第56話 おっさんは酒が弱くなって、たまに羽目を外したりするんだ
「いやあ、いいものですね。良く冷えた麦酒というものは。やはりクールの魔法を持つ店員を雇っている居酒屋というのはよいですね」
ユージンが麦酒をあおる。
結構いける口みたいだぜ。
「体を動かした後の麦酒は格別だよねえ」
ドミニクも同意する。
ま、俺も激しく同意するぜ。
麦酒はキンキンに冷えているヤツがいい。
さて、本日は稽古終わりに、ユージンを誘って居酒屋に来ている。
ドミニクと俺と三人だ。
女性陣はというと、女子会と言うヤツらしい。
まあ、男がいては話せない話題というのもあるのだろう。
いいんじゃねえかな。
向こうはイーナとリディアとジリだな。
イーナにはジリというお付きがいる。
リディアにもお付きがいるとのことだが、蛇、白蛇らしい。
街中で顔を出すと騒ぎになるかもな。
つーことで、小さくなってバッグの中で寝ているらしい。
一度見せてもらったのだが、全然起きやしねえ。
街中で出れないんじゃなくて、ただ寝ていてえんじゃないかなあ。
ま、蛇と会話する気もねえんで、別にいいがな。
さて居酒屋だ。
酒のつまみは基本の焼き鳥だよな。
ネギま、もも、レバー、皮、はつ、つくね。
それに豚串、牛串も注文する。
他にはキャベツの塩昆布和え、だし巻き卵、枝豆に冷ややっこ、たこわさび。
イーナや若い子がいねえから、ちょっと渋いラインナップだな。
肉ばっか食っていると、胃がもたれるから、野菜も食べねえといけねえ。
「で、ユージンはこの街を出た後はどこへ行くんだ?」
「そうですね。エヴァルレンドラ帝国を目指しますよ。たぶん土の聖女がいるはずなんですよね、あそこには」
「そうだな。イシュティムフォートとメリハ=ジャラティアは魔族に落とされたらしいからね。行けねえだろう。確かアンタの故郷はイシュティムフォートだったか。大丈夫なのか?」
「ああ、そうですね。あの国は問題ないですよ。首都が落とされても問題ないですね。山に点在するいくつもの街がゆるく集まって国を作っています。首都が落とされても、他の街に行けばいい。それもダメなら、山の奥深くの村に移動すればいい。あそこの国民はどうにかして生きていけますよ。それほどやわじゃありません」
へえー、そんな国があるんだな。
やはり世界を見るってのは重要なことかもしれねえ。
俺はこの国、その王都までしか行ったことがねえ。
実力がある冒険者でもなかったからな。
視野は狭くなっているかもしれねえな。
「なるほどなあ。しかし、金と火の聖女がどうなっているかだよな」
「はい。金の方はイシュティムフォートなのでそれほど心配してはいません。問題は火の方ですよね。メリハ=ジャラティアは行ったことがないのでどうか……」
メリスの話だと聖女は必ず魔王の前に揃うらしいからな。
どこかで生きているんだろうが。
「勇者の話ってのは聞かねえがどうなってんだろうねえ」
ドミニクは勇者のほうに興味があるようだ。
まあ、それが普通だな。
俺たちみたいに聖女の養育者ではないからな。
「ティルヴァール諸島国の勇者はどうだったんだ? 知らねえのか」
剣聖であるユージンなら知っている可能性もあるか。
しかし、彼は首を横に振った。
「いいえ、私も知りません。勇者召喚は国の極秘情報ですからね。私にも情報はありませんね」
「剣聖ってのは勇者パーティに入ることもあるんじゃねえのかい?」
「はい、そうですね」
「ユージンさんはリディアと一緒に勇者にくっついて行こうってことなのかい?」
「そうですね。そうなりそうです」
ドミニクの問いに、ユージンは苦笑する。
「リディアが離さないって感じか」
「ははは。フェルドさんも同じですか?」
「全然違うよ。俺は剣聖でもねえ、ただの冒険者だ。勇者パーティはねえよ」
「そうですか。あなたなら行けそうに思いますが?」
それはねえと思う。
俺がいちゃ、イーナの邪魔になるんじゃねえだろうか。
足手まといにはなりたくねえな。
イーナはきっと今より強くなる。
それこそ勇者のケツを蹴って、魔王との戦いに引っ張っていくくらいになってほしい。
「それにしてもリディアはずいぶんユージンにご執心だな」
「はは、そうなんですよねえ。どうして私なんかって思うのですが」
「そりゃあ、惚れるんじゃねえんかい?」
ドミニクは空になった麦酒のコップを置き、通りかかった店員にお代わりを注文している。
「イーナちゃんと同じなら、赤ん坊のころから育てたってことだよねえ。ずっと一緒ってことだよねえ。いつも自分を守ってくれる頼もしい男性。命を懸けて守ってくれる男性。そして血の繋がった親じゃないんだよねえ。なら惚れちまうのも当たり前じゃねえのかねえ。俺はそう思うよお」
「ははは。私はそんなに格好いいものじゃないと思いますが」
「そりゃあ、本人の評価だからねえ。リディアちゃんからはどう見えるかってことだと思うよお。ユージンさんが、リディアちゃんをどう思っているのかが気になるところだよねえ」
コイツ少し酔っているか。
よく本人に直接聞けるもんだな。
ああ、酔っ払わなきゃ聞けねえ話ってのもあるか。
「正直、私のは愛なのかはわかりません。しかし、命を懸けてリディアを守る。それを誓っています。私はリディアが死ぬところを見たくない。必ず彼女の前に死にたい。そう思っている弱い男なのですよ」
わかる気がする。
俺もイーナが死ぬところなんて見たくねえ。
それはわかるんだ。
「そうだねえ。きっと命を懸けて守る。それって無償の愛情じゃねえのかねえ。別に男女の関係って、胸が張り裂けるような恋愛じゃなくてもいいんじゃねえのかねえ。無償の愛もありだと思うんだよお。血がつながっていない男女ならさあ。それで一生一緒にいたっていいんじゃねえのかい? それは幸せなことだと思うんだよねえ」
「しかし、リディアはまだ若い。私のようなおじさんを何も好んで、とは思うんですが」
「それも、リディアちゃんにとってはどうでもいいことだよお。彼女が選んだのなら、年齢を理由に拒絶するってのは違うんじゃねえのかい? 彼女のためを思うのなら、それは余計に違うと思うのだよねえ」
ドミニクの麦酒が来た。
美味そうじゃねえか。
俺も追加で注文しておこうか。
いや、白の葡萄酒もいいかな。
焼き鳥には辛めの白葡萄酒が合うと思うんだ。
「そういうものでしょうか? 私のは親の愛情かなと思うんですがねえ」
ユージンもだいぶ飲んでるようで、顔が赤くなっている。
結構酒には弱いのかもしれねえや。
「親と同じ愛情を血がつながらない娘に注げるなら、それは正真正銘の愛だろうさね」
「そんなものですかね」
「それにさあ。恋愛の愛情なんていつかなくなるものさ。悲しいけれどねえ。だけどその後に残る愛情ってのは親の愛情と同じような愛情なんじゃねえのかねえ。それなら、恋愛を飛ばして、家族になっちまったって理解でいいと思うよねえ。それで、一番大事なことはさあ、リディアちゃんが幸せかってことだと思うんだよお。それが一番大切なことだよねえ」
そうだな、たしかに彼女がどう思っているかが重要だ。
ユージンがリディアを拒んだとき、彼女はどう思うだろうか?
彼女は本気でユージンが好きなように見える。
それなら……
「そうですね。私も腹をくくりましょうか。もし、勇者パーティと会って、そして魔王を倒したとき、そのときにリディアがまだ私を求めてくれるのなら、応えようと思います。今はそれでいいでしょうか」
「俺が許可を出すようなことでもねえよ。ユージンさんが決めたなら、それでいいんじゃねえかい。ねえ、フェルドさん」
「おー、おっけー、おっけーだぜー。人類みなハッピーさ!」
「あああ、フェルドさん、話さねえと思ったら、ずいぶん酔っ払っちまっているじゃねえかい。大丈夫かいねえ?」
「大丈夫、大丈夫~。太陽はいつも東から昇るさ。心配ねえって。大丈夫だ。明日は来るんだぜ!」
そうだ、俺はそんなに酔っ払っちゃいねえって。
大人だぜ。
酒の分量なんて心得てらあ。
若えやつらみたいに羽目を外すような飲み方はしねえ。
「そうさなあ~。イーナなんて五歳相当までおねしょしてたんだぜ! 可愛いもんじゃねえか、ははは」
「あー、リディアは七歳相当まででしたよ。顔を真っ赤にして『ユージン、ごめんなさい』ってねえ。可愛かったですねえ」
「イーナとは十歳相当まで一緒のベッドで寝てたんだぜ~。夕立が怖いとか、寝れねえとか、必死にしがみついてなあ~。あれも可愛かったなあ~」
「リディアは死霊系の魔物が苦手でしてねえ。それで聖女って大丈夫かなとは思うんですけれどね。涙目で、私の背中に隠れるんですよ。『もう終わった? もういない?』ってね。可愛いですよねえー」
「おい、フェルドさん、ユージンさん。その話題、大丈夫かいねえ。イーナちゃんとリディアちゃんにそんな話していたってバレたらひどいことになりそうなもんだけどねえ」
「大丈夫、大丈夫だあ~。イーナはスクスク育っているって!」
「そうですよ。リディアはちゃんと美人の素晴らしい女性に育っていますから!」
「いや、そんなこと聞いてねえよお。酔っぱらいさんたちよお」
まあ、おっさんは酒が弱くなって、たまに羽目を外したりするんだ。
それはしょうがないこと。
目を瞑ってほしいね。
「で、どうしてそんなに酔っ払っちゃたの?」
「いや、面目ねえ……」
宿に戻り、イーナに回復魔法をかけてもらい、酔いは醒めた。
しかし、どうやって宿に戻れたんだろうか?
覚えてねえ。
「まあいいわ。楽しかったんだよね」
「ああ、ユージンさんはいい人だよ」
「そうだね。ユージンさんは格好いい人だよね」
一緒にベロンベロンになっていた気もするが。
いや記憶違いか。
「で、リディアとは仲良くなったかい?」
「うん、仲良くなった。すっごくいい子だよ!」
「そうかい、よかったな。で、どんな話をしたんだい?」
「んー、それは秘密だよ。女の子には色々と秘密の話があるんだよ。だから女子会なんだよ」
「まあ、そりゃそうか」
「そりゃ、そうだ」
イーナは楽しかったのだろう、笑っている。
いい友達ができて良かったな。
ああ、無償の愛か……
だが、俺はイーナのこの笑顔を守っていきたいと思っているよ。
きっと『聖女の養育者』という称号がなくたってな。
イーナの頭をグリグリと撫でる。
「いつまでも子供扱いしないでよね」
言葉と裏腹に嬉しそうじゃねえか。
イーナはまだ俺の子供だよ。
それでいいじゃねえか。
なあ。




