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また薄暗い部屋の中に取り残されている。
先と異なるのは机の上に見開きA3サイズの誓約書が置かれていること、兵士が大男と若い男に加え、もうひとりやってきたこと、母親が消えたことだ。
「この誓約書の記入、署名までの経過はすべて録画されている。録画の目的は国軍のふたりの幹部を含む3人以上の確認のもと、あくまで本人が任意に記入したものと証明するためだ。よく読んでから、署名するように」
言われ、左上から右下へ流し読みした。
ペンを持ち、ペン先を紙面につける。
「よく読め。覆せないぞ」
しかし、大男に制された。
その目が、真剣だった。
そこまで言うなら、ちゃんと読むか。
改めて読んだ。
簡単に言えば、署名した瞬間から国軍に入隊した扱いになるらしい。
なんだか小難しいことが書いてあるが、守れないほどではない。なにをそんなに憂慮しているのだろう。
ちらりと見上げる。
真剣な目に刺されて、再度視線を落とした。
"適性検査の結果、弾丸涙執行部及び弾丸涙メンテナンス部並びに同開発部に配属された場合には、国家機密情報漏洩防止の観点より、国軍外部との連絡を一切絶つものとする。(電話連絡、手紙、帰省のあらゆる手段を意味する。)
これは退役するまで義務が続く。"
その続きを読んで驚愕した。
「……え、一生?」
"なお、退役は殉職以外の理由を認めない。"
思わず3人をそれぞれ見た。
──本気だ。
本当に死ぬまで軍人でいなければならないらしい。
弾丸涙──。
いや、しかしこの謎の部署にさえ配属されなければ、さほど気にする内容ではない。
考えていると、大男が補足した。
「少子化により人員の確保が最優先とされたため、高校3年生、大学4年生、あるいは同6年生に限り、真に入隊を希望する場合にはその後の授業時間を受講したものとして卒業資格を認め、その日より国軍に入隊できる。
代わりに親には謝礼金として、当該子息令嬢が退役するまで毎月数万の振り込みがされる。
署名をすれば、君はその制度を利用して国軍入隊となる。
学校、アルバイト先には我々が説明文を発出する。
君が決めるんだ。
あの母親の下でまだ耐えるか。
脱するか」
献一の迷いはあまり大きくはなかった。
帰宅するのがいつも億劫だった。
ほとんど母親は不在でいてくれるが、母親がそれまでそこに存在していた形跡がうんざりする。
ミニテーブルに並べられたままの名前のわからない化粧品の瓶の数々と鏡。振りまいた香水の残り香。室内干しされている残された派手な下着と、その中の一つがなくなっていて、あああれを着たのかと着用したであろう柄がわかってしまうのも、男子高校生としてなかなか哀しいものがある。
洗われていない食器、転がるインスタント食品の容器、悩んだのか布団のうえに放り出された露出の多い服ノ山、捨てられずに残されたゴミ袋。
そしてなにより、自分の存在を否定し続けるあの態度。
産んだあとで後悔するなら、もっとうまくやればよかったのに。
献一は自然と署名していた。
「よろしくお願いします」
着座の姿勢のまま礼を執る。
すると頭上で、今度はなにかを机に置かれた音がした。
顔を上げると、スマートホンが置かれている。献一のものではない。
窺い見ると、大男がにっこりと笑った。
「このまま適性検査を実施する。心理テストみたいなものだ、終わったら挙手しろ」
「わかりました」
「返事が小さぁい!」
豹変である。
献一はあまりの迫力に仰け反ってしまった。
なるほど、もはや彼の部下にあたるわけだ。
襟を正した。
「はい!」
◇
適性検査の結果は一日掛かるらしい。
先に寮に案内され、部屋の作りや何がどこにあるのかの説明を受け、頭がパンクしそうになる。この広さは一度説明を聞いただけでは覚えられないレベルだ。
税金を使って、自宅から献一の荷物が運ばれてくる。
立ち会った母が適当にあれだこれだと言ったのか、本来、有するはずの服の半分ほどだけだった。
ざっくり見立てられたサイズの制服を受け取り、着替える。
なんだか妙な気分だ。
制帽を被ると、コスプレをしているようにしか見えず、恥ずかしい。全然、似合っていない。軍人というよりは、かろうじて入社したての駅員と紹介されたほうが信頼されそうだ。
夕食を取るようにと指示されている。
有事に備え、食べられるときに食べておけと。
しかし食欲はない。
なにも感じない。
なにもかも、面倒くさい。
しかし指示を破る勇気もなく、献一は説明された食堂に向かった。
◇
ぱちくりとした。
至って普通の食堂で、異様な光景が並ぶ一角がある。
大多数は大きなテーブルで通常の食事をしているのだが、違う形の制服を着た十数人がピッチャーを丸々ふたつ飲み干しているのだ。しかもひとりで。だからテーブルの上には料理よりもピッチャーの数のほうが多く並んでいる。
しかもピッチャーおかわり。
なにかの罰ゲームだろうか。
呆然と立ち尽くしていると、見知らぬ誰かが耳打ちしてくれた。
「執行部だよ。弾丸涙の。よくわからないけど、奴ら異常に喉が渇くらしい。名前通り涙でなんかやってるらしいけど機密漏洩防止がすごくて、執行部以外の人間とはほとんど喋らない奴らだから気にすることない。」
「あ、ありがとうございます」
弾丸涙ってなんなんだろう。
なんの涙?
喉が渇くってことは人間の?
涙をどうするというのか。
献一は気になりながらも、ひとりで食事を済ませた。
◇
「弾丸涙執行部への受験対象者に選ばれた。」
孤独な朝食を済ませたあとで、人事部室に呼ばれた献一はそう告げられた。
「……え。受験?」
「適性検査を行う」
「また?」
「あれは精神的なものだ。次は肉体的な適性検査を見る。体力は、まあいいだろう。高校から体育の評価を受け取っているから、それを代用する。戦闘における適性検査を実施する。銃を取れ」
いきなり銃を差し出された。
取れと言われても、と思いつつなれない手付きで銃を握る。
重い。
これが金属。
冷たい。
硬い。
これが、金属か。
半ば感動していると、室内にプロジェクターが下ろされた。
「特殊な電道レーザー弾が装填されている。補充は必要ない。時間は2分。撃て」
……なにを?
献一は映し出され始めたプロジェクターに銃口を向けた。




