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ロートル冒険者の俺が聖女の養育者でいいのかよ? ――のちに辺境の英雄と呼ばれる男の話――  作者: 月見里 嘉助


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第59話 お前はただの伯爵の嫡男ってことで、まだ伯爵じゃねえだろうが

「でだ、一応、会いには来たらしいぞ。どうするよ? イーナ」


「顔を見せればいいってわけじゃないよ。これでオーケーならどんな人でもいいんじゃないの」


イーナが深くため息をつく。

イーナにため息をつかせるなんて、逆にすげえ奴だと思うぜ。


目の前に馬車だ。

ただの馬車じゃねえ。

豪華な飾り、彫刻、ところどころに金箔。

アホほど金をかけた馬車。


それから降りてきた貴族。

金髪、碧眼のイケメン。

しかし、服がヒラヒラしていてうるさい。

んで、馬車の中に恐らく彼の母らしい女性がいる。

扇で口元を隠しているが、目は鋭い。

怖い女だよ。


「どうです、この僕、アルフレッド・クリフォードの素晴らしさが理解できたでしょう」


自慢話を延々としゃべっていたらしい。

俺は聞いてねえ。

シャットダウンしている。

イーナも同じみてえだな。


なんかイーナを口説いているらしいぜ。

はるばる王都から足を伸ばしたんだから、感謝しろみてえなことも言っていたか。

別に頼んじゃいねえっての。


「あれだね。一発殴ったら倒せそうな人だね」


イーナのその価値観もどうかと思うよ。

すっかり戦闘民族化が進んでるじゃねえか。

イーナの眼鏡にかなうヤツは、騎士とか冒険者か?

騎士みてえな高潔なやつは似合わなそうだな。

冒険者ってのはお勧めしねえぞ。

馬鹿ばっかりだからな。


「我が伯爵家に嫁入りできるなど、これほど光栄なこともありませんよ。平民は泣いて喜ぶことでしょう。ほら、イーナ、いらっしゃい。一緒にウチの領地へと行きましょう。たくさんの召使に囲まれて、何もせずに暮らせるのです。楽しい、バラ色の生活ですよ。さあ、さあ!」


何だあ、そりゃあ。

伯爵家って、お前まだ伯爵じゃねえだろう。

一応嫡男ってことで、継ぐらしいが、しかし、今はなんもできてねえ若造じゃねえか。

なんで、それで上から目線なんだよ。

アホか。

で、なんでイーナを呼び捨てなんだよ。

聖女だぜ。

尊敬しろや、跪いて土下座で「結婚してください」って頼んでみろや。


「フェル。貴族ってこんなんばっかなの?」


「たいがい若いのはこんなだぜ。が、当主っておっさんどもは腹が真っ黒なやっかいな奴ばっかりだ。コイツのほうが扱いやすいんじゃねえかな」


「イーナ、そんな小汚い冒険者と何を話してはいけない! ほら、こっちにいらっしゃい」


アルフレッドがイーナに手を伸ばす。

が……

ほぼ同時。


「ごぶっ!」


イーナの拳がヤツの顔面にめり込む。

ああ、やっちまったなあ。


「フェルは小汚くない! ちゃんとクリーンの魔法を使っているんだからね! それと私に触らないで!!」


いやいや、《クリーン》の魔法使ってりゃ綺麗っていう認識もどうかと思うが。

じゃねえや。

今は貴族を殴っちまったってことだよ。

貴族が悪くても大事になるんだよなあ。


『イーナ様が殴らなかったら、フェルド、あなたが殴っていたのではないでしょうか?』


まあ、そういうこともある。


『まだ、聖女であるイーナ様が殴ったほうが、後処理ができるでしょう。感謝しなさい』


で、なんでジリが胸を張るよ。

お前がひっかいて逃げりゃよかったじゃねえかよ。

猫だから何とかなるだろうが。


「くっ……。ぼ、僕を殴った……。この伯爵である僕を」


いや、お前はただの伯爵の嫡男ってことで、まだ伯爵じゃねえだろうが。


「私はあなたが嫌い! どっかいって。行かないなら、もう一回殴る! いなくなるまで殴る!」


イーナは仁王立ち。

右の拳を、左の手の平に打ち付ける。

いやあ、どうしてこんなに武闘派になったかな。

ま、女神様が冒険者に育てさせたのが間違いってことだ。

俺のせいじゃねえ。


「ひいぃぃ……。な、なんだよ、聖女ってこんな凶暴なのかよ」


ほら、貴族の坊ちゃんが引いているよ。

これくらいで引いてるようじゃ、庶民から嫁はもらえねえぜ。

一般庶民の女性は強えんだからよ。

貴族の女性は別の意味で強そうだがな。


「あら、あなた。クリフォード伯爵家に逆らった意味をわかっているのでしょうね」


今まで声を発しなかった馬車の中の女性が冷たい声を出す。

さすがに息子が殴られたんだから、怒るだろう……

って感じでもねえんだよな。

酷く冷静。

怖い女だよ。


「母様! この女、僕を殴ったんだよ! ねえ、やっちゃってよ!」


息子が母に泣きつく。

いやー、息子よ。

お前もいい年齢だろうが。

情けなくないのか?


「アルフレッド、しっかりしなさい。聖女とはいえ、庶民に手を上げられたのですよ。それをうまく利用する方法を考えるのです。それが正しい貴族というものです」


「でも、母様!」


「でももなにもありません。あなたは伯爵を継ぐのですから、それくらいは考えなさい。今回は仕方ありません、母がやりましょう。さて、兵士たち、その女を捕らえなさい。王都まで連れて行きますよ」


バカ息子の横に立っていた四人の兵士が動き出す。

バカ息子が殴られたときには動かなかったのにだ。

母親の命令しか聞かねえみたいだな。

この息子は、部下にもバカ息子と思われているのかもなあ。


ま、いいや。


「ごはあ!」


とりあえず近くの兵士Aを殴り飛ばす。


「ウチのイーナがご迷惑おかけし、申し訳ございませんでしたね」


「ぐふ!」


兵士Bは蹴り飛ばしてやった。

俺のステータスもだいぶ上がったので、かなりの距離を吹っ飛んでいったな。

ま、兵士も鍛えているはずだから、死にゃあしねえだろう。


「な、なにをするんですか、冒険者風情が!」


お母さまが何か仰っている。

怒ってらっしゃるのかもねえ。

謝っておこう。


「すまねえな。冒険者ってのはちと謝り方がわからねえんでよ」


「こ、こいつ! ぶふ!」


兵士Cには腹パンを入れておく。

内臓は破裂してねえよな。

大丈夫だよな。


「くそ、斬る!」


兵士Dが剣を抜く。

が、遅いんだよねえ。

鍛錬が足りねえぜ。


「ごはあ!」


ネタがなくなった、普通に殴っておこう。

で、兵士たちを鎮圧した。

さて、どう収拾をつける。

やっちまったもんはしょうがねえよな。


『イーナ様の手の速さはフェルドの影響でしょう、確実に』


まあ、いいじゃねえか。

聖女なんてのは庶民に人気がありゃあいいんだ。

裏表がねえほうがいいだろう。

べつにお淑やかじゃねえといけねえって決まりもねえよ。


「つーことで、本当にすまねえな。この通りだからお引き取り願えねえかい」


頭を下げておく。


『なにが、この通りなんでしょうかね』


「私よりフェルのほうが殴っているよ。私ももう少しスッキリしたかった」


イーナよ、すっきりするために殴ったんじゃねえぞ。

話し合いができる状況をつくるために殴ったんだ。

兵士が邪魔するからな。


『普通に脅迫に見えますね』


まあ、そうとも言うがな。

冒険者流の交渉術?


「くっ! アナタ、何をしたのかわかっているのですか! このこと、王都へ報告しますからね。必ず投獄し、罪を償わせますからね!」


「ああ、しょうがねえなあ。こんなに俺が頭を下げて謝っているってのに、なっと!」


馬車の車輪を蹴りつけてみた。

バキッと音がして車輪が折れ、ガタンと馬車が沈んだ。


「キャア!」


お母様は意外に可愛い悲鳴を上げる。


「大変申し訳ございません。冒険者の足ってのは少々我儘でして、主人の意思どおりに動かないことがあります。まったく困った足です」


ははは、と笑っておく。

おお、睨む睨む。

だが、怖かねえぞ。

ここまで来たらもう知らねえなあ。


ちなみにアルフレッド坊ちゃんはがたがた震えているよ。

情けねえなあ。


「ああ、また足が暴走する。こら、止めてくれよ」


次の車輪を蹴りつける。

これで、こちら側の車輪は壊れた。

馬車が斜めに接地している。


「きゃああ、止めなさい!」


ああ、馬車は走れねえだろうな。

修理する人が大変だ。

すまねえなあ。

こんな面倒な女主人を持っちまったから。


さてと、ついでにあと二つの車輪も壊しておこうか。

向こうに回り込むのも面倒だが、ちと楽しくなってきた。

車輪がすべて壊れるってーと、馬車じゃなくて、ただの箱にならねえか。

それはそれでおもしれえなあ。

さすがに馬さんも、ただの箱は引きずれねえだろうなあ。

馬さんには災難だな。



「おい、それくらいでやめとけや。つーか、フェルドのバカは直ってねえみたいだな。安心したぜ」


ああ、この声は――


「おう、エトムント。久しぶり」


エトムント・ベルゲングリューン。

四十超えのおっさんだ。


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