第66話 【エトムント視点】遅えんだよ、フェルド
部屋を飛び出し、通路へと出る。
通路は左右に続いている。
やはり石壁で、窓はない。
通路は比較的広めに作られており、剣を振ることはできる。
風が流れている。
風上がおそらく出口。
まあ、信者がわらわらとやってくる方向が出口ということでもある。
丸わかりだよ。
聖女に逃げ出されるとは思っていなかったか。
聖女が転移でいつ来るかわからない、待ち状態だ。
しっかりとした対策は難しかったのかもしれねえな。
で、こいつらはただの信者だ。
剣を習ったやつが少し混じっているようだが、それも実力不足。
ほぼ素人集団だな。
「エトムント、どっち?」
「右だ、急ぐぞ!」
イーナはまだ経験不足か。
主戦場が森だったからな。
建物内は専門外か。
「どけ! どけ! 私の前に立つな!!」
イーナが信者を切り伏せ、蹴りを入れ、体当たりで突き飛ばす。
戦い方がすっかり冒険者だよ。
上品さの欠片もない。
が、最後に立っていたやつが強えんだ。
生き残ることが重要。
いいんじゃねえか。
「おらぁああ! 死にたくなけりゃあ、道を開けな!!」
俺も叫ぶ。
信者たちが少し怯む。
奴らの勢いを少しでも殺したい。
弱いと言っても数は脅威。
俺たちが疲れる前に脱出できればいいが……
「エトムント、見て! 階段だ!」
進行方向、信者の群れの隙間、ちらりと上りの階段が見える。
どこに続いているか、ここが何階なんだか知らねえが、だが、方向はあっていた。
「おう! もう少しだ。イーナ、気合入れろよ!」
「了解! エトムントもね」
階段まで、信者は十名程度。
全て切り捨てる!
素人だろうが、なんだろうが関係ねえ。
聖女を攫った時点で、死罪だ。
責任は魔王教、そして信者にある!
「よし、あと二人!」
「どけよ!」
「なぜ、聖女が強い? ぎゃああ!」
「おっさんのくせにこんなに強いのか、聞いてないよ! ごはあ!」
最後の二人を倒す。
階段から信者の追加はない。
打ち止めか?
……が、現実ってのはそんなに簡単に終わらせちゃくれない。
それは経験上わかっているんだ。
ほらな……
「いやあ、元気な聖女さんだねえ。でさあ、強い冒険者も一緒なのかよ。また、面倒くせえなあ」
階段から一人、男性が下りてくる。
身長は俺より少し小さい。
成人男性の平均くらいか。
年齢も俺と同じくらいのおっさんだ。
やせ型で、少し猫背、ボサボサの赤い髪の毛、眠そうな目をしている。
しかし目の奥底に鋭い光が見える。
強いな。
恐らく、恐ろしく強い……
「来るんならさあ。俺がいねえときが良かったんだがねえ。今来ちゃったらさあ。俺が働かなきゃいけねえだろうよ。一応、依頼金はもらっているんだからなあ。まったくもって面倒くせえなあ」
ボリボリと頭をかいている。
反対の手には剣を持っている。
しかし、まだ身体強化、魔法剣の発動はしていない。
「イーナ、気を付けろ! そいつ強いぞ!」
もしかしたら……いや、確実に俺よりも。
「いやあ、そんなに警戒しないでくれよ。俺はそんなに大したもんじゃないからねえ。一応、名乗っておくよ。俺はサミュエル・パーセルってもんだよ」
サミュエル・パーセル!
火の剣聖じゃねえか!
強いなんてもんじゃねえぞ!
「そいつ、剣聖だ! 近づくな遠距離で攻撃しろ!」
「わかった!」
「あらあ、ご存じでしたかあ。いや、面倒くせえねえ」
ぼりぼりと頭をかいている。
が、隙はない。
「ウィンドジャベリン、三つ同時だ!」
イーナが放った《ウィンドジャベリン》がサミュエルへと向かう。
イーナの魔力は高い。
一流の魔法使いと同等だ。
だが……
「おっと、危ない、危ない。怖いねえ」
サミュエルは一瞬のうちに身体強化、魔法剣を発動。
事もなげに《ウィンドジャベリン》を撃ち落とした。
こいつはヤバいな。
実力差がありそうだ。
どうするか。
「それじゃあ、こっちもいこうかねえ。早く終わらせて、酒でも飲んで、寝ていたいんだよねえ」
それには俺も賛成だが……
なんとか説得できないか?
「魔王教の仕事なん……か」
おい、早いじゃねえか。
一瞬でこちらに接近。
……っ!
イーナか?
「きゃあ!」
剣の柄頭がイーナの腹部へ。
「静かに寝ていてくれると助かるよ」
首への手刀。
イーナの意識が落ちた。
初めて見たよ、首への手刀。
意識を失ったイーナをサミュエルが抱きかかえる。
……くそが。
「イーナ!」
叫び、サミュエルに切りかかる。
「おっと、危ないねえ」
片手だ。
サミュエルの片手の剣で軽くいなされる。
「少し大人しくしておくれよっと」
サミュエルがその剣を振る。
くそ!
力が強い。
弾き飛ばされる。
「おーい、そこの人。聖女様を連れて行っておくれよ」
サミュエルがイーナを信者に渡す。
信者は右手の通路へとイーナを運んでいく。
まずいな。
「なあ、イーナを返してもらえねえかな。あの子は俺の仲間の娘なんだよ」
「そうか、仲間の娘さんかい。そりゃあ心配だよねえ。なんでその子が聖女なんてなっちまったのかねえ」
サミュエルは他人事のようだ。
だが、俺にはそうじゃねえんだ。
あの子は、イーナはフェルドの娘なんだ。
大切な人なんだ。
二度も、フェルドの大切な人を失うわけにはいかねえんだ。
今度は、今度こそは助けてえんだ!
「イーナをどうする気だよ!」
「さてねえ。俺には関係のないことだよ。魔王教なんて胡散臭いからねえ」
お前、剣聖だろうが!
機会があれば、魔王討伐の勇者パーティに参加するような身分だろうが。
「イーナは返してもらうぞ」
「あんたにそれができるのなら、やればいいさ。だけど、俺はそれを阻まなきゃならねえんだ。無駄な戦いはしたくねえんだがよお、仕事だからなあ」
あんたには無駄な戦いかもしれねえ。
だが、俺には命を懸ける価値のある戦いだ。
身体強化と魔法剣の出力を上げる。
怒りを力に変える。
頭の芯は冷静に、冷徹に。
怒りに支配されるな。
「おおお!」
通常攻撃じゃあ、通用しねえ。
《疾風突き》。
危険を承知でアクティブスキルを使うしかねえ。
フェルドがやっていたじゃねえか。
アクティブスキルを繋げるんだ。
スキルが切れて体が硬直したら終わりだ。
「おっと」
俺の突きをサミュエルが躱す。
続けろ《横一閃》!
サミュエルがしゃがんで躱す。
なら、《唐竹割り》!
そのまま《燕返し》、《迅突》、《回転斬り》、《迅突・二連》……
捕まらねえ。
サミュエルがすべて躱す。
さすが剣聖。
息が上がる。
くそっ!
スキルが切れる。
「おっと、反撃行くよ」
サミュエルが袈裟懸けに斬る。
動けよ、体!
歩法アクティブスキル《退歩》を発動。
無理矢理だ。
体が悲鳴を上げる。
後ろへと飛び退く。
真っ二つにならずに済んだ。
皮が何枚か切れただけだ。
血が噴き出すが、命はある。
「おお、すごいじゃないの。そんな無茶な戦い方は初めて見たよねえ。いやあ、ここで俺に殺されるのは惜しいねえ」
「なら、見逃しちゃくれねえかい。俺はイーナを助けたいだけだ。お前さんと戦いたいわけじゃない」
「それが悲しいことにできないんだよ。俺の仕事がここの警護だからねえ。あんたみたいにここで暴れるのを殺さなきゃいけないんだよ」
殺すのが前提かよ!
「俺が静かにイーナを連れだしゃあ文句もねえだろう」
「あんた、ずいぶん信者を殺したじゃないかね。それは暴れたってことだよねえ。殺したのなら、殺されることもあるんだよ。まあねえ、純真無垢で罪もない子供が殺されることもあるけれどねえ」
道徳はどうでもいいんだよ。
今はなあ。
ただ、俺の望みはイーナの救出だ。
俺の剣が赤々と輝いている。
いけるか?
通じるか?
だが、やるしかねえんだ。
「燃えて死んでくれよ! 勇矇火瞰!!」
「これで終わってくれねえかな。泰然寺雀」
ああ……
さすがは剣聖。
やはり届かないか……
いつも、大事なところで俺は弱い。
剣を持っていた俺の手が空に飛んでいるのが見える。
胸と、腕から血が噴き出している。
「さてと、聖女様はどうなったのかねえ……おっと」
サミュエルが一歩飛び退く。
ああ……来たか。
そうか、やっとか。
ネックレスの指輪が光る。
魔法陣が床に描かれる。
そして……
懐かしい仲間の顔。
あのときからずいぶん歳を取った、だが、あのときの面影を残した顔だ。
遅えんだよ、フェルド。




