↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイタマーの守護者  作者: 一光屋KY
王都の陰謀編
19/39

第十八話 サイタマーの大惨事

~~~~~~~「誰が殺したの?」[王国古謡曲集]より抜粋~~~~~~~~


 誰が母さん殺したの?

  誰が父さん殺したの?


 それは私と兵士が言う

 私の槍で、私の弓で、

 お前たちを殺したぞ


 誰が兵士に命じたの?


 それは我と将軍が言う

 訓令一下、行進し、

 軍勢率いてひと暴れ


 誰が将軍を遣わした?


 それは余と王様が言う

 余は善王、民草の味方、

 その声聞いて遣わした


 誰が王様を唆した?


 それは私と密偵が言う

 街から街へ、駆け回り、

 皆の願いを集めて回る


 誰が密偵に喋ったの?


 それは私達と民衆が言う

 私は親を、殺された、

 私は子供を、殺された、

 憎い仇を討っておくれ



 誰が母さん殺したの?

  誰が父さん殺したの?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ……私達はようやく、サイタマー(の近く)まで戻って来ました。



 さて、王都の北方には大河『ライヴィンフィルド』が在る。

 流域に豊かな水の恵みをもたらすありがたい存在は、今の私達にとって『有難くない』ものとなってしまっていた。

 すなわち、サイタマーはこの大河を越えた『向こう』に在るからである。

 泳いだり歩いたりして渡るには、この河は少々大き過ぎた。


 王都からサイタマー、さらにトチギーやシンシューなどへと続く北方辺境街道は、人々の往来も相応に多い。

 ゆえに、街道は大河の上に橋を掛けて繋げられている。


 そして橋の近くには、当然の如く宿場町が発展しているのであるが……



挿絵(By みてみん)「……駄目ですね、やはり検問が張られてました。」


挿絵(By みてみん)「やっぱりか……まいったな……」


 その宿場町、『レッドフェザー』には、遠目に見て分かる程に兵士が溢れていた。

 それらはどう見ても、王都の護り『王都守備隊』の面々と判別出来る。


挿絵(By みてみん)「来るときは、あんなに頼もしく感じたのになあ……」


挿絵(By みてみん)「まさに『行きはよいよい、帰りは怖い』ですわね。」



 ここまで来て、私は迷っていた。

 以前にアカデミー別荘へ襲撃をしてきたのが、本当に『王都守備隊』であったかどうかについては、未だはっきりとしない部分が多い。

 確かめようにも殆どの物証が『黒焦げ』であったからだ。

 しかし、だからと言って検問に『真正面から』乗り込む程、私達は勇者でも無い。

 そう、『いのちだいじに』は冒険者の原則なのである。


挿絵(By みてみん)「焦るのは良くないとは言え、正直、手詰まりだなぁ……。」


挿絵(By みてみん)「では、私が『一暴れ』しますゆえその隙にキットを向かわせては……?」


挿絵(By みてみん)「ちょっと危険ですけど、ご命令とあれば……。」


挿絵(By みてみん)「……却下。危険が『ちょっと』どころじゃ済まない。」


挿絵(By みてみん)「せっかくここまで来れたですの、『命懸け』は止めるですの。」


 おお、ルミナが常識的な意見を口にしている。

 この娘も成長したものだ、感慨に耽る。が……


挿絵(By みてみん)「……ヤるんなら『町ごと焼き払う』ですの。ルミナなら証拠が残らないように遠くから火を着けるぐらい出来るですの、任せるですの。光魔法で『ちーー』ですの。」


挿絵(By みてみん)「だぁーーーっっ! もっとダメ!!」


 やはりいざとなるとルミナが一番過激だった。


挿絵(By みてみん)「(ぼそっ)……やっぱり小さい頃からの『躾』って大事ですわね……」


挿絵(By みてみん)「(じろっ)…………何が言いたい。」


 ノノワが聞こえるように皮肉を言い、シルヴィがそれに応える。

 もうすっかり、お馴染みの光景だ。


挿絵(By みてみん)「……ええと、ポンデは泳ぎは得意なのだ。向こう岸ぐらいまでなら何とかなりそうなのだ。」


挿絵(By みてみん)「でもそれだとポンデ独りになってしまう。ありがたいけどやっぱり却下だ。」


 ここで、ポンデも責任感に駆られて行動に出ようとする。

 だが、同様に却下せざるを得ない。



挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「……うーーーむ。」


 正直手詰まりだ、皆で考え込んでしまった。



挿絵(By みてみん)「……誰かこの辺に『知り合い』でも居たら良かったんだけどなあ……。」


挿絵(By みてみん)「……っ!!」


 私の何気ない一言に、キットが反応した。


挿絵(By みてみん)「ご主人様……! それですよそれ!」


挿絵(By みてみん)「……? と言うと?」


挿絵(By みてみん)「ゼフィ様です! あの人がこの状況で『何もしない』何て有り得ません!」


挿絵(By みてみん)「……ふむ、確かに。アイツは目端の利く奴だからな。」


 アルスラが相槌を打つ、彼女はゼフィと一番親しい仲だ。


挿絵(By みてみん)「きっと今頃、情報を集める為に手を打っているハズです、『遊撃隊』です!」


挿絵(By みてみん)「……そうか!」


 キットのその言葉は、私達に希望をもたらすものだった。

 皆の顔が、明るくなる。


挿絵(By みてみん)「確かに、誰かこの近くまで来ている可能性は高いですわね!」



 遊撃隊は、彼女の手足、いや目と耳だ。

 もともと密偵出身のゼフィは、『情報』の重要性を誰よりも深く理解している。

 そして情報というものは、何人もの人手を使ってようやく集められるものなのだ。

 ゼフィ本人はともかく、配下の『遊撃隊』が動いている可能性は非常に高かった。


挿絵(By みてみん)「なら後は……何とか接触出来れば……!」


 方針を決めたら、後は行動するのみである。

 私達は、今は慎重に機会を窺うことにした。



挿絵(By みてみん)「今は焦らず、近くに隠れていよう。それで誰か来るのを待つんだ。」


挿絵(By みてみん)「私一人ならば何とかなります。繋ぎは任せて下さい。」


挿絵(By みてみん)「うむ、そっちは頼んだぞ。私達は、主様をお護りするゆえ。」

挿絵(By みてみん)「ポンデも任されたのだ!」


挿絵(By みてみん)「私は、魔法で周りの警戒をすることにしますわ。」


挿絵(By みてみん)「ルミナも手伝うですの。」


挿絵(By みてみん)「聖女様……ご無理はなさいませぬように……」


 シルヴィは、それでもルミナが心配なようである。



挿絵(By みてみん)「大丈夫ですの。いざとなったら『また』まとめてふっ飛ばしてやるですの! 光魔法で『どかん』ですの!」



挿絵(By みてみん)「……そ、それはさすがに勘弁して欲しい……なあ。」


 とりあえず、ルミナの挙動にだけは気を付けようと、私は思った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 さてこの時、遊撃隊の『ミキ』は気が重かった。

 何故ならば、命じられて王都まで赴いたものの捗々しい成果が得られなかったからだ。


挿絵(By みてみん)「……はあ……こんなんじゃ、また姉さまに怒られてしまうなぁ……どうしよ。」


 内心の落胆が、大きなため息の体で姿を表す。


挿絵(By みてみん)「ネタを取るためなら、相手に喰らい付いてでも……ってもねえ……」


 彼女は、自分の内向的な性格を、恨めしく思った。



 彼女、ミキが王都に遣わされたのには訳がある。

 そもそも、「グンマー族の姫様御一行が近々帰還なされる」との報があり、彼女達はその準備に追われていた。

 だが、予定の日付をとっくに過ぎてもその姿が無い。

 三日が経ち、五日が過ぎ、やがて一週間にもなろうとすると、「流石にこれはおかしい」という話になった。

 しかも、警護を預かる筈の『王都守備隊』も、送迎役を務める光の聖女を擁する『アカデミー』も、何も言って来ない。

 こちらから問い合わせても、無しのつぶて、石のように押し黙ったままだった。


 事ここに至り、ゼフィは極秘裏に『遊撃隊』に動員を掛けた。

 各方面に部下を放ち、連絡を行うと共に動静を探らせる。


 そしてこの際、たまたま王都方面を担当したのがミキということである。


 彼女はこれまで、ラン、スー達三人で行動を共にするのが常であった。

 だが今回は、員数の関係上単独で任務に当らざるを得なくなる。

 ミキは、内心に不安を抱えていた。



挿絵(By みてみん)「いや、みんな頑張ってるんだ、私もしっかりしないと!」



 元々、自分一人では引っ込み思案になることは自覚している。

 今まではそれでも良かったのだ、三人でそれぞれの欠点を補い合って来たのだから。

 ランは落ち着いて、思慮深い。だが考えが堅くて応用が利かない。

 スーは活発で、行動的。でも後先考えずに動く。

 そしてそれを取り持ってまとめるのが自分の役目。

 これまではずっとそうだったのだ。


 だが、今はそんな『頼れる仲間』は側にいない、全て自分の責任である。

 ミキは、とても、不安を感じていた……。



挿絵(By みてみん)「……ダメだなぁ……やっぱり独りじゃ上手くいかないや……」



 そして案の定、彼女一人ではなかなか上手くいかない。

 王城に登っても、守備隊の基地に行っても、アカデミーに赴いても。

 もとより『下っ端』で身分の低い者など、誰も一顧だにしない。


挿絵(By みてみん)「……その件については、目下調査中であります。」


挿絵(By みてみん)「……それは機密扱いです、あしからず。」


挿絵(By みてみん)「……その辺は、私では何とも。」


 喰らい付こうにも、取り付くしまさえなかったのだ。



挿絵(By みてみん)「やっぱり、『姉様』はスゴかったんだね……。」



 これが経験豊富なゼフィならば違っただろう。

 相手の態度、所作、表情、汗のかき方、言葉遣い、カタチにならないモノたち。

 それら全てから、『何か』を引き出そうとする。

 そして『尻尾をつかめば』、後は容赦は要らない、彼女の独擅場だ。


 ミキは今更ながら、自分達の上司『隊長』との力量の差を思い知る。

 こんなはずでは、なかったと思うのに。


挿絵(By みてみん)「…………」


 ゆえにミキの足取りは、ひどく重かった。





挿絵(By みてみん)「……まあ、最低限の『任務』は果たしたから、それで許してもらうかな。」


 もうすぐ宿場町のレッドフェザーに着く。


 ミキは取り敢えず、報告の内容について考えていた。

 先立って言いつかっていた事の内、少なくとも『御上への報告』だけは出来ている。

 そういう意味では、『何も成果無し』という訳ではないのだ。

 小言の一つ二つはもらうかも知れないが、それはしょうがあるまい。


 だが、そうやって考えに耽っていたため、彼女は重大な事実を見落としていた。

 何故かいつもより、街道を行き交う『兵士』の数が多いことを。

 道中あちこちで、検問や警戒線が張られていたことを。

 むしろそういった『一見何気ない事柄』こそ、ゼフィが欲していた情報であることを。


 ……ふと、『声』が聞こえたような気がする。



 街道は行き交う人々も多く、そのざわめきは喧騒に近いものがある。

 だがその声は、自分にだけ届いたような気がした。


 結構大きな声に感じた、でも周りでは何の反応も無い。

 ミキは、「呼ばれている」と思った。

 辺りを見回すと、森の暗がりに気配を覚える。



挿絵(By みてみん)「(……この声は……ひょっとして……)」



 知らず、自分の鼓動が少し速くなったような気がした。

 本能的に周囲を警戒、見られていないのを確認する。

 確かめたのち、彼女は街道から離れた。



挿絵(By みてみん)「"こっちだ"」


 『声』が、そう呼んでいたからだ。



 『声』の導くまま、歩を進める。

 ある程度、森の中まで来た、周囲に人の気配は無い。


挿絵(By みてみん)「"ねえ、そろそろいいでしょ?"」


 ミキも『声』を掛ける。

 この声音は、人間には判別出来ない、だが自分達『猫人』や『犬人』などには聞き取ることが可能なのだ。

 同族同士で、秘密裏に連絡し合うのに便利なものである。


 ……そして、相手も姿を現す。



挿絵(By みてみん)「……こんなトコまですまない、こっちも色々と訳有りでね……。」


挿絵(By みてみん)「キット……! やっぱり!」


 果たして、その相手はキットであった。

 とにかく、彼女には聞きたいことが沢山ある。


挿絵(By みてみん)「……今までどうしてたのよ! それにポンデラ姫様は? アイン様は? あぁホントにいったいどうして……」


 ミキは問い質そうとした。


挿絵(By みてみん)「悪いケド説明してる暇は無いんだ、あたいたちも色々あってね……」


 だがキットはそれを遮る。



挿絵(By みてみん)「暗殺されそうになった、助けが要る、それだけゼフィ様に伝えてくれ。」


挿絵(By みてみん)「……!!」


 ミキもさすがに目を見張る。


挿絵(By みてみん)「じゃああたいは行くから。頼んだよ!!」


挿絵(By みてみん)「……あっ、ちょ、ちょっと! 待ってってば!」


 キットは瞬きの間に姿を消す。

 残されたミキは、落ち着こうとするがそれでも混乱の只中にあった。



挿絵(By みてみん)「(……え?え? これってどういう……あぁでもとにかくまずは姉様に相談して……ああどうしたら……)」


 混乱の中、ミキはそれでも何とか最大限の状況活用を試みる。


挿絵(By みてみん)「(いや、そうじゃない、これは『チャンス』だわ! ここで何とか手柄を立てれば……!)」



 だが、先程までの後ろ向き思考の影響か、それは最善とは言い難い方向に流れる。

 彼女は、明らかに『功を焦って』いた。

 ミキは、この事態を自分で解決しようと考えてしまったのだ。



挿絵(By みてみん)「ゼフィ姉様には『早便』で知らせておいて……姫様とアイン様は、私がお連れすれば……うん! 大手柄だわ!」



 ミキは、打って変わった明るい表情を浮かべる。

 早便の書状なら数日でサイタマーに届くだろう、自分で知らせるより早い。

 そして本人達も確保すれば、これは大きな功績だ。

 彼女には、もはや明るい展望しか見えていなかった。



 しかしそこには、大きな落とし穴があったのだ……。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



挿絵(By みてみん)「やりましたご主人様、ミキと会えました!」


挿絵(By みてみん)「ああ、それは良かった! これで一安心だ!」


 キットが最上の知らせを持って来た、思わずほっとする。


挿絵(By みてみん)「……これで、後は待つだけだな。」


挿絵(By みてみん)「はい。ゼフィ様に知らせるように言ったから、きっと何とかしてくれると思います。」


挿絵(By みてみん)「うむ、でかしたぞキット!」


 アルスラの言葉と同時に、皆が頷く。

 表情にも、明るさが見えてきた。



挿絵(By みてみん)「……だが、こういうときに気を抜くのが一番危ない。注意せねば。」


挿絵(By みてみん)「シルヴィ…………」


 珍しく、シルヴィが自分から意見を述べた。ルミナも少し驚いた顔をしている。


挿絵(By みてみん)「いや、確かに……言うとおりだね。みんな、気を付けよう。」


 だがそれはもっともな意見だ、私も相槌を打つ。

 再び皆が頷く。


挿絵(By みてみん)「……となると……キット、尾行られたりはしておらぬよな?」


挿絵(By みてみん)「そのつもり……大丈夫な…ハズだけど」


 とはいえ、流石に相手次第の事柄なので、絶対とはいくまい。


挿絵(By みてみん)「暫くは、警戒厳重でいこう。せっかくここまで来たんだ、皆で無事に、サイタマーに帰るんだ!」


 私は、力強く宣言する。


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「はい!!」


 皆も、強く答えた。



      * * *



 だが、ことわざに曰く「光は得てして影に先立つ」と云う。

 そうやって待ち続けていた或る日、それは訪れたのだ。



挿絵(By みてみん)「……!!」


 不意に、ルミナが何かに反応する。きょろきょろと辺りを見回した。



挿絵(By みてみん)「聖女様……どうなさいましたか……?」


 すぐにシルヴィが、ルミナの様子がおかしいのに気付く。


挿絵(By みてみん)「……ルミナ、いったい……」


 私は「どうしたんだ」と問い掛けようとして、言葉を中途で切る。

 ルミナのこの様子には、見覚えがあった。



挿絵(By みてみん)「お兄様……"チリチリ"するですの……危険ですの!」



 これは、『あの時』と同じだ。

 どうやら私達の希望は、最悪な形でかなえられたようだった。




挿絵(By みてみん)「敵か……!」


 アルスラの吐き捨てた台詞で、皆に緊張が走る。


挿絵(By みてみん)「くそ……せっかくここまで来れたというのに……」


挿絵(By みてみん)「主様、ここは危険です。まずは高台へ、全体が見える場所へ行きましょう。」


 その言葉と同時に、私達は準備にかかる。

 いつでも動けるように、荷物は纏めてあったが……


挿絵(By みてみん)「次に動くのは、帰りのときと思っていましたのに、残念ですわ。」


 ふとノノワが漏らした一言は、とても痛かった。




挿絵(By みてみん)「……ご主人様、私は周りの様子を見て来ます。」


 動き出してすぐ、キットが提案して来た。


挿絵(By みてみん)「それは……」


 一瞬躊躇する、危険なのは間違い無いからだ。


挿絵(By みてみん)「一人では危険だ。ポンデ、そなたも行け。」


挿絵(By みてみん)「はい、姉様!」


 アルスラは、よどみなく指示を飛ばす。少し置いて行かれたような感じ。



挿絵(By みてみん)「アルスラ、それは……」


挿絵(By みてみん)「……」

挿絵(By みてみん)「……」


 「危険ではないのか」と訊こうとしたが、アルスラは目で拒否した。

 ポンデも見てみるが、既に決意は固いようだ。

 瞳が、真っ直ぐとこちらを射抜く。



挿絵(By みてみん)「……分かった、二人共、気を付けてくれ。」


 私に出来ることは、二人を信頼することだけのようだ。





 そして何とか高台にたどり着くと……


挿絵(By みてみん)「これは…………」


 そこで私達の表情は堅くなる。


挿絵(By みてみん)「……人が……沢山ですの……。」


 視界の先には、大勢の人間が見えた。

 今の所散開してはいるが、それでもこの森をぐるりと囲んでいる。

 しかも、先の街道からは、続々と応援が続いているようだ。



挿絵(By みてみん)「逃げられるかな……?」


挿絵(By みてみん)「……難しそうです。」


 アルスラは、険しい表情でそれだけ口にした。何かを考えているようにも見える。



挿絵(By みてみん)「…………」

挿絵(By みてみん)「…………」

挿絵(By みてみん)「…………」


 全員が、重苦しい顔になる。

 と、そこに……



挿絵(By みてみん)「ご主人様……! 戻りました!!」

挿絵(By みてみん)「勇者様! タイヘンなのだ!!」


 キットたちが戻ってくる。

 だがそこには、思いがけない『連れ』の姿があったのだ。


挿絵(By みてみん)「……」


挿絵(By みてみん)「ミキ……! これはっ!!」


 『遊撃隊』のミキだ。しかも、背中に矢が刺さっている!

 顔色は既に青白い、血の気が、完全に失せていた。

 見るからに危険な状態である。


挿絵(By みてみん)「いけない! 直ぐ治療だ!!」

挿絵(By みてみん)「お兄様、手伝うですの……!」


 直ちに治療に入る。

 軽く治癒魔法、体力を回復させて本格的なものに備える。

 先ずは矢を抜く。鏃が引っ掛かったので少し切開、傷はすぐにふさいだ。

 いけない、ただでさえ弱っていた鼓動がさらに弱くなる。

 体力回復を図る、治癒魔法をやや無駄遣い。

 駄目か……効きが悪い、こうなれば……!



挿絵(By みてみん)「…………蘇生魔法・大(エルレイズ)!!」



 取って置きの『切り札』、蘇生魔法だ。

 やがて顔に生気が戻って来た。心臓の鼓動も安定してくる。

 息が、規則正しく、楽なものへと変わっていった。



挿絵(By みてみん)「…………ふぅ……」


 思わずほっとして、ため息が漏れた。

 周りの緊張も、少し和らいだようだ。


挿絵(By みてみん)「お兄様、お見事ですの。」


 ルミナも褒めてくれる。


 ふと気が付くと、ミキに僅かに意識が戻ってくる。

 おぼろげな眼差しで、こちらを見つめていた。



挿絵(By みてみん)「…………ァ…アイン…様……どうか……お許しを……」


 それは微かに聞き取れた。

 その台詞で、私は状況が理解出来た、ような気がした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 さてその日、遊撃隊のミキは上機嫌だった。


 書状をしたため、封をして、早便に託す。

 宛先は、『ウラワン城、ゼフィ・ベンガラムール卿』。

 騎士宛ての書状に、受付の顔が一瞬緊張する。


挿絵(By みてみん)「急ぎで頼む。信書だ。」


 銀貨を何枚か置くと、相手は慇懃に頭を下げた。



 信書には封もしてあるが、内容は当然暗号になっている。

 万が一中身を見られても大丈夫、そう教わっている。

 郵便屋を出る頃には、期待で何となくふわふわした気分だった。


 準備はこれで良い、後は自分で御本人達を迎えに行こう。

 全て首尾良くいったら、ゼフィ姉様も褒めてくれるだろう。

 ランやスーも、羨ましがるかな。


 彼女は少し『浮かれて』いた。浮かれていたので、気付かなかった。

 あの郵便屋の顔が、緊張しながらも『にんまり』と笑っていたことに。

 少し間隔を空けて、何人か自分を尾行していたことに。


 ……彼女は、気付くことが出来なかったのだ。



 レッドフェザーの宿場町には、王都守備隊の名で既に通達が出されていた。


『サイタマーのウラワン城に関係する事、全て通報せよ』


 彼女は、広げられた網の真ん中を、無防備に歩いてゆく。




 街道を少し戻り、以前『声』がした場所に向かう。

 暫く待ってみたが、気配は無いようだ。

 やはり、もう少し奥まで行かなければならないようだ。


挿絵(By みてみん)「(……ああじれったいなぁ、せっかく迎えに来てあげたのに……。)」


 期待の余り、やはり周囲の警戒がおろそかになっていた。


 しかし、森に一歩一歩踏み出すと流石に神経は緊張してゆく。

 感覚が研ぎ澄まされてゆくと、やがて異変が知覚出来るようになっていった。




挿絵(By みてみん)「(……! 誰か居る? 複数……?!)」


 これは少し変だと本能が告げる。ゆえに……


挿絵(By みてみん)「何者だ!!」


 ミキは振り返って、声を荒げた。



 影が、一瞬びくりとひるむ。

 ほどなくして、黒い姿が現れる、ぽつ、ぽつと、ゆらりとした黒い装束のものたち。

 それは明らかに、味方とは言い難い対象。


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「…………」



 瞬間、ミキはきびすを返して走り出す。


挿絵(By みてみん)「(何てこと……! 尾行られていたなんて!!)」


 彼女は屈辱に、顔から火が出そうだった。



 とにかく今は走れ、走れ、逃げるんだ。

 ああなんてことだ、手柄などと浮かれていた自分を殴ってやりたい。

 なんという失態か、ゆうげきたいのワタシともあろうものが!


 後ろの奴らがなにやら叫んでいるのが聞こえる。

 こいつら、回り込んで捕らえようというのか。

 弓弦の震えるのが響く、矢羽が風を切る。


 びうびうと、敵意がかたちを持ってワタシにおそいかかる。

 気配をとぎすませ、当たればオシマイだ。


 ここで捕まる訳にはいかない、姉様に迷惑が掛かる。

 アイン様も気掛かりだが、今は自分の事で精一杯。


 ごめんなさい、おしかりはあとでぞんぶんにうけます

 でもいまは、なにも、かんがえられなくて


 走る、走る、息の限り、走る。

 木の根をくぐり、倒木を飛び越え、逃げる。

 背中に何かが当る感触がした、痛みが続いてやって来たような。

 でもここで倒れる訳にはいかない、丁度良い、崖が見えた。



挿絵(By みてみん)「……!!」


 体を宙に投げ出す、それが、最後に覚えていることだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 治癒は成功したが、体力の消耗が激しい。

 とりあえず、ミキは休ませておこう。

 命のほうは、とりあえず心配は要らない。

 それよりもこちらは……



挿絵(By みてみん)「……ええと、あれが十人ぐらいの塊だから……百人だとこれぐらいで……」


挿絵(By みてみん)「合計でおよそ千から千二百人ですね……。どんどん増えてます。」


 改めて状況を確認してみたが、やはり悪化していた。


挿絵(By みてみん)「アルスラ……もう一度聞くけど、やっぱり逃げるのは……」


挿絵(By みてみん)「……無理でしょう、主様。」


 アルスラは厳しい顔だった。


挿絵(By みてみん)「ここまで包囲されては、囲みを破らぬ限り無理です。」


 分かってはいたが、やはり実際に聞くと少し落ち込んだ。

 皆の顔にも、翳が落ちる。

 沈黙が、その場を支配した。

 永遠のような、刹那が過ぎる。




 アルスラは難しい顔、しばし考え込んでいたが、やがて口を開く。

 その台詞は、意外なものだった。


挿絵(By みてみん)「……ポンデ、そなたはこれより、主様と共に在れ、私の代わりだ。」


挿絵(By みてみん)「…………姉様。」


 ポンデの表情が、呆、となる。



挿絵(By みてみん)「そんな顔をするな。これはもとより言いつかっていた話であろう……?」


挿絵(By みてみん)「……そのとおりなのだ…でも、姉様……」



挿絵(By みてみん)「……アルスラ、それは、いったい……!」


 あまりのことに、私は頭が付いて行かない。



挿絵(By みてみん)「主様……ポンデは元々、『主様を』お護りする為に遣わされたのです。そして、これよりは……」


 アルスラはそこで一度、言葉を切った。


挿絵(By みてみん)「姉様……」


 そしてポンデは、ポツリと呟く。




 アルスラは立ち上がり、居住まいを正した。


 利き手を胸に添え、畏まり、ひざまづく、礼を示す。

 敬愛する主人に捧げる、最高の礼。

 凛とした、清とした顔で、アルスラは述べる。



挿絵(By みてみん)「主様……どうやらお別れの時が来たように御座います。」



 あまりのことに、私は頭が付いて行かない。



挿絵(By みてみん)「我はこれより、"修羅"に入ります。」



 あまりのことに、私は頭が付いて行かない。



挿絵(By みてみん)「力の限り戦い、一人でも多くの敵を倒します。」



 あまりのことに、私は頭が付いて行かない。



挿絵(By みてみん)「命の限り戦い、必ずや囲みを破ってみせましょう。」



 あまりのことに、私は頭が付いて行かない。



挿絵(By みてみん)「主様はその隙に、どうか、どうかお逃げ下さいませ。」



 あまりのことに、私は……



挿絵(By みてみん)「アルスラは……これまで…これまで主様とともにあれて……」


 そしてアルスラの声が掠れる。


挿絵(By みてみん)「…………っっしあわせでした……!!」



 肩が小刻みに震え、顔が下を向く。

 嗚咽を抑えようとして、溢れる感情、ただこの場を動けない。

 皆、動けない、動けない。


 そうか、彼女は死ぬつもりだったのか、

 自らの命を盾に、私を逃がすつもりだったのか、

 アルスラは、それがさだめだとおもったのか。

 彼女は死んで、それでもわたしを生かそうというのか。


 あまりのことに、私は頭が付いて行かない。

 あまりのことに、私は頭を付いて行かせられない。

 あまりのことに、私は頭が、頭を、リカイしたくない。


 彼女の覚悟は聞かせてもらった。

 彼女の意思を知ることが出来た。

 でも私は彼女の願いを聞いてあげることは出来ない。

 何故ならばそれは私の願いとは反するものだから。


 そうじゃないよ、ここでいきのこるべきなのは、

 ほかならぬ、きみなのだ。


 大勢の軍隊に包囲され、逃げ場は無い。

 戦って切り開くしか、もはや活路は無い。

 そうするしかない、と何となく感じていた。

 でも、認めるのは怖かった。



 だれかいのちをすてなければならないのなら、

 それはやはり、……がふさわしいとおもう。



 ああでも良かった、私はその言葉でやっと前に進めるような気がするよ、

 ありがとう、最後に背中を押してくれたのは、


 やっぱり、君だったんだね、アルスラ……



 何も言わず、アルスラの側で腰を落とし、手を取り、立ち上がらせた。

 自然に、腕が背中に回され、彼女に包まれる。



挿絵(By みてみん)「……主様……」



 呼吸をする。

 私は愛しいひとの匂いを、胸に刻む。

 頬に当る、水の感触、それは彼女の瞳から溢れたもの。


挿絵(By みてみん)「………………痺撃(スタン)」


 ただそれだけ呟く。


 一瞬アルスラの目が見開かれ、そして膝が崩折れる。

 倒れないように抱き止め、その場に横たえた。


挿絵(By みてみん)「……」


 『痺撃(スタン)』の魔法は、一時的に行動の自由を奪い、動きを止めるものだ。

 普段の彼女なら、まず効かなかっただろうが。



挿絵(By みてみん)「……さて、ここからは私の仕事のようだ。」


挿絵(By みてみん)「ご主人様……いったい何を……?」


挿絵(By みてみん)「決まっている、戦うのさ。私は『魔法使い』だよ。」



挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「……!!」


 皆は息を呑む。



挿絵(By みてみん)「お兄様……! なら、ならルミナがやるですの、あんな奴ら、まとめてミナゴロシですの!!」


 ああ、ありがとう、やっぱりルミナはやさしいね。

 でもね、


挿絵(By みてみん)「いいかいルミナ、君はもう人を殺してはダメだ。それは、私達『大人』の仕事なんだ……」


 私はルミナの頭に、軽く、本当に軽く拳骨を落とした。

 コツンと当る感触が、何故か熱い。


挿絵(By みてみん)「…………お兄様」



挿絵(By みてみん)「キット、ノノワ、後は頼むよ。アルスラが起きたら、皆で直ぐにここから逃げるんだ。」


挿絵(By みてみん)「ご主人様!」

挿絵(By みてみん)「師匠!」


 彼女たちが、それでも何か言おうとするのを、指で押し止める。



挿絵(By みてみん)「……大丈夫、こんな時のために私には『切り札』が有るのさ、知ってるかい?」


 もっとも、その切り札というのは、『命懸け』なんだけどね。

 これは、皆には内緒にしておかないと。



挿絵(By みてみん)「シルヴィ、偉そうな事を言ったけど、結局私も何も出来なかったみたいだ。……すまない。」


 ああまったくその通りだ。

 偉そうな事を言ったけれど、結局ルミナには何もしてあげられなかった。


挿絵(By みてみん)「……何を言う! そなたがいなければ、私は、聖女様は……!」




挿絵(By みてみん)「…………」


 そして私は、後ろ手で軽く手を振った。

 別れはなるべく簡単に済ませるのが良い、胸の痛みは、軽いほうが。



      * * *



 ゆっくりと高台から降りてゆく。

 充分に遠ざかっただろうか、そろそろ頃合かも知れない。



 荷物から『それ』を取り出した。

 私は『仮面』を被る、奇怪なすがたの、仮面を被る。

 邪魔かなと思ったけど、結局持って来て良かった。

 悪いことをするのなら、やっぱり、変装ぐらいは、しないとね。

 さあ、楽しい宴にしようじゃないか。


 心を定め、精神の集中を図る。

 いや、もう少し離れようか、このままでは皆を巻き込んでしまう。

 私の『切り札』は少々面倒な魔法だ、効果範囲内に無差別に作用する。



 歩いて行くと、森の外に近付いて来た。

 偵察の兵士らしき人間が、慌てて駆け出して行く。

 前を見れば、軍隊が集まっている、兵士が、雲霞のようにも見えた。




 ……じゃあ、そろそろ、はじめようか、たのしい、馬鹿騒ぎを!



 イメージを想起せよ。

 暗闇、破壊、滅亡、暗い感情。

 わたしはにげだしたあのときのきもちにジコケンオする。

 全て壊してそのまま地獄に堕ちてもいいのかなと思えてくる。



 私のからだから、瘴気が噴出した。

 悪しき空気の纏いは、私の廻りで渦をまく。


 運の悪い人間が、もう巻き込まれているようだ。

 激しく咳き込んだあと、口から泡を吹いて倒れてゆく。

 ああいや、泡だけじゃないな、血を吐き出しているんだ。

 可哀想に、多分助からないね、あれは。




 イメージを想起せよ。

 暗黒、恐れ、悲鳴、根源のもの。

 わたしはなにもデキナカッタあのときのジブンにゼツボウする。

 この身が燃え尽きてあの人と一緒になれたらいいなと思えてくる。



 私のこころから、恐怖が発生した。

 心を挫く負の暴風は、周りを巻き込んで広がってゆく。


 近くにいたはずの兵士が、次々に逃げ出しているようだ。

 顔が青ざめたかと思ったら、何か悲鳴を喚いて転がり逃げる。

 おや、こちらの勇気ある人は、この場で気絶しているじゃないか。

 小刻みに痙攣しているね、舌を噛まないと良いけど。




 イメージを想起せよ。

 破壊、衝動、不条理、抑えられない気持ち。

 わたしはワタシをアイしてくれなかったセカイに叛逆する。

 自分の中にこんなにも激しい感情があったことに驚く。



 私のにくしみから、腐敗が滲み出した。

 呑み込むようなそれは全て朽ち果てるまで止まることは無い。


 人が立ったまま、足元から崩れていく。

 肉が腐り、骨が朽ち、ばらばらになって、分解されて。

 ああ、人間の意識って、結構保たれるものなんだね。

 あんなに腐り果てても、まだ喚声を上げているよ。




 イメージを想起せよ。

 沈痛、痛み、悲哀、どうしようもない心。

 わたしはナミダをながせないなぜならソレは枯れてしまったから。

 空っぽになったあの時の自分も、やはり私の一部だったと思い出す。



 私のかなしみから、死が吹き上がった。

 命を奪うその奔流は勢いを増して叩き付ける。


 ばたばたと倒れてゆく、人の形をした何か。

 皆驚いた顔をしているね、自分達に何が起こったのか分からない。

 ああそういえば昔暇つぶしにやったドミノ倒しがこんな感じだった。

 事前の準備が大変なわりに、あっという間に終わってしまう。




 私は、黒を纏った。

 溢れる負の感情は、全てをコロしてうばうモノ……




挿絵(By みてみん)「……………………混沌溢れる死(ケイオスフル・デッド)!!」




 ただそれだけを口にした。

 それは禁断の言葉。恐怖の魔法災害。


 私を中心に黒い『雲のようなもの』が湧き起こる。

 色は黒いけれど、昔見た大きな"つむじ風"に似ている。

 上のほうが幾分丸みを帯びて、全体として球形に近いのだが。


 私が一歩、踏み出すと地面に陰が広がり、その端から『物が腐ってゆく』。

 黒っぽい領域がじわじわと広がる。

 蟻なんかの地を這う蟲が、大群で蠢くような感じだ。

 草や立ち木がみるみる腐敗してゆく、人間を巻き込んで。


 あんなに居たはずの兵士達も、もはや私を攻撃するどころでは無いようだ。

 こちらが一歩踏み出すと、彼らは後ずさりし、やがて離れて行く。

 悲鳴と怒号、喚声や叫び、言語にし辛い音を残して。



 おや、向こうの方に、誰かいるね。

 豪華な鎧を着て、馬に乗って、何か叫んでいるようだ。

 逃げようとしてないみたいだから、せっかくだから、


 ……こっちから近寄ってあげよう。



 何か声と音がして、沢山の矢が飛んで来る。

 でも、まともに狙いを付けられないのか、方向がてんで見当違いだ。

 ああそうか、弓矢の射程より、こっちの『恐怖(テラー)』のほうが広いのか。

 それじゃあしょうがないね、まともに『こっちを見る』事だって困難なはずだ。


 カン、だか、キン、だか、何か派手な音がした。

 幸運で不運な矢が、私の仮面に当ったようだ。

 頑丈に作っておいてもらって助かった、今のはちょっと危ないかも。

 ええと、あっちの方角から飛んで来たみたいだから、


 ……こっちから近寄ってあげよう。



 軽く手を振ると、瘴気が渦を作ってそちらの方向に広がる。

 固まっていた兵士の集団に直撃すると、中の人間が一瞬苦悶の表情を浮かべ、

 一声啼いて、醜く変色して、腐敗して、崩れて、そしてみんな死んだ。


 ああなるほど、手を振って、意識を向けたりすると操作も出来るのか。

 これは良いね、少し手間が省ける。


 そういえば、さっきの『豪華な鎧の人』はどうしたっけ?

 矢が飛んで来て邪魔が入ったから、進路が逸れてしまった。

 いけないいけない、お客様は歓迎しなくては、是非とも。



 見ると、上等そうな装備の兵士?か騎士?らしき集団が周りに居た。

 顔が青ざめているようだけど、それでも逃げ出す様子は無い。

 勇気あるものたちよ、我を楽しませておくれ。

 その勇気に、敬意を表するつもりで、


 ……こっちから近寄ってあげよう。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 王弟カルマンは、混乱の極致にあった。


挿絵(By みてみん)「……な、なんだ! いったい何が、どうなっておるのだ……!!」


 布陣は完璧なはずであった。

 たかだか十人にも満たない相手に、過剰なまでの陣容。

 王都守備隊二千人を動員するのに、どれほど書類を書いたことか。

 いくら魔法使いが居ると言っても、この数の暴力で押しつぶせるはずなのだ。


挿絵(By みてみん)「ありえん! こんな馬鹿な、こんな筈は、こんな不条理が……!」


 目の前の奇怪な男は、歩を進め、死の腐食が広がってゆく。

 奴が一歩進むごとに、兵達が叫びを上げ、二歩三歩と下がってゆく。


挿絵(By みてみん)「何故だ! 何故こんなことに、どうして、何故だ!」


 奇怪な男は腕を振り、黒い影がまとわりついて、死を撒き散らす。

 奴の呼吸の音がここまで聞こえてくる、それは、まるで、哂っているようで。


挿絵(By みてみん)「ならん! ならんのだ! 余はこのようなところで終わるような……!」



 ……そして男が、次の瞬間、こちらを『見た』。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 おっとしまった、つい注視してしまったものだから瘴気のかたまりが、

 ……直撃だ。

 まとめてみんな、苦悶の表情を浮かべ、一声啼いて、醜く変色して、腐敗して。

 ……みんな死んだ。

 『豪華な鎧の人』も、ついでに巻き込んでしまった、らしい。





 軍勢は其処で総崩れとなった。

 命令を出すべき指揮官が討たれたからだ。

 統制はたちまち失われ、無秩序な壊走が始まる。


挿絵(By みてみん)「……にっ逃げろーーーーっっ!」

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「もう駄目だぁーーーーーーっ」

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「た、助けてーー!」


 兵卒も仕官も別なく、全てくずれてゆく。

 鎧を脱ぎ捨て、武器を放り出し、ただ、逃げてゆく。

 後ろには恐怖の闇が迫り、命を脅かす。

 今逃げなければ、黒いモノに取り巻かれて、腐って死ぬだけ。


 戦場からは誰も居なくなろうとしていた。

 残るのは、ただ、死、死、死。



挿絵(By みてみん)「ええと、あれが十人ぐらいのカタマリだから……百人だとこれぐらいで……」


 あらためて周りの様子を少し確認してみる。


挿絵(By みてみん)「全部で四百ぐらい、いったのかな?」


 何が『いった』かと言えば、殺した人間の数である。

 『元』死体は相当腐り果てているので、大雑把な数しか分からない。

 軍勢は確か千を超える数だったはずだから、まだまだ不十分だ。

 私の後ろには護るべきものがあるが、前には敵しかいない。

 だから、前に進もうと思う。



 ……『生ける災厄』は、再び歩き始めた。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



挿絵(By みてみん)「……はっっ」


 アルスラの意識が戻った。

 自分は何をしていたのか、確か単身敵を引き付けるべく出撃するつもりで……


挿絵(By みてみん)「そうだ! 主様、主様は?!」


 思い出し、慌てて周りを見回す。

 よく分からなかったが、主様が何か魔法を使われたのだろう。

 意識が飛ばされる瞬間のみが記憶に残っている。



 そして、『主様』以外は皆そこに居た。



挿絵(By みてみん)「姉様…………」


 ポンデが不安気に声をかけてくる。


挿絵(By みてみん)「ポンデか。それで、主様は何処に……」


 その問いに、ポンデが黙って向こうを指差す。その先では……


挿絵(By みてみん)「……!!」


 黒いモノが、大きな渦を巻いていた。





挿絵(By みてみん)「……なんて……禍々しいですの……」


挿絵(By みてみん)「でも凄まじい魔力ですわ、ここからでも感じられるぐらいに……」


 魔法に優れる二人でも、言葉少なだ。


 そして自分にでも感じられる、あれは、とても、危険なものだと。



 地上に降りた真っ黒い嵐のようだった、その姿は、その恐ろしさは。

 影が這うように進むと、その周りで人が倒れ、あるいは逃げ去ってゆく。

 『死』というものが形を取ったら、それはこういうものではないだろうか。

 今まさに、あそこには死が存在していた、確かに存在していた。


 軍勢は何とか踏み止まろうとするが、やがて一つの部隊が崩れる。

 すると、後はもう止められなくなる。

 多分、あれが指揮官の部隊だったのだろう、あっけないものだった。

 人の群れが、散り散りに乱れて、ほどけてゆく。



挿絵(By みてみん)「……やった! 勝った、勝ちましたよ、ご主人様!!」


 キットは、この場にいない彼女の主に向かって呼びかける。

 アルスラも少しほっとした、これでようやく終わりなのかと。



挿絵(By みてみん)「待って……! 魔力が止まらない……止まりませんわ。」


 だが、続いてノノワが声を上げる。

 言葉に、焦りの感情が読み取れた。


挿絵(By みてみん)「……師匠! もう十分ですわ、魔法を解かなくては!」


 声音が悲鳴に近くなる。



 黒いかたまりは、軍勢を退けても収まる気配が無かった。

 暫く止まっていたかと思ったら、やがて少しずつ動き始める。


 あの方向は、まさか『町』を目指そうというのだろうか。




挿絵(By みてみん)「やっぱり……」


 ルミナの顔色は暗く、重い口調で言葉が出される。


挿絵(By みてみん)「あれは、ただの魔法では無いですの……。一種の魔力暴走(スタンピード)ですの、止められない……ですの……。」


 その声の中には、絶望のようなものが含まれていた。


挿絵(By みてみん)「ええと……でも『魔法』なんだから、魔力が無くなれば……」


挿絵(By みてみん)「お兄様……今のお兄様は、『生命力を全て魔力に変えている』ですの……ルミナには、分かるですの……」


 ルミナが、泣き出しそうな顔をした。



挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)「…………」


 再び、皆の間に沈黙が流れる。



 そしてアルスラは考えた。深く深く考えた。

 今、自分に何が出来るのかを。

 今、自分は何をすべきなのかを。


 何より、『私はどうしたいのか』を……!



挿絵(By みてみん)「……小娘、頼みがある……。」


挿絵(By みてみん)「……!」


 アルスラは、ルミナに呼び掛ける。

 ルミナは振り返り、アルスラを見る。



挿絵(By みてみん)「お前は……『魔法を吸い取る』ことが出来るのだよな?」


挿絵(By みてみん)「…………え、ええ、ちょっと違うけど、そうですの。」


 ルミナは戸惑う。


挿絵(By みてみん)「ならば、『アレ』相手だと何処までいける?」


 アルスラは、彼女の主が作り出した災厄を指差した。



挿絵(By みてみん)「……分からないですの、中心から五十歩ぐらいまでなら近寄れそうですの……でも、自信無いですの……。」


 ルミナは、不安気に答える。内心、半信半疑だ。


挿絵(By みてみん)「そうか……! ならばあとは何とかなる!!」


 だがアルスラには、それは力強い希望に感じられた。



挿絵(By みてみん)「よし! それでは皆、力を貸せ!」


 そして、アルスラが宣言した。


挿絵(By みてみん)「主様を……お助けするのだ……!!」


 アルスラは、力強く、宣言した。



      * * *



 闇夜の霧のような、濃密な暗黒の中を進む。


挿絵(By みてみん)「……『魔力を吸い取る』と言っても、実際に放出された『魔法』を吸い取ることは、いくらルミナでも出来ないですの、無理ですの。」



 安全な高台を下り、森の出口、先ほどまで戦場だった場所に向かう。

 そこは既に、アインライトの魔法の影響圏内であった。

 暗雲のような、闇の渦潮のような、闇い嵐のような、その只中へと侵入する。

 今は、ルミナの体から出て来る、淡い光の壁だけがただ一つの護りであった。


挿絵(By みてみん)「だから今は、発動前の、漂っている魔力を吸収して魔法防壁に変えてるですの、結構ギリギリですの。」


挿絵(By みてみん)「……それって相当に高度な技術ですわ……スゴい。」


挿絵(By みてみん)「当然だ。聖女様の御力を軽く見るな。」


挿絵(By みてみん)「でも気を付けるですの。防壁から一歩でも出たら、命の保障は出来無いですの。それぐらいこの魔法は危険ですの……。」


挿絵(By みてみん)「……主様」


 アルスラは、その中心に居るはずの主人のことを想う。



挿絵(By みてみん)「ギリギリまでは近付くつもりですの、でも……」


 ルミナは言う。


挿絵(By みてみん)「完全に側までは行けないと思うですの……。」


 ルミナは、言葉を続ける。


挿絵(By みてみん)「……それでも、あなたは、どうするつもりですの?」


 ルミナがアルスラに問いかける。

 その問いは、とても大きな意味を持つように、アルスラは感じた。



挿絵(By みてみん)「知れたこと……ノノワ、火の魔法で『道』を作ってくれ。」


 アルスラは、それが当然であるかの如く言う。


挿絵(By みてみん)「……!! ちょっ、ちょっとアルスラさん、危険ですわ!」


 だがノノワは、その困難さ、危険さにたじろぐ。

 確かに、『死の魔法』には『火の魔法』は有効だろう。

 だが所詮、火はいっときのものなのだ。

 それで道を作っても、効果のある時間などたかが知れている。



挿絵(By みてみん)「元より承知! 私は前に、進むのみ!!」


 だがアルスラには、それは最初から『分かっていたこと』だったのだ。



 彼女の顔には、迷いは無い。

 彼女の手には、使い慣れた槍。

 彼女の足には、前に進む意思が宿る。



挿絵(By みてみん)「……アルスラ姉さん、ご主人様を頼みます。」

挿絵(By みてみん)「はあ……分かってましたけど、言っても無駄ですわね。」

挿絵(By みてみん)「姉様……どうか…気をつけて、なのだ。」

挿絵(By みてみん)「お兄様を……頼むですの。」


挿絵(By みてみん)「……そなたには……まだ言い足りないことがある、死ぬなよ。」


 皆も、それ以上の言葉は無かった。





挿絵(By みてみん)「……それでは、いきますっ!!」



 合図と共に、魔法が放たれた。


 炎が闇を照らし、瘴気が引き裂かれる。

 アルスラは走り出した。

 思ったよりも熱い、呼吸が困難だ。

 でも前を目指す。



 まだ、距離がある。



 火は黒を掻き分け、死の魔法が引き裂かれる。

 アルスラは走り続ける。

 服が闇にかすり、それだけでもちりちりする。

 さらに前を目指す。



 まだだ、もっと前へ。



 だが炎は力を減らし、火の勢いは衰える。

 それでもアルスラは走ろうとする。

 瘴気が皮膚に迫り、腐敗の呪いが間近に来る。

 ただひたすら、前を目指す。



 ダメだ、もう少し、もう少しもってくれ。

 あと少し、あと少しなのに




挿絵(By みてみん)「ね、え、さ、まーーーーーーーーーっっっっっ!!!!」

挿絵(By みてみん)「ほのおよ!!」

挿絵(By みてみん)「ひかりを!!」


 ここで、ポンデが槍を投げた。

 ノノワが炎の魔法を、

 ルミナが光の魔法を、



 闇を貫いて、放つ!


 いまだ! アルスラは力の限り、駆け出した。




 主様、これは、私たちを、助けるためだったのでしょう

 でも、こんなこと、間違っています



 アルスラが、魔法の渦を駆け抜ける。



 だから、わたしは、あなたに、言いたいのです



 アルスラが、魔法の暗闇を走り抜ける。



 あなたのいかりを、きりさいて

 あなたのにくしみを、きりさいて

 あなたのかなしみを、きりさいて


 そしてわたしは、あなたに、つたえたい



 私は絶対に、認めない!

 これでお別れなんて、認めない!

 絶対に絶対に、認めない!!


 帰ってきて、アインライト!!





 ……そして闇が切れて、人影が見えた。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ……何だろう、何故か夢を見ていたような気がする。



 暗い帳の中、私は彷徨っていたような気がした。

 うつらうつらと、夢心地、暗くて寂しいけれど、何故か安心出来た。


 大事なものを護るため、旅に出た気分だった。

 何か仕事をやり遂げて、満足した心地だった。


 もう少し歩いたら、あとは消えてしまおうか。

 そんな気持ちだった。



 でもその時、光が見えた。

 強いつよい煌きが、私を追い駆けてきて……





挿絵(By みてみん)「…………はっっ!」


 気が付いたとき、そこはアルスラの腕の中だった。

 強く抱きしめられて、少し痛いぐらいだ。

 「痛いよ」と言おうと思ったが、アルスラの顔を見て止めた。



 ……彼女が、泣いていた。



挿絵(By みてみん)「……主様! 主様主様主様主様っっ!…………っっ!!」


 あとは言葉にならず、よりいっそう強い力で抱きしめてくる。

 何故か自分も、涙が出た。

 何故かとても嬉しくて、涙が出た。

 悲しくなくても、嬉しくても、涙は出るものなのだと分かった。


 ふと見回すと、ルミナたちもこちらへと向かって来る。




挿絵(By みてみん)「……ああ、そうか、終わったんだ……。」




 ここに今居るのは、わたしたちだけだった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。