第十五話 サイタマーの成果報告
~~~~~~~~「天使と魔族」[王国博物学大全]より引用~~~~~~~~
天使:
『古きもの』の一つ。
姿は人間と似ているが、羽根が生えており、空を飛ぶことが出来る。
歳月を重ね、位階を上げると『羽根の数が増えてゆく』とのことであるが
彼らの寿命が長過ぎるため、未だ確実な追跡調査は為されていない。
高い山の頂上や、雲の上に住処を構えていると専ら云われており、
何処かの場所には、『天使の園』と呼ばれる彼らの聖域が存在すると
伝えられているが詳細は不明である。
自らを、世界を統べる『神聖なる神の御使い』と称しており、
関連の古文書にも同様の記述は多く見られる。
尚、もう一つの『古きもの』である魔族とは敵対関係にあり、
基本的に仲が悪いので注意が必要である。
魔族:
『古きもの』の一つ。
総じて変身能力を持っていると思われ、その姿は年齢・階級等によって
様々である。
変身を解いた『本当の姿』は人間と類似である、という説もあるが
未だ公式な確認は為されていない。
専ら日光の当たらない谷間や、地下に住居を構えていることが多く、
何処かの地には、『魔王都』と呼ばれる彼らの巨大地下都市が存在すると
伝えられているが詳細は不明である。
自らを、世界を裏から支配する『偉大なる大魔王の眷属』と称しており、
関連の古文書にも同様の記述が多々見られる。
尚、もう一つの『古きもの』である天使とは敵対関係にあり、
基本的に仲が悪いので注意が必要である。
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**月**日
ニンゲンをひろった。
森であそんでいたらニンゲンが捨てられていた、じゃなかったええと、『倒れていた』のでウチに持ってかえった、じゃなかったええと『連れてかえった』。
そしたら大人の人が捨ててきなさい、じゃなくて『帰してあげなさい』なんて言ってくるんだ。
でもせっかくひろったんだしボクはニンゲンに興味があったから、秘密基地でこっそり飼う?育てる?ことにしたんだ。
よし、今日から『観察記録』をつけるぞ!
あと、ニンゲンはずいぶん弱ってるみたいだったから、魔法でちりょうして『光のマナ』もたっぷりあげた。
はやく、元気になるといいな。
**月**日
ニンゲンは、すこし元気になったみたいだ。
目を覚ましたあと、「お腹がすいた」と言ってくるから「昨日たくさん光のマナをあげたよ」って言ったら、でも「お腹がすいた」って言うんだ。
おかしいな、あれだけあれば普通なら一年は食べなくてもいいのに。
しょうがないから『下っ端妖精』に言って食べ物を集めさせた。
図書館でしらべたらニンゲンは毎日食事をしないといけないらしい。
たいへんだ、ニンゲンを飼うのはこんなにたいへんだったなんて。
だから大人の人は捨ててきなさい、じゃなくて帰してきなさいって言ったのかな?
でもボクは観察記録をつけたいからがんばって飼うことにする。
下っ端妖精を何人か、お世話がかりにすることにした。
あいつら「ニンゲンの世話なんて」なんて言ってたけど、顔がニヤついてたぞ。
「天使様のお世話よりはずっと楽で良い」ってカゲグチ言ってたのだって、ボクは知っているんだからな。
お前たちなんか、ニンゲンにこきつかわれてしまえ。
**月**日
ニンゲンは、すっかり元気になっていた。
しばらく宿題でいそがしかったからニンゲンのことを忘れていたんだけど、下っ端妖精がいるから平気だよね。
そう思ってたら、いつの間にかボクたちの『秘密基地』がすっかり変わってた。
あのニンゲンのしわざだったんだ。
家は修理されてて、窓がやぶれていたのも、壁に穴があいていたのもぜんぶ無くなっていた。
あと、家具なんかもそろえられてて、ボクにお茶を出してきた。
前のほうが、ブキミな感じでかっこよかったのにな。
ニンゲンが、「助けてくれてありがとう。ところでここは何処ですか?」と聞くから、ボクは「ここは天使の園だよ」って言った。
そしたらニンゲンは、なんだかびっくりした顔をしていた。
そのあと、ボクが「観察記録をつけるから外に出ちゃダメだよ」って言ったら何だか変な顔をした。
大丈夫かな? ちゃんと下っ端妖精に見張らせたほうがいいのかな?
せっかく観察記録をつけてたんだから逃げたりしたらヤだなあ。
まあ、さいきんちょっとサボってたケド。
**月**日
ニンゲンは、逃げたりなんかはしなかった。
「ここならば、却って安全でしょう。この子のためにも、その方が良いのです。」
って言ってお腹をさすっていたけど、何のことかな?
よくわかんないケド、逃げないならそれでいいや。
でもニンゲンのやつ、「退屈なので、本が読みたいです」って言うんだ。
タイクツって何のことだろうな?
天使なら、何もしないで、ただ光を浴びながらフカいシサクにフケるのが一番なんだって大人の人は言ってたんだけど。
まあいいや、下っ端妖精に言って、図書館に本を借りにいかせよう。
「本が読みたい」なんて、ニンゲンってホントに変わってる。
図書館なんて、今の天使長様が言い出さなければつくられなかったんだよね。
みんなも、「どうしてこんなムダなことを」って言ってるし。
ボクも、べんきょうは苦手だなあ。
**月**日
ニンゲンのいれるお茶は、おいしいんだ。
お茶っていったらニンゲンたちが作ってるハタケ?とかいう場所から取ってきて飲むものなんだけど、このニンゲンはもっとおいしいお茶をいれるんだ。
いつの間にか、下っ端妖精たちにお茶の草を育てさせているらしい。
「これは、ハーブティーというものですよ」って言ってた。
ボクには、違いがよくわからないや。
だけど、とにかくニンゲンのいれるお茶はおいしい。
あとそれから、ええとこれは秘密なんだけど、クッキーはやばい。
くちに入れてかみしめたらふわーーっって甘い味が広がって、幸せになる。
ボクは天使でここは天使の園なんだけど、それでも『天にも昇る』ような気分になっちゃうんだ。
これは、やばい、とてもやばい。
ひょっとしたら、『魔族のインボウ』じゃないだろうか?
このニンゲンは、もしかして魔族のテサキじゃないのか。
うん、気を付けよう。
でもクッキーはおいしいな、だからつい手が出ちゃうんだ。
**月**日
なんだかニンゲンが太ってきた。
知らないうちにお腹が大きくなって、何だか動くのもたいへんそうだ。
「そんなに食べすぎたらダメだよ」って言ったら、ニンゲンはただ笑ってお腹をさすっていた。
ひょっとしてボクもクッキーをたくさん食べたら、こんなお腹になっちゃうのかな?
クッキーは大好きだけど、それはやだなあ。
そう言ったらニンゲンはものすごく笑って、そのあと教えてくれた。
「……もうすぐ、子供が生まれるのですよ。」
そう言ってた、にっこり笑って。
すごいやすごいや、ニンゲンってこうやって増えるんだ。
あ、いいこと考えた!
もっとニンゲンが増えたら、タムリンやゼルエルなんかにも分けてあげよう。
きっとみんなおどろくぞ!
楽しみだな、早く生まれないかな。
**月**日
ニンゲンが生まれた、でもニンゲンが死んじゃった……。
あの日秘密基地に行ってみたら、ニンゲンが苦しそうにウンウンうなってたんだ。
あわてて下っ端妖精たちを呼んだら、「大丈夫、準備は出来ています」って言う。
よく分からないから秘密基地の前で待ってたら、「ギャー」だか「ギィー」だか声がしたんだ。
びっくりして中に入ると、そこにはコドモ?がいたんだ。
なんだか真っ赤でギャーギャー泣きわめいてる。
どうしようと思ってたら、ニンゲンがコドモを抱っこして胸を口に当ててた。
ボク知っているよ、あれって『おっぱい』って言うんだよね。
おっぱいをあげたら、コドモは急に静かになった、ふしぎだな。
じっと見てると、ボクも何だかへんな気分になる。
むずむずして、恥ずかしくて、でも何だかあったかい。
そしたら、何だかニンゲンの様子がおかしいんだ。
「ありがとう、今まで良くしてくれて。」ニンゲンは言った。
「どうして、そんなこと言うの?」ボクは尋ねた。
「この子の事、お願いします。」ニンゲンは頼む。
「どうして……そんなこと言うの?」ボクは困ってしまう。
「私の愛しい子……どうか許して……」ニンゲンが声を絞り出す。
「どうして……そんなこと言うの……」ボクは……。
「ごめんね……ありがとう……」
ニンゲンはそう言った、さいごに、そう言ったんだ。
ボクは正直に、大人の人にニンゲンのことを話した。
叱られるのは怖かったけど、でも、話さないといけないと思ったんだ。
うんと叱られて、頭にゲンコツももらったけど、しょうがない。
そしたら、大人の人は言った。
「君がニンゲンを保護していたのは知っていた。」
「でも、私達は敢えて手を出さなかった。あの人がそう望んだからね。」
「君は良くやったよ、あの人も喜んでいた。」
「この事は良く覚えておきなさい、君自身のために。」
「これで、君は一つ、大人になったのだ。」
……大人の人はそう言った、最後に、そう言ったんだ。
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××月××日
教師役を拝命した。
管理課直々の御指名とは大変に名誉な事であろう。
しかし、引退同然とは云え『ドクトゥ・アンジェリカス』の名を持つこの私をわざわざ呼び出すとは、かの『生徒』とはよほどに優秀な者であるらしい。
せいぜい、期待させてもらうとしよう。
せっかくだ、テクストも存分に吟味しようか。
久しぶりに、『マギウス・マグヌス』など取り出してみるか。
……いや、いかんいかん、焦るのは良くない。
最初は『マギナ・イレメンタリエ』から始めねば。
××月××日
まったく、何ということだ……話が違うではないか!
管理課の指名による教師役ということで、私は大いに期待していた。
しかし、次第を詳細に聞かされた私は、大変な失望を感じることとなる。
何とその者……その『子供』は僅か五歳であるとの事であったのだ。
五歳児など、下手をすれば未だ目も開いておらぬような歳ではないか。
そのような者に、私が何を教えられようというのか。
まあいい、実際に会って難くせを付けてやるとしよう。
知識の道は奥が深いのだ、子供には世間の辛さを教えてやる必要もあるだろう。
いずれ管理課にも、正式に抗議せねば。
××月××日
何と! 世の中にはこんな奇跡もあったとは!
件の『子供』と実際に対面した。
五歳児と聞いていたのだが、眼前のその子は予想とは違って『もっと年嵩』に見えた。
「先生、始めまして。よろしくお願い致します、ですの。」
その子供は丁寧にしっかりとした挨拶をする。
「そなた……本当に五歳なのか? それにしてはしっかりし過ぎておる。」
聞けば、この子は天使では無く、『人間』であったのだ。
なるほど、人間ならば天使よりもずっと成長が早い。
僅か五歳と言えども多少の挨拶ぐらいはこなせようか。
だが、『この私』がわざわざ教師など努めようというのだ、それだけでは困る。
私は、少々手強い課題を与えてやることにする。
せめて少しは『マシ』なものを見せてくれよ、人の子よ。
「では早速じゃが少し試験をすることとしよう。私に引き続いて、そなたも同じ魔法を使うのだ。」
言いながらも、私は既に詠唱準備に入っている。
さあ、これからのペースに、付いて来れるかな?
「わかりました、ですの。……ええと、こうですの?」
馬鹿な! 既に『同調』が開始されているだと!
魔法が『発動』するには、ただ呪文を詠唱すれば良い、というものでは無い。
そこには幾つかの準備段階、というものが必要になるのだ。
『同調』とは術者の魔力を周囲の魔法素と馴染ませる操作であり、強力な魔法程これに要する時間と手間が相応のものになる。
しかるに、眼前のこの『子供』は全く苦も無く、自らの魔力を周囲と同調させる。
まるで、自分が魔法素の粒子の一つであるかの如く。
続いて、すぐさま魔法が発動。
この生徒は、私の魔法と同じものをすぐさま再現してゆく。
……大した才能だ。
私は、知らず当惑と、興味と、そして興奮と高揚感を覚えていた。
「……なかなかやるようだな。では、これはどうだ!」
ここで私は、ちょっとした『失敗』をしてしまった。
『中級の魔法』を詠唱してしまったのである。
初対面の、それも子供に対しての試験では明らかに過剰な課題。
さすがに、子供の動きが固まった。
こちらの所作を、じっと眺めてくる。
「……すまないな。これはさすがに……」
私は、調子に乗り過ぎたと自省しようとするが……
「…………」
子供は、しばらく黙って考え込んだあと、
「うーーん……えっと、こうですの?」
そして、次に見た光景は、私を大いに驚愕させることとなった。
そこには、確かに『中級の魔法』が寸分違わず再現されていたのである。
「やったっ! 出来たですの!!」
その笑顔だけは、子供にふさわしい無邪気なものであった。
だがこの瞬間、私にとっての『最高の生徒』がここに誕生したのである。
××月××日
さて、優秀なる我が生徒は、その成長も著しい。
私は、今や教師としての責務に大いにやりがいを感じていた。
「そうか……やはりそなたには『魔力視』の能力があるようだ。なれば、これほどの才であることもうなづけよう。」
「『魔力視』……ですの?」
訓練の合間に、私は自慢の生徒と言葉を交わす。
「そうだ。そなたが言うところの"魔力の流れ"だ。そなたは、それを自然に感覚として捉えることが出来るのだ。」
「……ええと、わたしには普通のことなので、よく分からないですの。他の人は、違うのですの?」
そう、この子にとっては、それは余りにも『普通の事』なので実感が湧かないのであろう。
だが、『魔力視』とは、魔法を志す者にとっては『切り札』とでもいうべき強力な能力なのである。
『魔力視』とは、その名の如く『魔力』の動きを視覚的に捉えることが出来る能力のことである。
厳密に言うと、単純に『視る』というだけでなく、より直感的・本能的な感覚とのことであったが。
通常、魔法の習得では、まず呪文そのものを覚え、さらに師匠が実際に魔法を使用する様子を『真似る』『学び取る』ことによって自分のものとしてゆく。
呪文はただ『暗記』すれば良いだけであるが、実際の魔法発動に伴う『魔力の動き』や『意識制御の変遷』については、文字通り『体得』してゆくしか方法が無い。
これらは、極めて主観的・感覚的なもので、客観的・叙述的に表現するのが難しい事柄であるからだ。
しかし、魔力視を持つ者の場合、これらの事情が根本的に変わってくる。
この子の場合、その表現を借りると、
「"魔力の流れ"が明るくなったり暗くなったり色が変わったりするので」
あとはそれを単純に真似すれば良いだけなのだ。
残るのは、自身の魔力量が魔法の発動に充分かどうかだけの問題となる。
ともあれ、この子が目の前で見た魔法を直ちに『再現』してのけることが出来るのは、この能力に負うところが大きい。
全く、素晴らしいとしか言いようがない『才能』である。
正しく、天の配剤と云えようか。
私は我が生徒に向かい、断言する。
「そなたは、きっと偉大な存在となる。しかと、精進するのだ。」
そしてその顔に、誇らしげな笑顔が浮かぶ。
そう、この子は大いなる『天命』の下、生まれて来た。
私は、そんな『天に愛された存在』の教師であることを、誇りに思うのだ。
××月××日
楽しい時間は、過ぎるのが早いようだ。
管理課の者から、仕上がったようだねと急に告げられる。
何のことか分からず尋ねると、『あの子』は教育が終了し次第、『地上』に下ろされるのだと云う。
いくら優秀とはいえ、『人間を育てる』とはそういう意味であったのだ。
……振り返り、ふと寂寥感を覚えた。
思い返せば、結局私は何をしていたのか。
ただ、己の興味の赴くまま、知識だけを教えていたのでは無かったか。
果たして、それで良かったのか、急に後悔の感情に襲われる。
「待ってくれ、まだ途中なのだ。まだ教えたい事は山ほどある。」
私はそう答える。
だが管理の者は、それは出来ないと宣告してくる。
君はあの子を後継者にでもするつもりかい?あの子のほうが寿命が短いというのに。
「ああ、その通りだ、全くその通りだ。」
それにしても驚きだよ君は他人には興味を持たない存在であったはずなのに。
「ああ、そうだったよ、全くそうだったよ。」
そうさせたのはあの子の力かな? 実に素晴らしいねまさに役目にうってつけだ。
「ああそうなんだろう、全くそうなんだろう。」
そうだよ私達も気付いていた、あの子の持つ『利用価値』。
総てのものに愛されるあの子こそ正しく天の御遣いだ
大地に恵みを地を這うものに祝福を
そして天使に『信仰のマナ』をもたらしたまえ!
「ああそうだ、見え透いていた、だから私はお前達が好きになれないのだ。」
××月××日
今日、あの子が旅立つ。
心残り、後悔、未練、諦め、思いはよぎる。
まだ教えたい事、伝えたい心は山ほどあったはずなのに、時は過ぎてしまった。
これより、彼女は『聖女』として大地に降り立つ。
我等天使よりの、地上への贈り物として。
かつて、『大戦争』以前には彼女のような役目の者が存在したと云われている。
天使の威光、天使の知恵、天使の慈愛を地上へと伝えるために。
……そして、信仰を集め、天使のチカラを更に更に高めるために。
あの娘が、壇へと昇る。
ああ、妖精たち(フェアリーズ)が、あの娘を祝福しているよ。
ああ、小さな天使たち(エンジェルス)が、あの娘を祝福しているよ。
ああ、正天使たち(アークエンジェルス)が、あの娘を祝福しているよ。
ああ、智天使が、あの娘を祝福しているよ。
眩しくて、眩しくてもう何も見えない。
……でも、小さな声が聞こえた。
「先生! ありがとうございました、ですの!!」
私には、もはやかける言葉は無い。
私は祈るよ。
君の行く道が、いつも暖かい光に照らされていますように
暗い場所でも、進む先を照らしてくれますように
君の顔が、いつも笑顔でありますように
皆を幸せに導く、そんな笑顔でありますように
「……君が、幸せで、ありますように。」
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△△月△△日
その『託宣』は、唐突に降りてきた。
「此の地に、聖女様が御降臨なされます。」
そして部族中が、大騒ぎとなった。
噂は瞬く間に、森中を駆け巡る。
聖殿を護る我が一族も、俄かに慌しくなる。
『御降臨』など、果たして幾百年ぶりのことであろうか?
余りの栄誉に、このワシも身が竦む思いだ。
とにかく、断じて失礼があってはならぬ。
お迎えの準備は、完璧であらねば。
△△月△△日
準備に余念は無いつもりであるが、戸惑いも多い。
なにしろ前回の御降臨が、碌に記録も残っていないような大昔である。
儀式の次第なども、とうに失われて久しい。
総てが、手探り同様であった。
取り敢えず、『お側仕え』には孫娘の『シルヴィ』を宛てる事にする。
この望外なる名誉に、本人は当惑しつつも喜びを感じているようだ。
何にしても時間が無い。人事を尽くし、後は天に祈るのみ。
目の回るような日々の中、ふとワシは何故か不安を感じた。
獏とした、不安を感じた。
……いや、きっと気のせいだ、疲れているからであろう。
△△月△△日
尊き御方が、ついに御降臨なされた。
この日、聖殿は静謐のなかにあり。
俄かに、調べ鳴り響く。
其は、音に非ず、耳に聞こえず。されど、調べ鳴り響く。
やがて光あり、煌きあり。
而して、聖女は舞い降りた。
だが、『その姿』を目にして少なからぬざわめきが起きた。
何故ならば、聖女は『人間』だったのである。
『森の聖殿』に集まっていたのは、我が一族も含め皆『エルフ』であった。
しかし、それでも聖女は人間だったのだ。
不安、動揺、戸惑いが、さざ波となって伝わる。
「皆様、始めましてですの!」
だが、聖女様はやさしく声をおかけになられた。
手が大きくゆっくりと動き、刹那に詠唱が奏でられる。
最初、何が起きたのか分からなかった。
次に、その場にいた『傷持ち』から喚声が上がる。
傷が、全て消えていたのだ。
さらに、老人たちが感嘆の声を上げる。
痛みが、全て消えていたのだ。
「皆様に、天使の祝福を。」
聖女様は、満面の笑みを浮かべておられた。
そして、そこには、大きな歓声が轟くのであった。
聖女様の、無垢な笑顔と透き通る瞳は、やけに印象に残った。
△△月△△日
聖女様は、大変な人気である。
今日も聖殿には、傷を治してもらうべく、人々の列が引きも切らない。
この場所が、これほどの人と歓声に溢れるなど、今まであったであろうか。
そしてその中心には、常に聖女様がおられる。
「あの御方さえ居られれば、いずれは我等も……」
あの『御力』で、或いはエルフを一つに纏められるのでは?
エルフが一つに纏まれば、『王国』に対してもそれなりの事が出来よう。
誉れ高き、エルフの土地の復権だ。
その核となるのは、この聖殿に他ならない。
いにしえの栄光、エルフの聖地の復活だ。
そして我が一族も、決して軽くは扱われまい。
高貴なる、『青い血のエルフ』だ。
そうだ、全ては聖女様の御許より始まるのだ。
ワシは、我が一族の繁栄の未来を思い描く……。
「……お爺さ……長様…長様!」
しばしの夢想の時を、我が孫の声が遮った。何事かと尋ねれば、
「……聖女様が、お疲れのようです。」
「おお! それはいかん!」
どのような夢も希望も、全ては聖女様あってのこと。
あの御方には、御身大事にして頂かねば。
今日のところは、これぐらいにしておくか。
それにしても……
「……シルヴィ、そなたも疲れておるのではないか?」
「…………」
しばし、沈黙がある。
「……どうもこの頃、疲れが取れにくいのです。」
孫娘は、憂鬱げな顔をする。
「それに皆の者も、具合を悪くするのが増えたような……?」
ワシは「きっと忙しいからじゃ」と答えておく。
だが、ワシも何故か不安を感じた。
茫とした、不安を感じた。
△△月△△日
聖女様の御威光は、既に森の外にまで届いている。
今日など、『アカデミー』の魔術士たちが様子を見に来ているほどだ。
もっともらしく、『調査のため』などと言っておるが、きっと王国の意向を受けてのことであろう。
断ってもよかったが、聖女様を広く『お披露目』する準備と思えば悪くは無い。
向こうも多少は気を使ってなのか、エルフを多く寄越していた。
堕落した『平地エルフども』め、聖女様の御許に跪くがよい。
我等『ハイエルフ』の、誇りを見よ。
先日のこともあるので、本日は聖女様はお休みであられる。
先ほどより、子供たちと遊びに興じておられる真っ最中だ。
実に楽しげに、走ったり踊ったり、お喋りをしたり。
こうして見ていると、まだまだ歳若く、子供らしさが感じられる。
『尊き御方』というのも忘れて、微笑ましい気持ちにさせられた。
……何とも不敬なことではあるが。
不意に、傍らの子供がふらつく、その場に膝を付く。
周りのものが心配げに伺う。
聖女様が、治癒の魔法を使う。
その子は回復したようだ。
だが、次に周りの子がまた一人倒れる。
……何だ? 何が起きているのだ?
見れば、聖女様も少し様子がおかしい。
幾分、元気が失われているかのようだ。
シルヴィが、傍らに寄り添い、支える。
「……魔力が、少ないですの……」
何ということだ、無理をさせ過ぎたというのか!
「いかん! 今日のところはすぐ床に……!!」
聖殿の中が、慌しくなる。
だが、まさにその最中に……
「どうか……どうかお助けを! 聖女様っ!!」
悲痛な声音と共に、深い傷を負った者が抱え込まれて来た。
服も、包帯も、血にまみれている。
顔色は蒼白で、生気は既に失せていた。
見るからに、危険な状態であった。
「……待て! 今聖女様は……!」
「どうかお情けをっ! お願いです!」
押し問答となり、騒ぎが大きくなる。
そして……
「大丈夫、まかせるですの……!」
喧騒を鎮めたのは、やはり聖女様であったのだ。
「……そこの『魔法使い』の方、こちらに集まるですの。」
ここで、何故か聖女様はアカデミーの魔術士たちを呼び寄せる。
いかなる意味なのであろうか?
ワシには、見当も付かない。
やがて、聖女様の手が動き、詠唱が紡ぎだされる。
いつもより遥かに複雑なものだ、相当に高度な魔法なのであろう。
だが、そのとき……
「……こ……これは……?」
「ち、力が……」
「魔力が……!!」
魔術士たちが、仰天の表情になった。
その場に昏倒する者すら現れる。
次第に、不安が広がりだした。
「…………蘇生魔法・大!!!」
術式が完成する。
聖女は、周囲の様子などお構いなしに、魔法を発動させた。
「っ…………」
怪我人は息を吹き返したようだ、呼吸が安定する。
顔にも生気が戻っていた。
だが、その場に歓声は無い。
誰もが、息をひそめていた。
その場に、安堵は無い。
誰もが、当惑を感じていた。
「…………」
当の怪我人を連れて来た者も、お礼を言う余裕すらない。
その場には、沈黙だけがあった。
「もう大丈夫ですの。治療は済んだですの。」
「……は…はい、ありがとうございました……。」
呆けた声が、虚しく響く。
「…………魔力を……『吸い取った』のか……」
アカデミーの関係者らしき、人間の男が呟いた。
「……!!!」
そして魔術士たちは、"聖女"に恐怖を感じた。
「確かに……あれは間違い無く……」
「恐ろしい……そんな事が人間に可能なのか……?」
ざわめきは、小さいがそれでも広がる。
「……おかしいと思ったのです。此処は本来『もっと魔法素に溢れる場所』の筈。やはり、あの娘が……。」
魔術士の中にいたエルフも呟いた。
拙い、これは実に拙い状況だ。
「今日はこれまでだ、皆も家に帰れ!」
長の権限で、その場を解散させる。
とにかく、今日は全て終わりにせねば。
「……お爺さま…………。」
シルヴィも、不安な表情を隠せないようだった。
△△月△△日
何ということだ、何ということであろうか……!
一夜明け、状況を整理する。
聖女は、あの娘は、『そういう存在』であったとは。
天使より地上に遣わされた『天の御遣い』であるのは間違い無い。
だが、その内実が問題なのだ。
聖女は、確かに強力な魔法使いである。
治癒魔法も、攻撃魔法も、巧みに使いこなす。
まさに生まれながらの、魔導師であった。
しかし、その能力に比して、自身が持つ『魔力量そのもの』は意外なほど低い。
『器』そのものは、決して大きくないのである。
にもかかわらず、あの娘は強力な魔法を扱う、使いこなす。
いや、あの娘はそれどころか、ただ生きることにも魔力を使う、使い続ける。
其処に存在することにすら、誰よりも大量の魔力を消費するのである。
元の『器』が小さいにもかかわらず、消費量は多い。
では、その差はいったいどこから生まれているのであろうか?
* * *
「……答えは、『外から取り込んでいる』ですよ。」
例のアカデミーの男は、そう結論付けた。
彼はこういった分野に詳しく、相当の知識を持っているらしい。
ただ、その割に自身の魔力は低く、「アカデミーでは今ひとつ冷遇されている」とのことであったが。
「こういった"存在"を、『魔力喰らい(マジックイーター)』と呼ぶのです。」
彼はここで"存在"などとぼかした言い方をしている。
しかし、この『魔力喰らい』とは本来、モンスターの分類の一つであった。
「あなた方エルフの伝承にもあるでしょう?……確か『御子』とか云う。」
「…………」
エルフからは、返事は無い。
「まさに『聖女』ですね。或る意味、相応しいじゃないですか。」
アカデミーの男は、何気ない表情で述べる。
……しかしその台詞は、皮肉にしても少々痛過ぎた。
伝承に云う『御子』とは、エルフを導く者。
高い魔法力の代償として、生きるために多くの魔法素を必要とする。
預言者や求道者として、魔法素の多い『神聖な場所』で育てられるのだ。
これは確かに伝承通りではある、しかし……
「とはいえ、ここまで『極端』なのは初めて見ましたね。本来、この聖殿はエルフの森の中でも特に魔法素の濃い場所だと聞きますが……」
その濃い魔法素すら、あの娘はあっという間に消費してしまった。
現在、魔法素の濃度は森の外と大差無い程度にまで下がっているという。
それは、あの娘の高過ぎる魔法力の『代償』とも云えた。
「……もしかして皆さん方、体調を崩していませんか?」
「そ、それは……」
「それは多分、『魔力欠乏症』ですよ。魔法使いなどが、魔力を使い切ったときに罹る症状です。普通の"人間"なら、まずならないのですが……」
エルフは、"人間"よりは魔力の影響を受けやすい傾向がある。
魔法素が普段より少なくなれば、魔力欠乏症になり得るのであった。
「まあ、魔法を使わず大人しくして、時間が経てばマシになるでしょう。」
アカデミーの彼は、そう推論した。
「…………」
一方ワシはといえば、言葉も無い。
『聖女』だ『尊き御方』だと浮かれていた、これがその仕打ちか。
向こうの部屋には、問題の『あの娘』がいる。
知らず、その様子を目で追った。
「魔力が不足だったですの。だから、『もらった』ですの。」
「……ええ、そうですね。」
「助けるためだから、『仕方ない』ですの。」
「…………」
聖女の相手をするのは、今ではシルヴィのみである。
他のものは、怖がってなかなか近付かなくなった。
今後のことを暫く考えている。
すると、アカデミーの男は、小声で何やら耳打ちしてきたのだ。
* * *
ワシは、今後のことをよく考えた。
自分は『聖殿を護る一族』の長として、ときに非情な決断をもせねばならぬ。
そう、これは、その一つなのだ。
……そして、一つの決断がなされる。
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さて、私の名は『ネクロス』。
アカデミーの『末席』に連なる者として、正しく辺境の地で教師として『冷遇』されている身である。
かつて上級学校では各分野に優秀な成績を修めていても、『魔力が少ない』ただそれだけでご覧の有様なのだ。
アカデミーに蔓延る、『魔法至上主義』とはなんと度し難いものか。
所詮私如きなどは、このまま僻地でくすぶり続けるしかないのであろう。
そう諦め、心に折り合いを付ける日々を送っていた。
だが、辺境では時として『珍しいもの』を見られる機会が訪れる。
転機が、唐突にやって来たのだ。
上層部よりの命で、『とある調査』に同行することになった。
聞けば、エルフの森に伝説の『聖女』が現れたと言うのだ。
聖女、聖者とは、伝説にのみ其の名が残る『天よりの御遣い』のこと。
御伽噺じみた言い伝えが、その存在を物語っている。
アカデミーとしても、大いに興味を掻き立てられ、調査を行うこととなった。
そして私は、それに同行を命じられた訳だ。
懸かる事態に、私の持つ『学際的かつ高度な知識』は役に立つだろうとの事。
そこまで評価されているのなら、せめて『こんな辺境』に捨て置かないで欲しいものなのだが。
さて、実際に会ってみた『聖女』は、第一印象は『子供』。
ときおり無邪気に笑い、こちらをじっと見つめ、くるくると楽しげに廻る。
本当に子供、まさしく、無垢な、愛らしい、子供。
私のような『ひねた大人』でも、知らず微笑ましい気分にさせてくれた。
不思議だ、何故か人を惹き付ける魅力を持っている、子供。
だがそんな聖女は、違う顔を見せる。
重篤な怪我人を前に、高度な魔法を使用して直ちに傷を癒したのだ。
……いや、言葉は正確に使おう。
運ばれた時点で既に『ほぼ死亡』していたエルフを、直ちに蘇生させていた。
ここからでも分かる、その途轍もない魔法力。
アカデミーでも、あの水準の者はどれほど居ようか。
しかも、彼女は自分の魔力が足りないと判断するや、周りから『魔力を吸収』までしてのけたのである。
調査に同行していた、魔術士たちの驚きは如何ばかりだったろうか。
『魔法使い』は、魔力の消耗を恐れる。
魔法こそが自身を護る生命線、その故である。
だが、それを外部から『強制的に成すことが出来る』この存在に対しては、もはや本能的に恐怖するしかあるまい。
その恐れようは、むしろ滑稽ですらあった。
……私は、知らず愉快な気分にさせられる。
私はこれまで、『魔力が少ない』ゆえに不遇な目に遭っていた。
私はこれほど、知識を持っているというのに、見識を備えているというのに。
アカデミーの、魔法至上主義の、なんと残酷なことか。
だが、その『魔法使いたち』の、恐れおののくこのザマ!
私は心中で、心より、最高の、痛快な、哄笑を彼らに送ってやった。
一連の騒動が終わると、眼前のエルフの老人には苦悩の様子が見て取れる。
彼は、この『聖殿』を管理する一族の長だとか言っていたか。
やれやれ、ご苦労なことだ、同情したい気分になる。
なにしろ、せっかくやって来た聖女が、あのような『怪物』だったのだから!
あの聖女は、『魔力喰らい(マジックイーター)』だ。
これが意味する事実は、エルフには決して軽くあるまい。
『人間』と違い、エルフは魔法素や魔力の影響をより受け易い。
それゆえ、全般に魔法の能力に優れ、魔法使いを多く輩出することが出来る。
だが、それはすなわち『生きるのに魔法素を必要とする』ということでもあるのだ。
あの聖女が側に居る限り、最悪、エルフは生命に危険が及ぶ可能性がある。
ましてや、彼女の『あの凄まじい魔力消費』たるや!
魔法使いと同じく、エルフが彼女に恐怖するのは、もはや当然と思われた。
そして私はここで、そんな苦悩する老人に『一つの提案』をするのであった。
* * *
「……王都は、賑やかなところですよ。楽しい場所も、いっぱいあります。」
「そう……ですの。」
私は聖女に話しかける。
聖女は、未だ状況が上手く掴めていないようだ。
「聖女様、私もお供しますゆえ……どうかご安心を。」
『お側仕え』とか言っていた、エルフの女は結局付いてくるようだ。
なかなかに根性が座っていると見受けられる、私には無理だな。
エルフの彼女では、何かの拍子に命に危険が及びかねないというのに。
例えば聖女が『その気を出して』、吸い取る対象を彼女に定めたとしたら……後は言うまでもあるまい。
実に彼女は、『勇者』であると云えようか。
「そうだ! 王都に着いたら、まずは『美味しいお菓子』の店に行きましょう。」
「……お菓子!」
聖女の顔に、喜びが溢れる。
やはり、子供にはお菓子とオモチャに限るな。
私はこれより、『聖女』を伴って王都を訪問する。
アカデミーの上層部や、王国の御上と対面させるために。
『調査』の成果としても、これは上々のものと言えようか。
今後のことを考える。
アカデミーの上の方でふんぞり返る、偉ぶった魔法使いども。
その彼らが、聖女と遭って『どういうコト』になるのか。
私は、今から楽しみに思えて来た。
……見ていろ、お前たち。
聖女の力で、せいぜいそのちっぽけなプライドを砕かれるがいい。
魔法しか能の無いお前らが、その魔法で遅れを取るのだ。
それも、こんな、小娘に!
私は、自然に笑みが漏れそうになるのを、必死に我慢していた。
そしてそんな私を、透明な瞳の、聖女は見つめる……。
「……そうだ聖女様、未だあなた様のお名前を聞いていませんでした。大変な失礼を致しました。」
そう、これから彼女とは仲良くせねばならないのだ。
関係は、出来るだけ親密にしておかなくては。
「わたしの…名前ですの……?」
聖女は、少しキョトンとした表情をする。
「わたしの名前は、『ルミナス(光)』ですの。ルミナと呼ぶですの。」
「……『ルミナス』……お美しい、お名前です。」
そして私は、聖女に『最初の贈り物』をすることになる。
「……ですが、そのままでは少し寂しい。」
「私より、あなたには"姓"を送りましょう。」
「聖女様はこれより、『ルミナス・グロリアス・オブ・レイディアント』とお名乗り下さい。聖女様にふさわしい、良い御名です。」
しかし『聖女』ルミナスは、意味を良く理解していないような様子だった。
そして私と『光の聖女』は、一路王都へと向かう。
私こと『ネクロス』の出世は、ここから始まったのだ。




