第77話 そんなところにうちのイーナを嫁にはやれん!
翌日、勇者到着予定の日だ。
つーても、正確な時間はわからねえ。
冒険者ギルドで待機している。
勇者が到着したときに、聖女様が魔物討伐に出ているってのも悪いだろうからな。
「フェルはお酒飲んじゃダメだからね」
「だが、イーナよお。テオとルッツが……」
「がはは! フェルドはイーナちゃんに管理されてるじゃねえか!」
「俺たちは気楽でいいけど、フェルドはイーナちゃんの父親だからねえ。素面じゃないと勇者ってのに悪いと思うよ」
うっせえよ、テオもルッツも。
待ってるだけじゃ暇じゃねえか。
何してろってんだよ。
しょうがねえから、ブラックのコーヒーをすする。
苦えな。
酒の代わりにゃあならねえや。
「マリアンネさん、勇者について情報ってのは入ってないんですか?」
受付にいるマリアンネさんに聞いてみる。
「そうですねえ……。それほど大した情報は入っていません。ただ、フェルドさんもご存じだと思いますが、異世界召喚された人らしいです。性別は女性で、二十歳前らしいです」
「へー、女の子なんだ」
イーナが不思議そうにしている。
「魔王と戦うから、男性かと思っていたよ」
まあ一般的に男性の方が筋力が高いからな。
直接戦闘が強いのは男性のほうが多い。
だが、ただの比率の話だよ。
この世界にはレベルという仕組みがあるんだ。
男女差ってのは、少しレベル上げりゃあ何とかなる。
「勇者ってのはレベルが上がりやすいのかねえ。もしくは筋力が高いマッチョタイプか?」
「マッチョな女の子ってこと?」
イーナが想像しているらしいが、疑問が顔に浮かんでいる。
マッチョな女性ってのは、この街にいねえからな。
王都の冒険者ならいるだろうが、それでも数は少ねえな。
「あるいは魔力が高いタイプもあるか。その場合、身体強化と魔力剣が強いってことだな」
「うーん、そっちの方がいいかも」
「イーナ、筋肉質な女性って、どんな想像したんだよ?」
「えーと、バルドゥルさんを女性にした感じ?」
そりゃねえだろう。
バルドゥルが女性だったら……
いやあ、偏見はよくねえな、その可能性だってあるか。
異世界からの召喚なんだ。
異世界ってのがそういう世界の可能性もある。
バルドゥルのような女性が沢山いる世界。
俺は御免こうむりたいがな。
「イーナはどんな勇者がいいんだよ?」
「そうだね、強ければいいと思うよ。結局、魔王と戦うのがお仕事でしょ。なら、強い人がいい」
「まあ、そりゃそうだが。だが、イーナは長い時間一緒に旅をするんだぜ」
「うーん、あまり想像できていないんだよね、正直」
イーナが首を傾げる。
「旅ってフェルとしかしたことないしね。魔王を討伐するお仕事だから、それなりに頑張ってくれるんじゃないかな?」
イーナ、結構ドライに考えてんだな。
「それに人間と魔族で戦争をしているんでしょ? 前線の向こう側に魔王ってのがいるんだよね、きっと。どうやって、魔王のところに行くんだろう?」
「そうだなあ。前線を押し返すってのはしねえと思うぜ。少数の勇者パーティで、前線を迂回して、こっそり魔王に近づくんじゃねえのか」
「だとすると、勇者って魔王の場所がわかる人ってことかな?」
「そうだよなあ。魔王が自国の王都にいるんだか、前線の近くの砦にいるんだか」
「メリスちゃんならもうちょっとわかるかもしれないかな」
「あのへっぽこエルフか?」
あいつ、魔法屋に引きこもって、なかなか出て来ねえからな。
白い肌が、余計に白くなっているよ。
「わかんないことだらけだよね。私が勇者と一緒に王都へ行けば説明してもらえるのかも」
「そうだな。何か手があるんだろうよ。毎回、魔王ってのは撃退されてんだ。今回もなんとかなるだろう」
「フェルは気楽でいいよ。私が大変なんだからね」
イーナに睨まれる。
俺だって結構悩んだんだぜ。
だが、考えたってしょうがねえ。
「俺はイーナを信頼しているからな。信じているよ、イーナ。元気に、この街に帰ってくるってな」
「ん、もう、フェルは……急に真面目なことを言うんだから」
なんだか照れている。
「絶対帰ってくるからね。フェルのところに絶対帰ってくる。約束するからね」
イーナが小指を差し出す。
俺は小指をそれに絡める。
「指切りだよ、フェル。約束」
「ああ」
「だから、フェルも頑張ってね。イーナがいない間も頑張るんだよ」
「わかっているって」
「うん、いい子」
「子供じゃねえよ」
イーナは笑う。
そして、小指を離した。
イーナのいない生活か……
ここ数年ずっと一緒だったからな。
想像もできねえや。
だが、きっと寂しいだろうよ。
ヒルダがいなくなった寂しさよりももっと強く。
だが、俺はイーナの父親だからな。
ちゃんと待っていてやらなきゃいけねえ。
イーナが安心して帰って来れる場所じゃなきゃいけねえ。
そう、思う。
外が騒がしくなる。
きっと勇者が来たんだろう。
「じゃあ、見に行こうか」
「うん、フェル」
イーナと一緒にギルドの外へ。
勇者、いったいどんな奴だろうか?
街の入り口に人だかりができている。
人々の話し声がうるせえ。
「ちょっと道を開けてください! 危ないですよ! 道を開けてください!」
かろうじて兵士の叫びが聞こえる。
「あ、フェルドさん、イーナちゃん」
「やっと来ましたか」
プリシラとロレッタがいた。
制服を着て、お出迎えみたいだ。
宿でだらだらしていたのと、同じ人間には思えねえな。
ちゃんと部隊副隊長に見える。
「おう、ご苦労さん。エトムントはまだかい?」
「はい。エトムント様は恐らく勇者と一緒の馬車だと思います」
「久しぶりなので、少し緊張します」
二人は緊張しているが、嬉しそうでもあるな。
人垣が割れて、馬車が見える。
白馬二頭が馬車を引いている。
しっかりとした作りの馬車だ。
扉を開け、女性が外に向かって手を振っている。
長い黒髪を後ろでまとめている。
「やあやあ、勇者の登場だよ! 私が勇者だ、希望の星だ! すべて任せなさい。素敵に無敵で可愛い君の勇者様だよ! 『迅雷怪盗ダルク』、リスペクトだ!」
自分で希望の星と言うなよ。
自分で自分を可愛いとか言うなよなあ、痛いぜ。
んで、その「素敵に無敵で可愛い」が「君」に係っているのか、「勇者」に係っているのかわかんねえだろうが。
語順を考えろや。
まあ、普通に考えりゃあ、「勇者」だけどよ。
無敵の「君」に勇者はいらねえやな。
で、なんだあ、その「迅雷怪盗ダルク」つーのは?
聞いたこたねえな、偉い勇者か?
いや、怪盗って言っているしな……
知らねえな、考えねえでも、問題ねえだろう。
つーことで、総合的に、この勇者大丈夫かよ。
隣でイーナが深いため息をついた。
だいぶ同情するぜ……
冒険者ギルドのロビー。
そこに勇者を含めて、主要な冒険者が集まっている。
領主の屋敷って案もあるんだが、あそこには領主以外の重要人物ってのがいねえんだよな。
小さい田舎町なんで、冒険者ギルドのほうが力があったりする。
街の防衛力は冒険者が担っているからな。
領主ってのは税を納めるために仕事しているだけって認識の住人も多いかもしれねえ。
ただの嫌われ役。
田舎じゃ、領主ってのはこんなもんだよ。
勇者たちは三人。
勇者は黒髪の長髪の女性だ。
身長は普通。
表情がクルクル変わる可愛らしい女性ってところか。
銀髪の女性は剣士だ。
長い髪を垂らしている。
高身長、筋肉質だがスラリとしていて、女性らしい雰囲気も残している。
勇者パーティのメンバーだ。
さすが、なかなかできそうだ。
赤髪の女性は魔法使いだろう。
長い赤い髪の毛、そばかす、自信のなさそうな表情。
身長は高めで、体は痩せ気味かな。
俺の視線が嫌だったのか、帽子のつばで顔を隠した。
胸は……剣士、勇者、魔法使いの順だな。
『余裕ですね、フェルド』
「悲しい男の性ってやつだよ」
これは死ぬまで治らねえだろう。
女性に言ってもしょうがねえがな。
『努力は必要かと思います』
「大丈夫だ、ジリ以外にはバレてねえ」
と思うが……
イーナとマリアンネさんに睨まれている。
シャノンがいねえのがよかったな。
あれの胸は胸筋だからな。
「というわけで、私が勇者の久坂涼葉だ! まだぴっちぴちの十八歳だぞ!」
仁王立ち、左手を腰に当て、右手のピースを突き出している。
なにが「というわけで」なんだかな。
自信満々だよなあ。
自信があることは悪いことじゃねえが、しかし、不安の方が多いのはなんでかな。
エトムントが横で苦笑いしてるじゃねえか。
「すみません。うちのスズハがご迷惑をおかけします」
剣士が頭を下げる。
なるほど、彼女がパーティの常識人枠だな。
「私はメイジー・アシュクロフトと申します。水の剣聖の弟子です」
剣聖自身じゃねえんだな。
その弟子か。
その意味ってのは何だろうか?
「……アガサ・カルデコット、です。火の賢者です、一応」
魔法使いの女性は賢者だったか。
しかし、声が小さい。
そして、すぐにメイジーの後ろに隠れた。
研究室にこもるタイプの賢者なんじゃねえのかな?
それで旅は大丈夫かよ。
「でだ。聖女様はどこかな、誰かな?」
スズハがうきうきと見回す。
視線は女性、一人一人に向けられているようだな。
と言ってもここにいる女性は少ねえ。
マリアンネさん、プリシラとロレッタ、そしてイーナ。
「私が聖女だよ。イーナ・エアハルト。木の聖女だ」
「そうか、君が聖女様か!」
スズハの顔が喜びに輝く。
そして手を差し出す。
イーナはそれを取り、握手。
「よろしく、スズハ」
「ああ、よろしく、イーナ。よかった、よかった。そうか、想像以上の美人じゃないか! いい! やはり聖女はいい!」
んあ?
なんか感想がそこらのおっさんと同じなんだが、気のせいか。
「気に入った! よし、君も私の嫁ーズの一人にしてあげよう!」
なんだ、何を言ってんだ?
「嫁ーズ」たあ、何だよ?
スズハは嬉しそうに握手の手をぶんぶんと振っている。
メイジーは頭を抱え、アガサはイーナを睨む。
どういうことだよ?
「フェ、フェルー」
イーナが困っているじゃねえか。
「おう、エトムント、説明しろや!」
「ははは。しょうがねえなあ。スズハは女癖が悪いんだよ」
「はあ? こいつ、女じゃねえのか?」
「女性だよ。だが、女癖が悪い。まあ、そういう感じの勇者なんだよ、フェルド」
ああー、なるほど、メイジーが頭を抱えるわけだよ。
「つーと、メイジーとアガサは?」
「そうだ! 私の嫁ーズだ!」
うん、ダメ勇者だった。
ハーレム勇者だったよ。
「アホか、てめえ! 女が好きなのは別にいいが、ハーレムはダメだろうが! そんなところにうちのイーナを嫁にはやれん!」
「そういうあなたは誰だよ。なんで私とイーナの愛を邪魔するんだ!」
愛はねえだろ。
いや、いつか育まれる可能性もゼロじゃねえかもしれねえが。
しかし、出会ってすぐだよ。
まだ愛はねえだろうが。
「フェルは私の――お父さんだよ」
「つーわけだ、ハーレム勇者よ! イーナは渡さん!」
「愛に障害はつきものだ! 私はあなたを倒して、イーナをもらう!」
「私の、イーナの意見がそこに入ってないじゃないの!」
「勇者と聖女は愛し合う運命! それは確定なんだ!」
「なわけねえだろうが、アホ勇者が! とりあえずその手を放せや!」
「固く握った手のひらは離さない! たとえこの世界が壊れようとも、私はこの手を放さない!」
スズハがイーナに抱きつこうとする。
その顔を手で突っ張って、阻止する。
「スズハ、止めてよ!」
「アホかー。勇者ならちゃんと世界を救えよ。コラ!」
「アホじゃない! 私は真剣だ。真剣に美女ハーレムを望む!」
「余計悪いわ!」
「だぁかぁらぁー! 私の意思!」
混沌だ。
この勇者引かねえ。
強硬にハーレムを望んでいやがる。
強敵だ。
「こら、スズハ! いきなり抱きつこうとするんじゃありません! 勇者としての振る舞いってものがあるんです!」
「フェルドもそのくれえにしてやってくれよ。ダメな勇者ってのはわかっているからよお」
やっとメイジー、エトムントが止めに入る。
メイジーがスズハを抱き留めて、イーナから引きはがす。
「なぜ、私とイーナの恋路を邪魔するんだ? 馬に蹴られて死んじまえ!」
「俺は死なね……」
「フェルを勝手に殺さないでくれる! ねえ、スズハ、『死んでしまえ』はひどいわよね。人としてどうなのかな。勇者だからって『死ね』は言っちゃいけない言葉だよ。ねえ、スズハ、聞いている? 返事はどうしたの?」
おっと、イーナの圧力が強い。
久しぶりの激怒だよ。
スズハも押されている。
「ご、ごめんなさい。ちょっとイーナが私好みだったから、調子に乗りました」
「フェルにごめんなさいは?」
「ごめんなさい、フェルドさん。言い過ぎました」
「ああ、まあいいよ……売り言葉に買い言葉だ」
こいつはお調子者だからな、本気じゃねえかもしれねえ。
だが、言葉ってのは誰かを傷つけることもある。
それは考えておかなきゃいけねえよな。
「そうか……あれだな。結婚の許しをもらうやつだ。彼氏が彼女の実家を訪ねるやつだ」
おう、スズハが復活しつつある。
打たれ強いじゃねえか。
「ならば、その流れならば、『娘が欲しければ俺を倒してからだ』ってやつだな!」
「アホ勇者! 俺を倒せたとしてもイーナは渡さん!」
「だから、私の意思があるんだって言ってるでしょ、アホ勇者!」
おうよ。
イーナの中でも、スズハがアホ勇者認定されたぞ。
いいのか、スズハ、それで。
「ちょうどいいや。フェルド、このアホ勇者と手合わせしてやってくれよ」
「どういうことだよ、エトムント」
「こいつには経験が圧倒的に足りねえんだよ。実戦経験はほぼなしだ。不安しかねえ。で、ちょうどフェルドがいる。フェルドみたいなタイプとは戦ったことがねえからな、ちょうどいいんだ」
「面倒くせえ」
「私から逃げるのか! 負けるのが怖いんだな」
「いや、単純に面倒くせえ」
「そう言うなよ。このアホ勇者が強くなりゃあ、イーナの助けになるんだからな。やる価値はあるだろう」
まあ、そうか。
こいつが魔王を倒すんだ。
……もしかしたら、メリスの見解では、こいつ味噌っかすかもしれねえがな。
「じゃあ稽古をつけてやるよ」
「やったあ! 父親を倒して、イーナを私のものにする!」
「イーナは物じゃねえ!」
「スズハ……私、あなたのこと、本気で嫌いになるよ」
「すみません。調子に乗りました」
素直に謝るのはいいが、謝るようなことを日に何回もするなよな。
学習能力がねえのかよ。
エトムント、イーナ、メイジーまで、深いため息をつく。
俺も心配になってきたよ。
魔王討伐、どうなるんだよ。
それにしても対勇者戦ねえ……
俺には荷が重くねえか?




