第73話 おりゃあ、俺のもんだぜ
冒険者ギルド。
若い連中は依頼ボードを見て、メンバーと相談している。
相変わらずおっさん連中がたむろして酒を飲んでいる。
と思ったら、テオとルッツか……
お前ら、いつ仕事してんだよ。
若い連中に悪影響がなきゃいいが。
「おい、テオ、ルッツ、おめえら仕事しろよ」
「聞いてくれよ、フェルドぉぉ」
テオが涙目だ。
あ、こりゃ、話しかけちゃダメなやつだ。
ルッツを見ると、ヤツは頭を振った。
「なあ、嫁がよお、嫁が、ひどいんだよおぉぉ」
ここはルッツに任せて逃げよう。
「おう、ルッツ。よろしく頼むわ」
「ああ、まあね」
ルッツは苦笑する。
「おいー、フェルドぉぉ。おめえ、最近冷てえじゃねえか。なあ、フェルドぉぉ」
うっせえ。
絡み酒なんて、勘弁なんだよ!
朝から構ってられねえって。
「ねえ、フェル。テオさん、放っておいていいの?」
イーナは優しいからな。
んで、テオのことも好きだからな。
だが、いつも優しくしてやる必要もねえって。
「いいんだよ。ありゃあ、愚痴だ。話を聞いてくれる人がいりゃいいだけだ。俺がいたって解決にならねえ。ルッツが静かに話を聞くだろうよ」
放っておけ。
それが平和ってもんだ。
俺たちは別に依頼を受けて金稼ぎってわけじゃねえ。
魔物を狩って、その素材を売って、そこそこ稼げりゃいいかと思っている。
国のほうから結構な金ももらっている。
相変わらずギルドから、聖女の養育費もあるしな。
ははは、金持ちなんだぜ。
「おはよう、マリアンネさん。今日は森へ行って魔物退治してくるよ」
まあ、間引きだな。
適度に狩らねえと魔物が増えすぎちまう。
最近は増え方が速くなっている気がする。
魔王の影響か……
森の浅いところまで来ている高ランクの魔物を狩っておきたい。
若い冒険者の危険になるからな。
「フェルドさん、おはようございます」
マリアンネさんがニコリと笑う。
若い男性冒険者のファンが多いそうだぜ。
だが、誰にも落ちねえってよ。
こないだディーターに教えてもらった。
憧れのお姉さんってところかな。
「はい、フェルドさんとイーナちゃんは森ですね」
これは冒険者の存在確認も兼ねている。
今日誰がどこに行っているか、帰って来ねえなら、危険な状態なのかの判断材料になる。
街で仕事しているならいいが、森は危険だ。
「あれ、プリシラちゃんとロレッタちゃんは一緒じゃないんですか?」
あいつら聖女守護騎士団だからな。
聖女を守る必要がある。
んだが……
「いつもの森ですわよね」
「行ってらっしゃい。私たちは宿の掃除をしなくてはいけません」
しねえだろうが、掃除。
エトムントがいねえからって、だらけやがって。
ベッドに寝っ転がって、死んだ目をしていやがった。
後でエトムントに報告して、叱ってもらおう。
それがいいや。
「そうですか、フェルドさんとイーナちゃんなら大丈夫だと思いますが、気をつけて……」
ん?
マリアンネさんの言葉が止まる。
視線が首筋……
「歯形……?」
あ、そういや、回復させてなかったわ。
まあ、嘘ついても意味ねえか。
「ちょっとイーナに噛まれちまってなあ」
「イーナちゃんと何してるんですか?」
マリアンネさんが眉を寄せているよ。
「うん。抱きしめてくれたんで、噛みついちゃった」
しかし、イーナよ。
その言い方はダメだろう。
俺がイーナに無理矢理抱き付いて、イーナが噛んで逃れたみたいな誤解を招きかねねえ。
「フェルドさん、娘さんに手を出したんですか?」
ほらな!
マリアンネさんが虫けらを見るような目してんじゃねえか。
「嘘じゃねえが少し違うんだ。イーナが抱きしめてくれって言うから、抱きしめて、そしたら噛みつかれただけなんだ!」
うん?
あまり変わっちゃいねえか……
『事実というものはときに説明が難しいものでしょう』
うっせえ、ジリ。
「えー、フェルドが抱きつきたいって言ったんじゃない」
「言ってねえよ!」
イーナがいたずらっ子っぽく笑う。
あきらかに楽しんでんじゃねえか。
「むむむむ。イーナちゃんが……まさかね……」
マリアンネさんが真剣な表情をして、呟いている。
何がまさかなんだろうかな。
「それじゃ、俺たちは行きます」
イーナがこれ以上変なことを言わねえうちに退散しようか。
「あ、フェルドさん、ちょっと待ってください!」
「ん、なんですか?」
「あ、あの……」
そのとき、ギルドにシャノンたち『清廉なる赤い薔薇』が入ってきた。
「あ、フェルドさん♪」
「おう、アシュリー。いつも元気だな」
「そうだよ! 元気がないとアシュリーじゃないからね♪」
アシュリーとハイタッチする。
アシュリーは華奢だから、力加減はしねえといけねえ。
「はい。フェルドさん」
シャノンが手を上げて待っている。
お前、そんなキャラじゃねえだろうが。
ま、いいがよ。
と、俺がシャノンとハイタッチする前に。
「はい、シャノンちゃん、おはよう!」
イーナがタッチした。
「じゃあね。私たちお仕事に行くからね。ほら、フェル、行こ!」
振り上げたきり、行き場を失った俺の手を掴んで、引っ張る。
「おい、おい。そんなに急ぐこたあねえだろうが」
ま、いいがな。
「そ、そうだ! シャノンさんたちフェルドさんたちについていってください!」
マリアンネさんが声を上げる。
「ん? 何でだい、マリアンネさん」
「だって、イーナちゃんが心配じゃないですか。森は魔物で危険じゃないですか。プリシラちゃんとロレッタちゃんもいないんですし」
いや、いつも俺とイーナとジリの三人で森にいっていたがなあ。
「大丈夫だよ、マリアンネさん。私たちいつもちゃんとやれてるから!」
「ダメです! イーナちゃんに何かあったら、世界が大変になっちゃうんですから!」
なんか無理矢理だなあ。
「ね、シャノンさん! 一緒に行ってくれますよね!」
「う、うん。私たちがフェルドさんと一緒ならいいんですよね?」
「そうです。ちゃんと、しっかりと、イーナちゃんとフェルドさんを見張っていてください」
見張る?
見守るとかじゃねえんかい?
シャノンも首を傾げてるじゃねえか。
「フェルドさんがイーナちゃんを襲わないように!」
「襲っちゃいないですよ!」
「でも、イーナちゃんに首を噛まれてるじゃないですか」
「そりゃあ、イーナが……」
シャノンが俺の服の襟を掴み、グイッと開く。
顔がずいぶん真剣。
少し、いや、だいぶ怖いじゃねえか。
「これですか、イーナちゃんの歯形……なるほど、そういうことですか」
シャノンが襟を離す。
「了解しました、マリアンネさん。私が見張っておきましょう。何もないように、しっかりとね」
シャノンはマリアンネさんと見つめ合って、頷き合っている。
アシュリーは首を傾げている。
マリオンの溜息がフルフェイスの中から聞こえた。
そしてイーナは頬をふくらまし、不満を盛大に表明していた。
なんだかなあ……
『まあ、これがフェルドの日常なんでしょうね』
と、ジリがなんか悟ったような一言。
知らねえよ。
俺は平和な、ストレスがねえ、日常を望んでいるんだぜ。
これじゃあ、禿げちまうだろうが。
『きっと、禿げても変わらないのでしょうね』
なにがだよ?
『この状況ですよ。それはとても素晴らしいことでしょう。誇りなさい、フェルド』
わかんねえよ。
俺は髪の毛を死守したいぞ。
「邪魔! その程度で私の前に立つな!」
森の中。
イーナがオークの群れで暴れている。
自身にバフをかけて、剣で切りまくっている。
オークの中にはソルジャーとか上位種もいるんだがなあ。
イーナの敵じゃねえ。
魔法で殲滅すりゃあ、楽勝なんだろうがな。
剣で物理的に斬るのがいいのだろうよ。
まるでストレス発散のサンドバッグだよ。
オークがいっそ哀れに見えてくるぜ。
「強いですね。イーナちゃん」
シャノンが驚く。
「聖女というものは、これほど戦闘力があるものなのですね」
おい、ジリ。
そういうものなのかい?
『そんなわけないでしょう。聖女様は回復魔法が専門。普通、戦闘力は必要ありません。フェルドの教育の賜物でしょう』
「ふむ。ジリによると俺の教育が良かったってことらしいぜ」
『皮肉でしたが、通じませんでしたか』
皮肉ってのは、言われた当人が誉め言葉と受け止めりゃあいいだけのことだ。
会話にならねえがな。
皮肉を言ってくるようなやつとは、対等な会話なんてできやしねえよ。
「なるほど、フェルドさんに育てられたのですものね。しっかり基礎がある。そして、聖女のバフ。なるほど、それは強いはずです」
なんだか、シャノンが納得しているが、それでいいのかよ。
「さて、俺も参戦してくるか」
なんせオークの数が多いんでね。
たまには俺も格下相手に無双したいってもんだ。
……俺も偉そうになったもんだねえ。
身体強化、魔法剣を発動する。
魔法剣ってのもオーバーな感じがする。
だが、魔法剣を使っておくと、剣の損傷が少ねえんだ。
切れ味が落ちにくい。
『まあ、フェルドですからね。普通は魔力により金属が疲労するものなのですが、そこが絶妙なのでしょうね』
そんなこた聞いたこたねえよ!
今更言われても知らねえ。
じゃあ、行こうか。
「おい、豚ども! さっくりと殺されとけや!」
普通に歩き、普通に剣を振る。
一回で、二匹のオークを斬る。
目の前のオークを前蹴りで、蹴り飛ばす。
後ろの複数のオークを巻き込んで吹っ飛んでいく。
蹴りを入れられたオークは、胸骨が折れて、内臓までダメージがあったか。
あいつ死んだか?
大量にオークはいるんだ、剣を振りゃあ当たる。
なるほど、ストレス発散にいいじゃねえか。
まあ、あれだ。
適当ってのも良くねえ。
オーク程度でも急所を狙っていこうや。
一番近くの一匹の首を刈る。
体が左に流れるまま、左手のオークへと。
足を踏み込んで、腰の回転を使って、オークを斬る。
「それじゃあ、俺は止められねえぞ」
イーナと一緒に、オークどもを蹴散らそうじゃねえか!
「あれだねえー。フェルドさんまるで暴風雨みたいだ」
「そう、強いな」
「ああ、綺麗だ。力が流れている。一見無茶な動きに見える。しかし、流れに逆らっていない。流れに乗って、そのまま効率的に動いている。すごい、とても綺麗だ」
アシュリー、マリオン、シャノンの感想らしい。
見てねえで、お前らも手伝えよ。
まったくよお。
「でよお。何でガルムがこんなにいるんだよ」
目の前に四頭のガルム。
ガルルルと唸ってやがる。
「フェルドさん、森の奥のほうはもっとひどいですよ」
「シャノンは奥のほうまで行っているからな」
「やはり魔王の影響でしょうか? この辺境でこれ程影響があるのなら、魔王軍に近い領域ではどうでしょう」
「ああ、そうだな。きっと厳しいだろう」
ギルドの情報からだが、現在、エヴァルレンドラ帝国は魔王軍と交戦中らしい。
戦況は厳しいとのこと。
だがまだ、帝都までは攻め込まれていない。
が、それも時間の問題だろう。
「フェル、シャノンと話してないで、倒すよ!」
イーナがガルムと交戦を始める。
マリオンが囲ませないように、上手く守っている。
イーナとアシュリーが攻撃魔法を放つ。
ガルムの一頭が重症だ。
動きが悪くなる。
アイツらだけでも大丈夫じゃねえか?
いや、前線が足りねえか。
『ほら、さぼってないでちゃんと戦いなさい、フェルド』
うるせえ相棒もいるしな。
まあ予想通り、簡単にガルムを狩り倒した。
問題ない。
Bランク程度の魔物では俺たちを倒せねえぜ。
『格好つけてもしょうがないでしょう。数年前、ゴブリンに殺されそうになったことを覚えておいたほうがよいと思います』
「別に驕っちゃいねえよ。ジリもイーナのところに行ったらどうだ?」
イーナはアシュリー、マリオンと一緒にガルムの死体を見て、話をしている。
何が楽しいのかはわかんねえけどな。
ジリは俺を一瞥してから、イーナのところに向かった。
さすがに俺が慢心してるとは本気で思ってねえよな。
「んで、俺は慢心していねえよなあ」
強くなったとは思っている。
が、俺より強いやつってのは世界中に何人もいるんだ。
そして、魔物ってのは、その人間より強いヤツがいる。
そういう世界だ。
「フェルドさん、一つお聞きしてよいですか」
シャノンがなんか真剣な顔をしている。
「ああ、シャノン。俺はちゃんと真面目に戦っているよなあ」
「はい、フェルドさんは強いです。ですが、このあたりでは最強になってしまいましたから、さらに強い相手と戦う機会がなくなっているとは思います」
俺がこのあたりでは最強か……
「もう、私では敵いません。尊敬しています」
だが、その目は諦めていないな。
冒険者なら、高みを目指す。
俺は途中で限界に気付いて諦めた。
今は女神様のおかげでここに立っているだけだ。
俺だけの力じゃねえ。
「尊敬されるような男じゃねえよ、俺はよ」
「女神様のご加護だとしても、それはフェルドさんの歩いた足跡があったからですよ。私は尊敬します」
シャノンは認めてくれる。
ちょっとこっぱずかしいがね。
おっさん仲間は褒めちゃあくれねえからなあ。
最近は体のあちこちが痛いとか、そんな自慢をしているよ。
自慢にはならねえんだがな。
「それはそうと、こっちが本題なのですが」
シャノンの表情が笑顔から、真剣な表情へと変わる。
いっそ、睨んでいるような。
「その歯形、本当にイーナちゃんのものなのですか? イーナちゃんが抵抗したということ」
「違うよ。なんかマーキングとか言っていたぜ」
ジリがな。
「マーキング……なるほど、そういうことですか。宣戦布告ということですね。いいでしょう、受けて立ちましょう」
何が宣戦布告だ?
誰と誰が戦うんだよ。
イーナとシャノンか?
「ちょっとフェルドさん失礼します」
「んあ?」
シャノンが抱き付いてくる。
そういや、前にもこんなこともあったかな。
ありゃあいつだったか?
「おう?」
シャノンが首筋にキスをする。
イーナの歯形とは反対側の首筋だ。
いや、こりゃあ違うな。
吸われている?
「何してんだよ、シャノン」
「イーナちゃんへの返答ですよ」
そして微笑んだ。
くるりと振り返り、軽い足取りでイーナたちの元へ歩いて行った。
何だってんだよ、まったく。
よくわからねえなあ。
んでだよ。
その結果がわかったのは冒険者ギルドに帰ってからだった。
よりによってマリアンネさんだよ。
「あれ、フェルドさん、どうしたんですか? 首筋、虫に刺されました……か」
彼女が見ているのはシャノンがキスをしたあたり。
なんだ、なにか痕になっている?
「……ねえ、フェルドさん。もしかしたらイーナちゃんですか?」
「え、私。何の話?」
イーナが首を傾げる。
そりゃ、そうだ。
これはシャノンだからな。
「あー、ほんとだ。フェル、虫に刺されたの。痒くない?」
「イーナちゃんじゃないとすると」
マリアンネさんの視線がシャノンへと。
シャノンがにっこりと、大げさに微笑む。
「私からの挑戦状ということです」
「シャノンさん! なんのために一緒に行かせたと思っているんですか。くっ、人選失敗だったか」
騒ぎを聞きつけて、アシュリーが来る。
で、つま先立ちで、俺の首筋を確認する。
「あー、キスマークだ! シャノンちゃん、いつの間に。やるねえー」
アシュリーよ、キスマークたあ何だよ?
あれか、キスしたときに痕が残るのか。
『まあ、それもマーキングですよ。シャノンさんが、フェルドさんの所有権を主張しているのです』
おりゃあ、俺のもんだぜ。
誰のもんでもねえ!
『そうですね。フェルドはフェルドです。しかし、同時に誰かのものでもあるのでしょう』
意味わかんねえよ!
いやあ、その後、マリアンネさんが暴れて大変だったんだからな。
さすがに冒険者にはかなわねえから、取り押さえられたが。
しかし、彼女の機嫌が悪いと、いろいろとギルドに影響がある。
それくれえ影響力のある重要な人物なんだからな。
なんとか美味しいものを食べに行くってんで、ほんの少しだけ機嫌を直してもらった。
そのあとイーナも不機嫌になったっけ。
誰かがイーナに「キスマーク」を説明しやがったな。
さて、どうしたもんかなあ……
<<ステータス>>
フェルディナント・エアハルト
年齢:44歳
冒険者:Aランク
LV:53(Up!)
生命力:363
筋力 :256
魔力 :158
素早さ:208




