第86話 さすがに気付かねえわけがねえよ
秋の森。
木々の葉は紅葉し、地面には橙や赤い葉が絨毯を作っている。
葉の隙間から木漏れ日が差し込み、光の帯が伸びている。
空気は少しヒンヤリしていて、土の匂いがする。
落ち葉をガサリ、ガサリと踏みながら、歩を進める。
足音がするんで、魔物の気配はわかりやすいか。
木に登ったり、藪に隠れていたりする待ち伏せの魔物は注意だな。
ゴブリンアーチャーとか。
昔、射られて、穴に転げてイーナに出会ったんだったか。
懐かしいもんだな。
「フェルドさん、右側をお願いします。マリオン、アシュリー、左、二匹いくよ」
オーガの討伐にきている。
カールたち『幸福の青い大樹』が発見、ギルドに報告したものだ。
ノーマルのオーガはCランク~Bランクの魔物。
カールたちはCランク上位ってところか。
んで、中にはブルーやらブラックやら上位種が混じってねえとも限らねえ。
カールたちにはリスクが高えな。
ということで俺たちの出番ってことだ……
が、なぜかシャノンたち『清廉なる赤い薔薇』と一緒。
こんなときにテオとルッツ、ドミニクもいやしねえんだ。
で、忙しく働いていたシャノンたちがいたんだからな。
上手くできているんだか、できてねえんだか。
『手強い相手でしょう』
おい、ジリ。
誰がだよ?
オーガか、シャノンか……
でだよ、シャノンよ。
そっちに二匹で、なんで俺のほうに三匹いるんだよ。
『ノーマルなら楽勝でしょう。彼女たちはあなたのことを信頼しているのでしょう』
嬉しいような、面倒なような。
「しょうがねえなあ、行こうじゃねえか」
ノーマルのオーガが三匹。
武器は棍棒だ。
まあ、意味はない。
当たらなけりゃいいだけだ。
面倒だから、あっさりと殲滅しようか。
身体強化、魔法剣を発動。
《激流ノ歩》で突撃する。
二匹の真ん中あたり。
スキル終わりに《回転斬り》を繋げる。
グギャア!
オーガ二匹を真っ二つにする。
残り一匹。
ガアアァァ!
残ったオーガが棍棒を振り上げる。
遅えよ。
《疾突横閃》で、懐に飛び込み、切り裂く。
終わりだよ。
『ほら、今のフェルドならノーマルのオーガは問題ありませんね』
「そうだなあ、ノーマルならなあ。あそこにブルーがいるんだがな」
『いますね、ブルーが。しかし、ブルーなら問題ないでしょう』
「俺、一応Aランク冒険者なんだが。で、ブルーってAランクじゃなかったか?」
『もうSランクと名乗ればよいのではないでしょうか』
「勝手に名乗れねえんだって!」
Sランク冒険者の認定は王都の冒険者ギルドが行うんだ。
ウチのような辺境な街だと認定できねえやな。
とすると、辺境にはSランク相当のAランク冒険者がいたりするんだろうか。
ま、どうでもいいことだがな。
グオアアァァ!
『相手をしてほしがっているのでしょう。ほら、フェルド。ラブコールですよ』
「いらねえよ。そんなラブコールは! 気持ち悪りいから斬ってくるぞ」
『どうぞ、ご勝手に』
冷てえじゃねえか、ジリよお。
『私も信頼しているということですよ』
そりゃありがとな、相棒。
グルオォォ!
しびれを切らしたらしいブルーが足音も大きくこちらに近づいてくる。
手の巨大な鉈が地面をガリガリと削っている。
おう、慌てんなよ。
そんなに死に急ぐんじゃねえって。
じゃあ、いこうか。
魔法剣の出力を上げる。
刀身がうっすらと青く輝き出す。
ブルーオーガとは少し距離がある。
ブルーが力を溜めている。
なるほど、それがおめえの距離だってことだな。
ガア!
いや、攻撃のときに叫んじゃあ、タイミングが丸わかりだろうがよ。
ブルーが踏み込んで、巨大な鉈を振り下ろす。
「よっと」
それを剣でいなす。
少し力を乗せてな。
自分の鉈が想像とは違った動きをしたんで、ブルーは体勢を崩した。
足を踏み出しすぎだろうが、頭が近いぜ。
《剛袈裟懸け》で頭を斬り落とす。
そんな恨めしそうな目で見るんじゃねえよ。
おめえが弱かっただけなんだからな。
んで、シャノンたちは……
「お見事です、フェルドさん」
「さすが」
「最近、強いよね、フェルドさん。格好いい!」
もちろんオーガは討伐済み。
俺の戦いを見学していたようだ。
で、褒められた。
なんだか、こそばゆいな。
「アシュリーもすぐにブルーくれえ簡単に倒せるようになるって」
「なるか! 僕は一般のAランク冒険者だよ。そんなフェルドさんみたいに化け物じゃない!」
「おーおー、人を化け物呼ばわりとはねえ。そりゃ、いけねえことだって、お母さんに教わらなかったかい?」
特別にこめかみを拳でグリグリしてやろう。
「ぎゃー、ごめんごめん、フェルドさんの力だと、僕の頭が割れるからー! やーめーてー!」
はっはっはっ、楽しいじゃねえか。
「フェルドさんとアシュリーが仲良しすぎる……」
「シャノンも、あれ、やってほしいの?」
「物理的な接触というのはとても羨ましい」
シャノンがずいぶんとこじらせているようだな。
この状況が羨ましいとはね。
「だそうだぞ、アシュリー。ありがたく受け取っておけよ」
「違うー。僕はいらないのー! 壊れるからー!」
アシュリーがとても楽しそうでした。
はい。
昼、倒木に腰掛けて、弁当を食べている。
エルマさんが作ってくれたサンドイッチだ。
今回はサバサンドだ。
酸味のある野菜とマヨネーズソース、レモン。
酸味とレモンの香りがさっぱりとさせる。
さすがエルマさんだ。
『エルマさんはレパートリーを増やしていますね。これは胃袋を掴みにきているのでしょう。イーナ様、敵は強いですよ』
何やらジリがぶつくさと。
美味しく食べりゃあいいんだよ。
メシはそれが一番だ。
「フェルドさん」
シャノンがやってきて、俺の横に座る。
手には干し肉と固そうなパン。
まあ、それが冒険者の普通だよな。
「おう、食うかい?」
「エルマさんお手製でしょうか」
「そうだよ」
「……いただきます」
ちょっと多めに作ってもらったからな。
俺は代わりにシャノンが持っていた硬いパンを食べる。
懐かしいね。
こんな感じだよなあ。
最近ずいぶん贅沢してると思うぜ。
「美味しいですね。さすがエルマさん」
「だろう? ほんと、いい宿に巡り会えたと思うぜ」
「本気、なんですね、エルマさん」
「ん? 何がだい」
シャノンと目が合う。
「やはり、私もうかうかしていられない」
シャノンの手が俺の手に重なる。
「おい、シャノン」
シャノンは俺の言葉を無視して、体を寄せる。
「知っていますよね、フェルドさん。私があなたのことを愛していることを」
そりゃあ……さすがに気付かねえわけがねえよな。
あれだけアプローチされりゃあよお。
「本気なんですよ。もちろん、体が男性である私を受け入れてくれるか、とても不安があります。そして、きっと、とても難しいのでしょう」
……そうだな。
「ですが、私の顔が好きだということも知っていますよ」
美人なんだよな、シャノンは。
凛々しく、美しい。
「どうして……どうして神様は私に男の体を与えたのでしょうか。もし、私が女性ならきっとフェルドさんの隣にいたのに」
そりゃあ……わかんねえけど、とは言えねえな。
「しかし、そんなことを言っても仕方ありませんよね。事実、私の体は男性なのですから。ですが、フェルドさん好みの顔に生まれたことを感謝しなくてはいけません」
その美貌も、シャノンの努力だと思うがな。
「だから、私は諦めません。だから、フェルドさんも考えて、想像してほしいのです。一瞬でいいのです。私との生活を。子供が欲しいのなら孤児を育てましょう。いっそ孤児院を作ってもいいかもしれません。フェルドさんが先生で、私が資金を稼いできましょう。きっとフェルドさんは子供たちに人気です。そして剣を教えるのでしょう。その子供たちの中からきっと有名な冒険者が出るはずです」
子供に剣を教える、ねえ……
確かにそれも魅力的か。
楽しそうではあるな。
「他の可能性として、もしかしたらフェルドさんが冒険者ギルドのマスターになるかもしれません」
そりゃあねえだろう。
俺とバルドゥルの年齢はそれほど違わねえ。
交代する意味がないだろうが。
「私が支えますよ。数年後には引退してギルド職員になります。若い冒険者たちを指導して、活気のあるギルドにしましょう。実力のある若い冒険者を指導して、立派に育てるんです。家族のようなギルドです。フェルドさんと私ならきっとできます」
若い冒険者を育てるってのは好きだがね。
そいつらが少しでも死ぬ確率を下げられるのなら、すげえ嬉しいよ。
「冒険者で稼いだ後、王国を旅するのもいいでしょう。王国を出て、色々な国を見るのも良いと思います。世界は広いですから、きっと楽しいです。二人一緒なら」
剣聖ユージンと聖女リディアは二人旅をしていた。
幸せそうだったっけなあ。
今は寂しく、悲しいが。
「どうですか? 未来が見えましたか? フェルドさんと私。二人で歩く未来が」
「ああ……少しだけな」
「悪い気持ちですか?」
なんか、負けた気分だ。
嫌じゃなかったんだ。
「……いや、そんなこともねえが」
「問題は……フェルドさんが私を抱けるかということですよね」
結局そっち系の話になるのかよ。
まあ、ぶっちゃけるとそうなるのか?
しかし、それじゃあ俺が情けねえってことに……
いや、しかし、正直だと……
シャノンが微笑んだ。
「結局はそこに戻るのでしょうか。でも大丈夫ですよ。きっと私を好きになってくれます。愛は性別を超えるのです」
いやあ、確かにそうかもしれねえが。
「私はフェルドさんに愛してもらえるように努力します。それは宣言しておきますよ。覚悟しておいてくださいね。私、努力家で、諦めが悪いのが取り柄なので」
それも知っている。
シャノンはすげえ努力して、立派な冒険者になったんだ。
確かに才能もあったがな。
「お手柔らかに頼むぜ」
「それは約束できませんね。私、真剣なんですからね」
シャノンは楽しそうに笑う。
可愛いと思った。
思っちまったんだからしょうがねえ。
どうしたものかなあ。
空を見上げる。
木々は紅葉し、赤や黄色に色づいている。
青空と紅葉。
秋だなと感じる。
『秋に浸って、逃げても、解決はしないでしょうね。それは心が一時的に退避しているだけでしょう。現実は問題が残っています』
わかっているよ、ジリ。
しかし、もう少し時間が欲しいんだよ!
シャノンは幸せそうに体を寄せている。
さてねえ。
どうしたもんかねえ……




