第十六話 サイタマーの人外魔境探検隊
~~~~~~~「キノコる」[王国名作文学全集]より抜粋~~~~~~~~
我輩はキノコである。名前はまだ無い。
というかキノコにそんなものある訳無い。
何処で生まれたのかとんと見当付かぬ。つく訳無い。
何でも暗いジメジメした所でわさわさ菌糸を伸ばしていた事だけは覚えている。
ここで「覚えている」と我輩は言ったが、
「何でキノコに記憶があるんだよ?」
などと言われたら返す言葉も無い。
これはそういうものなのだと理解して頂きたい。
我輩はここで初めて人間というものを見た。
しかも後で聞くとそれは書生という人間の中で一番獰悪な種族であったそうだ。
ここで「今どき書生なんて言葉使わないだろ」とか、
「後で聞くと、って誰に聞いたんだよ?」とか
言われると話が進まないので勘弁して欲しい。
これはそういうものなのだと理解して頂きたい。
この書生というものは時々我々を捕まえて煮て食うという話である。
果たして我輩はこの先生きのこることが出来るのか?
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……我々は現在、森の中を徒歩で進んでおります。
それは秘密にしていたのだが、私は『転移』の魔法を使用することが出来た。
『転移』の魔法とは『思い浮かべた任意の場所に、瞬間的に移動出来る』という大変に高度で便利な魔法である。
その為、何かあってもそいつでさっさと『脱出』すれば良いと軽く考えていたのだ。
ところが、今回についてはそれが出来ない事態が発覚する。
何故ならば、ルミナが『魔力を吸収する体質』なので、転移の魔法を使おうとするとそちらに魔力が流れて発動に失敗してしまうからである。
正直、これは盲点であった。
さて、こういう現象が起きるということは、外に魔力を流すよりもルミナに流れる方が魔力抵抗が少ないという事実の反映であり、これは一般には伝達の回路形成における最短経路伝播ということのよい例題であるので……
……という話をしたら皆に『ドン引き』された。
他の者はさておき、ルミナ辺りはこういう話は好きそうに思ったのだが。
現状、『ルミナがいるから転移が失敗する』のだから、ルミナを対象から外せば恐らく魔法は発動出来るものと思われよう。
しかし、だからと言ってルミナだけを残してサイタマーに帰る訳にもいくまい。
私の普段の信条にも反するし、罪悪感で私の神経が保たないだろう。
結局、私は森の中を『徒歩』で進んでサイタマーに帰還することに決めた。
それを決定したとき、皆も何も文句を言わず同意してくれたのだ。
口調はあくまでも軽かったが、私にはとても有難く思えた。
ルミナは、本当にすまなさげにしていた。
シルヴィはしばらく黙っていたが……
ややあって、ポツリとこう呟いたのだった。
さあ、話はこれまでだ、今はとにかく進むのみ。
……いざ、サイタマーへ!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
初日、まだまだ余裕。
「しかし、街道も馬車も使えないというのは、結構堪えるものだな……」
いかにも健気にルミナは言う。
森出身の二人はあくまでも元気である。
家事担当のキットは意外なほどマイペースであった。
「フッ……やはり『平地エルフ』はその程度のようだな、情けない。」
エルフ組は森歩きの自慢をし合っているようだ。
こいつら、実は仲が良いのか?
ともあれ、道中そのものは今の所平穏であった、ホントに『今の所』は。
* * *
三日目、ちょっと疲れてきた。
ルミナは既に辛そうな様子であった。
家事担当のキットも幾分旅の影響が出て来たようである。
エルフ組も勝負が付いたらしい。
何のかんので、シルヴィも結構馴染んできたような。
お前らホントに元気だな……。
私はと言えば、やや疲れが出て来た状態であった、正直、ちょっと辛い。
* * *
五日目、だんだん出来上がって来ました。
『体力無い組』は既にヤバい状態です。
家事担当も何だか様子が変です。
エルフ達も無口になってきました。
「おおやったなポンデ! 主様、これを『キュッと絞めて生血をすする』と元気が出るのです! さあどうぞ!!」
お前ら何でそんなに元気なんだよ。
……私はそろそろ意識が飛び始めています。
* * *
X日目、もう駄目かもしれません。
私は『死霊術士』だが、ゾンビになった気分になるのは、流石に初めての経験であった。
「主様、『血の滴る猪肝』は、軽く炙って食べると精が付くのです、さあどうぞ!」
アルスラが勧めてきた『猪の肝を焼いたの』は大変美味しかったです。
血の塩気がアクセントになって、肝の風味を引き立たせています。
『ちょっと生臭い』のが玉にキズでしょうか。
彼女の料理を美味しいと思ったのはこれが初めてでした。
* * *
「……とにかく、このままではマズい。一旦休みを取らないと!」
猪の焼き肝で何とかカラ元気を出した私は、そう宣言する。
議題は原案通り満場一致で可決されました。
「……近くに水場もあるようです。何人ずつかで体を洗うことにしましょう。」
同時にシルヴィが『殺意』の篭った視線でこちらを牽制してくる。
流石に行水をご一緒するのは遠慮させて頂きました。
……男は自分だけなので、一人寂しく水浴びです。
何か『視線』を感じたような気もしますが、きっと気のせいでしょう。
あっちの茂みが何だかガサガサいってるようなのも、きっと気のせいでしょう。
気にしたら負けなのです……。
「せっかくだから、食べ物は皆で探そうか。アルスラやポンデにばかり頼る訳にはいかない。」
ルミナが妙に張り切っている。シルヴィもお守りが大変そうだ。
キット、ノノワというのは結構珍しい組み合わせかも知れない。
アルスラ、ポンデはもうすっかり息の合ったコンビである。
よくよく考えると、自分が『ぼっち』になってしまう事に気付いた。
駄目押しのように、アルスラが念を押してくれるのであった。
実際のところ、私がここから動かないでいてくれたほうが色々都合が良いらしい。
アルスラたちは『匂い』でだいたいの位置が分かるとのこと。
同様にノノワ、ルミナは『魔力探知』で場所が分かる、ということだった。
「ようするにあれですの、『尖塔の鐘楼』と同じですの。そこにあれば自分たちも場所が分かるですの、便利ですの。」
これは『褒め言葉』になるのだろうか?
つまり、そういうことになった。
内心忸怩たるものは有るが、如何ともし難い状況であった。
結局、言われた通り火の番をして過ごす。
時折、遠くからガサガサいう音がしたりしてくる。
アルスラたちが獲物を追っているのか、ノノワたちが山菜でも取っているのか。
そういえばルミナは大丈夫なのだろうか、などなど取り留めの無い事を考える。
……ふと、視線のようなものを感じた。
誰かがこっちを見ているのかなと思ったが、良く分からない。
ひょっとすると『森の獣』がこっちを伺っているのかもしれない。
多少不安には感じたが、火を焚いていれば獣は寄って来ないはずだ、薪は切らさないようにしよう。
今はただ、早く皆が戻って来ることを思うだけだった。
風が吹き、葉がざわめく。
思えばこうして一人になるのはいつぐらいぶりだろうか。
寂しさを感じる、何故か寂しさを感じる。
元々自分は一人だったはずだ慣れていたはずだ。
でもいつの間にかそうじゃなかった、寂しさを感じられる。
なぜかそのことが、あたたかくおもえた。
はやくもどってこないかな、なにかはなしをしたいきぶんだ。
寂しくて、でも暖かい心地を感じた。
アルスラとポンデが最初に戻って来た。
キットとノノワも続く。
噂をすれば影、ルミナの声が聞こえて来た。
「せ、聖女様ーー! そんなに走っては危のうございますーー!!」
ルミナがこちらへ走り込んでくる。
見れば、手に何かを持っているようだ。
「お兄様、魔力を辿って見付けたですの。きっと美味しいハズですの。」
その手に握られていたのは『キノコ』であった。
真っ白で、笠の大きさは手の平ぐらい。
非常に綺麗で、見た目は確かに美味しそうであった。
一般に『森のキノコ』を素人判断で食するのは『大変に危険な行為』とされている。
云うまでも無いことだが、キノコには有毒なものも少なくないからだ。
「……確かに、魔法素をたっぷり蓄えているのは間違いないですわ。」
「……ここは、やはり『専門家』に聞くのが良いか、おーーい。」
私は、獲物の鹿をさばいていたアルスラを呼び寄せた。
アルスラと、ついでにやって来たポンデは暫く『キノコ』を凝視する。
やがて……
アルスラはおもむろにそれを遠くに放り投げ、ルミナは思わず悲鳴をあげる。
二人の宣言は、とても非情に響いた。
「あれの名は"イチコーロポックリー"、森の外の言葉ですと……」
「……ちなみに食った奴は『一晩保たなかった』と聞いています。」
言葉も出ないとは、正にこの事であった。
ノノワが皮肉を言い、シルヴィが悔しそうな表情をする。
既にお馴染みの光景と言えようか。
「……し、しかし、キノコはアレだけじゃなかった。他にもいろいろあったから、中には食べられるものも有るハズだ。」
やや言い訳めいて聞こえるが、それでも二人は興味深い事を口にする。
どうやらこの近くにキノコの群生地があるようだ。
そういうことなら、後で行ってみるのも良いかも知れない。
「……ま、とにかくまずは食事にしよう。後の事はそれからだ。」
とりあえず、そうまとまるのだった。
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王弟のカルマンは、声を荒げる。
周囲に控える者たちの間に、びくとした緊張が走った。
通常、王族が人前で声を荒げるなど『あってはならないこと』とされる。
礼儀作法に煩い者がこれを見れば、眉を顰めたのだろうか。
だが一方、カルマンは軍の重鎮でもあり、国軍内に支持者、同調者は多い。
殊に、王都を護る『王都守備隊』に対してはその影響力は極めて強くなる。
そして『此処』は、その王都守備隊が詰める郊外の駐屯地であった。
彼にとって『駐屯地』という場所は、云わば自分の庭も同様である。
少々の無作法など、咎める者など在りようも無い。
ゆえに王弟殿下は、安心して声を荒げる事が出来たのだった。
「げ、現在調査中でして……その、『状況は不明』としか言いようが無く……」
「その台詞は聞き飽きたわ! たかが『小娘の二人』ばかり、何故分からぬのだ!」
王弟の苛立ちを受け取る副官の顔色は冴えない。
彼にしても、報告の基になるべき『情報』が不足し過ぎているのだ。
現状では何とも返答の仕様が無かった、それゆえ王弟は苛立つ。
「(準備は万全だったはずだ。魔法が効かなければ『聖女』とて只の小娘、始末するのは容易いはず……なのに、何故こうなる?!)」
それは、『簡単な仕事』のはずであった。
多少の護衛が居るとはいえ、基本たかだか『小娘を二人程』始末する。
ただそれだけの事であり、大した件では無い筈であった。
……その小娘たちが、噂に高い『聖女』と『グンマー族の姫』である点を除けば。
建前上、『アカデミー所有の土地』では主権はアカデミーに在る。
では仮に、『そういう場所』で他国の賓客が害された場合、果たしてどういう事になるであろうか……?
そう、そこで起きたことは、アカデミーに『第一の責』がある事になるのだ。
『賓客』である所のグンマー族の姫君を『暗殺』し、その罪を『アカデミーの聖女』に被せる。
そうしてグンマー族の反感がアカデミーに及べば、アカデミーはその立場を守るべく、王国の『軍隊』に協力せざるを得なくなるはずだ。
『犯人』であるところの聖女は、抵抗したためやむなく王国の兵士により討たれた。
死体にさえしておけば、もはや弁明などもしようが無い。
証拠など、後でいくらでも『発見』出来よう。
……カルマンの目論見を簡潔にまとめると、そういうことになる。
「(自分達に累が及べば、頭の固いアカデミーの魔法使いどもとて考えを変えるだろう……)」
そう考えて、彼は今回の作戦を実行したのだ。
だが得られた結果は、『暗殺部隊、追撃部隊共に全滅。聖女とグンマー族の姫については消息不明』というものだった。
カルマン自身としては『万全の準備』を整えて送り出しただけに、その衝撃は決して小さくはない。
カルマンは、灼けつくような焦りを感じていた。
元々、永い因縁があったはずの王国とグンマーランドとが、今回『和平』にまで漕ぎ着けられたのにはそれなりに訳がある。
すなわち、『王家の意思』と『アカデミーの意向』の二つ。
世間の情勢は、主戦派である彼にとっては不利であった。
「(だいたい、あの頭でっかち共は何事にも『建前』だの『奇麗事』だのを言い出す。文弱はこれだから度し難いのだ!)」
カルマンには、とりわけアカデミーこそが今回の和平条約の立役者に感じられてならなかった。
故に彼にとっては、工作をアカデミーに対して仕掛けるのはある意味『当然の成り行き』であったのだ。
「(……そもそも、魔法を使えばグンマーの蛮族共など一息に殲滅出来ようものを!!)」
そしてこちらは、彼のかねてよりの不満である。
『アカデミーは、戦争に魔法を使う事を禁じている。』
これは、意外にすら感じられるが事実である。
この『不文律』、もとは古代帝国時代末期にまで遡るとか。
当時、魔法が戦争に使われ大きな被害をもたらし、やがて帝国そのものの崩壊にまで至ったことへの反省によるものだと云う。
通称、『アカデミーの不戦締約』と呼ばれるものである。
ともあれ、アカデミーはこの慣習を盾に諸勢力の争いから巧みに距離を取り、結果として今日までその命脈を保つに至っている。
アカデミーとしては、第一に尊重すべき『原則』であった。
そしてそれは当然、『軍関係者』である王弟カルマンの『不満の種』となる。
一般に、学問的な理性の及ばぬ(と信じられている)グンマー族は、『魔法を過度に恐れる』傾向がある。
ゆえに、兵士の身体的能力が劣る王国軍でも、『魔法を使用すれば勝機が有る』と、カルマンはそう信じているのだ。
そして『事が魔法』となれば『アカデミーの協力は必須』となる。
すなわちカルマンにとっては、グンマー族との戦いにアカデミーを引き込むのはもはや必然とも言えるのであった。
そしてここにはもう一つ、彼の暴走を後押ししたものがある。
「(……まさかこの護符が効かなかったということは……いや、それは在り得ぬ。実験では完璧だったはずだ……。)」
すなわち、魔法を防ぐ『護符』である。
自らを『錬金術師』であると名乗った『或る男』が売り込んで来たものだ。
国軍内部で相応の地位にあるカルマンの下には、たまにこの手の『売り込み』が為されることがある。
曰く、画期的な新兵器であるとか、兵士を超人に変える秘薬であるとか。
大半は愚にも付かない詐欺紛いのものであるが、稀に『本物』もやって来るのでそうそう無碍にする訳にもいかない。
そして、カルマンにとって『その商品』とは、まさに野望にうってつけの、待ちに待った願望そのものに思えたのである。
『……この護符は、現在主流の魔法ならば一通り防ぐ事が可能です。魔法使いを相手にするのに、絶大な効果をもたらすでしょう。』
最初は半信半疑であったが、試させてみると確かに話通りだったのだ。
カルマンは、心中密かに狂喜した。
「(この護符が有れば、魔法使いとも互角以上の戦いが出来よう。ならば、アカデミーをも、力で従えるのも可能なはず……。)」
それ相応に値は張ったが、護符はそれ以上の価値を彼にもたらすはずであった。
自分には不利な周囲の情勢は、何らかの打開策を要求する。
魔法使いに対抗出来る切り札の存在は、大胆な行動を後押しする。
これら全ての要素のもと、彼は今回の事件を計画したのだった。
「(……落ち着け、落ち着くのだ。このような事、よくある『ちょっとした計算違い』に過ぎぬ……ここは、冷静な判断が必要なのだ……。)」
そしてカルマンは一人呟く。
「……見ておれ、余はこのような所で終わるつもりは無いのだ。」
彼の独白を聞き咎めるものは、この場にはいなかった。
* * *
さて、それは確かに『計算違い』だったのだろう。
まず、聖女は『現在主流の魔法』に収まる範囲の存在では無かった事が一つ。
次に、グンマー族の姫は『ただの小娘などでは無く』、相当の武芸の使い手で充分な行動力を持っていた、という事が一つ。
さらに、姫の取り巻き(と思われる者)に達人級の手慣れがいた事が一つ。
そして極めつけは、ただの道化同然と思われていた『正体不明の自称魔導師』が、よりにもよって『禁呪の遣い手、死霊術士』であった、という事。
それらが全て『一箇所に集まっていた』のが、王弟の不幸であったのだ。
果たしてこれらが『ちょっとした』で済ませられるかどうかは、神の身ぞ識るといったところであろうか……。
さらに、ここにもう一つ、情勢を伺うものが存在した。
「情報が少なくて混乱しているのは、向こうも同じのようですね。」
「……それにしても『あの小娘』はどうしてこう、こちらの意図から外れる行動をしてくれるのか……全く、手こずらせてくれますね。」
……運命は、未だ混沌とした闇の只中にあった。
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食事を済ませて休息を取ると、少しは元気も湧いてくる。
ルミナ達の言っていた「キノコがいっぱい」の場所に、行ってみることにした。
「キノコですか……鍋が良いですね、いっぱいあったら『干し茸』で出汁を取るのにも使いましょう、楽しみです。」
妙にキットが乗り気である。
「キノコならやっぱり、肉と一緒に串に刺して焼いたのが一番ですわ。」
ノノワにもこだわりがあるようだ。
ルミナが先頭に立とうとするので、シルヴィがそれを護る。
彼女達の先導で、私達一行は森の奥に向かった。
そこは暗い獣道だった。
夕方まではまだ間があるはずなのに、妙に薄暗い。
闇の只中に降りてゆくような、感覚を覚える、それは少し不安にさせる。
ふと、『違和感』を感じた。
風が吹いて、少し押し戻されるような気配。
アルスラも何かを感じたようだ。
先を進むルミナが振り返り、尋ねてくる。
何気ない口調だが、台詞の意味はとんでもない。
「ルミナが何度か通ったからだいぶ弱くなったですの。今なら平気ですの。」
ルミナは事も無げに云ってくれた。
「『害意のあるもの』を排除する結界ですの。わたしたちなら平気ですの。」
ポンデも無事に通過する。
キットとノノワの二人が、急におでこの辺りを押さえた。
何かにぶつかった様な仕草だ。
何だかまた妙に険悪な雰囲気が。
「え、ええと……『害意のあるものを排除する』結界という事だから……」
とにかく、状況が悪化する前に話をそらす。
「多分アレですの……さっき鍋とか出汁とか串焼きとか言ったからですの。」
興味が湧いたので、実験してみることにした。
まず、一旦『結界』の外に出て……
「ええと……キノコ鍋とキノコバーベキューとキノコのお吸い物が食べたい。」
ああそういえば、そういう『落ち着いた』食事とは暫く無縁だったなあ……。
口に出してみると、なおさら願望が思い起こされる。
早く家に帰って、のんびりしたいものだ。郷愁がつのるな。
結界を越えようとしたら、物凄い衝撃が襲って来た。
目の前で星が明滅している。
アルスラたちの声が遠くに響く。
どうやら私は、気絶したようだった……。
* * *
何かの感触を感じて目を覚ました。
気付けば、アルスラとルミナの顔がすぐそばにあった。
これは、いったい何度目になるのであろうか、ふと考える。
私は辺りを見回す。
既に、辺りは暗かった。
まだ頭がはっきりとしない、少し霞がかかったような気分だ。
暗さのため視界もはっきりしない、目が未だ慣れていないのか。
それでもよく視ようとして、私は『それ』に気が付いた。
白い姿の女が、たゆたうように
蒼い姿の女が、ささやくように
緋い姿の女が、ゆらめくように
黒い姿の女が、ゆめみるように
そこにいるのは四人。
四つの色の女たちが、衣をひるがえす、舞をまう。
四つの姿の女たちが、詩をささやく、詞をつむぐ。
声も出せず、言葉を挟めず、ただあるがままの、眺めるがまま。
それは奇妙な光景だった。
四人の女たちが、不思議な舞を踊り、歌を唄っていた。
本当なら、もっと警戒しなければいけない、惑わされてはいけない。
でも、何故か、目を離すことが出来なかった。
私はただ、呆然と、呟く。
「……妖精の仕業ですの……これは、キノコの妖精ですの……。」
ルミナのその言葉は、何故か納得がいった。
気付けば、他の皆もすぐそばに居た。
ただ、眼前の光景に、うつくしさに、目を奪われる。
一塵の粒より、生命は繋がりて
其は只、瞑き翳を糸は紡ぐ
か細き想ひは、それでもただひたすらに、ひたむきに
生命を紡ぐ、界を拡げる
くらがりに音は無く、ただ静寂に、ただ清澄に
糸を紡ぐ、生命を繋ぐ
ただそのひとときを、待ちわびて、待ち望んで
やがて其はひらく、其はひらく
そして、ふたたび、一塵の粒
全ては連なる輪る廻る、繰り返し、繰り返し
私はただ、それを見ていた。
ただ、眼前の光景に、目を奪われていた。
暗がりに光が見える、幾つも見える。
ああ、あれは夜光茸だ、珍しいものだよ。
ゆらゆら、ふらふら、ゆらゆら、ふらふら
自分が揺れているのか、茸達が揺れているのか
ぐるぐる、くるくる、ぐるぐる、くるくる
煌と翳が混じり合い、溶け合う。
不思議と恐怖は感じなかった。
奇妙なこれは、それでも彼女達の歓迎のしるしだと思えたから。
今はただ、この聖域に入ることが出来た幸運なマレビトの、巡り合せ。
……いつしか自分は、目蓋を閉じていたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
目覚めると、爽快な気分だった。
疲れもすっかり取れたような気がする。
皆も、起き出して来たようだ。
さて、起きて早速だったが、私は辺りを見回してみる。
すると、すぐに目的の『人物?達』は見つかった。
そこには、昨日の『四人の女性達』がいた。
代表してなのか、『白い姿の女性』が話しかけてくる。
ルミナによれば、彼女達は『キノコの妖精』ということだった。
しかも、この白い姿には何となく見覚えがある、もしかして……
『当たり』だったようだ。
さて、そうなると他の人?たちは……
蒼い女性が、ぶっきらぼうに答えた。
緋い女性は、陽気に答えを返す。
黒い女性は、意外なほど優しげな様子だ。
さて、名前が判明したところで皆とナイショの相談をする。
「(ひそひそ)……ええと……キノコ的に、彼女たちってどういう……?」
つまり簡単にまとめると、
・死の天使: 猛毒、喰ったら死ぬ。
・蒼の死神: 猛毒、喰ったら死ぬ。
・緋の悪魔: 猛毒、喰ったら死ぬ。
・闇の処刑人: 猛毒、喰ったら死ぬ。
……全員、『毒キノコ』でした。
名前からして既にヤバいが、実際、結構やばいかも知れない。
言葉は、慎重に選ぶようにしよう、怒らせないように。
「……何しろ、結界を越えて来られた久しぶりの『お客様』ですもの、歓迎致しましょう。」
全員の背中を『イヤーーーな汗』が流れます。
「……あ……あああのその、なんと言うか……お気遣いは結構ですと言いますかですね……そのあの……お世話になりっぱなしですので、もう充分ですと言うか……」
やや挙動不審になってしまうが、しょうがない、無理言わないでくれ。
誰か助けて下さい。
「おほほ、流石に『私達を食べて』なんてことは言いませんわ。」
ちょっと安心?した、かな……。
白い姿の、死の天使が案内をする。
やや開けた、原っぱのような場所に出た。
「この辺ですと、この子たちが『食べられる』種類でしょうか。」
そこにあったのは……
それは、以前に一度だけ見たことがある『キノコ』だった。
それは、普段は険しい崖などに生えている。
それは、大変に美味なものである。
それは、貴重な薬の原料でもある。
ゆえに、非常に高価なものである。
これをわざわざ食材にするのは、よほどの金持ちか食い道楽だけ。
……そこにあったのは、一面の『昇天茸』だった。
私達全員、驚愕した。
その様には、圧倒されてしまう。
「持って帰ったら一財産」、そんな不埒な考えが一瞬頭に浮かんだ。
だが、ここは良く考えてみよう。
そもそも今の自分たちは、サイタマーへ『逃げ帰る』途中である。
そんなときに、余計な『荷物』を抱える事は、どれ程危険な行為だろうか。
しかもこの『昇天茸』、あくまでも彼女達の『好意』の贈り物に過ぎない。
ここで『欲にかられる』と、多分禄な結果にならないだろう。
……なにしろ、其処に居るのは、『猛毒』の方々なのだから……。
キットは、昇天茸には複雑な思いがあるのかも知れない。
何しろこれが元で、彼女は奴隷になったのだから。
やや、浮かない顔をしていた。
「かさばるのは面倒だから、私の分はさっさと食べてしまおう。料理のほうは、キットに任せる。」
皆の表情にも、笑顔があふれた。
鍋は良いね、鍋は。皆を、幸せにする……。
* * *
ひとときの憩いの後、私は彼女達に尋ねた。
「私達は北のほうを……サイタマーを目指しているんだが、近道とか知らないだろうか?」
死の天使は、しばらく考え込んでいた。白い衣が、ゆらゆらとゆれる。
やがて闇の処刑人が、袖をひるがえす。黒い裾が、ばさばさとはためく。
蒼の死神が、静かに指差す。蒼い姿が、さりさりときぬづれする。
緋の悪魔が、強く警句する。緋い影は、めらめらとひるがえる。
「……この道を進めば、そこは『暗黒の森』、抜ければ目的地は直ぐのはず。でも危険な場所です、気を付けて……。」
そうして、私達は再び歩き始めたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しばらく行くと、森が明るくなり、開けて来た。
どうやら、『キノコの聖域』を抜けたらしい。
と、ここである事に気が付く。
確かめてみると、全員がそうだった。
確か、キノコというのは粉みたいなのが『種』だったような……。
「まあいいさ、これも一宿一飯の恩義だ。皆、なるべくキノコが生え易そうな場所で服をはたくんだ!」
なるべく暗くてじめじめしていそうな場所に行き、粉を落とす。
いずれ、この辺りにも『彼女たち』が進出して来るのかもしれない。
ふと、そう思った。
「……ありがとう」
向こうの森の暗がりから、そんな声が聞こえたような気がした。




