第十七話 サイタマーの暗黒の女王
~~~~~~~「サマヨヒガ」[王国幻想物語集]より引用~~~~~~~~
黄昏どきを彷徨っていた。
涼しい風が髪をすり抜ける
大気に立ち昇る生暖かいクサの匂い
顔を上げて見れば、瞬くような煌き
全く、頭が重い、視界も霞んでいく
どこかで宿を取らなければ。
女が扉の前に居た
祈りの鐘の音が聞こえる
そして思うのだ、
ここはテンゴクか、それともヂゴクか?
彼女は蝋燭を灯し、道を示す
回廊からは声が降りてくる。
それはこう聞こえたんだ
ようこそ、この場所へ
ようこそ、この場所へ
なんて素晴らしい所でしょう
なんて素晴らしい所でしょう
部屋なら沢山在りますよ
部屋なら沢山在りますよ
年中いつだって
年中いつだって
時を忘れた旅人はダンスを踊る
或る人は思い出すために
或る人は忘れるために
夜中に目が覚める。
そして声が聞こえるんだ
ようこそ、この場所へ
ようこそ、この場所へ
なんて素晴らしい所でしょう
なんて素晴らしい所でしょう
彼らはここで生きてゆくのさ
彼らはここで生きてゆくのさ
全く、驚きだね
君の言い訳を聞かせてくれよ
彼女は言うんだ
私達は皆囚われ人、自分自身が作り出した
心臓部でヤイバが煌く
でもそのケモノを殺すことは出来ない。
覚えている最後のコトガラ……
私は走り回っていた。
扉は、扉は何処だ!?
元いた場所に戻らなければ
あの場所へ還る扉は何処だ?
落ち着いて
声が聞こえてくる。
そいつはちゃぁんと存在するのさ
君は何時だって出て行くことは出来る
でも決して離れることは出来ないだろう。
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……私達は現在、暗い森の中を進んでいます。
『キノコの妖精』に教えてもらった『近道』は、確かに剣呑な場所でした。
そこは聖女様曰く、「瘴気の満ちる場所」だった……らしい。
自分としては、昼なお暗い『ちょっと不気味な場所』ぐらいにしか感じなかったのだけれど……。
「何だろう? 不気味なのは確かだけど、妙に静かで落ち着くと言うか……」
これは褒められてるのか、貶されてるのか。
しかし正直なところ、何故だか自分はこの空気に落ち着きを感じられた。
そう、初めて経験するにもかかわらず、何故か昔から知っているような。
アルスラはやっぱりぶれません。
最近はポンデという仲間も増えました。
「ところで……瘴気というのはこの『ヘンな匂い』のことなのでしょうか?」
「匂い?……匂いねぇ……言われてみると何かしてるような……」
「厳密に言うと少し違うのですけど……だいたいそのようなものですわ。」
「ええと文献の記述だと『悪しき空気』だとあったかな……濃い瘴気を吸ってしまうと病気になるらしいから気を付けて。」
キットが辺りをうかがう。
瘴気というものは、風のよどみに溜まる性質があるから注意しよう。
急にアルスラが大声を出す。何事かと思ったら……
「主様、この匂いはアレです。冬場に主様が『**日ぐらい頭洗わなかったときのあの匂い』です。間違いありません。」
アルスラがとんでもないことを言いやがった。
ほら、ルミナが冷たい目でこっちを見てるじゃないか、どうしてくれる。
わ、私は無実だ、そうに決まっている。
キットも冷たぁーーい目でこっちを見る。
そうか、確かこの眼差しには見覚えが……
「ええと……ひょっとしてあれかな…珍しくキットに『マジ切れで怒られた』あのときの……」
キットは笑顔だった、笑顔だったけど笑っていない。ちょっと怖い。
そう、あれは冬の寒い寒ーーい季節のことでした。
あんまりにも寒いので、ついでに石鹸を切らしてしまったので、湯浴みをするのがつい億劫になってしまったのです。
それまでに何度も「そろそろお湯を使われないと」とキットから言われていましたが、あんまりにも寒いのでついつい億劫になってしまったのです。
あと石鹸を作るのは結構な手間なので、面倒くさく感じてついついつい億劫になってしまったのです。
……気が付くと、キットが『般若』の形相でした。
『般若』というのは東方の伝説によると、
『怒りと悲しみに我を忘れた女が変化する』という
『鬼(※オーガの一種と思って下さい)の事』だそうです。
正直その時、『死を覚悟』しました。
その後の出来事はあまり良く覚えていません。
アルスラがそんな感じのことを言って私を湯浴みに連れて行きました。
その力強い腕と肢体で押さえ込まれ、何度も何度も、何度も何度も、体をすみずみまで、それこそ一分の隙も無くすみずみまで蹂躙されてしまいました。
あまつさえ、その隙に私のプライベートルームは徹底的に……
「思い出した……あの時、『長年愛用の毛布』を捨てられてスゴく悲しかったんだ……。」
さようなら、幼い日の思い出……
母さん、僕のあの毛布、どこに行ったんでしょうね。
あの冬の寒い日に失くした、あの毛布ですよ。
「主様、湯浴みならばこのアルスラがいつでもお世話しますので。」
シルヴィは、敢えて何も言わなかった。
うーーむ、やっぱり女性陣にはこういう逸話は評判が悪いようだ。
いつの間にか、私の株が下がってしまった。
少々分が悪い、話題をそらさねば。
「……え…ええと……さっきのアルスラの話は『ちょっと興味深い』とは思わないかい?」
「そう、匂いが同じとかどうとか。『匂いが同じ』という事は、そこには何らかの共通性が存在するはずなんだ。」
私はここで一度言葉を切り、間を取る。
プリゼンテーションに於いては、間の取り方こそが重要になる。
「すなわち、『洗わない男の頭から瘴気を発生させる事が可能である』と。」
一瞬、言葉が途切れる。
ルミナが間髪入れずに言う。
彼女が言うと同時に、女性陣は全員首を縦に振った。
「そんな論文出す奴がいたら、枢機卿に言って『禁書指定』するですの。当人は『異端認定』してやるですの、『火あぶり』ですの。」
ルミナは、大変物騒な結論を口にする。
この話題は危険だ。
やはり、魁というものはなかなか理解されないものらしい。
学問の発展には、常に困難が付きまとうものなのである……。
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この所枢機卿は、多忙な日々を送っていた。
さて、アカデミーの『枢機卿』というのは、王国に於けるアカデミーの代表であり、アカデミー中央の意思を王国に伝える代弁者でもある。
それはアカデミーの長『魔法皇』の下に直属する、重要な役職であった。
その枢機卿である『ネクロス』氏は、ここ暫く多忙な日々を送っている。
というのも、『或る事件』が突発的に発生したからである。
『アカデミーの別荘が、魔法でほぼ完全に破壊された。』
『光の聖女とグンマー族の姫君が、行方不明である。』
……というのがその概要となる。
事件直後の混乱を先ず収め、関係各部署に連絡・対処の指示を出す。
ただそれだけでも相当の困難が伴った。
そして、初期の熱狂が過ぎ去った後、改めてその善後策を検討する必要もあった。
すなわち、依然『光の聖女様とグンマーの姫君は行方不明』であったからだ。
そもそも、いかな『アカデミー内部の事』とは言え今回の経緯には問題が多過ぎる。
なにしろ、別荘一つが『ほぼまるごと魔法で吹き飛んでしまった』のである。
しかも、ご丁寧にもそれを為したのが『どうやら光の聖女様御本人らしい』というのもなおさら都合が悪かった。
この事は、直後の魔法調査で既に判明している。
この結論を聞いたときには、さしもの枢機卿も眩暈を覚えたほどだった。
『光の聖女はその名の如く、光の魔法を使いこなす』
これは、アカデミーの上層部に於いては周知の事実である。
そして『光の魔法は、普通の人間には扱う事が出来ない』
これも又、魔法使いには周知の事実であった。
つまり『こんなとんでもない事態を引き起こしたのは誰なのか』
このことは、分かる人には判る『暗黙の結論』なのである。
枢機卿は、独り愚痴る。
枢機卿のネクロスと光の聖女ルミナスとは、既にそれなりの付き合いである。
……と、言うよりは、
『元は一介の"教師"であったネクロスが枢機卿にまで成れたのは光の聖女を"見出した"功績の故である』
と言った方が正しい。
本来、彼の境遇で枢機卿に成るなど、むしろ『痴人の夢』にも等しいものであった。
ゆえに口の悪い向きなどは彼のことをこう呼ぶ、『聖女の付属物』……と。
だが、そう呼ばれるネクロスの方は、評判よりも遥かに『したたか』な男であった。
「分かっていますよロッティ。私にも、それ位の分別はあります。」
枢機卿の副官『ロッティ』がネクロスをたしなめる。
かの高貴なる聖女を『小娘』呼ばわりは、やはり外聞が良くない。
この場所には二人だけとはいえ、『耳』は何処に有るか分からないのだ。
とは言うものの、彼はこの部屋では口が軽くなり、つい本音が飛び出してくる。
それは、そうやって日々の激務の重圧から逃れ、心のバランスを取る行為でもある。
ネクロス自身、既にこの程度の『失言』ではびくともしない自信も有ったのだ。
中央に一定の地歩を築いてからのネクロスは、聖女を売り込み、そして補佐する傍ら、自らの『派閥』を形成することにも積極的であった。
とりわけ、『魔法学の本流からは外れる』という理由でこれまで不遇であった、『錬金術』や『魔法具』の発展・振興に力を入れている。
今や、この方面でのアカデミー内の発言権に於いては余人の追随を許さない。
清濁を合わせ呑み、硬軟両面を使い分ける『油断のならない男』というのが、ネクロスを識る者からの評価であった。
枢機卿の地位は、決して『光の聖女の引き上げ』のみでもたらされた訳では無かったのである。
「……未だ死亡は確認されていません。恐らく生存しているのでしょう。」
副官が水を向け、ネクロスは思考を開始する。
彼は状況をそう分析する。
「にもかかわらず姿を見せない……ということは、やはり『警戒』されてしまったようですね……。」
ネクロス枢機卿は、その頭脳を最大限に回転させる、今後を判断するために。
枢機卿は、挑発の言葉を軽くかわす。
「問題は、『向こうが何を、何処まで知っているか』ですが……」
彼は、問題点の整理を試みる。
事を為す以上、相手の反応・反撃を見極めるのは重要だ。
「聖女様は未だ歳若い。さほど『深いこと』はお判りにはなられないのでは?」
『油断のならない男』は、思考を深める。
「……となれば、協力者が居るのでしょう。例の『グンマー族の姫』周辺が少し疑わしいですね。」
そして、一つの推論が導かれた。
忠実な副官は、その指示の下、活動を開始する。
彼は、現状をそう結論付けたのであった。
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遥か前方にいた、ゾンビの集団が火の手に包まれる。
動く死体は、速やかに灰へと還っていった。
「そうだね……というか、攻撃魔法じゃもうとっくに抜かれてしまったような。」
「師匠の教え方が上手いからですわ……ええ、私の才能もありますケド。」
モンスターを相手にするにしては、妙に間延びしたやりとりをする。
緊張感が失われるのは、余り良いことでは無いのだが。
さて、『瘴気に満ち溢れた』この森はやはり不死性のモンスターが多かった。
普通の冒険者パーティーならば苦戦するところであるのだが、こちらには……
・死霊術士: アンデッドの専門家
・光の聖女: 光の魔法はアンデッドに効果特大
・黒魔術士: 火の魔法はアンデッドに効果大
と、いった訳で相性の良い人間が揃い過ぎていた。
自然、対応に緊張感が抜け、適当なものになってゆく。
ルミナはそれこそ『虫でも追い払う』かのように簡単にあしらっているし、ノノワは完全に攻撃魔法の練習台代わりだ。
私? 私の場合は、『意識をちょっと集中するだけで』アンデッドの解呪が可能だ。
相手が相手だけに、問題にもならない。
扱い易い練習台を手に入れて、ノノワがやる気を出している。
「あぁずるいのだ! 次に『スケルトン』が来たらポンデが倒すのだ!」
ポンデが退屈してしまったようで、暴れたがっている。
ちなみに『スケルトン』なのは、ゾンビだと「汚らしいので嫌」とのこと。
「……はぁ……アンデッドって、本来はもっと恐ろしいモンスターのはずだったんですけどねぇ……。」
キットが、今更のように嘆息した。
緊張感を持てと言うのが、無理な話かもしれない。
危険なはずの森の中は、驚くほど楽な道中であった。
* * *
暗い森の中にも、少しは光が差し込むものだ。
そして今、光は黄金色を帯び、翳りが増してゆく。
黄昏時は、逢魔がとき、闇が、すぐそこまで迫っていた。
「なんならルミナが『結界』を張るですの。うんと強力なヤツですの。」
「大丈夫ですの、ここは魔法素が濃いですの。あと、お兄様もいるから平気ですの。」
そう言ってルミナがちらりとこちらを伺う。
あーー、まぁ、しょうがないよね、うん。
すねをかじられる親の気分って、こういうものなんだろうか。
何故かシルヴィが、同情するような視線を送ってきた。
「……主様、霧が出て来ました。ここはあまり良くないようです。」
警戒しながらのろのろと進む。
霧はますます濃くなっていった。
まいったな、こんなことならさっきの場所のほうが良かっただろうか?
だがそこで……
気が付いたとき、そこには『大きな邸宅』があった。
この大きさだと、『城』と言ってもいいかも知れない。
霧の中にそびえる、灰色の壁、灰色の屋根、暗い窓。
人が居るのか居ないのか、判然としない。
ただ静かに、音は無く、気配も無く、生気無く、佇むがまま。
そこは廃墟のようだった、でも整然とし過ぎている。
何故か、とても、不自然だった。
訝しく思いながらも、私達はその門をくぐった。
森の中にそのまま居るよりは、幾分マシに思えたからだ。
「まあ……野宿よりはましだろう。まずは人が居るか確かめないと。入り口は何処かな……?」
ノノワが扉らしきものを指差す。
私達は歩き出した。
扉を軽く叩いてみる、くぐもった音がした。
暫く待ってみたが、応えは無い。
思い切って扉を開けると、意外な程手応えは軽い。
それなりに使い込まれているようだ、ならば廃墟では無いのだろう。
声を掛け、中に入ってみる、我ながら少々間抜けな掛け声だが。
アルスラが慌てて先頭に繰り出した。
槍を構え、警戒の態勢を取る。
だが幸い、そこには静寂のみが続く。
玄関を入ってすぐは、大きな広間になっているらしい。
薄暗いので、隅々まで完全には分からなかったが。
少しぼぅ、としているうち、皆も続けて入って来る。
ふと、言葉が途切れた。
屋根のある場所に安心したのか、息が抜ける心地を感じる。
キットが突然前方をにらむ、小さな光が見えた。
微かな足音、揺らめく灯火、誰かが蝋燭を持って、近付いて来る。
今度は、緊張を感じた。
そして、声がする。
それは、妙齢の女性であった。一瞬、あっけにとられる。
「あ……ええっと、わ、私の名はアインライト、通りすがりの冒険者で……」
混乱しつつ、自己紹介を試みた。
気が動転していたので、言葉が結構意味不明になってしまったような……。
* * *
「……ほう、旅のものか。妾の名は『カイラ』、この館の主じゃ。」
揺らめく暖色の灯の元、その女性は名乗った。
白く透き通るような肌、銀の髪、艶のある漆黒のドレス。
とても、美しい、在り得ないほどに、美しい。
喋る度、紅い唇がうごめき、声音が調和を成す。
柔らかいはずなのに、何故か時折鋭いものを感じる眼差し。
何故か、美しい、不思議なように、美しい。
何故かその言葉が、するりと脳に響いて来る。
何故かその言葉を、皆はあっさりと受け取る。
やがてふらふらと館の中へ向かう。
私も、自然と体が動く感覚を覚えた。
部屋を決めなければ……部屋を……
居場所を求めて、私は彷徨う。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
廊下を歩いてゆくと、白いドアがあった。
開けてみる、しまったノックをするのを忘れた。
ルミナとシルヴィだ。
豪奢なベッド、真っ白なシーツ、久しぶりの、快適な寝床。
なんだか眠たそうだ、邪魔をするのはよくないか。
ルミナが声を掛けて来たような気がする、と同時にシルヴィが睨んで来たような。
早々に立ち去った。
* * *
廊下を歩いてゆくと、黒いドアがあった。
開けてみる、しまったノックをするのを忘れた。
ポンデとアルスラだ。
豪奢なベッド、真っ白なシーツ、久しぶりの、快適な寝床。
なんだか眠たそうだ、邪魔をするのはよくないか。
早々に立ち去った。
* * *
廊下を歩いてゆくと、木のドアがあった。
開けてみる、しまったノックをするのを忘れた。
キットとノノワだ。
豪奢なベッド、真っ白なシーツ、久しぶりの、快適な寝床。
彼女達は早々に、夢の世界に旅立とうとしている。
なんだか眠たそうだ、邪魔をするのはよくないか。
早々に立ち去った。
* * *
廊下を歩いてゆく、廊下を歩いてゆく。
ドアを開けた、ドアを開けた。
……ここはどこだ?
廊下を歩いてゆく、廊下を歩いてゆく。
ドアを開けた、ドアを開けた。
……私は何をしているのだろうか?
何かを探していたような気がする。
頭が重い、視界が霞む。
何処かで、休息を取らなければ。
……私は何をしようとしていたのか?
ああ、目の前に霧がかかる。
早く体を休めなければ。
何を探していたのだろうか。
廊下を歩いてゆく、廊下を歩いてゆく。
ドアを開けた、ドアを開けた。
……ふと、『違和感』を感じた。
感じると同時に、アタマの中の何かが急速に警告を鳴らす。
何かがおかしい、これは、『キケン』だ。
イメージを想起せよ。
空間を掴め、空気を掴め、結界を掴め。
これはナンだナンのマヤカシだ、キをツけろこれは罠。
糸を捜せ、束縛の糸、策略の糸………魔力の糸。
ダマされるなセカイは目に視えるモノだけがスベテでは無い。
糸を指で引き寄せ弾く、解放せよ!
ただそれだけを呟く。
目の前の霧が、急速に晴れてゆく。
意識が、覚醒してゆく。
気が付けば、最初にいた玄関の広間だった。
何の事は無い、私は最初から『此処』に居たのだ。
そして、眼前には彼女もいた。
「さて、説明ぐらいはしてもらえませんか。何故こんなマネを……?」
こちらも、警戒を解く訳にはいかない。
ふと周りを見れば、他の皆は見事に『眠らされて』いた。
参ったな、一対一ではちょっと分が悪そうな相手だぞ。
「フフン? 妾の土地に無断で入り込んだくせに、随分と勝手な言い草であるなぁ……?」
そして眼前の美女、カイラはそれでも余裕の表情を見せる。
「あぁーーっと、えと、その点に付きましては当方としても遺憾に感じますです、はい。」
自分でも緊張の余り、応対が無茶苦茶だ、変に台詞がバカ丁寧になってしまう。
相手が『何であれ』、実際こちらが先に不法侵入したのは事実なのだし。
「せめて夢心地のまま『吸い取って』やろうと思っておったのにな? なまじ意識なぞ有ると、かえって苦しいぞよ。」
その『言葉』を聞くと同時に、私は相手の正体が分かったように思った。
暗い森、瘴気に満ちた場所、死者たちが蠢く
霧に包まれた館、黄昏に立つ扉、妙齢の美女
孤城の主は、闇の住人、月夜の瞳は、紅に
……古き御伽噺に、その名はありて。
女が大きく口を開けて哂う、そこに牙が見えたような気がした。
その双眸は緋くゆらめき、こちらを絡め取ろうとする。
目を合わせるな、隙を作るな。
警戒せよ、警戒せよ。
魔の眷属『吸血鬼』は、不幸な旅人を捕らえ、精を吸う。
蜘蛛の巣に絡め取られた、私たちは哀れな蝶。
闇の住人相手だ、私の魔法ならば、防御の手段は多い。
だがそれだけでは駄目なのだ、いずれ手詰まりになる。
ああしまった、せめてアルスラがいたならば、ルミナが起きていれば。
吸血鬼の力ならば、私など簡単に引き裂かれ……
息が苦しくなる。
私は、無意識のうちに胸の辺りを探っていた。
だが、そのとき……
私の胸元にあった『ソレ』を見たとき、彼女の目が驚愕に開かれた。
そして次の瞬間には、
がらりと口調が変わる。
彼女は小刻みに体を震わせ、視線が覚束無くなった。
「……高い地位と身分を証明するステータスである『ダル・ウィン様の印章』をお持ちのお客様に御訪問頂けるとは大変な光栄に御座いますっっ!!」
気が付けば、目の前の吸血鬼はその場にひれ伏していた。
……何だったんだ、いったい?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
私は、胸元の『通信器』を手に取ってみた。
以前ダル・ウィン氏から渡され、結局そのまま持っていた代物だ。
何かの『御守り』代わりになるかなと思って、身に付けたままでいる。
彼が『魔族』なのは知っていたが、やっぱりそれなりの『お偉いさん』だったのか。
「はぃ! その印章は、『魔の眷属』にとっては高い地位と身分を証明するステータスに御座います!」
吸血鬼カイラさんは、口調がすっかり変わってしまっている。
さっきまでの尊大な調子は、何処に行ったのやら。
「ええと……よく知らなかったとは言え、勝手に敷地内に侵入したのはこっちなんですから、そう卑屈にならなくても……」
こっちとしても、調子が狂うことこの上無い。
「いぇ!! 印章をお持ちの『お客様』に、失礼などあってはならないのです!! 大変な無礼を致しましたっっ!!」
なんか汚い床に額を擦り付けて『DOGEZA』されてしまった。
なんと言うか……その……反応に困る。
「と、とにかく……こっちは『ただの通りすがり』なので。さっきは何も問題は無かった、それで良いですよね?」
私達は先を急ぐ身だ。
歓待されてもそれはそれで困る。
私は一つの意思を込めて彼女を見つめた。
視線が交錯する、その瞳には先程のような危険なゆらめきは無い。
* * *
そして朝が来た。
「ふぁぁ……よく寝た……あ、あれ……あたい何でこんな所で……?」
キットが起きだす。玄関の広間で寝ていたことに驚いているようだ。
口調が本来の砕けた調子に戻っている。
本当はもう少し前から起きていたのだが、誤魔化す事にする。
ここの住人、カイラさんは魔の眷属、吸血鬼だ。
あまり騒ぎ立てるのは良くないだろう。
「ふぁぁ……何か『変な夢』を見たような気がするんだけど……キットはよく眠れた?」
そう言うと、キットも納得したような顔をした。
そう、あれは一夜の夢だったのだ。
やがて皆も起き出して来る、出発の準備をしなくては。
旅は未だ途中、先の道のりはそれなりにある。
旅人に、一時の安寧はあっても真の安らぎは無い。
旅の終わりに、其れは待っているものだ。
……行こう、サイタマーへ、家に帰るのだ。
「ざっと見た感じでは、貴族の別荘か何かだと思う。今は誰もいないけど。」
「ま……まあ、面倒な事にならないように、このことは黙っていよう。」
道すがら、仮初の宿を思い返す。それはまるで一夜の夢。
アルスラ、君はもう少し考えて喋ってくれ、ついでにポンデも。
ふと、館のほうを振り返る。
妙齢の美女が、窓際に立ってこちらを見ているような気がした……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「閣下、未確定情報ですが、例の『オオグンタマー卿』について知らせがありました。」
「……『オオグンタマー卿』? ああ、あのヘンな仮面被ってた奴でしたか……そいつが何か?」
枢機卿と副官は、いつもの執務室で語りだす。
この場は二人しかおらず、秘密の話も出来るのだ。
「はい。報告によれば、彼の正体はグンマー族では無く、『サイタマー在住の冒険者』らしい、との事です。」
枢機卿の思考が、動き出す。
「ということは、放っておくと厄介そうですね。場合によっては『陛下』が、動き出す可能性すら出て来る……。」
ネクロスにとって、かの虎人の女性は油断ならない相手であった。
新興の騎士風情とは言え、妙なパイプを持ち、独自の情報網もある。
ましてや、先の『和平条約』の立役者の一人だ。
今後出世することがあれば、さらに要注意の相手となるだろう。
「"道化"かと思って無視していましたが、立会人殿ともっと話しておくべきでしたかね、これは……。」
「は……これはあくまでも『噂』ですが、オオグンタマー卿は『かなり凄腕の魔法使い』との情報も……」
そして枢機卿の思考の先は、例の『立会人の魔導師』に向かう。
ネクロスは彼を、条約の『儀式を盛り上げる単なる道化』と判断していた。
ゆえに、その詳細を調べる必要性を感じなかったのだ。
ネクロスは今更ながら、自分の迂闊さに気付く。
小さな事でも、やはり布石は打っておくべきであったのだと。
暫し、ネクロスは沈黙する。
考えろ、考えろ、考えろ、この情報を活かす、最善の一手を。
「……いいでしょう、ならば"彼の御仁"を試してみましょう。」
そして枢機卿は決断する。
「状況から言って、恐らく姫と聖女は、『サイタマー』に向かうハズ。」
ネクロスは、ここで立ち上がり、指示を飛ばした。
「ロッティ、情報を『カルマン殿下』に流してあげなさい、それとなく。」
流石に副官は、驚きを隠せなかった。
ネクロスは、静かに微笑む。
ロッティの表情が、自然、堅くなる。
「後の事は、聖女様が『試練』をくぐり抜けられた時に考えましょう。」
枢機卿が、口角を上げて、声を出さず、哂う。
それは、彼を良く識るものが『悪魔の微笑み』と呼ぶものであった……。




