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ロートル冒険者の俺が聖女の養育者でいいのかよ? ――のちに辺境の英雄と呼ばれる男の話――  作者: 月見里 嘉助


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第92話 この場に五柱の女神、すべてが顕現した

――― 三人称視点 ―――


魔王オルドヴァン・ブリスファードが剣を抜き魔力を高める。

その魔力は他を圧倒する驚異的な強度。

その余波だけで、並の人間では立っていることすらできないだろう。


勇者、久坂涼葉は恐怖を必死に抑え、剣を構える。

確かに彼女は強い。

過去の勇者と遜色ない強さを持っている。


しかし、それ以上に魔王は強い。

勇者とは五属性分、五人いるのだが、今代の勇者で魔王へとたどり着けたのは彼女ただ一人。

彼女だけでは魔王を倒すことは難しい。


勇者、久坂涼葉はこの逆境をどのように覆すのだろうか?


そのような場面。

だが、みな止まり、動く者はいない。

緊迫の場面で時間は止まっている。

一人を除いては……


「え、え。どういうこと? これって何?」


動いているのはイーナただ一人。

彼女はきょろきょろと周りを見渡す。

まだ状況が判断できていないらしく、戸惑いの表情を浮かべている。


「どうして誰も動いていないの? ねえ、スズハ」


イーナは涼葉の肩に手を乗せる。


「あっ」


驚いてすぐに手を引っ込めた。

硬かった。

とても人間と思えないくらいに硬く、冷たかった。


「どういうこと?」


「時間が止まっているのですよ」


イーナの目の前が白く光り、ぬるりと人が現れる。

シルバーブロンドの長髪に、長いまつ毛を持つ、厳格そうな少女だ。

その肌はまるで陶器で作られたように滑らかで、青白い。


「え、誰?」


「もういいでしょう、メルフェイーナ。審判の時間です」


白い少女は落ち着いた声で静かに告げる。


「まったく、今回も酷いもんだったよ」


赤い光が走り、一人の少女が現れる。

短い赤髪の、小麦色の肌をした活発そうな少女だ。


「いやー、つまんねーって、早々に死んじまうんだからさー。どうにかならねーかねー」


彼女はどっかりと床に胡坐をかく。


「で、あと二人はどうした?」


「彼女たちはまだ生きていますからね。呼び出しましょう」


「え、え、なに? どういうことなの……」


イーナはまだ戸惑ったままだ。

しかし、白い少女は彼女を無視して、淡々と準備を進める。

両手を左右に差し出し、左右に一つずつ魔法陣を展開する。


右手の魔法陣が黄色く輝き、少女を残し、消えた。

明るい茶色のふわふわとした髪をした、優しい雰囲気を持つ少女だ。


「え、ここはどこでしょうか?」


彼女も状況を把握していないようだ。



左手の魔法陣は紫色に輝き、やはり少女を残し、消えた。

ふわりとした黒髪と白い滑らかな肌が目を引く美少女だ。


「あ、リディア!」


「え、イーナちゃん? あれ、私、どうしてここに?」


現れたのは水の聖女であるリディアだった。

土の勇者を殺害し、行方不明となっていた水の聖女。


「私もわからないの。魔王を倒しに来て――そこに魔王がいるんだけどね。時間が止まっているらしいの」


「え……魔王?」


リディアは魔王を見て、怯えた表情をする。

彼女は初めて魔族を見た。

その初めてが、頂点たる魔王だ。

堂々とした体格を持ち、他を圧倒する魔力を持つ、まさに魔王。


「私、これから魔王と戦うってこと?」


「いえ、それはもういいことです。どうでもいいことですよ」


白い少女が会話に入る。

そして、魔王を一瞥する。


「これは邪魔ですね。もういりません。消えてもらいましょう」


彼女が手を振ると、魔王の体が砂のように崩れ、床に砂の山を作った。

もう一度手を振ると、風が吹き、魔王だった砂を吹き飛ばした。


「これでいいでしょう。さて、私たちの仕事を始めましょう」


「え、魔王が……死んだ?」


「なんなの、あなた!? なんで、魔王を殺すのよ! いえ、いいことだけど」


「全然、頭が追いつかないです。私は土の聖女ですが、ただ逃げていただけなんです。その私がどうしてここに?」


イーナ、リディア、土の聖女ユーリアは混乱している。


「ほら、オイヴィアーダ。お前はいつも説明が足りないんだよ。俺は死んじまったからいいけど。いや、よくねえんだけどさ。ま、死んだからわかるが、生きているやつらはわからねえだろうが」


「うるさいですよ、ヘルミヴィエノ。仕事を早く済ませたいのです。それは私たちの責務でしょう」


ヘルミヴィエノの言葉に、「だめだ、こりゃ」とオイヴィアーダは首を振る。


「あなたたちが人間でいたいというのなら、無理矢理に引きずり出しましょう」


彼女は目を閉じる。

彼女から影が立ち上り、巨大な人型を作り出す。

深くヴェールを被った人型だ。

もちろん人間ではない。

力が、次元が違う。

それは神。

金の女神オイヴィアーダだ。


ヘルミヴィエノも目を閉じ、巨大な人型になる。

彼女は火の女神ヘルミヴィエノの本体を顕現させた。


イーナはそれを呆然と見つめていた。

体は動かない。

そして突然気付く。

自分が木の女神メルフェイーナだということに。

次の瞬間、女神メルフェイーナが顕現した。

リディアは水の女神ウルアリッリに、土の聖女ユーリアは土の女神エーリヘンリーッカへと姿を変える。


この場に五柱の女神、すべてが顕現した。


「さて、揃いましたね。話を進めましょう」


金の女神オイヴィアーダは、人間の姿だったときと同じように、淡々と話す。


「相変わらず強引ね、オイヴィアーダ。もう少しゆっくりでもよかったのでは? 魔王も戦いもせずに、負けるとは思っていなかったでしょう」


「メルフェイーナ。無意味なことはいらないでしょう。どうせ消されるのです。ならば早いほうがよいでしょう。それが慈悲というものです」


「あなたとは慈悲の解釈が違いますね。それではあまりにも愛がありません」


「愛など必要ないものでしょう。我々は神なのです。公平で公正であることこそが重要なこと。そこに愛など邪魔でしかありません」


メルフェイーナとオイヴィアーダが見つめ合う。

それぞれの後ろに魔力を立ち上らせながら。


「ほらほら、どっちも言い争っている暇はねえだろ。オイヴィアーダよ、責務を果たすんじゃねえのかよ。ほれ、進行してくれよ」


ヘルミヴィエノの言葉に、メルフェイーナは溜息をつく。

オイヴィアーダは淡々と話を進める。


「では、早速、採決を取りましょう。みなさん、このたびの生にて、十分に人間を見てきたはずです。どうか冷静に判断してください。人間はこのまま生き残ってよい種族なのか、それとも滅ぼして新しい世界を構築するべきか」


語られたのは人間にとっては無慈悲な言葉。

人間は彼女たちの一存で滅びるか弱き存在なのだろう。

そして、彼女たちにはその力があるということだ。


金の女神は他の四柱をゆっくりと見渡す。

そして、やはり感情なく続ける。


「では、私からですね。私は人間を滅ぼすべきだと思います。存続させるほどの価値はありません。ならば、滅ぼして、次の種族に期待しましょう。それが有益というものです」


「あー、オイヴィアーダはいつもそうだよなー。人間が嫌いっつーか」


ヘルミヴィエノが呆れる。


「嫌いということではありません。人間に価値がないと言っているだけです」


「毎回、これだよ。んじゃ、俺な。俺はどっちでもいーかなーって思う。存続させる価値はねえかもしれねえが、滅ぼすほど悪くもねえんじゃねえかな。つーか、俺も早めに死んじまったんで、あんま経験できてねえんだけどな」


「どうでもいいということはないでしょう、ヘルミヴィエノ。それは無責任では? ……まあよいでしょう。ヘルミヴィエノはいつもの判断ですね。では、エーリヘンリーッカ」


金の女神に振られた、土の女神は穏やかに微笑む。


「私もどちらでもよいですわ。それにしても、このたびの土の勇者は酷いものでした。ですが、私が育った村の人たちは私にとてもよくしてくれた。善良で愛すべき人たちでした。両方を足して保留です」


「なるほど、あなたらしい回答です。では、次にウルアリッリ」


ウルアリッリは俯き、少し沈黙する。

そして答える。


「私は人間を滅ぼしたい。愛する人を殺した人間を殺したい。その勇者は殺しました。人類は信用できないものと思います。……ですが、愛した人もまた人間でした。彼と一緒にいるのは心地がよかった。私はもう一度あの人に会いたい。ただそれだけです」


「では、消極的に、人間を滅ぼすことに賛成と解釈しました。次の種族にもあなたが愛するに値する人が現れることを祈りましょう」


ウルアリッリはオイヴィアーダをチラリと見る。

彼女の思いとは違う。

しかし、それはオイヴィアーダには伝わらないのだろうと思う。

きっと、オイヴィアーダには伝わらない。

彼女はいつもすぐに死んでしまうから。

彼女はそれを経験しないから、理解できない。

可哀想な存在だと思う。

しかし、彼女の思いは伝わらないから、彼女にはこれ以上話すことはしない。

最後のメルフェイーナの言葉を待つだけだ。


「最後は私ですね」


木の女神の声が優しく響く。


「私は人類の存続を望みます。確かに彼らは愚かで傲慢で暴力的です。権力にすがり付き、他人を蔑み、陥れるような人たちです。しかし、それは一部の人なのです。他方、素朴で純朴で親切な人々もいます。善良とは言えないかもしれませんが、しかし、決して悪ではありません。悩み、苦しみ、悲しい決断をする方もいます。それは彼らが悪だからではなく、その状況がさせていること、死すべき人たちではありません。その純朴な方々まで死んでしまう必要はないでしょう。彼らの将来に期待するということではありませんが、人類が少しだけ優しくなれる可能性はあると思います」


木の女神は優しく微笑む。


「そうじゃねえだろう。メルフェイーナは愛しい、愛しい男がいるから滅ぼしちゃ嫌なだけだろうが」


「違います。私は一人の男性を思って、この重要な決断をしたのではありません。あくまで全体的な視点に立って意見しているのですよ。もう……ヘルミヴィエノは口が悪いですね」


「へい、へい、そうですね。俺も恋愛してみたかったなあー。もう何百年タイミングがねえんだから」


火の女神はぶつぶつと不服そうだ。

金の女神は無表情に木の女神と火の女神を見て、それから手を広げる。


「それでは多数決の結果が出ました。不本意ながら、無効票が二票。創造神様は結果が出るようにと五柱の女神をおつくりになったのです。次回はしっかりと意見を決めていただきたいものですね。人類を存続させるに一票、そして人類を滅亡させるに二票。結果、人類を滅亡させることに決定いたしました」


金の女神は人類の滅亡をしっかりとした声で告げる。

が、すぐに木の女神が反対の声を上げる。


「それはなりません! このたびの結果で、人類を滅亡させることは決して了承できません」


「しかし、多数決で決まったこと。ルールには従っていただけませんでしょうか」


「ルール? ルールがなんだというのです。私は了承しない! 絶対にです」


「男がいるのでしたか。それならば五十年後に人類を滅亡させればよろしい。その男が死んでからならメルフェイーナも問題ないでしょう」


「そういうことではありません! この世界にあふれる愛情をすべて消し去るつもりですか!」


「次の種族にも愛情はあるのでしょう」


「今ある愛情はどうするのですか。親の子に対する愛情、子の親に対する愛情、兄弟の愛情、友達どうしの友情、男女の愛情……。そのすべてを消し去るのですか。この世界は創造神様がおつくりになった世界です。我々がその種族を消し去るのは乱暴すぎるのではないですか?」


「創造神様は我々にその権限と責任をお与えくださいました」


「人類は滅亡させるべきでありません! 私はそれは望まない!」


木と金の女神がにらみ合う。

それを見ていた火の女神がわざとらしく大きな溜息つく。


「メルフェイーナもオイヴィアーダもいつも通りってことなんだよな。メルフェイーナは結局、男がいるから殺さないでといっているようにしか聞こえねえぞ。んで、毎回、メルフェイーナかウルアリッリかエーリヘンリーッカの誰かが強硬に人類滅亡に反対して、結局様子見になるんだよな。いつも通りじゃねえか」


「このたびこそ、それを変えていこうと思っているのです」


「オイヴィアーダ。そりゃ、無理じゃねえか。俺たちの争いになるだろう。そうなりゃ、世界なんて壊れちまうよ。俺たちじゃ世界をつくるのは無理だ。それこそ創造神様の仕事だよ。で、その創造神様もどこにいるやらわからねえんだから」


金の女神はしばし沈黙し、そして首を振る。


「まったく我々もどうしようもありませんね。不完全な存在です。創造神様にどのような顔をしてお会いすればよいのでしょうか。わかりました、仕方ありません。このたびもいつもと同様に人類滅亡を保留いたします。次回はしっかりと仕事をこなすことにしましょう」


「たぶん次回も同じになるんじゃねえかなあ」


金の女神が火の女神を睨みつける。

火の女神は「おー、オイヴィアーダは怖えんだから」と舌を出した。


「それではここまでたどり着いた勇者、久坂涼葉には、褒美として魔王討伐の功績を授けましょう」


金の女神が腕を振ると、白銀の光が舞い、涼葉、メイジー、アガサを包み込み、体に吸い込まれていった。


「これで魔王討伐の記憶が刻まれました」


そして一同をゆっくりと見渡す。


「これにて、この度の裁定は終了となります。一同、次の機会にまたお会いしましょう」


女神の巨大な姿は霧が晴れるように消え去った。

最後に残ったのは木の女神メルフェイーナ。

その女神もイーナの姿へと戻る。


しばらく魔王が立っていた場所を見つめていたが、顔を上げる。


「さてと、帰ろっか、フェルのところへ」


彼女がパンと両手を打つと、止まっていた時間が流れ始める。

魔王討伐後の世界が動き始めた……


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