第54話 楽をするところと、しめるところを知っている男だ
夜、子供は家に帰り、就寝する。
夜、大人たちは街に繰り出し、酒を飲み、人生を歌う。
俺はそんな大人たちを横目に情報収集、残業ってこった。
「純粋な情報収集なら、私を求める必要はないと思うわ」
「それはそれ、これはこれ。金を払っているからなあ」
そうだ。
娼館で、いつものヒルダを指名した。
金を払っているんだ、ヒルダも仕事をしねえと気分が悪いだろう。
「素直に『君が欲しい』と言えばいいのよ。それだけで頑張れることもあるのよね」
「そんな歯の浮く台詞が言えるかよ。俺は冒険者だぜ」
「あら、それを言ってくれるお客さんもいたわよ。昔はね」
おっと、ヒルダに年齢のことは地雷だ。
つーか自分で地雷原に分け入ってるじゃねえか。
少し機嫌を損ねているか。
「俺は今のヒルダがいいと思うぜ。落ち着いた雰囲気がとても好きだ」
フォローをしておく。
機嫌が悪いと色々と怖いからな。
しかし本音でもある。
キャピキャピしたのは疲れるからな。
おっさんにはきついよ。
「ふふふ、フェルドさんならその程度よね。だけど受け取っておくわ。ありがとう」
さて、ヒルダからの情報収集だ。
「山岳国家イシュティムフォートと砂漠地帯の国メリハ=ジャラティアが魔王に攻められていたという話はしたわよね」
「ああ」
攻められて「いた」ね……過去形じゃねえか。
「落ちたそうよ」
「二国ともか」
「二国ともよ」
メリスの話だと魔王は必ず負ける。
しかし二国が落ちた。
「……聖女はどうしたい?」
「さあ? その話は流れていないわ。だけど、聖女が死んだという話もないわね」
この世界には、大国と呼ばれる国が五つある。
大陸の西に位置するこのアーベランロード王国。
中央の巨大なエヴァルレンドラ帝国。
北の山岳国家イシュティムフォート。
東北の砂漠地帯に位置するメリハ=ジャラティア。
南の海にあるティルヴァール諸島国。
単純に考えるとそれぞれに聖女がいて、勇者を召喚する。
五人の聖女と、五人の勇者だ。
その二つ、イシュティムフォートとメリハ=ジャラティアが落ちた。
なら、その聖女はどうなるよ?
メリスの話が本当なら、聖女は生きている。
勇者は知らねえ。
そういうことになる。
「魔王軍のその後の動きは?」
「まだ動かないみたいね。きっと体制を整えているのよ。二国を攻め落としたばかりだから」
「エヴァルレンドラ帝国は対魔王に動かないのかい?」
「山岳と砂漠だからね。軍を動かすのは大変なのよ、きっと。リスクが大きいわ」
なるほどな。
イーナの成長から予想するに、魔王との決戦は近い。
魔王軍が動かないうちに魔王が討伐されるなら、帝国には被害が出ないかもしれねえ。
それを見越して動かないのか?
だとすると帝国は聖女を押さえている……
推測でしかねえな。
前線から、ここまでは遠い。
しかし、魔王の足音は確かに近づいている。
イーナは戦わなけりゃいけねえのか。
そのとき俺は何をしている、何ができる?
面倒くせえことになってきてるよなあ……
翌日。
「まったく、フェルは、まったくだよ」
おう、イーナの機嫌が悪い。
「夜中に出て行ったと思ったら、女の人の匂いを付けて帰ってくるんだから。年頃の私がいるんだよ! そのへん、気を付けてもらいたいものですね」
うむ、しっかりと《クリーン》の魔法をかけたつもりなんだがな。
女性ってのはどうしてこうも敏感なんだろう。
「すまねえ」
「フェルは謝るけど、謝るだけだよね! ちゃんと行動で示さないといけないと思う」
つーわけで、今は街の食堂で少し高めの飯を奢っているんだ。
牛のステーキに、コーンのスープ。
緑の葉っぱのサラダにニンジンのドレッシングがかかっている。
美味い飯を食っているはず。
なのだが、味がわからねえな。
怒られながら飯を食うもんじゃねえ。
あー、キンキンに冷えた麦酒が飲みてえ。
が、それを言うと、イーナの怒りが増すだろう。
俺だってそれくらいはわかっている。
「すまねえ。今後はないように気をつける」
「フェルは私のことをなんだと思っているの? 女性だよ女性。フェルが女性のところに通っているって、どうなのよ? どうしたって嫌な感じがするでしょ。わかるよね、フェル」
いや、もっとも。
だが、おっさんはそのへんはしょうがねえんだって。
モテもしねえし、彼女もいねえ。
だから、お店にお世話になる。
しょうがねえじゃねえか。
「まったくだよ、まったく!」
あれかな、反抗期と言うやつ。
親のすること言うことにすべて反発したくなる。
イーナもそんな時期なのかもしれねえな。
『それはちょっと違うような気もしますが。まあ、そんな認識でもよいでしょう。特に女性関係は気をつけることでしょう』
ちなみにジリは足元、テーブルの下にいる。
こっそりとステーキを床に置いてやる。
美味しそうに食べている。
本当はやっちゃダメだぜ。
「ほら、ユージン。また、髭にパンくずが付いてる。まったくしょうがないんだから」
「あー、リディア。すまないねえ」
「その言い方! おじいちゃんみたいだから止めてよね。ユージンは格好いいんだから、シャキッとしてほしいのよ」
隣のテーブルに、おっさんと少女がいる。
……このおっさん、ただ者じゃねえな。
俺と同じくらいの年齢か。
白髪の長髪を後ろで結んでいる。
丸眼鏡をかけて、優しそうに微笑んでいる。
だが、腰には日本刀ってやつが二本、珍しい。
日本刀ってのは話には聞いたことがあるが、見るのは初めてだ。
反りがある、斬るための剣。
少女の方。
肩くらいの柔らかい黒髪、吸い込まれそうなブルーの瞳、白く透き通った肌。
まぎれもねえ美少女だ。
そして底知れぬ力を感じる。
そう、イーナのような……
「なあ、ジリ……」
「あー、フェル。隣の女の子見てるよね! まったく懲りないんだから。フェルはおっさんなんだよ。あんな可愛い子が相手してくれるわけないじゃない。犯罪だよ。犯罪者になっちゃうよ!」
いや、イーナよ、手を出そうとしてたわけじゃねえって。
ほら、黒髪の少女がこっちを睨んでるじゃねえか。
その顔も美人だがな。
おっさんはおっさんってだけで、痴漢の冤罪を受けるものかよ。
おっさんが生きやすい世界がねえもんかな?
剣士のおっさんのほうはこっちを見て微笑んでいる。
「あ、冒険者の方ですよね。ちょうどいいです。私たちはこの街が初めてなんですよ。冒険者ギルドまで連れて行ってほしいんです。ちょっと迷ってしまって」
「あああ、ユージン。迷ったとか言わなくていいのよ。情けない感じになっちゃうじゃない。そこは隠してもいいところだからね」
「いいじゃないですか。隠すところでもないでしょう。重要なことじゃないですよね。なら、必要はないですよ。正直に生きていたほうが楽ですよ」
剣士ユージンは笑う。
こいつは……強いな。
この人生観。
優しく笑っているが、おそらくとんでもなく強い。
楽をするところと、しめるところを知っている男だ。
敵に回すと面倒そうな男。
ただ、味方にしてもそれほど役に立たねえかもしれねえ。
『フェルドと似たような感じでしょうか』
俺はそんなことねえって。
いつも真剣に生きてるんだぜ。
ジリからはそう見えねえだけでな。
「まったくユージンったら。しょうがないわね。そういうところが好きなんだけどね」
なんで、リディアはいきなり惚気る?
幸せそうに、愛おしそうにユージンを見つめる。
親子じゃねえんだろう、似てなさすぎる。
ってことは恋人か?
年齢差がありすぎやしねえか。
二十は差があるだろう。
「リディアも、なんでこんなにおじさんな私がよいのでしょうか?」
「それは、ユージンだからだね。ユージンがユージンだから、それだけで十分じゃないかしら」
「私にはわかりませんよ」
「そうだよね。ユージンにはわからないわ。私だけがわかっていればいいことなんだから」
うん、俺もわかんねえ。
どうなってんだよ。
最近おっさんブームか?
おっさんモテモテだな。
ん?
イーナがユージンとリディアを凝視している。
俺が見ていたとき怒っていたじゃねえか。
イーナのほうが失礼じゃねえのかな。
「おい、イーナ。見すぎだぜ。ちと遠慮しな」
「あ……うん、フェル。そうだよね。それはそうだ。ははは」
なんだか微妙な笑いだった。
気になったので、二人を冒険者ギルドへと連れて行った。
さて、正体がわかるだろうか。
「あ、フェルドさん。そちらの方は?」
マリアンネさんが受付にいる。
「この街が初めてらしいよ。冒険者ギルドに来たいってな。てことは、アンタら冒険者ってことかい?」
「はは、まあ、そのようなものですよ」
ユージンはマリアンネさんのところへ。
ちなみにリディアはユージンと腕を組んでいる。
アツアツだな。
リディアがユージンを溺愛している感じがする。
ユージンのほうはわかんねえな。
この男は読めねえ。
「こんにちは、私、ユージン・ミッドウィンターという者です」
ユージンは冒険者証を取り出す。
……ユージン・ミッドウィンター?
どこかで聞いた名前だな。
どこで……
「ああ、ミッドウィンターさん!」
彼の冒険者証を受け取った、マリアンネさんが驚きの声を上げる。
「金の剣聖ユージン・ミッドウィンターさんですよね! Sランク冒険者の!」
ああ、そうだ!
剣聖だ。
金の剣聖ユージン・ミッドウィンターだ!
この世界に五人いる剣聖、その一人、最強の剣士の一人だ。
なぜ、その男がこの街に、こんな辺境の街に。
さて、どういうことだろうか?




