第95話 来年もこんな感じでならいいんじゃねえのかな
空は青く晴れて、暖かい日差しが降り注いでいる。
雀がピーチクと鳴きながら空を飛んでいる。
気持ちよさそうだな。
上空の風は弱いんだろう、雲がゆっくりと流れている。
まあ、空はのどかってことだ。
で、地上のほうだよ。
「フェル、さぼってないで! そのお肉もう焼けてるよ!」
「了解だ、イーナ」
イーナの帰還祝い、魔王討伐祝いってことで、ギルドの庭でバーベキューをやっている。
なんでか主役のイーナが焼いているんだよな。
食べりゃいいのに。
俺はというと、聖女たちの相手をしている。
イーナの友達と言うことだから、知り合いもいねえだろう。
あと、魔族の二人な。
他のグループとは若干距離がある。
まあ、街のみんなもそのうち慣れるだろう。
それほど悪い奴らじゃないようだしな。
もちろん、エルマさんたちやマリアンネさんたち、シャノンたち冒険者も参加しているんだが、若干距離があるな。
バーベキュー台の網の上、肉がいい感じに焼きあがっている。
そいつをトングでつまんで、ファーリヤの皿の上に置いてやる。
「ありがとう、フェルド。いやあ、やっぱり王国は食が発達してるよ」
小麦色の肌の美少女が牛肉をもりもりと頬張る。
火の聖女らしいぜ、この子。
どうして聖女がここにいるんだろうなあ。
んでよお、他にもいるんだぜ。
向こうで、水の聖女リディアとなにやらやっている銀髪の清楚げな美女が、金の聖女のディオーナとのことだ。
「ちょっと、リディア。そのアスパラは私のものですよ。取らないでください」
「このアスパラさんのどこにディオーナの名前が書いてあるのかしら? 書いてないのなら誰のものでもないわよね」
「食べ物に自分の名前を書くわけないじゃない。書いているほうが非常識よ。なら、このトウモロコシは私がいただく……」
「それも私のものよ」
「それは意地汚いというものよ。お里が知れるわ」
聖女どうし仲良くすりゃいいと思うが。
で、なんかほんわかした美少女が土の聖女のユーリアで、これまた何でか参加しているフォルカスとヴィオレシアと一緒にキャベツを焼いている。
魔族の二人は参加していていいのかな?
魔王討伐祝いなんだが……
「このキャベツさんがおいしーのよーねー」
「ユーリアさんだったかしら。そのキャベツは真っ黒こげじゃないかしら」
「これはむけばいいんだよー。ほら、ぺりぺりっと」
「そ、その一番外の葉っぱはもったいないんじゃないかしら」
「ここは固くて、青臭いから食べないんだよねー」
「魔族の国では収穫が少ないから余さず食べるのですが……」
「ヴィオレシア様、人間とはなんと贅沢なのでしょうか」
「贅沢ついでに、キャベツはこのアンチョビソースで食べると美味しいのよー」
「こ、これは。食べたことがない、だけど、どうしてこんなに美味しいの!」
「やはり、人間は怖いです。食に対してこんなにも貪欲なんて」
なぜか魔族に人間が恐れられている?
まあ、美味しく食べられりゃいいと思うがな。
つーわけで、聖女勢揃いだ。
ほんとどういうわけだよ。
「だけど、あれだな、イーナ」
「何よ、ファーリヤ」
「フェルドってイーナの恋人じゃねえんだな。魔王のときの話じゃあ、すっかり恋人かと思ったが、まだじゃねえか」
「失礼な! 半分はもう恋人なの。これからちゃんと恋人になるの!」
「ほんとかなあー。あのエルマとかマリアンネとかとも仲がいいって話じゃねえか」
「私のほうが一歩リードしているから」
「一歩だけかよ」
「うるさいなあ。一歩でも着実な一歩なの!」
なんか怖い話をしている。
関わらないほうがよさそうだな。
ちと、リディアのところに行ってみようか。
ユージンのこともあるし、気にかけたほうがいいだろう。
「よお、リディア、食っているか?」
「あ、フェルドさん。このたびはバーベキューにお誘いいただいてありがとうございます。美味しくいただいています」
にっこりと笑顔だが、少し疲れた感じにも見える。
俺の気のせいならいいんだがな。
「ディオーナも楽しんでくれているようでよかったよ」
なんかとっつきにくい子かと思ったが、リディアとのやり取りを見ていると意外に子供だよなあ。
「ありがとうございます。別に私はこの程度のものはいつも食べておりました」
「そうかい。じゃあ、この椎茸を食ってくれよ。この辺の椎茸は大きくて、美味いんだよ」
「そうですか。お勧めされたら食べないわけにはいきませんね」
醤油を少し、バターを乗せて渡す。
意外に素直だな。
彼女は受け取って、素直に食べた。
「あ、じゅわってお汁が出てきて、これ、美味しい……」
「だろう? きのこっていうのもなかなかいいもんだぜ。麦酒にもよく合うしな」
「ディオーナ、本当は美味しいもの、食べられなかったんじゃないのかしら。お国では」
リディアも意地悪なことは言うなよ。
確かディオーナの故郷はイシュティムフォートだったよな。
魔族に一番初めに落とされた国だ。
生き残っただけでも大したもんで、食なんて大変だっただろうぜ。
「た、食べたことあります! 私の村では茸とか猪とかがよく取れましたからね」
「ほんと、山の中よねえ」
「島に言われたくはありませんわね」
山と島で相容れないってのかなあ。
そんなこともねえと思うが。
島ってのも、ほぼ山なところも多いと思う。
そうなると海があるマウントがあるのかもしれねえなあ。
「ディオーナがちゃんと生き残ってくれて、俺は嬉しいぜ。こんな大変な時代だったんだからよお。で、イーナを手助けしてくれたんだろう。ありがとうよ。感謝してるぜ」
ディオーナが不思議そうに俺を見つめる。
「イーナを少し羨ましく思います。こんな素敵な人に囲まれて育ってきたなんて。魔族との戦争がなければ、私もこのような環境だったのでしょうか。そうであれば、私も、もしかしたら……」
そんなディオーナをリディアが冷静な表情で見ていたのが少し気になる。
自分の環境を比べてみているのかもな。
ディオーナはイーナと同い年なんだよな。
魔族の侵攻さえなければ、もう少し年齢相応になったのだろう。
落ち着きすぎている感じがある。
まだ、もっと子供でいいんじゃねえのかな。
そりゃ、俺がイーナにも思っていることか……
「ま、ここは何にもねえ街だよ。だが、気に入ったのならゆっくりとしていってくれ」
「あ……」
彼女の頭をポンと撫でて……
あ、しまった。
イーナと同じ感覚で対応しちまった。
今日会ったばかりの女性に失礼だよな。
「すまねえ。馴れ馴れしすぎたよ」
「い、いえ……」
ちょっと顔を赤めて、俯いている。
恥ずかしいよなそりゃ。
子どもでもねえのに頭を撫でられちゃあ。
「全然、大丈夫です。問題ありません。なんか少しだけよいと思いました。で、できるならもう少し、その……やってもらえると」
ああ、そっちか。
両親を思い出したのだろう。
もしかしたら両親は魔族に……かもしれねえなあ。
そりゃあ断れねえか。
彼女の頭を優しくなでる。
「ああ、ディオーナはよく頑張ったと思うぜ。聖女なんて大役、そりゃあ大変だったよなあ。俺は誇りに思う」
本当にそうだ。
みんなよく生き残ったよ。
……この場に魔族の二人がいるってのも妙な話だが、その二人がなじんでいるのはもっと妙な話だよなあ。
「あ……はい。なんかすごくいいと思います。なんか……」
彼女の目から涙が。
「お、すまねえ。痛かったか?」
「ち、違うんです。これは痛いとかそういうことじゃないです」
「だがよお……」
「大丈夫です、大丈夫。フェルドさんのせいではあるんですが、それは問題ないことなんです」
やっぱり俺のせいじゃねえか。
「ごめんよ」
「謝るくらいでしたら……だ、抱きしめてください」
なんで抱きしめるんだ?
しかし、彼女がそれで気がすむなら……
「なにしてんのよ、ディオーナ! 人の男に手を出してんじゃない!」
「ぷぎゃあ!」
イーナが突撃してきて、飛び蹴り。
足の裏がディオーナの顔面にヒットして、すっ飛んでいった。
ディオーナも聖女だからステータスが高いのかなあ。
きっと大丈夫なんだよなあ。
しかし、イーナの教育を間違えたかもなあ。
イーナは倒れたディオーナの胸ぐらをつかんで、説教をしている。
イーナよ、俺はまだイーナの男じゃねえよ。
一応フリーってことになってんだからな。
所有権を主張するなよ。
って思うんだが、怖くて入っていけねえや。
「……オイヴィアーダだって、『チョロイン』じゃないのよ」
「ん、リディア。オイヴィアーダ様ってーのは金の女神様じゃねえっけ? ディオーナだよなあ」
「フェルドさん、どちらでもいいことですよ。問題なのは『チョロイン』かどうかであって、オイヴィアーダかディオーナかではないんです」
よくわからねえな。
「ははっ! おもしれえことになっているな。この街、いいよ。気に入った。なあ、フェルドさん。俺たちここで暮らしていいかい? せっかく聖女が集まったんだからよお。一緒に暮らすってのも楽しそうじゃねえか」
ファーリヤは二人の取っ組み合いを楽しそうに見ている。
そりゃあ賑やかでいいが、しかし、こんな田舎の街に聖女がねえ。
それでいいのかよ、聖女。
「国に帰りゃあ、英雄扱いされんじゃねえのかい?」
「いらねえよ、そんなん。堅苦しくってしょうがねえって。フェルドさんもそうだろ」
「ああ、そりゃ、そうだ。英雄なんか糞くらえだ」
「だよなあ! 俺たち気が合うかもしれねえな。なあ、イーナをやめて、俺にしねえか? これでも男に尽くすタイプだぜ」
ファーリヤ、そりゃいらねえよ。
間に合ってるから、そりゃあ。
「こらー、火のやつ! どさくさ!」
「フェルド様はあなたのような男女にはもったいないですわ!」
イーナとディオーナがファーリヤに詰め寄る。
顔が怖いって。
二人でやりあってたんじゃねえのかよ。
しっかりこっちの話も聞いていたのかよ。
「誰が男女だ!」
「胸がない!」
「品がない!」
「うっせえわ! 体型と性格いじりはコンプラ違反だ!」
「人の男を取るのもコンプラ違反だ!」
「フェルドさんはまだイーナのものでもないでしょうに」
「うっさい、ディオーナ。確定した未来は現在と同じなの!」
まったく姦しいや。
聖女がみんなウチの街に住む?
こんな毎日が繰り広げられるってことか……
「私は一度、自分の国に戻ります」
こんな取っ組み合いを見ながらも、リディアの声は冷静だった。
「ユージンを故郷に連れて帰りたいと思います」
「そうか、それがいい」
「ですが、ここにお墓を作るのもよいと思います。彼はとてもこの街を気に入っていました。私もここが好きです。ここでならユージンを思って静かに暮らせるかと思います」
そうか……
国に戻りゃあ、聖女ってのは政治利用されるような存在だ。
偉い人の息子とかと結婚させられるような感じだろう。
そりゃ、リディアには受け入れられねえよな。
そうか、他の聖女も同じなんだろうよ。
自由のない暮らしになっちまうんだ。
それなら、この田舎町ってのもありなんだろうな。
楽しそうに取っ組み合っているイーナたちを見てそんなことを考えた。
そういや、聖女ってお付きがいたよなあ。
リディアは白蛇、他の子たちは?
「はい。ディオーナのところは狼、ファーリヤは鷲、ユーリアはアルマジロですわ。皆さんを驚かせないようにまだ出てきていません」
「ア、アルマジロかい?」
「はい。とても防御力が高くて、頼りになりますわ。温厚で性格もよいですわね」
はー、聖女のお付きも変わっているなあ。
そういやウチの黒豹はどこ行ったよ。
こんなときはガッツリと食べにはしると思うが。
ああ、ティムと話しているか。
あいつ、ティムと話せるのか?
話せると仮定して一方的に言っているだけか。
「いやー、聖女さんたちって元気だよね。フェルドさん、大変だ」
『そうですね。フェルドにも責任がありますから、自分でどうにかしないといけないでしょう。……で、どうです、これで満足ですか?』
「ま、いいんじゃないのかな。大団円って感じで」
『……やっぱり、アウヤナヴァル様ですよね』
「あやー、気付かれちゃったか」
ティムが頭を掻いている。
距離があるんで、何話しているのかはわからねえが、なんとなく会話になっていそうな気がする。
『私の言葉に反応してはダメでしょう。で、これが貴方様が望んだ結末でしょうか?』
「ん、いいんじゃない。僕は僕が楽しく生きれればいいだけだから。ついでに彼女たちも幸せになってくれればいいかなって、ちょっと思ってる」
『ちょっとですか』
「ちょっとだけね。それは彼女たち次第じゃない?」
『貴方様が変な課題を出すから、素直に生きられないのではないでしょうか』
「いやあ。でも、本当に滅ぼしたいってなったら滅ぼしていいと思っていたりもするんだよねー。そしたら、僕は少しだけ待って、次の種族に入り込んで、そこで楽しく生活するだけだし」
『……真面目に仕事をされないのですか? 作ったものに対する責任はないのでしょうか?』
「僕は作るだけだよ。あとはその種族次第。繁栄するのも滅びるのもさ。僕が手を出すといいことにならないと思うんだよねえ」
『面倒なだけでしょう』
「そういうこともないわけじゃない」
『仕方ない人ですよね。いいえ、神様ですか』
「あ、そうだ、ジリちゃんも今回頑張ったじゃない。僕からご褒美をあげるよ」
『い、いりませんよ。いい方向に行く気がしません』
「遠慮せずに。だって、僕だって仕事しなきゃでしょ。というわけで、ほいっと」
『ん、なあ!』
ジリが……人間になっている。
黒髪ショートのスラリとしたスタイルのよい美人。
なんだ、人型にも変身できたんじゃねえか。
それならもっとことが簡単に運ぶこともあったんじゃねえかなあ。
出し惜しみすんなよ、ジリ。
「ご褒美、ご褒美! 気に入ってくれると嬉しいな。ほら、ジリちゃんだってフェルドさんが好きでしょ。あれに参戦してきなよ」
ティムがこちらを指さす。
聖女の取っ組み合いの話をしているんだろうか?
「この、腐れ邪神が! 引っ掻いてやろうかしら!」
そのジリがティムに襲い掛かろうとしている。
「おい、ジリ。ティムに手を上げちゃあだめだろうが」
《激流ノ歩》で一気に距離を詰め、ジリを羽交い絞めにする。
「離してください、フェルド。この子が元凶なんですよ。すべての原因なんです。退治しなくてはいけないのはこの子なんです!」
何言ってんだ。
意味がわからねえ。
ご乱心かよ、ジリ。
「フェルドさん、彼女たちをしっかりお願いしますね。そうそう、でも、僕は僕のお父さんになってくれると嬉しいです」
ティムがにっこりと笑う。
そりゃあ、エルマさんと結婚してほしいってことかよ。
そういう未来ってもんもあるかもしれねえが……
「フェルド。この邪神の言葉に耳を貸してはいけません」
ジリが暴れる。
「なんだよ、邪神ってよお。ティムはティムだろうが」
「ティムは――。くっ。セキュリティがかかっている!? そういうことをしますか!」
「だめだめ、ジリさん。いらないことは言わないのが花。僕は楽しく暮らしたいだけだよ。僕が幸せにね。そして、ついでにちょっとだけこの世界が幸せになるといいね」
少しだけ幸せにねえ……
幸せかどうかはわからねえが、しかし、聖女の子たちも意外と楽しそうではあるな。
俺はとりあえず美味いもんを食えりゃあ、幸せかなあ。
ま、引退まで元気に冒険者を続けられりゃあ幸せな気がするぜ。
もう少しだけ頑張っていこうか。
ぼちぼちでいいけどな。
それで、来年もこんな感じでならいいんじゃねえのかな?
で、この混沌とした現場、どうにかならねえかな?
肉が焦げるじゃねえか。
そろそろイーナも暴れ疲れて、腹を空かせるんじゃねえかって思うんだが、まだやってんな。
「それで、いつまで私を羽交い締めにしているのですか? 放しなさい、フェルド!」
「いや、ジリよ。ティムをもう襲わねえか?」
「それは……もう、どうでもいいですよ。終わったことでしょう」
意味がわからねえな。
が、まあいいか。
ジリがそう言うなら、重要なことじゃねえんだろう。
ティムも怒っちゃいねえしな。
空にはピーチクと雀が飛んで、雲がゆっくりと流れている。
ああ、いい天気だ。
そっちは平和そうでいいよな。
こっちはバーベキューが楽しめりゃいいんだが、難しそうだよ。
とりあえず麦酒でも飲んで酔っておくか……
―― 了 ――




