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鳥肌が立った。
ドアに嵌められたガラスの向こう。
少し離れた線路に電車が並走している。
なのに乗客はいない。中身は空っぽだ。
代わりに、天井部分にずらりと国軍が並んでいるではないか。
片膝をつき、銃を一斉に構えている。
救助だ。
やはり緊急ボタンは意味があった。
助けにきてくれたのだ。
いや、顔に出すな。態度に出すな。
まだ犯人達は気付いていない。
献一は国軍を凝視することで無反応を保った。
すると、ひとりの国軍兵が献一を指差してから、なにかを合図した。
なんだ?
掌を下にし、バスケットボールをドリブルするときみたいにゆっくり片手を上下している。
しゃがめ。
また緊張が走った。
撃つつもりだ。
献一は悟られないよう視界の端に乗客を窺う。全員床に座らせられている。こちらはいい。大丈夫だ。
女の子と主婦は──今まさしく車両に戻ってきたところだった。
迷わなかった。
全脚力を使って跳んだ。
「しゃがめぇッ!」
主婦もろとも女の子を薙ぎ倒す。
主婦が尻を打って呻く声が聞こえた。
途端に窓ガラスを貫通する弾丸が幾重にもなって襲う。
素早い風の音。
なにかが倒れる音。
何人かの戸惑う声。
ガラスが割れて光の粉になって降り掛かってくる。
女の子の目を片手で覆ってやった。
失明してしまう。
急ブレーキ。
悲鳴。
こじ開けられるドア。
ガラスを破っての突入音。
男達の怒声。
続く銃声。
様々な音が立て続けに、あるいは一瞬にして起こった。
そして、いつの間にか静まり返っていく。
顔だけを動かして窺い見ると、犯人は全員平伏して動いていない。
生きているのかはわからなかった。
もう終わったようだった。
立ち上がる。
乗客も次々に救助がきたのだと察して泣き出した。
女の子を起き上がらせてやると、彼女はまだよくわかっていないようだった。
「もう大丈夫だよ」
やっと理解した女の子は堰を切ったようにわんわん泣いた。抱きつかれて、困惑する。
「君が通報者か」
国軍兵が話しかけてくる。
特殊なゴーグルをつけた兵士は目元が一切見えないけれど、かなり大きな男だった。
肌が焼けていて、見上げるほど背が高く、頭は剃っている。筋骨隆々だ。
献一は頷いた。
「そうです」
「そうか。乗客を避難させる」
女の子を含め、全員が車両から降ろされた。
なぜか残された献一。
「君が共犯者か捜査する必要がある」
そして手錠をかけられた献一。
思わず、声が出た。
「はあ?」
◇
「だから、最初なら正直に話してます。学校帰りに電車に乗っていた。そしたら5人組の男が見えて、おかしいなと思っていたら、俺がいた先頭車両にも同じような男5人組が乗り込もうとしてきた。これは変だと思った。
だから止めた。
けど電車は止まってくれなくて、結局3人だけは乗り込むのを阻止できたけど──」
「その3人はどこへ行った?」
眉間に皺を作って応えた。
知るもんか。
「知らないですよ。俺は電車に乗ったまま包丁を突き付けられてるんですから」
うーんと唸る国軍の兵士。
先ほどの大男だ。
ゴーグルを外した彼は、はっきりとした顔立ちだった。睫毛は長く、目は大きい。しかし意外と歳はいっていて、50は過ぎているだろう。
「しかし、乗客に男ひとりだけが混ざっているというのがなぁ」
そんなことで共犯者にされては、たまったものではない。
背もたれに脱力して、虚空を見る。
小さな部屋。
小さな机。
小さな椅子。
取調室というものだろう。
天井に嵌め込まれた電道石が淡い光で懸命に部屋を照らしているが、薄暗いのは否めない。
「偶然です。たまたま俺がひとりになっただけ」
「うーん」
納得がいかないらしい。
しかしあの場で射殺されなかったのを見るに、共犯者であるという決定打もないわけだ。当然である。共犯者ではない。
一体いつまで掛かるのか。
今、何時なのだろう。
5時からの書店でのアルバイトはきっと間に合わない。本を納品、並べるなど力仕事が多いので献一は重宝がられているのだが、さすがに無断遅刻、欠席を咎められないなんて特別扱いはしてくれない。
せめて連絡させてくれればいいのに、共犯者であった場合のためにそれは許可できないとされた。
手錠こそ外してくれたものの、鉄壁の見張りでなにひとつまともに動けない。
考える大男。
脱力する哀れな高校生。
そんな悲しき小部屋に、もうひとりの兵士が駆け込んできた。
献一のリュックを持っている。
兵士は若い。真っ先にごにょごにょとなにかを大男に耳打ちしている。
「確認が取れた。どうやら君は無関係のようだ。荷物はこれで間違いないか? なくなっているものはないか?」
机の上にリュックと、その中身が並べられた。
すべて見覚えがあるが、なくなっているものがあるかまでは覚えていない。
献一は適当に頷いて、ひとつひとつをリュックに放り投げていく。
やっと終わる。
「警察官になりたいのか?」
問題集を手に取ったとき、聞かれた。
びくりとしたが、すぐにそれもリュックの口に食わせた。
「そうです。警察官でも消防士でも国軍兵でも」
「素晴らしい心掛けだ。高3か?」
「そうです」
「体も大きい。背はいくつだ?」
「182です」
「いいぞ。なにか武道経験は? スポーツでもいい」
「特には」
「そうか。でも大丈夫。いくらでも訓練で技術と体力は身につけられるからな」
曖昧に会釈してリュックを背負う。
「そうだ、新設のいい制度があるぞ。学校の卒業資格を──」
「隊長! この人が──!」
出て行ったはずの若い兵士を押し退けて、献一の母親が突入してきた。
傷んだ髪。
乳房が零れ落ちそうな胸のあいた服。
釣り上がった目。
母は問答無用で突進してきた。
顔を合わせてまず一発目に頬へ平手打ち、二発目に反対の頬へ平手打ち。
「今日デートだったんだけど!?」
開口一番、これである。
そして三発目の平手打ち。
うんざりした。
若い兵士が口を覆い隠して驚いている。
「おめぇのせいで捨てられたらどうすんの! 余計なことしやがって!」
「俺は関わってないよ」
「んじゃ、なんでこうなってんだ!?」
「知らない。でも俺はなにもやってない」
「やってようが、やってまいがどうだっていいんだよ! どうせなら射殺されちまったほうがこっちとしてはありがたいね! 邪魔くせえガキだな本当に!」
そうだろうな、と思う。
母は母性よりも女の部分が強く、常に男と恋愛していなければ枯れてしまうようだった。いつも着飾って、いつも連絡を取って、いつも出掛けている。そして変な匂いで帰ってくる。
「なんでこんなデケェのを迎えに来なきゃいけねぇの? 追っ放せばいいのに! 来なきゃ罰金ってなに!?」
若い兵士が慌てて説く。
「未成年者は規則なもので」
「クッソくだらねぇ規則!」
「お母さん、こちらに引き取りの署名を──」
「お母さんって呼ぶな!」
用意されていたなにかの書類に、ほぼ斜線のサインをした。兵士の胸に叩き付けるようにして返す。
いつ見ても強烈な人だ。
「洗濯と買い物しといて! ブラジャーとパンツは手洗いしてよ! あれ高いんだから! ナプキンと薬も買ってきて! 風呂も掃除しとけよ!」
「わかった」
まずは職場に電話をして、アルバイトが終わるのが22時までだから、24時間営業のドラッグストアに寄って──。
頭で算段しながら母の背について部屋を出ようとしたとき、肩を掴まれた。
にっこりと笑う大男。
力が強い。
「お母さん、いい制度がありますよ」
「お母さんって呼ぶな! 来いよ、早く!」
献一の胸倉を掴んで荷物をそうするように引っ張ろうとする母親。
しかし、大男の献一の肩を掴む力は弱まるどころか、むしろいっそう強まった。
「お母さん、今すぐ献一くんを国軍に入隊させる気はありませんか? 入隊となれば、毎月謝礼金も出ますよ」
謝礼金。
その一言に、ようやく母は話を聞く気になったらしい。




