表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロートル冒険者の俺が聖女の養育者でいいのかよ? ――のちに辺境の英雄と呼ばれる男の話――  作者: 月見里 嘉助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/96

第75話 時間が経てば、きっと祝福できると思う

魔王軍の侵攻状況が気になる。

冒険者ギルドの情報ってのは精度が高いんだが、しかし、その分遅れることがある。

そして情報源は複数あったほうがいい。

つーことで、いつもの娼館だ。


通いなれたとは言えねえな。

それほど金がなかったからな。

金ができたときだけ来させてもらっている店だ。


二階建ての店で、一階は客の待合室になっていて、今日も数人の男性が待っている。

一番人気のお嬢ちゃんを狙っているんだろうな。


「おや、フェルドさん、お久しぶりね。今日はヒルダに会っていってくれないかね」


いつものおばちゃんが、しかし、いつもと違うことを言いやがる。

言われねえでも俺はヒルダがいいんだ。


「ああ、ヒルダをお願いするわ」


「あいよ。あの子も待っていたからね」


待っていた?

また、客の機嫌を取るようなことを言う。

商売人だねえ。



「あら、フェルドさん。……本当にお久しぶり。Aランク冒険者になったのだから、もう少し通ってくれても良いと思うわ」


ヒルダはいつものヒルダだ。

黒く長いまつ毛がとても色っぽい。

そして甘い匂いが、頭を少しだけ麻痺させるように感じる。


「すまねえな。子育てってのは大変なんだ」


イーナを育てていることに逃げる。

本当は来れるんだ。

金はあるんだ。

だが、イーナを育てていると少しだけ満たされる。

女性を抱くっていう欲望が少しだけ減るように思う。

もしかしたら、俺の年齢か?

いや、まだまだ俺は男だと思うぜ。

そこは自信を持っていこうや。

女性からしたらいらねえ自信だと思うが、男性に取っちゃあ重要なことなんだぜ。


「ふふふ。そういうことにしてあげましょう。ねえ、フェルドさん。今日、私、激しくしたい気分なの」


妖艶に笑う。

なんか、喰われちまうんじゃねえのか?

ま、それもいいのかもしれねえなあ。



「それで、勇者と魔王のことよね」


ヒルダが俺の腕枕で横になっている。


「ああ、その情報が欲しい」


「……そう」


何故かヒルダは寂しそうな表情をした。

それは一瞬で、すぐにいつもの無表情のヒルダに戻る。


「エヴァルレンドラ帝国と魔王軍との戦いが始まったわよ」


「本当か?」


「複数の情報があるわ。たぶん事実」


魔王軍は、やはり帝国まで来ている。


「簡単には帝国は落ちねえよな」


「そうね。だけど苦戦しているみたいね。魔王には勇者しか勝てないから」


問題はそこだよな。

魔王が強すぎる。

普通の人間じゃあ勝てねえんだ。

何故かそうできている。

じゃあ、勇者はどうやって勝っている?

俺にはわかんねえな。


「五天王っていう幹部も強いらしいわよ。帝国は前線を後退させているらしいわ」


厳しそうだな。

とすると、イーナの出番が近い。

そういうことか……


「帝国の勇者は?」


「……その話は後にしましょう。それよりもアーベランロード王国の勇者の話ならあるわよ。あなたが一番欲しい情報よね」


「ああ」


「エトムントが勇者と一緒に王都を出たらしいわ。こちらに向かっているわ」


「エトムントの仕事ったあ、そういうことか……」


エトムントは王都に呼び出されていた。

なるほど勇者を聖女と会わせるために、勇者をここに連れてくるか。

聖女を王都に呼び出すのが普通だと思うがな。

どうしてなんだろうか?


「さあ、私のところには情報は入ってきていないわ。推測はできるかもね」


「どう思う?」


「問題があるのかもしれないわね、うちの国の勇者に」


「問題ねえ……」


「どんな問題かはわからないわよ」


可能性はあるか。

俺とイーナが王都に行った際、勇者と会わなかった。

問題があったからだとすると、納得ができる。

問題はその問題がどんなもんかだよなあ。

変な奴だったら?

イーナを預けるのはなあ……


「だけど、イーナちゃんは勇者と一緒に魔王退治に旅立たなければならない。どうするの、フェルドさん?」


「ああ、わかんねえよ。そのときにならなきゃわかんねえなあ」


率直な感想だ。

どうするか、今から悩んでおく必要がある。

だが、答えなんかでやしねえんだ。

だって、勇者を見たこたねえんだからな。

そいつの問題だってしらねえ。


「そのフェルドさんに悪いことを話さなきゃいけないの」


「まだあるのかい?」


「そうね……この話はどうかしら? 水の聖女のお話」


水の聖女?


「リディアか……」


「そう、リディア・ミッドウィンター様。そして、ユージン・ミッドウィンターのお話……」


「金の剣聖がどうしたよ!」


「フェルドさんはユージンさんと仲がよかったわよね。そう……死んだわ、彼」


死んだ……?

あの剣聖が……


「なんで……」


「殺されたのよ、勇者に。帝国の土の勇者が、金の剣聖を殺したのよ」


ヒルダはしっかりと俺の目を見ている。

冗談じゃねえんだ。

少なくともヒルダが掴んだ情報ではそうなっている。

あの強い男が死んだのかよ……

じゃあ、リディアはどうしているんだ?

彼女はユージンが大好きだったはず。


「噂話だけどね、聞く?」


「お願いするよ」



帝国は土の勇者を異世界召喚した。

彼を訓練し、戦力とし、魔王に対抗しようとした。

リディアとユージンは帝国を訪れた。

そして、土の勇者は水の聖女を気に入る。

しかし、リディアが愛しているのはユージンただ一人。

嫉妬に狂った勇者がユージンを殺害。

そんなことしてもリディアを手に入れることはできねえんだがな。


もちろんリディアは嘆き悲しむ。

そりゃあ勇者を憎むさ。

……勇者はリディアに殺されたらしい。

聖女は勇者より強いのかよ……

いや、恨みを持つ女が、驕った男を殺しただけか。


彼女の悲しみはそれで納まるはずがなかった。

長く、長く雨が降り続いた。

帝国を水害が襲った。

川は氾濫し、人を家を畑を家畜を飲み込んだ。

それで帝国の国力が低下しているらしい。

魔王軍との戦争への影響も出ているということ。


「で、その後、リディアは?」


「行方不明らしいわ。誰も彼女を見ていない」


「それじゃあ、対魔王で、彼女の力を借りることはできねえってことか」


「きっとね。ティルヴァール諸島国は水の勇者を召喚しているでしょうけれど、水の聖女を失ったわ。彼女が戻ってくる可能性は低いでしょうね。まともに勇者が残っているのはうちだけっていうことになるわ。イーナちゃんへの期待も大きいわね。彼女が負ければ、人間は滅ぶのかしら? それとも魔族の奴隷として生き残るのかしらね」


「イーナは負けねえよ。きっと勝つ。そして、この街に帰ってくるんだ」


「そうよね。きっとイーナちゃんは勝つわ」


そうだ。

イーナは強いんだ。

負けねえよ。

負けやしねえんだ……



娼館を出る。

重い情報を聞いて、頭は混乱している。

あのユージンが死ぬなんて信じられねえ。

だが、ヒルダの情報を信じている俺もいる。


「ねえ、フェルドさん」


珍しくヒルダが見送ってくれる。

もうだいぶ深い時間だ。

道に人は少ない。

待合室で待っていた男たちは中に入ったのだろうか、そこには人はいなかった。


ヒルダが俺を見つめている。


「どうした?」


「もう一つ、話があるの。私のこと。あなたにとって悪い話だといいんだけど」


どういうことだよ、そりゃあ。

今以上に俺を混乱させるのかよ。


「私、この仕事を辞めるわ。私をね、欲しいって人が現れたのよ。こんな私でも愛してるって言ってくれる人が現れたのよ」


ヒルダが娼婦を辞める?

ああ、そりゃあ、そういうこともあるかと想像はしていたが、しかし、突然……


「だから、私、彼のところに行くことに決めたわ。今日ね……」


「ああ……」


なんて言っていいのかわかんねえ。


「……ふふ。そうよね、止めてはくれないわよね」


「い、いや、俺は!」


「いいのよ。フェルドさんはイーナちゃんを大切に思っている。そんな優しいフェルドさんが私は好きだったんだから。だから、ここで私を引き留めるようなフェルドさんは嫌い。この結果しかなかったのよ。私はお別れなんだわ」


「……すまねえ」


「いいの、この結果しかなかったのよ、私たちには。私、幸せになるわ。きっと、幸せになる。だから笑ってね」


だが、ヒルダは泣いている。


「最後に」


ヒルダは抱きつき、キスをした。


「フェルドさん、今までありがとう。私、あなたのことをとても好きだったわ。本当よ」


俺は……


「そう、もう一つだけ、お願いね。私が頼めるのはフェルドさんだけだから」


ヒルダはもういつもの表情に戻っていた。

強いってわけじゃねえと思う。

強がっているのかもしれねえ。

だが、俺は、最低な俺は、彼女の覚悟だけは受け入れようと思う。


「なんだよ、言ってみろよ。俺にできることならなんでもするよ」


「その言葉、聞いたわよ。さあ、ドロシー出てきて、挨拶しなさい」


ヒルダが娼館の中に呼びかける。

一人の少女が出てくる。

体は細く、ずいぶん若い。


「ドロシー・スノーと言います。ヒルダ姉さんにはお世話になっておりました」


ドロシーは不器用にお辞儀をする。


彼女は少し不幸げな顔をしている。

ああ、娼館では人気が出ないかもしれねえと、失礼にも思っちまう。

男ってもんは、娼館に性欲と、それと安らぎを求めてくるんだ。

せっかく買うんなら、美人で、優しいほうがいい。

この子は難しいかもしれねえな。


「フェルドさん、この子をお願いね。あなたの指名にして」


「ああ、そういうことか。しかし、俺はヒルダに情報を……」


「それも引き継いでいるわ。この子は優秀よ」


ああ、そういうことか。

抜かりねえなあ。

俺はヒルダには勝てねえよ。


「わ、私じゃダメでしょうか?」


「ドロシーこそ、俺みたいなおっさんに抱かれていいのかよ」


「わ、私、フェルドさん、好きです。ずっと、ヒルダ姉さんからお話は聞いていました。とても憧れています!」


どんな話をしているんだよ、ヒルダ。


「大丈夫よ、ドロシー。フェルドさんはしっかり男性ですからね。裸の女性が抱き付けば、しっかりと抱くわ。問題ないわ」


……どんな認識だよ、ヒルダ。


「フェルドさんもわかっているでしょう。この子は人気がないわ。だけどとてもいい子なの。本当に私の代わりに勧めているの。彼女がいるから、私、フェルドさんを置いて出ていけるのよ」


ヒルダにそう言われちゃあ、引き受けねえわけにはいかねえじゃねえか。


「ああ、ドロシー、よろしく頼むよ。俺はそれほど来れねえかもしれねえが」


「ダメよ、フェルドさん。もう少しちゃんと来てくれないと、ドロシーがクビになっちゃうじゃない」


「ああ、そうかよ。頑張るよ」


しょうがねえなあ、俺はヒルダには勝てねえんだから、言う通りにするよ。

イーナになんて言い訳をすりゃあいいかな。


「フェルドさん、彼女に触れてあげて、ちゃんと彼女を見てあげて」


……ドロシーの顔に触れる。

彼女は俺の手の上に自分の手を重ね、目を閉じる。


「ああ、大きい手。これがフェルドさんの手なんですね」


「そうよ、ドロシー。彼の手が一時的にあなたのものになるのよ。受け入れて、ちゃんと彼を感じるのよ」


「はい、ヒルダ姉さん。私、ちゃんとできると思います。はい、大丈夫です。がんばります」


ドロシーは少し泣いていた。

それはヒルダとの別れのためなのだろうか、それとも……



なんだかすごく疲れちまった。

寝たんだが、しかし、疲れている。

翌朝、ベッドからなかなか出ることができなかった。


ダメな男だよ俺は。

イーナが気付いちまったじゃねえか。


「どうしたのフェル? 辛そうな表情をしている」


「いや、どうもしねえよ。俺は大丈夫だよ」


「……うん、フェルドは大丈夫だよ」


イーナが俺を背中から抱きしめてくれた。

温かいな。

柔らかい。

いい匂いがする。

優しい感じがする。


「私がいるから大丈夫。フェルドには私がずっとついているから大丈夫だよ」


少しのあいだ、イーナに抱きしめられていた。

ああ、情けねえなあ、ダメな男だよ。


少しだけ、少しだけ時間が経てば、立てるんだ。

それまでは、少しだけ甘えさせてくれよ……



数日後、ヒルダが男と街を出たと聞いた。

俺は見送りにも行っていねえ。

娼婦と客。

ただそういう関係だ。

しかし、それだけじゃなかったと思いたい。

俺とヒルダはただそれだけの関係じゃなかったと思いたい。


ヒルダにはきっともう会えない。

人生には出会いがある。

だから、別れだってある。

ヒルダは幸せになるために旅立ったんだ。

悲しむことじゃねえ。

理性的に考えりゃあ、そういうことだ。


だが、素直に喜べねえ、俺がいるんだ。

なんだかすごく寂しい気持ちがする。

時間が経てば、きっと祝福できると思う。

だから今は言葉だけだがな、幸せになってくれよ、さよなら、ヒルダ……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ