第94話 お帰り、イーナ
『フェルド、この気配は!』
「ああ、こりゃあ……」
ジリの警告と同時に俺も気配を感じていた。
街の東門の向こうにいる。
街の外にいるはずなのに、すでにプレッシャーを感じる。
前回の魔族と同じようだ。
次の魔族が来たのか……
「フェルドさん、魔族でしょうか?」
マリアンネさんと言い争っていたシャノンが真剣な表情になる。
マリアンネさんもシャノンの言葉を聞いて、青ざめている。
「おい、フェルド!」
ドタドタとバルドゥルが階段を降りてくる。
どうも大変なことになりそうだな。
ギルドは騒然となり、俺たちは前回と同様に、街の外へと集結した。
街の東側から、男性が歩いてくる。
男性は人間年齢で四十くらいか。
筋肉質でがっちりした体型で、頭に太く力強い角がある。
魔族だ。
彼は女性を抱いている。
長い黒髪の女の子は人間年齢で十二歳くらいだろうか。
こちらは細く、上品な角だ。
抱きかかえられ、男性の肩に頭を預けている。
うん、デジャブかな。
『フォルカスとヴィオレシアですね』
「だよなあ。何してんだ、あいつら……」
「フェルドが魔族対応担当だ。任せたぞ」
「おい、バルドゥル。勝手に変な役職を作るんじゃねえ」
しかし、実際、俺が対応しないといけねえよなあ。
ああ、面倒くせえよ。
「で、どうしたよ?」
二人を冒険者ギルドに連れてきた。
彼らには戦闘の意思はなかった。
しかし、魔族の二人を街中に放置できない。
ということで、便利な冒険者ギルドだ。
他の冒険者たちは遠巻きにこちらを眺めている。
もっと近寄れよ。
嫌っているように見えるだろうが。
こっちが友好だって示しやがれや。
ヴィオレシアがフォルカスに寄り添って、静かにしているのが気になる。
彼女はもっとうるさかったはずだが。
「道に迷って帰ってきちまったってことはねえんだよな」
「いや、それは半分だけだ」
半分は迷子だったのかよ。
「戦いは終わったらしい。オルドヴァンが倒された」
「オルドヴァンってーと、確か魔王……。魔王は負けたか」
人間にとってはいい話題だ。
イーナが勝った。
喜びたいが、しかし、こいつら魔族の前で喜ぶってのもなあ。
「それを俺たち人間に言ってもいいのかよ」
「どうせすぐに広まることだ。隠しておいても意味はない」
確かにな。
だが、それとこいつらがここにいることは繋がらない。
「で、何でここにいるよ。魔族の国に帰りゃあいいだろうが」
「それには事情が……」
フォルカスは言いづらそうだな。
ヴィオレシアが顔を上げる。
目が赤い、泣いていたのだろう。
そりゃあ、父親が死んだんだ、悲しいよな。
「お父様は負けることを悟っていたのです。ですからフォルカスを遠い田舎の街に送り出した。フォルカスは最強の五魔将ですよ、おかしいですよね。最強の部下を、勇者が来るタイミングで遠ざけるなど。お父様は私が付いていくとわかっていたのでしょう。それは私を逃がすためだった。そういうことなのです」
なるほど愛する娘を守るためか……
いや、その最強の五魔将を送り込まれた側の困惑を考えろよ、魔王よお。
「で、生き残ったヴィオレシアはどうするつもりだ」
「私は……生きていきます。それがお父様の望み。そして、私も死にたくありません。フォルカスと一緒に生きていきます」
彼女はフォルカスを見る。
フォルカスも頷く。
いい雰囲気じゃねえかよ。
結局ラブラブかよ。
「そうかい。じゃあ生き残ってくれよ。老衰で死ぬまで生きてくれ。お二人さんお幸せにな」
俺にできることはねえってことだな。
これで終わりだ。
「ということで、俺たちはここで暮らそうと思う」
「んあ? 何言ってやがる、フォルカス」
あー、聞いちゃいけねえことが聞こえた気がする。
「俺たちはここで暮らそうと思う」
「同じことを言うんじゃねえよ。こっちはそれを聞きたくなかったんだよ!」
「いいだろう? ここで暮らしても」
「だめだろうが。問題しかねえだろうが。どこかよそで暮らしてくれよ!」
「こんなに仲良くなった人間はフェルドしかいないんだ。頼らせてくれ」
「魔族、その五魔将、最強なんだろう。それがこんなちっぽけなおっさん冒険者を頼るんじゃねえ!」
「街の英雄になったと聞いたぞ」
街の英雄なんて、英雄のうちに入らねえだろうが。
んで、俺に、街の決定権はねえよ。
「ああ、いいんじゃねえか。フェルドが面倒見ろよ。それでいいだろうよ」
「バカ、バルドゥル。勝手なこと言うんじゃねえよ」
「だがよお、断って、暴れられたらお終いだぞ。前回は街の外だったからいいが。街中で暴れられたら人死にがでるぞ」
断って、暴れるようなやつを街に住まわせられるか!
「大丈夫です。私たちは人間と仲良くやっていけると思います。それは誓います。人間が私たちに手を出さない限りは」
ヴィオレシアよお、怖えじゃねえか。
こりゃあ、手を出さねえようにって、しっかり周知を出しておかなきゃならねえな。
「そして、人間の街の食事が美味しいのですよ。それを知ったら魔族の国で暮らせません」
何を言ってんだよ、お嬢様よお。
「ですよね、ヴィオレシア様。俺は『カレー』と『ナポリタン』と『ハンバーグ』というのが好きです」
フォルカス、子どもか!
「私は『いぶりがっこ』と『にしんそば』と『鶏飯』が美味しいと思います」
お嬢様は各地の郷土料理かよ。
旅の途中で何をしてんだよ。
余裕で観光してたんじゃねえか。
「たあーしょうがねえなあ。どうせ、いつくんだろう。なら、フォルカス、その圧力を引っ込めろよ。みんな萎縮しちまうからな」
「おう、ここでの暮らしを許可してくれるか、ありがたい。だが、すまない。どうすれば圧力を抑えられるかは知らない」
「フォルカスは少しだけおバカなのです。そこも可愛いところ。なので、少々時間がかかると思います」
「……どうにかしてくれよ、ヴィオレシアさん」
頼りはお嬢様だけだった。
厳しめにお願いします。
で、早速料理を食べている。
迷子だったというのは事実で、まともな食事がとれてなかったらしい。
テーブルにはいっぱいの料理が並ぶ。
ギルドで出される料理っつーのは量が多くて、味はまあまあ。
唐揚げやらチャーハンやら回鍋肉やら焼きそばやらだ。
茶色いなあ。
茶色い料理ってのは美味いと思う。
ヴィオレシアのほうは、父親が死んだすぐということで、食欲もねえかと思ったが……
そうでもねえようだな。
「食べないと生きていけないでしょう。私は生き残らなければならないのです。うー、この唐揚げが美味しいですね。柚子胡椒というのをつけると、辛みと香りがさらに美味しくします」
食事を単純に楽しんでねえか?
まあ、美味しく食べてくれた方がいいんだがな。
「……でよお。木の聖女はどうしたか、知っているか? 生き残っているよなあ」
「ああ、いのせいほはな」
フォルカスよお、チャーハンを口いっぱい頬張ってんじゃねえよ。
「口のものを飲み込んでからしゃべれや」
「おう、すまない。フェルドの娘だよな」
「娘というか、なんというか。微妙な感じになりつつあるが……」
「ん? よくわからないが、木の聖女イーナのことだよな。たしか勇者一行は全員無事のはずだ。聖女なら、こちらに向かっているんじゃないか。父親のことが好きならな」
イーナ、生き残ってくれたか……
うん、たぶん、こっちに向かっているよなあ。
そうだよなあ。
会いたいなあ。
もう、何か月会っていないだろうか。
イーナは成長したのだろうか。
きっと大人になれば成長速度は人間並みになるんじゃないかとは思っている。
この旅で少し大人になったのだろうか。
……あの、イーナが大人しくなるってのは想像できねえなあ。
とりあえず、褒めてやらなきゃいけねえよな。
人類を救ったんだ。
そりゃあ、褒めるべきだろうよ。
「で、聖女に会っても、復讐とか考えるんじゃねえぞ。俺が許さねえからな」
「あたりまえだ。この街に住まわせてもらうんだ。それはしないよ。それをするとこの街総出で俺を殺そうとするんだろう。怖いと思うぜ」
よく言うよ。
フォルカスの実力ならこの街を全滅させられるだろうに。
まあ、俺も、イーナがいるなら、前回より強いぜ。
簡単にはやらねえよ。
「やはり、娘はいいものだよな」
「そうだな、フォルカスは、ヴィオレシアさんを育てたってことか」
「そうだ、オルドヴァンと一緒にな。ヴィオレシア様はそれはそれは可愛らしいお子さんだったんだぞ。フェルドにも見せたかった」
「なにを。イーナの方が可愛いに決まっているだろうが。聖女だぞ、聖女」
「魔王の娘を侮らないでもらいたいな。魔族で一番かわいかった」
「なら、イーナは人間で一番可愛かった。人間の方が数が多いから勝ちだな」
「聖女は五人いたはず。なら、五人の同率一位だろう。ヴィオレシア様はただ一人。こちらの勝ちだ」
「バカか、フォルカス。イーナは五人の聖女の中で一番可愛い」
「見たことあるのか、他の四人を」
「……一人だけ」
確かにリディアは可愛かった。
だが、イーナの方が可愛いと思う。
父親のひいき目が入ってもいいはずだ。
フォルカスと睨み合う。
こいつの圧力が強くなっている気がするが、ここは父親として引いてはいけないところだ、きっとな。
「表に出ろや、フォルカス。喧嘩だ、喧嘩!」
「上等。今度はコテンパンにのしてやるよ、フェルド!」
コテンパンってなあ。
表現が古いじゃねえかよ。
いつの時代の人だよ。
「ちょっと、止めてよね。フォルカス。早速問題を起こさないで」
と、ヴィオレシアさんが麻婆豆腐を食べながらフォルカスを注意する。
もう少し真剣に怒ってくれねえかな。
「しかし、ヴィオレシア様……」
「恥ずかしいですからね。フォルカスが私を愛してくれていることは存分に伝わりました。そして、フェルドさんがイーナさんを愛していること、伝わりました。ということでよいですね、イーナさん」
「まったく恥ずかしいよ、フェルドは。でも、ちょっと嬉しいかも」
え……イーナ?
ヴィオレシアの後ろイーナが笑っていた。
いつの間に?
「ただいま、フェル。魔王を倒してきたよ。すっごいでしょ」
「ああ、すげえよ。俺の誇りだよ。でも、そんなこたあどうでもいいんだよ。お帰り、イーナ。生きて帰って来てくれただけで、おりゃあ嬉しいぜ」
「うん。私もここに帰って来たかった。フェルドに会いたかった。フェル、ただいまー!」
イーナが飛び込んでくる。
それを抱きしめる。
懐かしい香りがする、いつもの体温がある。
イーナがいる。
帰って来たんだ。
お帰り、イーナ。
お帰り。
で、イーナのいる生活に戻るんだよな。
もう、それがいつもの生活だ。
女神メルフェイーナ様に会って、イーナの養育を頼まれて、それからは怒涛のような日々だった。
イーナは聖女として成長して、そして任務を完了して、こうして帰って来た。
物語だったらこれでハッピーエンド、大団円ってところなんだろう。
だが、俺たちは生きていて、今日の地続きで明日がある。
そんなに今日と変わらねえ明日かもしれねえが、しかし、確実に変わってはいる。
きっと誰にもどうなるかなんて知らねえ、明日が来る。
さて、どうなるかな……
『上手い具合に締めたと思っているのでしょうが、しかし、イーナ様、エルマ、マリアンネ、シャノン、メリスをどうするつもりですか? ちゃんと決めないといけないでしょう』
おい、ジリよお。
もう少しだけ時間をくれよな。
『これだけ時間があったのに、情けない。しかし、もしかしたらフェルドには決定権がないのかもしれませんね』
そんなこたあねえだろうが。
『人生というのは得てして自分の決定とは関係なく進んでいくのでしょう。それに木の葉のように弄ばれながら、今を生きていくのでしょうね』
なるべく自分が決めたことと、腹をくくって生きていきてえと思っているんだが。
『まあ、志は大切でしょう。頑張りなさい』
今いる自分を頑張って生きていく。
そんな感じらしいぜ。




