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ロートル冒険者の俺が聖女の養育者でいいのかよ? ――のちに辺境の英雄と呼ばれる男の話――  作者: 月見里 嘉助


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第63話 それでもこんなにも進めたんじゃねえかって思えたらいいんだ

「かんぱーい!」


イーナの合図で夕食が始まる。

もちろんイーナは果実水だぜ。

まだ、酒が飲める年齢じゃねえ。


ケルベロスを換金して、金もできた。

夕食はちと豪勢にいきてえじゃねえか。


もちろん俺とエトムントはキンキンに冷えた麦酒を飲む。


「かー、これのために生きてるってもんだぜ!」


苦みと爽快感が喉を通り抜け、ホップの香りが鼻をくすぐる。

この最初の一口。

それが生きてるってことだ。

真理がそこにある。


「おう、酒とは人生だよなあ。店員さん、お代わりお願いします」


おい、エトムントよ。

ペースが速すぎだろうが。

酒に強いからって、飲み過ぎはいけねえ。

おっさんたちにも節度が大切だぜ。

俺はこないだ失敗したからな。

今度やったら、イーナがとても怒るだろう。

それは避けなきゃいけねえ。


俺たちとエトムントたちだと、五人になる。

テーブルは四人掛けだ。

つーわけで、テーブルは二つに分かれる。

女子たちとおっさんたち。

どうなんだよ、その分け方……

まあ、おっさんはおっさん同士、しんみりと飲めるってもんだがな。


「ロレッタ、この葡萄酒はあれですわね……」


「プリシラ、そうですわね……」


女子テーブルでは、お嬢さん方が葡萄酒を飲んでいる。

が、お気に召さないらしい。

こんな田舎町の居酒屋だぜ。

侯爵令嬢が満足するような葡萄酒があるはずねえじゃねえか。

季節はまだ秋の始まりで、葡萄酒の新酒が出るには早え。

赤の葡萄酒は渋くなっているし、白の葡萄酒は酸っぱくなっている。

熟成しているような上級な赤の葡萄酒はそもそもねえ。

諦めろよ。


で、料理は少し豪華にしている。

豚の角煮、鶏肉のカシューナッツ炒め、魚の素揚げ甘酢あんかけ、石鍋あんかけチャーハン、海老マヨネーズ、春巻き、水餃子、蒸しパン、ごま団子。

おう、このラインナップだと葡萄酒より麦酒のほうが合うと思うんだが、嬢ちゃんたちは麦酒が苦手みてえだ。



「にしても、フェルドも強くなったよなあ。あの頃からじゃあ考えられねえよ」


エトムントが料理をつまみながら、しみじみと。

魚の揚げ物から箸をつけるところは、おっさんだよなあ。

まあ、あのカリッとした皮と、ふっくらした白身、そして、甘酢がトロリとな。

なんだか、年齢とともに酸っぱい料理ってのもいいなと思い始めてるんだ。


「まあな。正直、女神様のおかげってもの大きいがね」


「そうか、女神様の恩恵か……。しかし、今まで続けて来れたってことが大きいと思うぜ。続けている奴が、いつかどこかで報われる。そういう希望のある話ってのは世間から求められると思うぜ」


「いやあ、やめとけ、やめとけ。おりゃあ目立ちたくねえぞ。お涙ちょうだいってな話に持ち上げるなよ」


「まあ、そうだよな。フェルドじゃあ主人公って顔をしてねえや」


「うるせえよ。自分がイケメンだと思っている野郎は、いけすかねえなあ!」


「ははは! 妬くな、妬くな。イケメンつーのもそれはそれで大変なんだからなあ」


エトムントが笑う。

否定しとけよそこはよお。


「王都で何人も女を泣かせたんじゃねえだろうな?」


「いや、それをうまくやるのがいい男ってもんだろう」


エトムントのモテ話という、微妙なのをしているんだが、さてプリシラ、ロレッタはというと。

女子三人で仲良くなったようで、そっちで話をしている。

ああ、少しつまらねえな。

エトムントが問い詰められるところを見てみたかったが。


「でよお。フェルドのほうはどうなってんだよ?」


「んあ? 俺かい。何にもねえよ。変わらねえよ」


この前まで底辺の冒険者だったからな。

そりゃあモテねえよ。


「今は違うだろ。ちゃんとAランク冒険者だ。家族を養える稼ぎがある。つーか、数年働けば一生食えるくれえ稼ぐこともできるはずだぜ。なら、怖気付くこたねえよなあ」


「いやあ、俺を相手にしてくれる人なんていねえさ。おっさんだぜ、遅えよ」


まあ、情けないことにな。

この年齢になってまで、家族を求めるって、その望みもあったんだがな。

だが、今は少しだけ満たされてもいるんだ。

イーナとジリといる。

なんとなく、それでいいんだとも思ってしまってたりする。


「そうかねえ、例えばエルマさんとはどうなってんだい?」


「エルマさんは……ハーラルトの奥さんだぜ。そりゃあ、気にはかけているさ。いい人が現れてくれたらいいってな」


幸せになってほしいよなあ。

あんなに素敵な人なんだからよ。

そんな人を置いてくんじゃねえよ、ハーラルトよ。


「例えば、それはおめえさんじゃ駄目なのかい? その候補に入れてもいいんじゃないのかい?」


何言ってんだよ。

酔っぱらっているのか、コイツ?


「俺じゃあ、釣り合わねえだろうがよ。エルマさんには」


「Aランク冒険者でもか?」


「Aランク冒険者ってのはそういうもんじゃねえだろう」


ランクの有り無しで、見合う、見合わないが決まるってこたあねえよな。

そりゃあ違うと思うぜ。


「じゃあ、どうしたら、お前は幸せになるんだい? まだ、レナーテの影から卒業できねえのかい?」


ちっ、やっぱり酔っ払ってやがる。

歳を取って酒に弱くなったか。

レナーテのことは、俺たちの柔らかいところにある。

なかなか触れない、奥底に。


「……そんなんじゃねえよ。レナーテはもういねえよ」


「そうか? あのとき、レナーテと付き合ってたんだろう。それを俺の失敗で――」


「お前のせいじゃねえさ。ありゃあ、しょうがなかった。あの結果になっちまったのはしょうがねえんだ」


「しかし、俺は……」


「確かにレナーテが生きていたらと思うことはあるがな。しかし、現実にはいねえんだ。なら、それを受け止めて生きていこうや。それが俺たち、生き残った奴の責任じゃねえのかい。それでいいんだ。それだけでよお……」


たぶん、俺の中にシミのように残っている。

重く、暗く、静かに。

情けねえことだが、それを認めたくもねえんだ。

そして、それがなくなるのも怖え。

矛盾した気持ちがある。

レナーテが生きた記憶でもあるからな。

それが昇華されるってことはないと思う。

綺麗な思い出になるはずがねえ。

そうじゃねえといけねえ。

それを抱えてなきゃいけねえんだ。

俺は、俺たちは。


生きていると、色々な感情がまとわりついてくる。

徐々に重くなっていく足を、それでも必死に動かして生きていく。

それでいいさ。

たまに立ち止まって、後ろを振り返る。

そのときに、まだここまでしか進んでねえかと思うんじゃなくて、それでもこんなにも進めたんじゃねえかって思えたらいいんだ。

ただの心の問題だな。

漠然とした話で、なんとなくのことだ。


「俺はお前の責任だとは思っちゃいねえ。それだけは覚えておけよ。今度、自分の責任だと言ったら、殴るからな」


「ははは」


エトムントが笑う。


「そうか、そうか。お前もAランク冒険者だものな。俺を殴れるようになったんだ。前は弱っちかったからな」


バカにしてやがるのか?

まったくよお。

レナーテの話はここで終わりだ。

今は、今の話をすりゃいいだろう。

この次に、コイツとレナーテの話をするのは、きっと歩くのも億劫になった老後だろうよ。

それでいいじゃねえか。

それがいいじゃねえか。



「お前だって結婚してねえよなあ。そこんところはどう説明するんだよ?」


攻守交代だぜ。

コイツは若いときっからモテてたからな。

すぐに結婚すると思っていたんだが、どうしたってことだよ。

まだ独り身だよ。


「俺はいいんだよ。一人のほうが気楽でいい。冒険者なんてな、刹那に生きて、一人で死にゃあいいんだ」


エトムントは麦酒を飲み干す。

アホか、格好つけやがって。

だが、格好つけるなら葡萄酒のほうが似合うし、ただ言い訳をしているだけだって丸わかりだ。


「おうおう、勝手に死んどけよ。で、今は彼女はいねえのかよ」


つーか、この年齢だと彼女つーのも、結婚が前提になるだろうがな。


「いねえ、いねえ。まあ、プロの人にはお世話になっているがなあ」


プロの人はノーカウントだ。

あれはプロの人だからな。


「国王直下の部隊。その隊長だろう。なら、一代貴族くれえにはなれるんじゃねえんかい?」


一代貴族って男爵だったか?

まあ、なったからどうってこたあねえよなあ。

一代だけだしな。


「貴族ねえ……。もし、おめえがそれを言われたとして、受けるんかよ?」


「いや、俺はいらねえよ。そんなもん、煮ても焼いても食えねえや」


「ははは。それを俺に押し付けるなよな」


「なんだよ。仲間の一人くれえ、貴族になるところを見てもいいじゃねえか。たかりにいってやるぜ、俺が老いぼれたらよう」


「そりゃあ、いらねえ昔仲間だなあ」


「だがよう。その地位とルックスだろう。婚姻の話も来てるんじゃねえのかい?」


貴族なら四十代で結婚つーのは普通にあるだろう。

妻との死別、子供ができなくて離婚、結婚じゃねえがお妾さんとかな。

国王直属の部隊なら、同じようにならねえのかな?


「正直、貴族の令嬢との結婚話は来てるがね」


エトムントは蒸しパンに豚の角煮を挟みながら、興味なさそうに答える。


「断っているってことかい? 大丈夫なのかい、そりゃ」


貴族ってのは無駄にプライドが高いからな。

その縁談を断るってのも危なくないか?


「ああ。プリシラとロレッタがいるからな」


「なるほどなあ……」


侯爵令嬢の二人か。

その上司であるエトムントに下手に手を出せない、つーことか。


というか、その二人がエトムントに執着しているってことバレバレだろうが。

そのうえで見合いを申し込んでくる貴族ってのも気合が入っているな。


そうすっと、やはり侯爵令嬢の二人だよなあ。

恩義のある侯爵様のご息女だ。

無下にはできねえんじゃねえか。


向こうのテーブルでは……

あん?

イーナの顔が赤くねえか?

目が合った。

いや、エトムントを見てる。


「何でよ! 指輪ももらったんでしょ! どーして結婚しないの!」


立ち上がり、ビシッとエトムントを指さす。

ん、指輪?


「ああ、侯爵様からのプレゼントだよ。魔道具らしいぜ」


そりゃあ……逃げられなくねえか?

外堀をだいぶ埋められてねえか。


プリシラとロレッタ、その左の薬指には指輪がはめられている。

もしかしたら?


「ああ、お揃いの指輪だな」


エトムントは苦笑。


ダメじゃねえか。

もうダメだよ。

確かに結婚じゃねえか。

エトムントは……指輪をしていねえな。


「そうよ、そうなのよ!」


「指輪があるのよ。つまり婚約は成立してるわ!」


プリシラとロレッタも顔が赤えなあ。

酔っぱらい?

つーともしかしてイーナも。


『はい。イーナ様も二人に無理矢理にワインを少しだけ。しかし、ここまでお酒に弱いとは……』


ジリよ、イーナを止めとけよ。

何のためのお付きなんだよ。


「そうだ! エトムントは結婚しなきゃいけない!」


どうしてかイーナが興奮している。

そんなに肩入れする理由はねえだろが。

いきなり仲良くなりすぎじゃねえか?


「だがな。これは婚約の指輪と言われてねえんだよ。侯爵様はお守りに持っておけと言われただけだよ」


エトムントがネックレスを見せる。

銀のチェーンに指輪が通されている。

二人分、二つの指輪だ。

あくまで指に嵌めないつもりだな。


「おかしいでしょ! こんなに可愛い子たちなんだよ。おかしいでしょう。年齢か? 年齢なのか! 若い妻をもらえるんなら泣いて喜ぶんじゃないのか!?」


いや、そりゃあ、人によるんだよ。

男が全員そんな考えじゃねえんだ。

若さはひとつアピールポイントではあるが、相手によっては欠点にもなるんだよ。

それほど単純なもんじゃねえんだ。


「こら、フェル! 何か言いなさい! おかしいでしょ、ひどいでしょ、フェルの友達!」


おっと、こっちに意見を求めるなよ。

肯定もしにくいんだからな。


「あー、イーナよ。男と女ってのはそんな単純なことじゃあ……」


「なんだ、フェル! フェルも年齢差がありすぎるって思ってるんだ! 年齢なんて関係ないじゃない! そこの愛があるかじゃないの?」


なんかイーナの目が据わってきたよ。


「おい、イーナ大丈夫か? 少し回復魔法をかけたほうがいいんじゃ……」


「フェルも、子供だって思ってるんでしょ! 全然だよ。全然ダメだよ! 女の子はちっちゃいときから女性なんだからね! ちゃんと大人の女性なんだ。だからちゃんと向き合わなきゃいけないんだ!」


「そりゃあ、そうかもしれねえな……」


「口だけでしょ、フェル! 全然わかってないんだから! 女性のこと全然わかってない! 女性にちやほやされて、鼻の下を伸ばしてさ」


何の話だよ?


「シャノンちゃんやラーレちゃんに言い寄られてデレデレしちゃって!」


俺の話にすり替わってるじゃねえかよ!

シャノンとラーレはそんなんじゃねえよ。

なんでよりによってその二人なんだよ。

もう少しあるだろうが?

いや、ねえけどな!


「デレデレなんかして……」


「私だっていつまでも子供じゃないんだぞ! 知ってるんだからね。たまにいかがわしいお店に行ってるでしょ!」


いや、そりゃあ、なあ……

こんなところで大声でいうことじゃねえだろうが。


「あー、嫌だ、嫌だ。いやらしいんだ、男の人なんて最低なんだ!」


「イーナ、おめえなあ!」


「いっつも女の人の胸とかお尻とか、隠れて見てるんだよ! 女の人は気付いているんだからね!」


どうして、俺を陥れる?


「バ、バカ。何言ってる……」


「バカじゃないもん! イーナ間違ってないもん! バカはフェルだもん!」


「もん」って子供返りしてるじゃねえかよ。

酔いすぎだろうが。


「お前、本当に酔っ払ってるぜ。回復を……」


「お前じゃないもん、イーナだもん! いーだ! 知らない、フェルなんて知らない! シャノンちゃんと抱き合ってればいいんだ!」


だから、何でシャノンよ?

どうしてそことくっつけたいんだよ。

せめてエルマさんとか、なあ……?


と、心の中でツッコんでると、イーナは大きな足音を立てて、そのまま居酒屋を出て行った。

イーナ、酒乱か……


「ちょっと、イーナちゃん待って」


「途中から私たちと隊長の話じゃなくなっていましたよ」


プリシラとロレッタがイーナを追って出ていった。


「なんだよ、アレは。よお、ジリよお」


『イーナ様も多感なお年頃ということなんでしょう。フェルドもその行動、気を付けたほうがよいでしょう』


「そんなお年頃に酒なんか飲ますなよな」


ジリは半目で俺を睨んでから、出て行った。

俺、そんな悪いことしてたかなあ?

普通のおっさんがやるようなことしかしてねえと思うがなあ。


「なんか大変だな、フェルドも」


「エトムントほどじゃねえよ。どうすんだよ、本当に侯爵令嬢たちをよう」


エトムントと顔を見合わせる。

んで、溜息。

ああ、しょうがねえなあ。

ぬるくなった麦酒を一気に喉に流し込んだ。

冷たくねえと、ちと苦いんだよな。



イーナたちが出て行った扉が開いている。

外は少し暗くなってきたか。

少しだけ冷たくなった風が入ってくる。

ああ、もうすぐ秋か。

外で月を見ながら酒を飲むのもいいかもしれねえなあ。


と、急に外が騒がしくなる。

怒号、叫び声。


「隊長!」


「イーナちゃんが!」


プリシラとロレッタが叫ぶ。

イーナか!

イーナに何かあった!?

あの二人が一緒で何かあるのか?


立ち上がり、居酒屋を飛び出た。

後ろでは椅子が倒れ、大きな音を立てている。


「おい! イーナ、どうした!!」


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