第81話 【ユージン視点】君のことが好きだったよ
――数か月前……
私とリディアは、エヴァルレンドラ帝国の帝都エヴァルレンドラにいる。
聖女と会うための旅を続けている。
世界を見たい、魔王とのこの戦いを知りたい。
私が望んだことだ。
リディアはそれに付き合ってくれている。
「ユージン、すごい城壁ね」
「そうだね。私たちの国とはずいぶん違うものだね」
帝都は城壁に囲われている。
アーベランロード王国の王都よりも厚い城壁だ。
戦闘を想定した国。
五大国家のなかでも一番兵力を持っている国だ。
魔王との戦争では中核を担うことになる。
私たちの国は小さな島が集まった連合国家だ。
それぞれの島に国がある。
それらがゆるく結合している連合国という形をとっている。
それぞれの国はエヴァルレンドラ帝国やアーベランロード王国に比べれば小さなものだ。
しかし、島国という利点がある。
攻めるのには海軍がいる。
そして、私たちの国は海を熟知している。
国境を接しているアーベランロード王国は、最近は比較的穏やかでこのところ戦争はない。
海軍を増強しているという話も聞かない。
百年ほど前には侵略戦争もあったらしいのだが、しかし、侵略の費用と、征服後の利益が釣り合わないと思っているのかもしれない。
両国は貿易で繋がり、友好的な関係を築いている。
もし、エヴァルレンドラ帝国と国境を接していたらと想像する。
戦争は続いていたかもしれないね。
大陸の中央に位置し、最も力を持った国。
だけど、そうだね、私は好きにはなれない。
この国には土の聖女がいらっしゃるはずなのだが……
しかし、その噂を聞かない。
いくつかの街を回って話を聞いたのだが、誰も知らなかった。
どうしてだろうか?
最後に帝都を訪れ、情報がなければ諦めよう。
魔王の足音は日々近づいてきている。
私たちもそろそろティルヴァール諸島国に戻らなくてはいけない。
水の勇者はどれだけ強くなっているだろうか?
本当は私が剣を教えなければならないのだが、国王にはずいぶん我儘を聞いてもらった。
感謝しかない。
「ユージンは私と一緒に魔王討伐に行くのよね」
「ああ、私はリディアと離れないよ」
「ふふ。そうね、ずっと一緒。魔王を討伐してもずっと一緒よ。お爺さんとお婆さんになっても一緒にいるの」
彼女の笑顔を眩しく見つめる。
私は「聖女の養育者」という立場にありながら、聖女を愛してしまった。
そうだね、私はリディアに捕まってしまったんだ。
それはきっと幸せなことだと思うよ。
さて、本日は謁見の間にいる。
「陛下、聖女リディア・ミッドウィンターと剣聖ユージン・ミッドウィンターです」
私たちは皇帝コンラート・マクシミリアンから二十メートルほど離れたところで膝をつき、首を垂れている。
皇帝への謁見など必要ないのだが、断るわけにもいかない。
「そうか、聖女と剣聖だな。もう少し近くへ寄れ」
皇帝の声は遠く聞こえる。
私たちは皇帝の五メートル前で、再度膝をつき、首を垂れる。
皇帝は五段ほど高い位置にある豪華な椅子に座っている。
皇帝コンラートは齢、五十を超えている。
だが、筋肉質の厚い体を持ち、野心にあふれた鋭い目をしている。
なるほど、嫌な視線だ。
「知っておるか、聖女リディアよ。この国には土の聖女がいないのだ」
土の聖女がいない?
そんなはずはない。
魔王が現れるとき、必ず五人の勇者と五人の聖女がいる。
剣聖や賢者は五人そろわない時代がある。
しかし、勇者と聖女は違う。
それは決まりではないのか?
「……いいえ。私はまだこの国を訪れたばかりですので」
「そうか。なるほど。しかし、美しい聖女だな。どうだ、我が国の勇者と共に魔王討伐してくれぬか?」
それは……
リディアが絶句している。
彼女は水の勇者と一緒に戦う者。
それが決まり。
「陛下。こちらの聖女はティルヴァール諸島国の勇者と共に戦う定め。それは、お許しください」
「剣聖よ、真面目過ぎるなあ。そちらの勇者とこちらの勇者を比べてみればよい。どちらが優秀か。どちらが魔王を討伐できるかな。ほれ、これが勇者だ」
皇帝の横に立っている男が一歩前に出る。
顎を上げ、こちらを蔑むように。
確かに身長も大きく、筋肉もある。
相当訓練したのだろう、雰囲気もある。
だが、勇者の資質に欠けて見える。
ここへ来るまでに聖女の話を聞きまわっていた。
そこで勇者の噂も聞いた。
強く、頼りになるという話もあったが、しかし、娘を取られた、ハーレムを作っている、とんだ女狂いだというものが多かった。
話半分に聞いていたが、しかし、実際に会ってみると、その噂が正しいらしいと判断する。
この男はダメだ。
勇者としてはダメだ。
ティルヴァール諸島国の勇者は、体も小さく、力もこの者と比べると弱いだろう。
しかし、自分が弱いことを知っている。
勇者という称号を持ちながらも、己惚れてはいない。
私は彼となら一緒に旅をしたいと思っている。
「俺は山形純也、土の勇者だ。どうだ、そちらの勇者とどちらが強い? 連れてきて見せろ、手合わせしようじゃないか」
ニヤニヤと笑っている。
そして、リディアを上から下まで舐めるように見る。
ああ、リディアは必死に我慢しているな。
彼女が一番嫌いなタイプだ。
「いい女じゃないか。水の勇者なんかにもったいねえな。俺がもらってやろうか?」
「勇者どのご冗談を。聖女リディアは水の勇者と共に」
「ははは。ジュンヤ、無理強いは良くない。リディア殿、ユージン殿、冗談じゃよ、冗談だ。しかし、その気になったら言ってくれ。悪いようにはせんぞ」
ジュンヤは皇帝に言われて引いた。
だが、あの顔。
諦めていないな。
なるべく早くこの国を出よう。
面倒事にならないうちに……
街の宿。
「あー、もう! 何、あの気持ち悪い勇者!」
リディアは枕をベッドに投げつける。
「ほっんと、嫌い! 大っ嫌い!!」
「リディア、物に当たってはだめだよ」
気持ちはわかるがね。
「明日、この国を発とう。ティルヴァール諸島国に帰ろう」
「そうね。私、この国も好きになれないわ。王国はよかったわ。イーナとフェルドは元気かしら?」
木の聖女イーナ、その養父フェルド。
気持ちのいい人たちだった。
街の人たちもいい人たちだった。
この国に来てから、いつも空が曇っているような、重い空気がある。
『イーナさんもフェルドさんも殺しても、死ぬような人じゃないと思いますわ』
リディアの懐から小さな白い蛇が顔を出す。
聖女のお付きのカラだ。
これは仮の姿で、本性は巨大な蛇だ。
牛くらいなら丸飲みにできるくらいね。
「会いたいわね。ねえ、ユージン。帰りに一度ウェストフェルトの街に寄らない?」
「ああ、いいと思うよ。少しだけ遠回りになるけど、ま、大丈夫じゃないかな」
「やった。ありがとう、ユージン!」
リディアが抱きついてくる。
柔らかく甘い香りがする。
鈴蘭のような香りを思い浮かべる。
私には君の願いを退ける力はないよ。
君の望みを最大限に叶えていこう。
それが私の幸せなのだろうね。
深夜。
気配を感じて目を覚ます。
リディアは横で寝息を立てている。
「カラ、リディアを起こしてくれるかい。襲撃の気配だ」
カラは毛布の上でとぐろを巻いていたが、すぐに目を覚ます。
『勇者、でしょうか?』
「複数の気配だ。だけど、その可能性は高いと思う」
昼間の勇者の表情。
諦めていなかった。
ならば力づくで?
そうして女性を奪い取ってきただろう。
ああ、嫌だね。
ベッドから降り、上着を羽織る。
剣は手元に。
窓を開く。
生憎と今夜は曇り。
部屋の暗さはそれほど変わらない。
「なに……ユージン、どうしたの?」
リディアは朝が弱い。
朝じゃないね、寝起きだね。
眠そうな目をしている。
「敵襲だよ。リディアはベッドで毛布をかぶっていてね。すぐに終わるよ。カラは窓側をお願い。私はドア側を」
窓から逃げるという手段もある。
けれど、広い場所では囲まれる可能性がある。
宿には悪いけれど、ここで対処させてもらおう。
『了解しました。魔法ですべて撃ち落としますわ。……殺してもいいのですわよね』
「問題ないよ。襲撃なんてしてくる人なら、たとえ勇者であろうとも殺されても文句はないよね」
『たとえが具体的ですわね。とても素晴らしいですわ』
なるほど、カラもあの勇者が嫌いなんだね。
積極的に殺しに行きそうではある。
……魔王討伐に影響が出るかな。
仕方ない、私たちがそのぶん頑張らないとね。
気配を探る。
ドア側は四人。
この気配は勇者じゃないね。
プロの暗殺者だ。
あの勇者なら気配を消すことなんてできないだろう。
主張が強いからね。
ドアまで気配が近づいてくる。
剣を構える気配。
なるほどドアごと斬り、突入するんだね。
殺気。
ふむ、ドアを切り裂こうというのだね。
ドスッ!
ドアに剣を突き入れる。
「ギャッ」
上手く心臓辺りを突けたかな?
もう二発くらい突いておく。
「くそっ、気付かれている! こっちはまだ三人いるんだ。一気に押しつぶせ」
暗殺者らしからぬ強引さだね。
襲ってこないのならそっちのほうがいいんだけどね。
どちらにせよ、私はリディアのそばを離れられない。
待ちの一手だ。
ガキン!
ジャッ!
ドアの向こうで戦いの音がする。
誰かが暗殺者と戦っている?
「リディア、無事か!」
この声は勇者?
この襲撃はヤツの仕業ではないのか?
いや、まだ決めるのは早計。
「くそ! なぜ勇者がここにいる!」
「どけよ! 俺に殺されてたいか!」
まあ、彼が頑張ってくれるならそれでいい。
さて、窓側は……
『ハイドロカッターですわ。真っ二つになっておしまい』
カラが水魔法で迎撃を続けている。
問題はなさそうだ。
「大丈夫かい、リディア」
「もちろん。ユージンとカラが守ってくれるから大丈夫よ。怖くはないわ」
「うん。もう少し待っていておくれ。すぐに終わるよ」
さて、勇者はどうしたか。
「リディア!」
ドアを蹴破って土の勇者、ジュンヤが入ってくる。
「はは、さすがは剣聖。無事だよな。リディアも元気そうで……!」
ギン!
ジュンヤの剣を受け止める。
「なぜ、リディアに剣を向ける? 手に入らなければ、殺すのか?」
「さすが、さすが、剣聖殿。聖女殿へ剣を向ければ、そりゃあアンタが受けるよなあ。で、それだけだと思うか?」
ブス!
胸が熱い。
激痛が走る。
これは……!
ジュンヤがいやらしい笑いを浮かべる。
「ははは! 俺が一人だけだとは思わないよなあ。もちろんそうさ! 貴様が思っている通り、この襲撃は俺が仕組んだ。なら、暗殺者は俺の仲間ってことだ」
「あ、あ……ユージン……?」
リディアが私の胸から突き出ている剣を見ている。
暗殺者に後ろから刺されたんだ……
勇者の他に手練れが一人いたとはね……
気配を殺し、勇者と一緒に入ってきたか。
さすがに油断しすぎた。
「ユージン……?」
「そうだよなあ。さすがの聖女も致死の傷を回復できないんだよなあ。ここで死ぬのさ、お前のユージンはよお! はははは!」
くっ……
最後、勇者に一太刀。
ああ、ダメか……力が入らないね。
手から剣が床に落ちる。
ここまでか。
これじゃあ魔王討伐、最後まで付き合えないなあ。
「ごめんね……リディア」
私に言えるのはこのくらいか。
「いや! いやよ、ユージン!」
胸から剣が引き抜かれる。
血が噴き出る。
「ははは! ついでに斬ってやろう。勇者に斬られるなんて光栄じゃねえか!」
ジュンヤに袈裟懸けに斬られる。
ああ……もう痛みも感じないねえ……
「いやあぁぁ!」
膝から崩れる。
床に倒れる。
リディアを見る。
何も言わない。
ただ私を見ている。
無表情に。
ああ、これが……これが聖女か。
水の力が集まっている。
高笑いしている勇者はそれに気付かないのだろうか?
その力は君を優に超えているというのに。
リディアが立ち上がる。
「ははは……あがぁ!」
高笑いしている勇者の顔を彼女が掴む。
「ねえ、どうして私のユージンを殺すの? ねえ」
「がぁぁぁ」
「ジュンヤ様!」
暗殺者たちがリディアに斬りかかる。
だが、その刃はリディアには届かない。
薄い水の膜がリディアを包んでいる。
彼らはそれを破ることができない。
「外野はうるさいわね。私はこの男に用があるのよ。そこで死んでいてくれる?」
ドブン。
暗殺者たちは水の球に全身を包まれる。
呼吸ができないのだろう、空気を求めてもがいている。
しかし、聖女の水球は彼らを捕らえて放さない。
「で、勇者だったわよね。どうしてかしら。どうして私からユージンを奪うの?」
「い、痛い! 放せ、この野郎!」
ジュンヤが暴れ、リディアを殴る。
だが、彼女には届かない。
勇者は神様から祝福を受けた人間だ。
聖女は神様の子供なんだ。
人間では勝てないんだよ。
そういうものなのだよ。
「ああ、もういいわ。もういいの。あなたに構っている時間はなかったのよ。無駄な時間だったわ」
「い、痛いって! 放せ……ご、ゴメン。謝るから……ぷぎゃあ」
勇者の頭がつぶれた。
リディアが手を離すと、頭のない体が床に落ち、私の隣に横たわった。
外には雷鳴が轟く。
どうやら雨が降りそうだ。
リディアの、水の聖女の力だろうね。
空が泣いている。
リディアが泣いている。
「ああ、ユージン」
彼女が私を抱き上げる。
「ああ、私のユージン。どうして、どうしてなのかしら。どうして、人間は私からユージンを取り上げるのかな。どうして」
リディアが泣いている。
私は最後の力で手を上げる。
その涙を拭う。
ああ、上手くできないな。
手が力なく落ちる。
ああ、リディア、どうかこの世界のことは嫌いにならないでほしい。
人間のことを嫌いにならないでほしい。
私は、君のことが好きだったよ。
だから、どうか幸せになって……
私がいない世界でも幸せになってほしいんだ……
リディア、最後まで一緒にいられなくて、ごめん……
「君は……幸せに……」
私の声は届いただろうか?
私の思いは伝わるのだろうか?
伝わったらいい。
「ユージーン!!」
リディアの声が遠く聞こえる。
私は……君と……
リディア……
リディア……




