第84話 だが、気の利いた台詞なんて言えねえんだ
やっぱり、へっぽこエルフの強化が急務だと思うんだ。
イーナが留守の間のバフ要員で、賢者に近い魔法の実力を持つメリスに頼らざるを得ない。
というか、こいつが普通に動けるようになりゃあ、それだけですげえ戦力なんだがな。
それができねえ残念感が……
「なんじゃ、フェルド。わらわの顔に何かついておるかの?」
ちょっと照れたように頬を染める。
小さいため息が出る。
今は女を出すんじゃねえよ。
冒険者の話なんだよなあ。
だが、可愛くはある。
俺も若干毒されてきてるんじゃねえか?
ダメな気がするぜ。
メリスを連れて、冒険者ギルドの扉を開ける。
いつものように若手が依頼板の前で押し合っている。
ベテランがそれを眺めながらテーブルでゆっくりしている。
そのベテランの何人かが、俺とメリスを見る。
そして、ニヤリと……
こいつら昨日のメリスの暴走を知ってやがるな。
情報が速えじゃねえか。
無視だ、無視。
受付のマリアンネさんのもとへ。
……無表情。
マリアンネさんが無表情じゃねえか。
俺の前の冒険者まではあんなに笑顔だったのに。
まさか、マリアンネさんも昨日のことをご存じで?
「お、おはよう。マリアンネさん……」
我ながら、情けねえ声だ。
「おはようございます。フェルドさん。今日はメリスさんを連れて何の御用でしょうか?」
んで、距離感が遠いじゃねえか。
冷たくねえか。
「マリアンネ、聞いておくれよ。フェルドがわらわを無理矢理に引きずってきたのじゃ。わらわは嫌だ嫌だと言ったのに。無理にじゃよ」
おい、メリスよ。
なんか誤解されるように無理矢理言っていないか。
「フェルドさん……彼女に何をしているんですか?」
ほら!
マリアンネさんの視線が、冷たかったのが、さらに下がって、氷点下じゃねえかよ。
「違うんですよ。このエルフをレベルアップさせてやろうと思ってですね……。おい、メリス。ちゃんと説明しただろうがよ」
「説明はされた。じゃが、納得はしとらん!」
「お前、この重要性が理解できていないのかよ。メリスは天才なんだぜ。それが動けねえってのは、すげえもったいないじゃねえかよ」
「お、おう。わらわは天才か?」
「そうだ、天才だ。すげえ奴なんだ。自信持っていこうぜ」
「そうか、それならしょうがないのお」
ちょろいな、こいつ。
だが、少し歩くと忘れるんだよな。
その評価をすぐにひっくり返すのが、このへっぽこエルフだよ。
「……なにメリスさんといちゃついているのでしょうか、フェルドさん」
ああ、マリアンネさんの視線が冷てえなあ。
「フェルドさん、ちょっとお話があります。別の部屋に。メリスさんは置いていってください」
置いていってってなあ。
物じゃないんだが。
「フェルドさん」
「はい、すみません。少し待っていてください」
メリスに待っていてもらわねえといけねえ。
周りを見渡すと、ディーターたちを発見。
あいつらならいいんじゃねえか。
「おい、ディーター。ちとマリアンネさんと話があるんで、その間、メリスを預かってもらえねえか」
「えっ、フェルドさん!」
ディーターはメリスを見る。
そして、すぐに目を逸らす。
顔が赤くなってねえか。
メリスはそれを見て、首を傾げる。
「メ、メリスさんをですか? そんな実力者を、俺なんかが……ですが、フェルドさんの頼みならば」
「ほら、ディーター。行くよ。忙しいんでしょ!」
クリスタに引きずられてギルドを出ていく。
「あ、ああ、メリスさん、お元気で」
グレーテはお辞儀をして彼らの後を追った。
なんだろうな。
複雑な人間関係になってきているじゃねえか、あそこのパーティも。
じゃあ、しょうがねえな。
「おい、テオ、ルッツ。ちょっと、メリスを見張っておけや」
まあ、いつも通り、この二人は飲んでいるよ。
いつ仕事してんだよ、ったく。
「おう、フェルド。おめえも飲むか? 朝から飲む麦酒は最高だぜ」
「今飲んだら、マリアンネさんに殺されちまうって」
「フェルドも大変だねえ。そのうち刺されるんじゃないのかと心配になるよ」
おい、ルッツ。
俺がなんで刺されなきゃならねえんだよ。
こんな善良なおっさんがよ。
「ルッツ、メリスを頼まあ。くれぐれも酒を飲ませるんじゃねえぞ。後で魔物狩りに行くんだからな」
「了解だよ」
「なんだよ、つまらねえ。メリスちゃんも飲めや」
「おー、わらわも飲める口だぞ」
「いいじゃねえか。そうこなくちゃ」
「おい、テオ。メリスに飲ませるんじゃねえぞ」
「おー怖い。あんなおっかないフェルドは放っておこうねー」
「そうじゃの。わらわも魔物狩りより、お酒の方が……」
「テオ、メリス!」
テオとメリスは舌を出している。
メリスを、苦笑いのルッツに預けて、マリアンネさんの後をついていった。
ギルドの一室。
それほど広くない部屋だ。
ギルド職員が休憩をする部屋で、テーブルと椅子が一脚置いてあるだけ。
椅子が一脚なんで、二人して立っている。
距離は近いな。
彼女の甘い香りが鼻に届く。
「で、メリスさんに告白されたんですよね」
マリアンネさんに睨まれる。
やっぱり知っていたか。
しかし、ありゃあ告白だったのか、どうか……
「まあ、子供を産んでくれるとは言われてます」
「子供、ですか……。そうですか。なるほど、まさかメリスさんだとは。エルマさんはできた方なので今はと思っていましたが。しかし、メリスさんですか」
ブツブツと。
「えっと。どうしたんです? マリアンネさん」
マリアンネさんが俺を睨む。
「それですよ、フェルドさん。どうして、私には敬語なんですか。フェルドさんのほうが年上でベテランなんですよ。私、そんなに怖いですか?」
「いや、そういうわけじゃない、けれど……」
「距離があるんですよ。メリスさんにはもっとフランクじゃないですか。もっと距離が近いじゃないですか。私も、もっと打ち解けてほしいんですよ。ずっとですよ。私のほうがずっと長く一緒にいたのに」
マリアンネさんの目には涙が……
「いや、メリスはありゃあ、へっぽこなせいで……」
「私だって、へっぽこじゃないですか。ずっとフェルドさんに助けられて、やっと仕事をしていたじゃないですか!」
「そりゃあ、昔の話で。今はずっと立派になって」
「必死なんですよ。誰かに支えてもらいたいって思ってもいいじゃないですか。フェルドさんに支えてもらいたいって思っちゃうじゃないですか? それってダメなことですか?」
彼女は畳みかけるように言葉をつづけた。
「私、イーナちゃんが帰ってくるまで我慢しなきゃって、フェアじゃないって……。だけど、メリスさんが……アプローチするなんてズルいじゃないですか。私だって我慢しているのに」
彼女の瞳が睨みつけるように、すがるように俺を見つめる。
「私、フェルドさんが好きです。ずっと、ずっとですよ。メリスさんより、イーナちゃんよりもずっと前から。ずっと好きなんです……」
マリアンネさんが俺の胸に。
だが、俺は……
少しの後、彼女が顔を上げる。
「知っています。まだ、ダメですよね。イーナちゃんが帰ってくるまで返事は待ってます。でもせめて、言葉遣いは気を付けてくださいね」
ダメだな、俺は。
彼女は泣いている。
だが、気の利いた台詞なんて言えねえんだ。
「ああ、マリアンネさん、よろしく頼む」
「ふふ、フェルドさんらしい。今日はここまでで許しておきます。今度、パンケーキ付き合ってくださいね」
「ああ、甘いのは好きなんだ。イーナがいなくて食べてねえからよ」
保留だ。
マリアンネさんの気持ちに待ってもらう。
ダメな結論だろう。
まったく、俺と言うやつはよお。
なんで、こんなやつを好きになってくれるんだ、と思う。
だが、好きになってくれて嬉しくも思う。
ああ、それがダメなんだろうなあ……
でだ。
「メリス、飲んでんじゃねえか!」
「おー、フェルド、飲め、飲め。酒は飲んで、飲まれるもんじゃな!」
「いいじゃねえか、メリスちゃん、いいことを言う! 飲まれてなんぼだ!」
「飲まれるなだ!」
テオとメリスが楽しそうに、麦酒を飲んでいた。
ルッツが申し訳なさそうに頭を下げていた。
ああ、そうなるとは思ったよ。
ルッツじゃ止められねえよなあ。
「これじゃあ、一緒に魔物狩りにいけねえか。予定変更で、俺も飲むかな」
「フェルドさん、ちゃんと仕事しないとイーナちゃんに報告しますよ」
マリアンネさんに怒られる。
いつも通りでちょっと安心する。
「だけど、マリアンネさん。これじゃあ、しょうがないじゃないですか」
「敬語!」
睨まれる。
「すまん。俺一人で森へ行ってくる」
「ジリちゃんは連れて行ってくださいね。何かあったら困りますから」
「……おう。ジリを引きずり出すよ」
テオのやつがやり取りを聞いて、ニヤニヤしてやがる。
「すっかり尻に敷かれてやがるな。イーナちゃんがいなくなって、尻に敷くヤツがいなくなったと思ったが、しかし、今度はマリアンネさんの尻に敷かれてやがる。がははは!」
「テオさん! 奥さんに報告にいきましょうか?」
「すみません、マリアンネさん。勘弁してください」
テオがテーブルに頭をこすりつけて謝っている。
ルッツが料理を避難させて、そのスペースを作ってやがるな、連携が取れている。
ほら、マリアンネさんは怖いじゃねえか。
敬語をなしにねえ……
意外と難しかねえか?




