第74話 父親とデートってのはどうなのかとも思うが
イーナの機嫌を直してもらう手段というのが、まあ、そのデートらしい。
「だが、ご飯を食って、買い物してってのは、いつもしていることじゃねえのか?」
「フェル、そこは気持ちが違うの! 日常業務として買い物に行くのと、遊びで行くのとでは全然違うんだから」
しかし父親とデートってのはどうなのかとも思うが?
『最近の親子は仲がよいらしいですよ。問題はないでしょう』
そんなもんかね、ジリ。
『それはそうと、いつもよりも高級な食事をして、イーナ様へのプレゼントも買うんですよ』
「ジリ、フェルの手助けしないでね。フェルが真剣に私のことを考えなきゃいけないんだから。でも、プレゼントは欲しいかな」
ふむ、プレゼントは必須か……
「フェルもAランク冒険者なんだから、そのくらいのお金はあるよね」
にっこりと微笑む。
それはそれは可愛らしく。
こうやって男は貢がされるんだろうなあ……
さて、まずはランチだ。
とはいえ、このウェストフェルトの街じゃあ、それほど高級店ってのはねえ。
そして、マリアンネさんとの食べ歩きで大体の店は網羅している。
つーわけで、以前食べて美味かったパスタ屋に来た。
店がちょっときれいめでデートには似合うんじゃないかと思う。
さすがに焼肉とかお好み焼きってのはねえかなと思った。
美味いんだが、匂いが服にしみ込むんだよなあ。
「えーとね、私はペスカトーレね。唐辛子を効かせた辛いやつがいい!」
「イーナはトマト系か。んじゃあ、俺はクリーム系がいいかな。ゴルゴンゾーラのクリームパスタがいいか。イーナも好きだろう?」
あの癖の強いチーズがなんとなく美味い気がする。
「うん。私もゴルゴンゾーラ好き!」
『パスタって意外に匂いの強いものが多い気がするのですが……。特に問題ないのでしょうか?』
「ジリ、そこは気にしちゃダメだよ。フェルもおんなじ匂いになれば、お互いが臭いのがわからないからいいの!」
パスタの他に、サラダとバゲット、食後にコーヒーを注文した。
「うん、サラダのドレッシングが美味しいね」
「おそらく、すりおろしたニンジンと玉ねぎだな。野菜の甘さとレモンの爽やかさがいいな」
『フェルドは料理を作るから、蘊蓄がうるさくなりましたよね。少し控えめにしたほうが女性にモテるでしょう』
「ジリ、うるさい。デート感を出したいんだから、あまりしゃべらないでよね」
『しかし、イーナ様……』
「ジリ、め!」
おう、ジリが凹んでやがる。
ジリはイーナには弱いからな。
おしゃべりジリも撃沈だ。
さてパスタだが、まあ、美味いな。
しっかりとソースがパスタに絡みついてくる。
濃厚なチーズの旨味。
ゴルゴンゾーラの独特の臭みが柔らかく鼻に抜ける。
いいじゃねえか。
「ねえ、フェル。交換」
パスタを半分ほど食べた後、イーナのペスカトーレと交換する。
ま、いつものことなんだがな。
「んー、こっちのパスタも美味しいねえー」
イーナがご満悦なんで、いいんだろう。
さて、ペスカトーレだがな。
貝やイカの出汁がしっかりと効いている。
んで、唐辛子のピリッとした辛みが味を引き締めている。
こっちも良いねえ。
最後、また皿を戻し、バゲットでソースをぬぐって食べる。
これもまたいい。
チーズ系とバゲットは合う。
もちろんトマト系とも合う。
オイル系とも合うんだよなあ。
とすると、なんでもいいんじゃねえかと思う。
下手するとサラダドレッシングとバゲットってのもいけるんだぜ。
んで、皿が綺麗になるのもいいと思う。
最後、コーヒーを飲んで落ち着く。
俺はブラック、イーナはミルクを入れて飲んでいるな。
「なんかいつもと同じだけど、なんかいいと思う」
まあ、いつもと同じだよ。
だが、少しだけ……何か違う気がする。
ああ、そうか、イーナの表情だな。
いつもよりも幸せそうに見える。
笑っている。
その顔が眩しい。
イーナは俺が言うのもなんだが、とても美人だ。
もう少女じゃねえ。
すっかり女性に育った。
ああ、立派な女性だ。
少しだけ、胸がチクリとする。
その可憐な笑みに、男と恋をするイーナを想像してしまう。
世の男親ってのはみんなそうかもしれねえな。
娘の成長を嬉しく思いつつも、そこに男性との未来を見てしまう。
まさか、俺がそんな気持ちになるたあなあ……
「フェル、なに、見てるの」
俺の視線がこそばゆいのだろう。
イーナが身じろぎする。
「ああ、何でもねえよ。ただ、見ていただけだ」
「そ、ただ見ていただけか。うん、いいよ、見ていてね」
イーナは恥ずかし気に、だが、幸せそうに微笑んだ。
食事が終わって、街を歩いている。
街は人が沢山いて、活気がある。
おばちゃんが八百屋で野菜を値切っている。
ずいぶん元気なおばちゃんだよ。
店主が負けそうじゃねえか。
子供が追いかけっこをしている。
こんな街中じゃ、人が沢山いて、危ねえだろうが。
もっと人通りが少ねえところで遊びなよ。
だが、楽しそうだな。
子供が元気なのはいいこった。
まだ、魔王の脅威ってのは広まっていねえみてえだ。
あるいはこの田舎までは大丈夫だと思っているのか。
この平和が続けばいい。
そうなるように冒険者は頑張らなきゃいけねえ。
俺たちは対魔物のプロだからな。
そのくらいのプライドは持っている。
それにしても……
「なあ、ちょっと距離が近くねえか?」
というより物理的に接触している。
つまり、イーナが俺と腕を組んで歩いている。
「だってデートでしょ。デートって腕を組んで歩くものだって聞いたもん」
身長差があるから、イーナの頭は俺の肩のあたりだ。
俺を見上げるようになる。
で、にししと、いたずらっ子のような表情。
コイツの中にはまだ子供が同居してやがるな。
『フェルドだって、子供のようなものでしょう』
「ジリ、しいー!」
で、ジリがイーナに注意を受ける。
こいつ、どうしてもつっこまないといられない性質らしい。
「その知識、あれだろう。プリシラとロレッタだろう」
アイツらが来てから変な知識を入れられてんじゃねえかって思う。
化粧の仕方とかも教えてもらっているらしいぜ。
もともとエルマさんとかには相談していたらしいがな。
そんな知識は父親にはねえからなあ。
助かっているところはあるか。
「だってー、プリシラもロレッタも幸せそうなんだもん。羨ましいなー」
今はだらけてるぜ、アイツら。
あれを羨ましがっちゃあいけねえと思う。
「フェルも幸せでしょ? こんなに美少女に腕を組まれてさー。どうよ、うりうり」
胸を腕に押し付けるんじゃねえよ……たく。
こんなとこ誰かに見られてたら、どうするよ。
つーか、小さい街なんで、みんな顔見知りだよ。
どうすっかなあ。
「うっせえ、イーナ。あんまり調子に乗んなよ。このやろ」
イーナを捕まえる。
じゃあ、子供のように肩車でも……スカートじゃあできねえなあ。
なら、こうだ!
「ふえ!」
しょうがねえからお姫様抱っこしてやった。
これじゃあ、イーナへの仕返しにはならねえか。
「な、なにしてんのよ、フェル! 恥ずかしいから下ろしてよ」
イーナへのダメージが結構でかいか。
仕返しになっている?
が、俺も若干……いやかなり恥ずかしいや。
しょうがねえから降ろしてやるか。
「もう、いきなり何してんのよ」
イーナの顔が真っ赤じゃねえか。
耳が真っ赤で熱そうだな。
「いや、スキンシップってやつだよ。子供の頃はよくやっていたろう。肩車とか」
「バカフェル、もう、イーナは子供じゃないよ!」
自称が「イーナ」に戻ってんじゃねえか。
まだまだ子供だよ。
バカだ、デリカシーがないだのさんざん言われながらも、一緒に街を歩く。
まあ、嫌な気分でもねえ。
イーナが俺を嫌っていねえことはわかっているからな。
ちょっと照れてるだけだろうよ。
……外れてたら恥ずかしいがな。
「ねえ、フェル。あのお店見よう!」
「おう」
雑貨屋に行く。
ま、イーナの指示通りだよ。
俺が商店街で知っている店なんて、食べ物屋と日用品屋くれえだからよ。
「うおう、客が女性ばっかじゃねえか」
小さい店の中には可愛い雑貨が並んでいる。
だからか、客は女性ばっかり。
男性は、あれだな女性に引っ張られてついてきたのが数人か。
興味なさそうに近場の食器あたりを見ている。
「フェルはなじみがなさそうだよねえー。いい経験じゃん」
「なんか居心地が悪いというか」
「慣れ、慣れ。フェルみたいな男くさいおっさんも、お客さんは意外に気にしないって」
なんだよ男くさいってよお。
否定はできねえがな。
イーナと一緒に商品を見る。
まあ、俺には縁のないものばっかだ。
だが、たまにはおもしれえ。
こんな可愛いもんを何に使うかわかんねえがな。
フレグランスとかの匂いで少々酔ってきたころ、イーナが足を止める。
「あ、可愛い」
「指輪か」
いくつかの指輪が売られていた。
なかなか細工がちゃんとしている。
「あら、私が作ったのよ。指輪は私の趣味なのよ」
店主のおばちゃんが声を掛けてくる。
イーナが興味を持ってくれたのが嬉しかったんだろう。
「うん、可愛いです」
「そうだな、細工がちゃんとしている。いいもんじゃねえか」
「あら、お父さんも見る目があるわね。結構真剣に作ってるんだから」
真剣に作ってねえやつは売り物にしねえだろうが、と心の中でツッコんでおく。
こういうことは言葉に出しちゃいけねえんだ。
『フェルドは顔に出やすいから、気をつけたほうがいいでしょう』
知ってるよ、ジリ。
が、癖ってのはなかなか直らねえもんだぜ。
「私が作っているから、格安よ。記念にお一つどう?」
「ねー、フェル、買って!」
イーナよ。
その言い方、おねだりになってねえぞ。
もう強制じゃねえか。
「ほら、これなんかどうかしら? 綺麗なお嬢さんにぴったりじゃない」
商売人は押しが強くていけねえなあ。
おばちゃんがイーナの指に嵌める。
右手の薬指。
「ね、ね、可愛いと思わない」
イーナがその指を俺に見せる。
金の指輪に可愛いピンク色の石が付いている。
「その石はローズクォーツよ。あんまり透明じゃないから質は悪いものってことになるけれど、透明じゃないほうが可愛いと思うのよね。それにお値打ちだしね」
クォーツということは水晶か。
確かに透明度は低いな。
が、いいじゃねえか。
価値なんてレア度だろう。
可愛さってのはレア度とは別の価値観だと思うぜ。
「イーナ、それ、気に入ったのか」
「うん、これがいい。ねえ、お願い、フェル、買って」
上目遣いにおねだりする。
ここで断ったら、命令に格上げするだけだろう。
んで、俺は拒否権がねえんだろう。
わかってんだ。
「おう、いいぜ。買うよ、プレゼントだ」
「やったー、ありがとう、フェル。大好き!」
「はい、毎度あり! お客さんいい買い物をしたよ!」
うっせえよ、おばちゃん。
おばちゃんも売る気が強すぎんだよ。
お客が引くぞ。
まあ、確かに思ったほどの値段じゃなかった。
俺も一応Aランク冒険者だから、この程度は何とかなる。
後で魔物狩りでも行ってこようかなあ。
「ふふ。どう、似合う?」
イーナが嬉しそうだ。
指輪を見つめている。
「フェルから指輪を買ってもらっちゃった。プリシラちゃんとロレッタちゃんに自慢しなきゃ!」
「あんまり大げさにするなよ、指輪くれえ」
「嫌! エルマさんとマリアンネさんにも自慢しよう! あとシャノンちゃん」
……なんか、嫌な予感しかしねえなあ。
『そうですね。覚悟はしておいたほうが良いと思います』
ジリも俺の悪い予感を肯定する。
じゃあ、確定じゃねえか、俺の災難。
「ふふ。可愛い、可愛い。フェルからのプレゼントだ!」
まあ、いっか。
小さくため息をついてはみたが、しかし、それほど悪い気もしてねえんだ。
イーナが幸せそうだからな。
ちょっとしたごたごたはしょうがねえかな。
「ねえ、フェル。ありがとう。大好きだよ!」
イーナが笑うんだ。
すごく綺麗で、花が咲くように。
イーナの言葉に少しドキリとする。
が、父親だよ。
それは隠して、少し格好をつけるんだ。
「ああ、俺も楽しかったよ」
大したセリフも言えてねえな。
こんなもんだろう、俺はよう。
イーナが幸せならいいんだよ。
そう、それがいいんだ。




