第72話 男性としての評価を落としてんじゃねえかって思う、今日この頃だよ
「うん、オッケー。気持ちいいよね!」
イーナが胸を張って、風にたなびくシーツを眺める。
……イーナもずいぶん成長したもんだ。
もう、十七か十八くらいだろうか。
『フェルド、いやらしいことを考えてませんか?』
イーナを見て目を細めていると、黒猫のジリに睨まれる。
いや、違う。
全体的な話だ。
けっして胸のことじゃねえ。
美人になったと思う。
さすがは聖女というところか。
小さいときから可愛い子供だったが、しかし、成長してまさに聖女という清楚さが出てきた。
庶民には触れねえような輝きとでもいうんだろうか。
「ほら、フェル。休んでないで、手を動かす!」
まあ、中身はイーナだ。
変わらねえよ。
外見だけで、少しほっとする。
今日は天気がいい。
青空が広がっている。
いい感じの春の日ってことだ。
つーことで、俺たちは洗濯をして、宿の庭に干している。
《クリーン》の魔法があるから、基本的に洗濯ってのは必要ねえんだ。
だが、やっぱり洗濯して、日光で干すってのは気持ちがいいもんだ。
気持ちの問題だ。
機能の問題じゃねえ。
「で、俺のパンツが風にたなびいているんだが……」
「いいじゃんか。フェルのだよ。べつに誰に見られても問題ないよね」
「いや……景観を損ねるんじゃねえかってなあ。いいんなら、いいんだが……」
俺的にはNGなんだがなあ。
イーナがいいならいいや。
「そういや、イーナの下着がねえが……」
「フェルのエッチ! 私のはちゃんと私の部屋に干してあるの。大丈夫!」
「おう。洗っているんなら問題ねえよ」
「洗わないわけないでしょう! フェルのおバカ!」
しっかりとイーナに怒られちまった。
娘を持つ父親ってのも難しいもんだ。
『フェルドが成長しないだけではないでしょうか。特にデリカシー方面が』
しょうがねえだろうが。
娘は持ったが、結婚もしてねえおっさんだぜ。
女性の心なんてもんはわからねえよ。
『きっと、男性全般が女性を理解できないのでしょう。男性はもっと女性に興味を持つべきだと思います。別の意味で』
そっちの興味は……
おう、イーナが睨んでいる。
ちゃんと洗濯をしなきゃいけねえな。
しっかり手を動かしますよ。
「フェルドさん、お疲れ様です。イーナちゃんも偉いね」
エルマさんが洗濯物籠を持って歩いて来る。
ティムも手伝いで籠を持っている。
「おっと、エルマさん、大丈夫かい? 手伝おうか?」
「大丈夫ですよ。いつもやっていることですから」
洗い場のところまで歩いて来る。
籠を下ろすと大きな音がする。
結構な重量があるんじゃねえだろうか。
エルマさんも見た目以上にパワフルだよなあ。
「でも、もう少し年齢がいったら、手伝ってもらうかもしれませんね。フェルドさん、そのときはお願いしますね」
エルマさんが微笑む。
可憐な笑みだ。
ちと見とれてしまう。
「ああ、そんときゃ、頼ってくれよ。エルマさんのためなら何だってするからよ」
「ふふふ。そんなこと、女の子みんなに言っているんじゃないですか?」
「い、いや、そんなこたねえよ」
「でも、ありがとうございます。頼りにしてますよ、フェルドさん」
エルマさんがいたずらっ子っぽく笑う。
なんか、いいなあ……
「フェル! なに鼻の下伸ばしてるの! ちゃんとお仕事する!! エルマさんもフェルを甘やかさないで」
「あら、イーナちゃんに怒られてしまいましたね」
「まあ、しょうがねえや」
イーナは頬を膨らませて怒っている。
そのへんは子供のころから変わらねえなあ。
エルマさんと顔を見合わせて、笑う。
「笑いごとじゃないの!」
「ふふふ。お父さんを取っちゃってごめんなさいね。イーナちゃんの大好きなお父さんだものね」
「だ、大好きじゃない、けど」
イーナが言い淀む。
「俺は好かれてないのかい?」
そりゃ、悲しいだろうよ。
「ち、違うもん。嫌いじゃないけど、そうじゃなくて……」
まあ、冗談なんだがな。
イーナの愛情は感じているんだ。
俺の錯覚じゃなければな。
ちゃんと父親できてるかは知らねえが。
「ああ、ちゃんとわかってるよ。俺もイーナを愛してるからな」
「あ、愛って……」
「すっかり俺もオヤジだよ。いい娘を持ってよかったと思ってる。イーナはよくできた娘だ」
「……むー」
何故か、イーナが黙り込む。
こんなに褒めているのに。
「このバカフェル! おバカフェル!」
怒って、大きな足音を立てて、洗濯物を干しに行っちまった。
「うーん、そうねえ。ちょっと危ないかもしれないわね」
エルマさんがイーナを見て、呟く。
「何がですか?」
「内緒です。フェルドさんには内緒。男の子には内緒の話です」
エルマさんが唇に人差し指を当てる。
少しエルマさんを見つめる。
「ほら、フェルドさん。イーナちゃんに睨まれてるよ」
ティムの指摘でイーナを見ると、確かに睨んでいた。
わかったよ。
ちゃんと仕事すりゃいいんだろう。
『なんでしょうねえ。鈍感系の主人公というのは流行らないと思います』
なんだよ、ジリ。
誰が鈍感だ。
俺はこれでも気が利くフェルドさんで通っているんだからな。
『ええ、冒険者としては優秀ですよ。しかし、それとは別の話でしょう。きっとフェルドには永遠にわからないのですね。それはバカフェルドと言われるわけです』
「バカフェルド」たあ、エトムントが来てから、すっかりイーナとジリの口癖になっているじゃねえか。
あのバカムントのせいだよ。
ジリもすっかり気に入っちまって、コイツ!
「フェルドさんもいろいろと大変そうだね。見てる僕は楽しいけど」
ティムを楽しませるためにやってんじゃねえよ。
だいぶ成長して、口が悪くなってきている。
どこで誰の影響を受けたんだかな。
だが、ずいぶんしっかりとしてきて、エルマさんもだいぶ楽になってきたんじゃねえだろうか。
「そうだ、ティム。プリシラとロレッタを呼んできてくれよ。アイツらもちゃんと洗濯させねえとな。エトムントに、ヤツがいねえ間の教育を任されてんだよ」
なんで俺だよって気もするがな。
エトムントは王都からの呼び出しで、今、街にはいねえんだ。
で、エトムントがいねえつーんで、あの二人は気が抜けている。
ダラダラ、ダラダラしやがって。
さすがに何かやらせなくちゃならねえだろう。
侯爵令嬢ってんで、家事も何もできねえみてえだぜ。
勉強と剣はできるが、料理も掃除もできねえんじゃあいけねえ。
女性がそれをしなきゃいけねえってんじゃねえんだ。
人間としてこれくれえできなきゃいけねえってことだ。
エトムントがいりゃあ、あの二人は頑張るんだがな。
いねえときにこれじゃあなあ。
本当にエトムントと結婚する気があるか疑問だぜ。
ちゃんと大人になれよ。
『どの口が言っているのでしょうね』
ジリよ。
俺の頭の中を読むのを止めてくれるかな。
『あなたの考えはわかりやすいのですよ』
あんなに長く思考したってのに、手に取るようにか?
怖いもんだよ、黒猫ってのは。
『私は黒豹ですよ』
今は可愛い黒猫ちゃんだ。
「おっと、ジリ。奇襲が下手になったか?」
『あなたの気配察知が成長しているようで何よりです』
飛び掛かったジリを捕まえた。
ジリが本気で脱出したいのなら、後ろ脚で俺の手を引っ掻くことができるんだが、そこまではしねえらしいな。
『まあ、あなたの成長を誇らしく思っているのですよ、これでも』
「ふふふ。フェルドさんは本当にジリちゃんと仲良しなんですね」
「まあ、腐れ縁というか、なんというか」
ジリを優しく地面に下ろしてやる。
『私もこれだけ一緒にいるとは思わなかったですね。すぐに聖女の養育者をクビになると思っていたのですが』
そんなこと思っていたのかよ、この猫。
『よくやりました、フェルド。イーナ様は立派に成長なされた。少し仲が良くなりすぎている気もしますが、それもまた運命なのでしょうね』
何が「運命」だよ。
よくわかんねえこと言いやがって。
「運命」とか、他人任せの言葉はいらねえよ。
俺がここにいる結果ってのは、俺自身のせいだ。
誰のせいでもねえ。
んで、ずいぶん幸せだと思う。
が……
『引っかかっているのは魔王でしょう』
ああ、そうだな。
イーナを見る。
春の快晴の下、金髪がキラキラと光っている。
ああ、本当にいい子に育った。
「イーナが魔王と戦わなきゃいけねえってのはなあ、今更だが、どうなんだかなあ」
『それも運命。おそらく、イーナ様は覚悟を決めてらっしゃる。ですから、この日常を楽しんでいるのでしょう』
もし、魔王を討伐したら……
そしたら、イーナはここに帰ってくるのだろうか?
『それはイーナ様が決めること。我々が口を出すことではありません。ですが……希望を伝えるくらいならいいのではないでしょうか。素直に言えばいいんですよ。帰って来いと』
「それを俺が言っていいものかなあ……」
『きっと、イーナ様は喜びますよ』
「そうかなあ」
『はい、きっと』
イーナはこちらを見ている。
「フェルとジリは何を楽しそうに話しているかな?」
ずんずんとこっちに歩いて来る。
うん、ちと眉間に皺。
仲間外れみたいで、寂しかったか?
んで、手を広げる。
「フェル、ハグ」
「なんでだよ。このタイミングで必要ないじゃねえか」
「いいじゃん。しなくていいハグなんてないと思うよ」
そんなもんだろうか?
「そんなもん! ほら、フェル」
これでやらねえと、イーナの機嫌を損なうからなあ。
立ち上がり、イーナに抱きつく。
ああ、身長が伸びたなと思う。
こんなに大きくなって。
……胸も当たるんだよ。
イーナの鼓動を感じる。
体の温もりを感じる。
ふわりと花のような香りがする。
甘く、良い香りだ。
「ふふ、フェルの匂いだー。私、フェルの匂い好き!」
「おっさん臭だろうが」
「うん、おっさん臭の中にもフェルの匂いが隠れてるんだよ」
おっさん臭は否定しねえのかよ。
ちゃんと《クリーン》の魔法をかけてるんだがなあ。
「じゃあ、さあ」
イテッ!
首筋に痛みが走る。
「何した、イーナ」
「うん。ちゃんと歯形が付いた!」
ほんと、何してくれるんだよ。
「最近、フェルに女の人がちょっかいかけてくるから、これはイーナのものですって印だよ」
俺はイーナの所有物じゃねえよ。
んで、物でもねえよ。
「……ちょっかいなんて、出されてねえぞ」
「そう? エルマさんとか、マリアンネさんとか、シャノンちゃんとか」
別にモテた覚えはねえがな。
まあ、仲良くさせてはもらっているが。
俺の顔が困った表情だったんだろう、イーナが笑う。
するりと俺の手の中から抜け出して、俺が洗い終わった洗濯物を持って、物干し場へと向かう。
軽やかに、楽しむように。
「うーん、だいぶ、危ないと思うわ。これは強敵ね」
エルマさんが真剣な表情で何かつぶやいていた。
が、聞こえねえから答えようがねえな。
『マーキングされましたね』
「んだよ。イーナは猫じゃねえぞ」
んで、俺はマーキング対象かよ。
『猫の場合、落ちませんよ』
「おしっこだからか」
『デリカシーを持ちなさい!』
ジリに引っ掻かれた。
今回は阻止に失敗。
おめえ、猫じゃねえだろうが!
「あー、フェルドさんが、ジリちゃんに引っかかれているわ」
「本当。きっとお尻を触ったのね。そんなことしちゃダメですよ。ジリちゃんは女の子ですからね」
プリシラとロレッタが、籠にいっぱいの洗濯物を持って、宿から出てきた。
ずいぶんため込んだもんだ。
んで、若干寝癖が付いている。
今まで寝てたんじゃねえだろうな。
で、うっせえよ。
なんで、俺がジリにセクハラしなきゃいけねえんだよ。
失礼な奴らだ。
『フェルド……あなた、私のことをそんなふうに見ていたんですか』
「バカか。そんなこたねえよ!」
しかし、黒豹の尻はセクシーだと思う。
それは内緒だ。
おっと、危ねえ、ジリにじっと見られる。
まあ、しっかりとバレてそうだな。
男性としての評価を落としてんじゃねえかって思う、今日この頃だよ。
『もともと落ちるほどの評価をされてないでしょう』
うっせえよ!
<<ステータス>>
フェルディナント・エアハルト
年齢:44歳
冒険者:Aランク
LV:52(Up!)
生命力:357
筋力 :251
魔力 :155
素早さ:204
ジリ
年齢:不明
黒豹
LV:51(Up!)
生命力:273
筋力 :242
魔力 :237
素早さ:222




