第71話 若き日の残光:それまで、さよならだ
ドルフェミレスタの街。
その中心部に教会が立っている。
凄く大きくて、立派な教会だ。
この街に似つかわしくねえな。
教会の中には二十人くらいの人が集まっている。
よく見知った顔がある。
俺とエトムントは最前列の椅子に座っている。
正面には五つの丸が並んでいる。
五柱の女神を表しているらしい。
俺は女神なんて信じちゃいねえ。
祈ったっていいことがあったためしがねえからだ。
もし女神が存在していたとしても、祈ったってなにもしてくれねえなら、そりゃあいねえのと同じじゃねえか。
結局、俺たちのことは俺たちしか解決できねえ。
そんなもんだろう。
年老いた神父様が五柱の女神様に祈りを捧げている。
祭壇の上には骨壺が一つ。
俺たちが持ってきたレナーテのものだ。
俺たちはレナーテを王都へと連れ帰った。
そして火葬。
この生まれた街まで彼女を連れて帰るためにだ。
今日、彼女は生まれ故郷に帰った。
そして葬儀を執り行っている。
「……女神よ、彼女に安息の地へとお導きください。あなたの平和な世界で静かな眠りをお与えください。そして私たちの中に彼女の記憶を永遠にとどめてください。私たちが、いつの日かその平和な世界に行くとき、その記憶とともに彼女と再会するときまで、その記憶は私たちの胸の中に……」
神父のよく響く声が祈りの言葉を唱える。
俺の隣にはレナーテの母親が座っている。
ジュディおばちゃんだ。
女手一つで娘のレナーテと俺を育ててくれた人。
そして、娘を失った人。
泣いている。
俺の手を強く握って、泣いている。
あの強いおばちゃんが……
どうして……どうして俺が生き残って、レナーテが死んじまったのだろう?
ずっと考えていた。
だが、わからねえ。
どうしたって、俺よりもレナーテのほうが価値があるだろう。
なら、レナーテが生き残るべきなんじゃねえのか?
なあ、そうだろう……
だが、俺が生き残っちまった。
レナーテの手のひらの感触を思い出す。
今握っているおばちゃんの手と比べちまう。
仕事や家事で、少しガサガサになった手。
だけど大好きな手だ。
レナーテも将来こんな手になったのだろうか?
誰かと結婚して、子供を産んで、そして母親になったのだろう。
きっと、おばちゃんにも負けねえ、すげえ母親になったはずだ。
俺はそれを隣で見ていたかった。
仮に、彼女の隣にいるのが俺じゃなくても。
レナーテがいねえ未来、か……
色褪せた世界を眺める。
ああ、このただ優しいだけに見える司祭の祈りに意味があればいい。
女神に届けばいい。
俺は女神を信じちゃいねえけれど……だけど、レナーテを祝福してほしい。
祈りの時間が終わった。
参列者は帰った。
残ったのはおばちゃんとエトムントと俺。
三人。
司祭に促され、地下の納骨堂へ。
おばちゃんは大事そうにレナーテを抱えている。
棚に骨壺が並んでいる。
少し中に入ったところに空きがある。
おばちゃんがそこにレナーテを納める。
これで葬儀は終わりだ。
レナーテはここで眠るんだ。
小さな骨壺の中で。
これで……これで本当にレナーテとお別れ。
俺は……これからどう生きればいいのだろうか……
どうでもいい話をしよう。
カマキリ野郎を追っ払った後のことだ。
俺たちは生まれ故郷までレナーテを連れて行かなきゃならねえ。
金が必要だった。
ザカリーたちの荷物を漁った。
死亡した冒険者を見つけた者が、その冒険者の装備や金の所有権を持つ。
だが、形見として髪の毛をギルドに持ち帰る義務がある。
白骨化していた場合は別だがな。
誰も待っている者がいない場合でも、街に連れて帰ってやる。
体の一部だけでもな。
それがどんな野郎だったとしても、死んじまえば何もできねえんだ。
罪が洗い消えるわけじゃあねえ。
だが、死んじまったやつを、恨み続けてもしょうがねえんだ。
それはわかっているが、しかし、しこりはある。
これは仕事だと割り切って、三人の髪の毛を持ち帰る。
ザカリーたちは結構金をため込んでいた。
ジュディおばちゃんへの土産ができたな。
装備はかさばるんで、エトムントの折れた剣を交換しただけだ。
俺たちはレナーテを連れて帰らなきゃいけねえから。
ザカリーたちの死体はそのまま。
きっと魔物に食われるだろう。
冒険者なんてそんな最後かもしれねえ。
ダンが作った土の壁を、やっとのことで壊して、出た。
そこに、ダンが転がっていた。
頭と体が別々に。
「そうか、こいつ、あのカマキリに最初に殺されてたんだな」
エトムントがダンを見下ろしている。
まるで石ころを見るように、何の感情もなく。
俺たちはダンの髪の毛を切って、ザカリーたちと一緒に持ち帰る。
ダンはそれほど金を持っていなかった。
ギリギリの生活だったのかもしれねえな。
どうでもいいがな。
王都の冒険者ギルドへ報告して、俺たちは故郷へ帰った。
夢と希望にあふれて、王都に旅立った日はいつだったか。
夢は破れて、俺たちはボロボロになった。
旅の途中、エトムントとの会話は少なかった。
ヤツは何を思っていたのだろう?
俺はおばちゃんにどんな顔をして会えばいいか、それを考えていた。
葬儀が終わり、家に帰る。
エトムントは自分の家へと。
今はおばちゃんと二人、家路を歩いている。
「ねえ、フェルド」
おばちゃんが立ち止まる。
「すまなかったねえ、うちの子につき合わせちゃって。あの子の相手は大変だったろう」
壊れそうに笑っている。
「そんなこたねえよ。俺は楽しかったよ。あいつと一緒で」
「そう言ってくれると、私は嬉しいよ。あの子はね。冒険者になりたいっていつも言っていたから、だから、こんな結果も覚悟していたと思うのよ」
覚悟はしていたかもしれねえ。
俺も最悪は覚悟している。
だが、それが現実になっちまうのは、苦しいや。
「あの子をずっと支えてくれたフェルドには感謝してるのよ。あの子はきっと幸せだった。あんたとエトムントと冒険できて」
そうなのだろうか?
俺たちは彼女を幸せにしていたのだろうか?
わかんねえや。
だって、もう聞けねえんだから。
「だから、私はあの子を冒険者にしたことを後悔はしない。後悔したくないのよ。あの子は何かをなした。その人生には意味があった、そう思いたいの」
ああ、きっとレナーテに助けられた人はいると思うぜ。
「レナーテが最後に守ったのは、フェルド、アンタだよ」
「俺……?」
「そう、フェルドだよ。だけど、偉くなれとか、何かをしろとか、私は言っているんじゃないんだよ。ただ、生きていけばいいのよ。死ぬまでしっかりと生きなさい。それだけで、きっとレナーテは浮かばれると思うの」
レナーテにも「生きろ」と言われた。
俺は……
彼女のいない世界でも生き続けないといけないらしい。
「きっとフェルドも悲しいよね。私も悲しい。だけど、いつかあの子のことを笑って話せる日がくるわ。きっと、来るのよ。今はできないけれど。あの子のバカみたいな笑顔を思い出して、笑い合えるときがくるといいと思うわ。それまで生きてね、フェルド。しっかりと生きて」
いつか、俺は誰かにレナーテのことを語る日が来るんだろうか?
一緒に冒険をしていた、素敵な女性がいたんだと。
ちょっとだけ好きだったんだと……
おばちゃんと俺は家に帰る。
そこにはレナーテはいない。
レナーテはいないが、だが、日々は過ぎていく。
少し色褪せた世界を俺は生きていかなきゃいけねえ。
「なあ、エトムント」
いつもレナーテと一緒に学校をサボって寝転がっていた丘の上。
エトムントと座っている。
「……なんだよ、フェルド」
「俺、ウェストフェルトへ行くわ」
「っ、なんであんな田舎へ」
「だってよお、俺、左腕ねえだろう。田舎なら少しは役に立てるかなって思うんだ。だからさ、お別れだ」
「フェルド、なに言っているんだ! 片手だって、やれるだろう! 諦めるなよ、一緒にやろう!」
「諦めちゃいねえよ。俺は冒険者を続ける。冒険者として生きていく。だけど、お前とはさよならだ。ここでお別れがいいんだ」
俺はもう大した冒険者にはなれねえ。
片腕じゃ、できることは限られる。
必死に生きていくだけだ。
それだけだ。
だが、エトムントは違う。
俺のようなお荷物がいなければ、もっといけるはずだ。
俺より才能があるんだ。
きっと冒険者として成功する。
その姿が見たい。
そこに俺は邪魔だろう。
「バカフェルド! ……わかったよ。パーティは解散だ。俺は王都に戻る。仲間を探して冒険者を続けるよ」
「ああ、それでいい。俺はウェストフェルトでやり直しだ。どうにか冒険者をやっていくよ」
こうしてエトムントと別れた。
そして俺は一人になった。
その日の夜、こっそりと起き出して、街を出た。
おばちゃんには手紙を残しておいた。
利き腕が残ってよかったよ。
字は書けるからな。
エトムントにも告げない。
一人での旅立ちってのもいいじゃねえか。
ウェストフェルトへ向かって歩いていく。
夜が明けて、向こうの山裾から太陽が昇ってくる。
少し腹が減った。
悲しんでいても、腹は減るもんだ。
荷物を開けて、水筒を取り出す。
あとは硬いパンを入れていたはず。
「ん……こりゃあ」
知らねえ包みが二つ入っていた。
一つは握り飯。
この大きさはおばちゃんだな。
そうか、俺の行動なんてバレバレか。
一口、握り飯を喰う。
いつもの味だ。
懐かしい味。
もう一つの包みを開ける。
金が入っていた。
「バカフェルド。無利子で貸しといてやる」と、エトムントの下手な文字が包みに書いてあった。
握り飯を喰う。
さっきより少し塩辛い。
頬を伝う涙が握り飯に落ちる。
「ありがとうな、おばちゃん、エトムント……」
太陽が昇って、草原が緑に輝いている。
草原を風が渡って、さわさわと音を立てる。
草の香りを感じる。
日の温かさを感じる。
俺は生きている。
レナーテ、俺、生きてくよ。
なんとか冒険者にしがみつくよ。
這いつくばって、転がりまくったって、生きていくよ。
見ていてくれよ。
んで、俺がそっちに行ったら笑ってくれよ。
「フェルらしいわね。フェルらしい、いい人生だったじゃないの」
そしたら、俺も笑うから。
「うるせえ、レナーテ。俺なりには生きたんだ。後悔はねえぞ!」
「知っている。よく頑張ったよ、フェル。褒めてあげる」
そう言ってくれるといいなあ。
なあ、レナーテ。
それまで、さよならだ。




