でも綺麗なよく通る声が聞こえて来る。



 草原に吹く風よ、私のまごころを

 この想いをあの娘のもとへ届けておくれ


 森を越え川を渡り、あの山脈の遥か彼方

 この想いをあの娘のもとへ届けておくれ


 辛き旅路、空を仰ぎ石に枕

 待ってて欲しいと伝えておくれ


 旅の終わり、夢を掴み

 必ず迎えに行くと伝えておくれ



 その技術は拙く、時々調子も外れていた。

 緊張のせいなのか、たまに音もかすれる。だがそれでも、

 その声は、何故か私達に響いていた。

 その詩は、何故か私達に訴えかけた。

 その歌は、何故か私達の心を、強く、強く揺さぶるものだった。

 そして、



 海原を渡る風よ、私のあいを

 この想いをあの娘のもとへ届けておくれ


 波に乗り海流を追い越して、この海のずっと向こう

 この想いをあの娘のもとへ届けておくれ


 遠き旅路、嵐の夜、月も見えぬ闇

 ただ君の笑顔だけをよすがに


 今は旅の空、行く先は遥かに

 いつまでも、いつまでも

 ただ君だけを想うと、伝えておくれ



 響く声音は、ひたすらに高く澄んだ歌。

 天上の調べの如く、ただ私たちのこころをとらえる。

 その歌は、確かに私達の心に響いていた。

 その詩は、確かに私達の心に訴えかけた。

 その詞は、確かに私達の心を強く、とても強く揺さぶるものだった。


 ……それは、聖女の、歌声であったのだ。



 いつの間にか、ルミナが声を合わせていた。

 歌が好きな彼女のことだ。

 アルスラのそれに感動して、自分から声を出していたのだろう。

 何ということの無い『流行りの歌』の筈なのに、ひどく心を揺さぶられる。

 郷愁を誘うような言葉の中に、自分の内の琴線がふるると震えていた。

 目の奥が痛いような感覚もあったほどだ。


 そしてそれを感じたのは私達だけでは無く……



挿絵(By みてみん)「ああ……何という……。聖女様、聖女様どうかお許しを……救いを……」



 不意に現れた人影に、私は仰天せざるを得なかった。



      * * *



 さて、先日の一件の後、ラッド君はしばらく昏倒したままだった。

 一日半ほどして目は覚ましたが、呆としたままでまともな意識が戻らない。

 放り出すわけにも行かず、そのまま我が家に留めていたのだ。

 だがそんな彼が、今、


挿絵(By みてみん)「上長……じゃないアイン様、いろいろご迷惑をお掛けしました。」


 神妙な表情で、私に頭を下げていた。

 目付きもしっかりとしており、どうやら己を取り戻したらしい。


挿絵(By みてみん)「ええと、もう大丈夫、なのかな……?」


挿絵(By みてみん)「はい、何と言うか……まるで夢を見ていたようで。」


 彼が軽く頭を振る。

 取りあえず、意識が戻ったのならば聞くべき事は多い。そうして、


挿絵(By みてみん)「さて、何から話したものでしょうか……」


 彼の口から、真相の一つが語られるのだった。




挿絵(By みてみん)「……『あの一件』で、僕は自分の力不足を痛感しました。ですので、まずは勉強をし直そうと思ったのです。」


『あの一件』とは、例の工場の魔法使い達の『交渉』のことだろう。

 あの後、彼が職場を辞めたとは聞いていたが、そういう事になっていたとは。


挿絵(By みてみん)「それで、一端『学校』に戻ったのですが……」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



挿絵(By みてみん)「成る程そうですか、魔法を学び直したいと」

挿絵(By みてみん)「やはりそうですか、魔術を極めたいと」


 耳触りの良い声音は、それでも何処か危険な香りがする。


挿絵(By みてみん)「…………はい」


 ためらいはあったが、すがるものは彼らしか無かった。


挿絵(By みてみん)「ええ良いですとも、実に素晴らしい!」

挿絵(By みてみん)「ええそうですとも、これは素晴らしい!」


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「ひたすらに高みを求むる事、其は真に素晴らしい!!」


 言葉と共に有るものは、陶酔、歓喜、狂奔、偏執。

 その熱狂は、すでにこちらにも伝わって来る。


挿絵(By みてみん)「……」


 気圧されて、沈黙するしかなかった。



挿絵(By みてみん)「やはり、君からは少し大きな力を感じる。」

挿絵(By みてみん)「確かに、秘められたそれなりの力を感じる。」


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「ならば丁度良い、『計画』は最終段階ですよ!」


 言葉と共に、彼らの輪郭が、おぼろに『ぶれる』。

 霞がかかったように光がまとわり付き、存在が不確かとなった。

 相手に神経を向けようとすると、認識は漂い、焦点は移ろうのだ。



挿絵(By みてみん)「ココロを開き、流れに身を任せて」

挿絵(By みてみん)「大いなるものの懐に、身を任せて」


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「受け入れよ、其は世界との調和……!」


 次の瞬間、何か彼らから圧力を受けたように感じた。

 それと共に、意識が遠くなってゆき……



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



挿絵(By みてみん)「……次に気が付いたとき、僕は『此処』に居たのです。」


 ラッド君はかぶりを振ったのち、少し目を閉じて、また開く。

 視線は、私を見据えていた。


挿絵(By みてみん)「そうか……」


 しばし、考えにふける。


挿絵(By みてみん)「それにしても『計画』か……あいつらは、一体何をしようとしているんだ……?」


 それは独り言に近いものだったのだが、


挿絵(By みてみん)「……ええと、操られている間、僕の意識は奥底に封じ込められていました。それでも……」


挿絵(By みてみん)「それでも何故か、彼らの『考え』『感覚』のようなものは伝わって来ていたのです。夢の中のようで、それでもこれは現実だという実感があって……」


挿絵(By みてみん)「…………」


 精神を操作するということは、或る意味『繋がり』を作る行為だ。

 そうすることによって相手を支配すると同時に、自らをもまた『さらけだす』ことになるのだろう。

 興味深いことだが、まずは目線で話を先に促す。


挿絵(By みてみん)「……彼らの狙いは、『革命』だと言っていました。この『王国』を、等しく天上のしもべ達が治める『地上の楽園』へと創り変えるのだと……」


挿絵(By みてみん)「彼らのチカラは、彼らの言葉は、『言霊』は心弱いものを支配します。そしてその力は、数が集まれば集まるほど威力を増してゆく。」


挿絵(By みてみん)「元々彼らがこの街『サイタマー』を目指したのは、此処が王国で最も『穢れた』場所だったからです。穢れた地には、敗れた、心弱き魂が集まるのだと。故に彼らには此処が最も『都合が良かった』のです……」


挿絵(By みてみん)「既に、彼らの下には相当な数が集まりました。比例したその『チカラ』も既に強大なものになっているでしょう。」


挿絵(By みてみん)「…………」


 私はただ言葉も挟めず、彼の話を聞いているのが精一杯だ。


挿絵(By みてみん)「……そして、既に犠牲も出ているのです! 周辺の村が、幾つか焼かれました。彼らによれば、それは集団を操る能力の『試験』だと……!」


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「……!!」


 私達は息を呑んだ。


挿絵(By みてみん)「次の狙いは、ここ『サイタマー』です! この地より本格的に革命を発生させ、やがて王国全土にまで広げるのだと……!!」


 ラッド君は興奮して立ち上がる。


挿絵(By みてみん)「お願いです! あいつらを止めて下さい! このままでは、沢山の犠牲者が出ることでしょう!」


 彼が深く頭を下げた。


挿絵(By みてみん)「……僕は関わった一人として、それを見過ごすわけにはいかないのです!」



挿絵(By みてみん)「……」


 私は次の言葉に迷った。

 心情的に成したいことでも、世の中には出来ることと出来ないことがある。

 ましてや……


挿絵(By みてみん)「気持ちは分かる。しかし、『あの力』にどうやって対抗すれば……」


 そうだ、彼らは『静観』すれば『黙認』すると言っていた。

 抗うすべが無いのであれば、時に私は卑怯すら甘受せざるを得ない。

 だがここで、


挿絵(By みてみん)「お前、確か『操られて』いた筈ですの。どうやって解除したですの?」


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「……!」


 聖女が言葉を挟む。

 その冷静な問いに、私達は驚かされたのだ。


挿絵(By みてみん)「は、はい……あの術は強力で、僕程度の力量ではそれを解くことなど到底不可能だったでしょう。ですが……」


 彼の目が、少女を正面から見据えた。


挿絵(By みてみん)「……『あの時』! 聖女様の声が、僕を救ってくれたのです。魂を震わせ、心に響いて来た、あの『歌声』が……!!」




挿絵(By みてみん)「聖女様の御力ならば、奴らの力に対抗出来るかも知れません!」


 全ての視線が、聖女に集まる。


挿絵(By みてみん)「どうか、その『チカラ』で、サイタマーをお救い下さい……っ!!」


 彼はその場にひれ伏し、ひたすら請願を行うのであった。

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